第507話 由宇球場でデーゲームを楽しむ件



 さて、今回の岩国方面の来栖家の遠征のメインの目的に関してであるけど。広域ダンジョンのレイド遠征の参加もそうだけど、もう1つサブの目標がある。

 岩国チームに相談された、銃持ちチームの悪名の払拭と言うか。“岩国基地ダンジョン”の特性上、どうしても近代兵器を使う機会の多い岩国所属の探索者チームに関して。


 未だに岩国チームと言うだけで警戒されたり、ネットで叩かれたりする事態の改善のために。来栖家チームの人気にあやかって、仲良し動画をアップして貰いたいとの事。

 確かに三原の奪回作戦でも活躍したし、岩国チームに対する風当たりは少しずつ変化して来ている。それは分かるけど、何故に由宇球場で野球対決をする破目に?


 しかも来栖家チームは、人数が足りないとの理由でペット達をチームに加えるとの事。こんな我が儘がまかり通るのも、子供達のご機嫌取りの意味合いも。

 まぁ、所詮はお遊びなのだし、目くじらを立てる程でもない。


 理性ではそう思う岩国チームなのだが、守備についた来栖家チームを見ると眩暈めまいを起こしそうな者も何名か。それもその筈、そのラインアップは何とも破天荒で。

 取り敢えず、ピッチャーの香多奈は良しとしよう。それからファーストの姫香とサードの護人も、一応は順当ではある。ただし、セカンドのツグミとショートのレイジーはどうしたモノか。


 この二遊間は、ボールへの執念に関して言えば一級品には違いない。最近は、姫香が相手をしてのボール遊びで、何球もボールを駄目にしたりもしているけど。

 彼女達はキャッチは出来るけど、スローイングはどうやっても無理なので。そこは近くの人間に手渡す事で、何とかしようとの作戦ではあるみたい。


 それからセンターはコロ助で、この辺もスキルを使えば無敵ではある。対戦相手から、それは卑怯だと言われる可能性は大いにあるけど。

 ついでにレフトは茶々丸で、ライトは人間形態の萌がつく流れに。この2匹だが、実はそれほどボール遊びに執念が見られないと言う欠点が。

 ついでに、野球のルールも全く理解していない。


 ご主人の命令に従順なハスキー達に対して、この2匹は意外とチームの弱点かも。ちなみにキャッチ―のルルンバちゃんも、当然ながら野球は初体験である。

 とは言え、その体格と《念動》スキルはどんな暴投も後ろに逸らす事は無い。


「いや、ちょっと異種格闘技を始める気分になっちゃうのはどうしてだろうね? 取り敢えず、プレイボールを宣言しても良いのかな……いいや、始めるぞ。

 ルルンバちゃん、しゃがんでくれないと判定が出来ないんだが」

「仕方ないなぁ、それじゃあ飛行形態になって来て、ルルンバちゃん。ベンチに下のパーツ置いて来てね、キャッチングは上手かったからその調子でね!

 それじゃあみんなっ、しまって行こうっ!」

「打たせていいからね、香多奈っ……ハスキー達、ボールが飛んで来たらしっかり捕球するんだよっ!」


 そうチームに喝を入れる姫香だが、茶々丸の守備位置については敢えて口を出さないつもりっぽい。野球を良く分かっていない彼は、レフトからショートの位置まで寄って来ており。

 護人とレイジーに近付いて、何が始まるのと問い掛けて来ている始末。或いはポツンと外野にいるのが寂しかったのかも、その点は仕方が無いと護人も諦め模様。


 それを見た岩国チームは、しきりに穴を狙えと先頭バッターの鬼島に指示を飛ばす。熱くなるのはこの際仕方が無い、野球とはそう言うモノなのだから。

 香多奈も味方の茶々丸に、定位置に戻りなさいとヤジっているけれども。例え定位置にいても、彼がフライを捕球出来るかははなはだ疑問である。


 そんな訳で、諦めた末妹は見事なフォームで投球を開始する。初球はズバッと内角にストライク、まずは球筋を見た鬼島は打てない球では無いなと判断。

 それも当然、相手は小学生の女の子なのだ。などと油断していたら、次に投じられたのは緩い変化球で。ションベンカーブとは言え、緩急差に泳いだバットは何とかボールを拾ったものの。

