第500話 今度は岩国方面へ遠征へと出掛ける件



 そんな訳で6月の中旬、およそ1週間の予定での岩国方面への遠征出発である。いつものように、お隣さんに家畜の世話と田畑の管理を任せて。

 多少心苦しいけど、A級ランクの義務だからと周囲の人達も割り切っているみたいで。それだけ探索者ランクの高位者は、世間的に認められた存在みたいだ。


 それに決してあぐらをかく訳では無いけど、回って来る案件に関しては一生懸命取り組みたい。例えそれが、新人チームの人気取り作戦だったとしても。

 その『シャドウ』チームに関してだが、確かに実力は高いみたいである。今まで裏方だったのが勿体無い程で、まぁダンジョン攻略は週4でこなしていたそうだけど。


 お陰でレベルは30の後半らしく、確かにその実力も頷ける。顔出しNGだったのは、ひとえに裏の世界で動きやすい存在であるためだったようで。

 本当に忍者のような存在の、新人チームだったり。


「要するに、その岩国のチームと仲良くしている動画を撮影すればいいのかな? 良く分かんない依頼だね、まぁコラボ? って奴なのかな……やってみるけどさ。

 普通にダンジョン攻略も行った先でするんでしょ、叔父さん?」

「一応はするみたいだな、前半は“美川ムーダンジョン”と“岩国基地ダンジョン”を攻略して。それから後半はレイド依頼の“秋吉台ダンジョン”で、少し離れた山口県の真ん中まで移動する感じだね。

 高ランクのダンジョンが多いから、今回も大変だが頑張ろう」

「まぁ、そうだね……仲良し作戦はともかく、広域ダンジョンのレイドは他のチームの迷惑にならないように頑張らなきゃね。

 でも、山口方面の旅行は初めてだから楽しみかな、護人さんっ」


 そんな前向きな発言の姫香は、いつもの助手席でミケを膝に抱いて上機嫌。先日の川辺キャンプもそうだが、元々はアクティブな少女である。

 こうやって旅するのは、普段の山に籠っての生活より刺激的で楽しいのだろう。まぁ、それが毎月の行事になってしまうと、護人としてはちょっと困り物だけど。


 家族であちこち旅行して、色んな体験をするのも良質な学習だと思いたい。少なくとも、今回の小旅行はそんなテイストにしたいなと思う護人である。

 ちなみに岩国市に関して護人が知ってる事は、実はあまり多くは無い。観光地として錦帯橋や岩国城、それからかつて米軍基地が存在していて子供の日には解放されていた事とか。


 西広島の住人にとっては、広島市内に遊びに行くより岩国に電車で行った方が近いとか。映画館やアーケード通りがかつては栄えていたけど、“大変動”前には既に廃れてしまっていたとか。

 そもそも電車も、岩徳がんとく線の乗り換えが面倒で、内陸に用事がある際には酷く苦労する。あと、広島カープのかつての二軍の由宇練習場も岩国に存在する。

 知ってる知識と言えば、まぁこれ位だろうか。


 そして最初の目的地だが、何故か軽くダンジョン探索で肩慣らしと言う事に決まってしまった。どうやら子供達は、遠征=ダンジョン探索のはしごと思っている感が。

 別に無理やり探索を日程に組み込む必要は無いのだが、色んなダンジョンを経験するのも遠征の醍醐味だと。主に姫香と香多奈の提案によって、組み込まれた次第である。


 そして今日訪れる予定の“美川ムーバレーダンジョン”も、岩国の立地でちょっと有名な元テーマパークである。地底王国で冒険をみたいなノリで、閉山した鉱山を観光地にしたそうで。

 つまりはダンジョン化する前から、洞窟だか地底王国だかの体験アトラクション施設だった訳だ。それがダンジョンになって、まぁそれは大変な事に。


 秘宝もあるよとか、砂金がざっくざくとかアトラクション時代の名残なのか。それがダンジョンにも適用されて、それなりに探索者にも人気はあったのだが。

 ダンジョンの成長と共に、段々と難易度も上がって行くのは世のことわりである。そんな感じで、最初はD級ランクだったダンジョンも今や立派にB級に。

 魔素の具合によっては、A級に相当する事もあるそうな?


「ひえっ、そんな由緒正しいダンジョンなんだねぇ、今から向かう所は。それじゃあ、昔の動画とかはあんまり役には立たないかもね?