 平凡なフライは、しかし誰もいないレフト方向へ。


 しかしそこには、センターを守っていた筈のコロ助が《韋駄天》を使って回り込んでいた。そして飛来して来たゴムボールを、見事に空中でジャンピングキャッチ。

 今スキルを使っただろうと、岩国チームのクレームはもっともではあるけれど。返球出来ないハンデがあるんだから、それ位は良いでしょとの子供達の反論に。


 ペットのスキル使用は良い事になって、まずは無事に1アウト。ベンチから撮影している紗良も、肩にミケを乗せたまま末妹を褒め称えている。

 ミケは球遊びには興味なさげだが、2チームの戦い振りにはご機嫌に尻尾を振って魅入みいっている。紗良からすれば、乱入しないでねと願うばかり。


 次のバッターは舞戻で、初球を痛烈に引っ張ってショートの横を破りそうな勢い。それを見事にキャッチしたレイジーは、そのままの勢いで護人へとボールを渡す。

 それをファーストの姫香へと投げるのに、『射撃』スキルを使用したのは皆には内緒の護人である。とにかくバレずに済んで、これで2アウトとなった。


 岩国チームは、これは内野の守備は堅そうだと認識を改めた模様。実際、次に打席に立ったヘンリーは、3球目を右方向へと流し打ちを行ったのだけど。

 セカンドのツグミが見事に捕球し、姫香へとボールを運んでこれで3アウト。


「いいよっ、ハスキー達っ! 守備は安心して任せられそうだね、姫香お姉ちゃんっ! 後は1点でも点を取れば、完封だって狙えるよっ!」

「油断しちゃ駄目よ、香多奈……向こうも探索者やってんだから、パワーだって並みじゃ無いんだし。特に茶々丸の守備放棄が怖いから、あっちにはなるべく打たせないでね」


 その茶々丸だが、ヤル気だけはあるようで1番バッターに抜擢されて上機嫌。さすがにバットは振れないので、特別措置で香多奈が打って良い事に。

 走るのは茶々丸の仕事だけど、ルールを分かっているのかが怖い所。それは向こうにしてもそうで、ファーストのギルは何だか嫌な予感。


 そしてピッチャーの三笠だが、空気を読んでの緩い球を末妹に放ってあげて。それを初球から積極的に打つも、ショートのヘンリーが余裕でキャッチ。

 ファーストに送球しての、まずは1アウト……の筈が、走って良いよとの言葉を貰った茶々丸の突進は急には止まらない。何となくそんな予感はしたけど、仔ヤギの頭突きで吹き飛ばされるギルであった。


「……取り敢えず、1アウトで」

「駄目だよ茶々丸っ、人に突っ込んだらっ! 次はコロ助で、私が引き続き打つ役ね」


 そんな緩いルールで進行する来栖家チームVS岩国連合チームの対戦は、意外と白熱して序盤は接戦の0対0で進んだ。心配されていたペット勢も、香多奈に出力を合わせてくれて。

 一緒にボール遊びをしてくれてる感覚で、それなりに楽しんでいる様子。茶々丸と萌のフォローまでしてくれて、至れり尽くせりと言う感じである。


 一方の岩国チームも、相手投手が小学生と言う事もあって本気を出すのも大人気おとなげが無いと。バッティングの本気度を緩めてくれての、この現在のスコアに。

 来栖家チームに関しては、今まで打順1巡の間に香多奈が3打席打っている。それから姫香と護人が2打席ずつで、後は萌とルルンバちゃんは自分でバットを振っていた。


 ロースコアの原因は、ボールが飛びにくいオモチャのゴムボールなのも一因かも。バットも同じく、子供も振れる軽いタイプをみんなで使っており。

 ガタイの良いヘンリーやギルがそれを持つと、本当に子供のオモチャみたいで笑えてしまう。それでもギルの放った一打は、あわやホームランの飛距離を見せて。

 コロ助の華麗なジャンピングキャッチが無ければ、点を取られていたかも。


「さすがハスキー達は、球遊びに慣れてて頼もしいねっ。後は点を取りたいけど、ヒットは姫香お姉ちゃんのとルルンバちゃんの2本だけだからねぇ。

 姫香お姉ちゃん、もう少ししたらピッチャー交代する?」

「それじゃ、最後のイニングに抑えの切り札やるよ。持ってるカープユニフォームは、背番号25のしか無いけど。せめて15のが欲しかったけど、まぁ良いよね」

「そう言えば、今年も広島市での研修会が行われる予定だって能見さんが言ってたな。日馬桜町からは、双子に参加して貰いたいって話だったけど。

 保護者代わりに、姫香も教官役でどうかって言われたけどどうする?」


 護人の言葉に、そんな話になってたんだと驚き顔の末妹である。姫香はあまり気乗りし無さそうだが、ギルドの為なら仕方が無いかなって意見で。

 香多奈が自分も行きたいと駄々をねる前に、紗良が打順廻って来たよと末妹を打席へと送り出して。今年の夏の計画も苦労しそうと、来栖家の大黒柱は気が重くて仕方の無い表情。


 それはともかく、7回で終了予定の4回は既に中盤戦である。この辺から戦況は少しずつ動き出し、お互いのチームによる点の取り合いに。

 具体的には、3番のヘンリーのライト前ヒットを萌が処理に手間取って2塁打に。やはりルールを良く分かっていなかった模様で、キャッチまでは良かったけど誰に球を渡すか手間取ってしまっていた。


 それから4番のギルが、香多奈が投じた甘めの直球を意地のホームラン。コロ助がキャッチするも、着地地点がスタンドの芝生だったと言うオチ。

 盛り上がる向こうのベンチに、がっくり肩を落とす末妹はかなりの演者なのかも。ドンマイとベンチの紗良の掛け声に、持ち直した香多奈はその後をピシャリと締め。

 残りのイニングで、味方の援護を待つ構え。


 そこからの姫香の激入れは、ある意味岩国チームの勢いを上回っていた。それに後押しされるように、塁間を激走するハスキー軍団はド迫力で。

 それにビビる岩国チームの新人たち、この辺は経験の浅さが影響しているとも。ボールを持ってもタッチに行けず、レイジーの唸り声にすくみ上がる始末。


 これには鈴木やギルからクレームが上がるも、子供達が猛反論してレイジーの肩を持つ。こんな可愛いのに怖がるなんて信じられないと、まぁ完全に身内の偏見なのだが。

 レイジーも子供の前では牙を収めて従順なので、相手も何も言い返せないと言う。そんな彼女を一塁において、姫香の二塁打で何とレイジーが帰還して。


 その爆走は、さすがにキャッチャーのヘンリーもブロックに行けず。彼も遊びの野球ゲームで、1つしかない命を懸けたくは無かったみたいだ。

 家に帰れば可愛い子供レニィと奥さんがいるのだ、それは当然とも。


 そんな訳で、終盤にアッサリと同点に持ち込んだ来栖家チーム。ちなみにバッターのツグミは、送球の間に三塁に到達して追加点のチャンス。

 1アウトなので、犠牲フライでも勝ち越しのチャンスである。ところが次のバッターのルルンバちゃんは、敢え無く三振して2アウトに。


 子供達に期待されてバッターボックスに向かったのは、9番バッターの護人だった。レイジーの打席でもバットを振って、さっきもヒットを打っているとは言え。

 今回は勝ち越しのチャンスで、子供達の声援も今日イチ凄い盛り上がり。それに力を貰った来栖家の大黒柱、リリーフした鈴木の直球を右中間へと打ち返す。


 余裕でホームに戻って来た、完全に野球のルールを理解しているツグミはとっても優秀である。その逆に、みんなの興奮に釣られて飛び出した茶々丸とルルンバちゃん(走塁義務なし)は、何故か護人と一緒に激走して。

 その勢いでセカンドの伊澤を吹っ飛ばして、護人が守備妨害でアウトを宣告されると言う。それでも見事勝ち越しに成功、後は残りの1イニングを抑えれば勝利だ。


 最後のイニングは、予告通りに姫香がピシャリと3人で締めてゲームセット。ひょっとしたら『身体強化』スキルを使用していたかもだが、バレなければオーケー。

喜ぶ子供達に釣られて、ハスキーやペット達もとっても嬉しそう。出番が完全に無かった紗良も、頑張ったみんなを褒めて大いに盛り上がっている。


 負けた岩国チームは、ギルや鈴木辺りはとっても悔しそうではあるけど。他の面々は、良い運動したなぁって感じで運動後の爽快感に浸っている。

 何よりA級チームの来栖家と、密に遊べたってのは良い経験にはなったなと。鬼島や舞戻はそんな感想で、若いパワーを貰ったと嬉しそうだ。

 ただまぁ、ペット達の暴走には多少の危機感を抱いたけど。





 ――何にしろ、平和に野球を楽しめだ午後は最高だった。






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