 私たちも、油断せずに気を引き締めて行かなきゃね」

「山口県方面は、私は旅行に行くの初めてだなぁ……叔父さんとかは、若い頃はよく遊びに行ってたんでしょ?」

「岩国は映画館もあったし、アーケード通りも駅の近くにあって割と栄えてたからね。広島市内に出るよりは近かったから、友達と遊びによく行ってたよ。

 少子化と共に段々と寂れて行って、“大変動”以降は他の都市と一緒な感じじゃ無いかな。学校の遠足なんかで錦帯橋にも行ったし、まぁ馴染みは深いよ」


 そうなんだぁと感心する子供たち、香多奈は今も錦帯橋はあるのと興味深げである。時間があったら回ろうかと、護人も社会見学は遠征に組み込むつもりなのだが。

 今回のメインは、“岩国基地ダンジョン”と広域ダンジョンと噂の“秋吉台ダンジョン”の間引きにあるようで。後はチーム『シャドウ』と仲良し動画を撮って、世間への売り込みか。


 本当に変な依頼だが、まぁ受けてしまったのだから取り敢えずは頑張らないと。護人としては、その役は子供達に丸投げの方針ではあるけど。

 ペット勢も彼らに対して当然心は開かないだろうし、コミュ力お化けの姫香辺りが適任だろう。撮影は相変わらず香多奈の仕事だし、改めて護人がする仕事も無さそう。


 そんな事を考えていると、ポコンと護人のスマホに通知が。助手席の姫香がそれを開いて、もう少しで到着するみたいと通知内容を教えてくれた。

 地元から1時間程度の運転なので、広島市内へ行くのより確かに近場感はあるかも。これならコッチ方面も、もっと訪れて良いかもねと香多奈の台詞に。

 探索絡めて遊びに来るにも、良い近場かもねと姫香も同意。


「良さそうなダンジョンがあったら、凛香達にも教えてあげたいしね。地元ばっかりじゃ無くて、実力がついたらどうせあちこちからお誘いが掛かる様になるんだし。

 だったら、今の内に遠征に慣れておくのも良いんじゃないかな?」

「凛香チームより、先に土屋チームが遠征話に乗っかるとは思わなかったけどな。しかも異世界チームと合同で、3日後の“秋吉台ダンジョン”に参加するなんて。

 どうやらムッターシャは、本気で土屋チームをA級に叩き上げるつもりらしいな」

「星羅ちゃんは、元々がA級だもんね……頑張れば、みんなもっと強くなるでしょ」


 ムッターシャの考えでは、強くなって皆で“喰らうモノ”ダンジョンに挑もうって腹積もりらしい。それは大事だし、来栖家もかつては挫折を経験した難所である。

 前準備はやり過ぎて足りないなんて事は無いし、今回の山口遠征も大いに経験値に加算すべきだ。そんな意気込みでの遠征初日、目的地はもうすぐとの事。


 さすが元鉱山の立地場所のダンジョン、周囲は山深い感じで人里離れて寂しい限り。その点、オーバーフローに対しては安心ではあるだろうけど。

 前を進む2台の装甲車には、ヘンリーの『ヘブンズドア』チームと『シャドウ』チームの4人が乗っている。とは言え2チームは、明日の探索に備えて今日は休養を取るそうで。


 ガッついて遠征初日に探索を組み込んでいるのは、実は来栖家チームだけと言う。それでも同行してくれているのは、仲良し動画の撮影を挟むためらしい。

 朝早くの出発だったので、今の時刻は午前の10時前である。ダンジョン入り口で30分程度の動画を撮って、それから来栖家チームは探索に向かう感じか。


 そう告げる護人に、子供達は元気には~いと返事して。そろそろ探索準備を始めるよと、せっかちな香多奈はハスキー達に探索着を着せに掛かる。

 そしてキャンピングカーは、いよいよ昔の娯楽施設へと到着。




 そこはなんの変化も無い舗装された駐車場で、見上げた場所には何かの建物が。恐らく昔はレストランとかお土産屋だったのだろうが、今は完全に稼働していないみたいだ。

 その反対側の山を指差して、あっちが“美川ムーダンジョン”の入り口だとヘンリーが教えてくれた。周囲に人影はなく、完全に貸し切り状態である。


 そこで香多奈は、さっそく周囲の大人たちを仕切っての動画撮影を始めてしまった。テーマはどうやら“未来の探索有名者は君達だ!”みたいな感じらしい。

 それから視聴者に向かって、ステキな二つ名募集とかあおりまくって姉達やペット勢を撮影して。こちらは既に二つ名がある模様と、『シャドウ』の面々も紹介する。


 ハスキー軍団の中で、唯一フレンドリーなコロ助を撫で回している舞戻は、どうやら“羅刹”なんておっかない二つ名を持っている模様。大剣使いで、年の頃は協会職員の柊木と同じ位だろうか。

 性格はおっとりしている感じだが、容姿は整っているので売り出せば人気は出るかも。そう言う意味では、チーム『シャドウ』のエース格の“人喰い”鬼島は超ハンサムだ。

 冷酷な殺し屋タイプだが、性格はやや神経質な若者だろうか。


 武器は近接武器なら何でもって感じで、普段はナイフや短槍を装備しているのだとか。ちなみに“人喰い”は、裏世界での通り名なので表世界のデビューの際には捨てるそうな。

 ヘンリーにこっそり教えて貰ったが、このエース鬼島は《スキル奪取》なんて物騒なスキルを所有しているそうで。他にも弱体系のスキルを駆使して、敵を弱らせて始末するのが得意との事。


 それからリーダーの三笠は、金髪赤眼鏡の優男風で情報収集がメインである。探索にも同行して、銃火器でサポートはするけど戦闘特化のスキル所持では無いそうな。

 とは言え頭は切れるので、彼がチームの中核には違いなく。チーム方針や作戦も、ほぼ彼の手腕によって舵取りが為されているみたいである。


 そして4人目の笹野は、探知スキル持ちの遠距離担当の最年少の若者で。まるで動画の人気取りのために用意されたかのような、可愛い系男子だったり。

 まぁ、腕はそれなりなのでチームバランス的には悪くないとの事で。


「ほらっ、もっと笑って……せっかく萌を抱っこさせてあげてるんだから、楽しそうにしてよねっ! レイジーってば、何でそっぽ向くのっ?

 もうっ、みんなちゃんとしてっ!」

「ちゃんとしてって言われてもねぇ……この前知り合ったばかりの探索者と、急に仲良くなれなんてハスキー達には無理な相談だよ。

 朱里あかりさんだっけ、この人とコロ助の2ショットで勘弁してあげてよ」


 そんな事を口にする、来栖家随一のコミュ力お化けの姫香なのだが。残念ながら、そのスタイルはハスキー達には何の感銘も与えていない様子。

 さっさと探索に行こうよと、レイジーは香多奈の叫びを無視して主の元へとお強請ねだりにおもむいており。むくれる少女を、ヘンリーが必死に宥めている。


 『シャドウ』の面々も、このカオスな現場に冷や汗が止まらない模様。末妹としては、ペット達とたわむれる岩国チームみたいな動画を撮りたかったようなのだけど。

 ハスキー達のサボりにより、ただコロ助が撫でられているだけと言う構図に。


 それでも舞戻は満足そうで、次はミケに挑戦してみたいと鼻息も荒い様子。紗良の肩の上のミケは、当然他人を相手にそんな蛮行を許す筈もなく。

 思いっ切り威嚇されて、ションボリな舞戻である。それでも香多奈は、そのリアクション良いねとノリノリな監督振り。何だかんだで、一連のコミュニケーションを楽しんでいる末妹なのであった。


 そんなこんなで、まかりなりにも数十分間の間に素材も結構撮れたよと香多奈から報告が上がって。それじゃあこちらも、ボチボチ探索に向かいますとの護人の言葉に。

 明らかにホッとした様子の、チーム『シャドウ』の男性陣であった。悪夢の時間から解放されたって感じの表情はアレだが、紗良や姫香との遣り取りはまずまずだったし。


 後は協会の能見さんが、上手く編集してくれると信じて。護人としては、受けた依頼は忠実にこなしたい所ではあるのだけれど。

 こればっかりは、向こうとの兼ね合いもあるので時間をかけて進めるしかない事案でもある。遠征中にそんな時間も取るとの事なので、まぁ何とかなると思いたい。


 それにしても、妙な依頼を受けてしまったモノだ。まぁ、末妹は監督気分を味わえて、とっても楽しそうなのがせめてもの救いか。

 護人としても、このまま香多奈に任せておくつもり。





 ――少女の中で、仲良し大作戦はどんな感じに纏まるのかは気になる所?







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