第499話 山口方面の遠征がもっさり持ち上がる件
協会からの何気ない通知とか、6月の青空市での顔繫ぎとか諸々。何となくだが、岩国方面の厄介事を頼まれるかなって雰囲気は察していた護人だったけど。
まさか、2か月続けてのレイド依頼だとは、ちょっと腰が引けたのは仕方の無い事か。これに香多奈を同伴させるとなると、2ヶ月連続で小学校を数日サボる事になる。
本人的には全く気にしないだろうし、小学校の先生からもバックアップはすると保証して貰ってはいるモノの。それだけA級ランクのチームと言うのは、融通の利く存在らしい。
こんな片田舎でも、その威光は結構凄いみたいで。植松の爺婆も、親族にA級ランクの探索者がいると言って驚かれたと以前話していた。
そんな事は今は良い、問題は目の前にいる岩国の3チームの代表者である。場所は来栖家のリビングで、たった今紗良がお茶を持って来て配り終えた所。
ちなみに、ヘンリーにくっ付いて来たレミィは、姫香と香多奈に連れられて厩舎見学に行っている。そもそもヘンリーは、『ヘブンズドア』のリーダーでは無いのだが。
一番来栖家と親しいって事で、この任務に選ばれたとの事。
「ええっと、つまり……複合的な話になるんですが、岩国の協会は過去に色々と苦労して来た訳なんですよ。主に岩国の米軍基地ですね、アレが複合ダンジョンと化してしまって。
オーバーフロー騒動で、周辺住民にとんでもない被害を出したりとか。そのダンジョンから回収した銃を所持した探索者が、悪さを働いての二次被害とか。
そんなこんなで、風評被害で長年岩国の探索者は嫌われて来た訳なんです」
「それに対する、つまりは浄化作戦ですね……他地域のレイド作戦に積極的に参加したり、銃を所持して悪さを働く探索者を間引きしたり。
大きい声では言えませんが、ここにいる
実はずっと裏仕事だった彼らを、今回から表で売り出そうと画策してまして」
それで、動画でかなりの人気者にのし上がった、来栖家チームに白羽の矢が刺さったらしい。つまりは岩国チームが新しい顔として今後推す予定の、三笠率いる『シャドウ』と共演動画を何本か撮って欲しいと。
その舞台として、しばらく岩国の名所を一緒にまわったり、要するにプロモーションして欲しいそうな。物凄く変わった依頼だが、岩国の協会が考え抜いた末の策だとの事で。
それだけ向こうは、新たな岩国のイメージを良くしようと必死なのだろう。そうは言っても、護人もその新たな顔となるメンバーの素性すら知らない訳で。
リーダーらしき三笠と言う青年は、金髪に赤い眼鏡でいかにも今風な若者って感じ。チャラっぽくもあるし、そんな感じで売り出せば一応ファンもつくかもだけど。
正直言って、来栖家チームの動画は協会の能見さん任せでファンサービスなど皆無である。たまに香多奈が、そんな感じの素材を撮影して能見さんに編集をお願いする程度で。
それが結構な再生回数を叩き出して、今や人気探索者チームだと持ち上げられても。全くピンと来ないし、戸惑いしか無い護人である。
とは言え、親しくしている岩国チームが困っているのなら、手助けするのも
ここは取り敢えず、前向きに考えるべきか。
「子供にメッチャ見られてるんだけど……手とか振った方が良いのかな、
堂々と家を訪れて、“四腕”の護人ってA級ランクの探索者の顔を拝んでやろうぜ」
「今は車を出ない方が良いですよ、
ここは魔境です、それは間違いのない事実です」
そう言われた“人喰い”鬼島だが、子供は平気そうな顔でフロントガラス越しにこちらを注視している。しかも3人、時刻はもうすぐ夕方なので学校も放課後なのだろう。
それは良いけど、物珍しがられて見世物扱いは腹が立つ。隣に座る“羅刹”
魔境と言うのは、町内に25ものダンジョンを抱える日馬桜町の呼び名である。決してこの山の上の敷地内の総称では無い、それ位は鬼島も知っている。
同時に、前情報でこの近辺の住人の情報も脳内にインプット済みだ。広島大学の教授とそのゼミ生家族、それから元ストリートチルドレンの平均14歳の探索者チームが1家族。
今こちらを覗いているのは、恐らくそこの子供達だろう。その背後の機神のようなロボットに関しても、動画で全てチェック済みで問題は無い。
最年少の
言葉に例えると、こっちの縄張りでナニしとんじゃコラと言った所か。
そんな集団に、何故か仔ヤギも混じっていてちょっと和む鬼島だけど。アレも動画で確認済み、立派な探索チームの一員に間違いはない。
しかし子供の好奇心とは、何と言うか恐ろしい……護衛犬たちとは違って、単なる興味本位でこちらをロックオンして来るその所業と来たら。
是が非でも、こちらの正体を暴いてやろうとする視線は、ずっと裏家業をこなして来た鬼島にとっては苦痛である。隣で
まだ若い笹野にしても、その視線に
鬼島がそんな事を考えていると、事態を一変させるイベントが発生した。どこからか突然、降って湧いたように装甲車のボンネットにキジ虎の猫が出現して。
3人を見定めると、フーッと威嚇して来たのだ。
「げっ……アレは“雷神”ミケっ!? 不味い、俺たち威嚇されてるぞっ!」
「ネコちゃん……!」
慌てる鬼島だが、何故か舞戻はニャンコの出現にテンションが上がった模様で。思い切りスライドタイプのドアを開けて、笑顔で両手を広げてウエルカムの仕草。
だがニャンコ好きが、全てニャンコに好かれる訳じゃ無いのが世の常である。なおも荒ぶるミケだが、不意に背後からひょいっと抱き上げられて台無しに。
それをしたのはもちろん香多奈で、ミケさんってば怒りっぽいよねと
舞戻はとっても羨ましそう、逆にハスキー達は開いた車のドアに警戒を強めている。そこに人見知りをしない香多奈が、萌なら抱っこさせてあげられるよと提案して来て。
場は一気にカオス状態へ、そんなら厩舎も見せてあげようよと和香のアイデアから。いいねと笑顔の年少組は、お持て成しの心で鬼島たちを敷地内の案内へと連れ出す。
鬼島と笹野は、車から放り出されて生きた心地もしない。
武器を持っているならまだしも、手ぶらで
現状でご機嫌なのは、子供達と舞戻のみである。仔ヤギを撫でたり妙な生物(仔ドラゴン?)を抱っこしたり、子供達とやたら話が弾んでいる。
そしてその一行は、厩舎と思われる建物へとそのまま移動を果たして。これが今年生まれた子牛ねと、良く分からない説明を受けて感心する振りの鬼島である。
もっとも、舞戻は本気で感心して撫でたりとスキンシップを堪能していたけど。この24歳の娘の二つ名が“羅刹”だと、このシーンを見て誰も思わないだろう。
まぁ、そのお陰でハスキーの警戒心は、随分と薄くなっている気もする。最初に較べると、来栖家の大切なお客さんだと認識してくれたのかも知れない。
香多奈に抱えられたミケも同じく、子供達の安全にはさり気なく気を配ってはいるようだけど。何も危害を加えない人間に対しては、興味の無い母親ネコではある。
そんな感じで子供に引き連れられた一行は、鶏小屋を見学したり敷地内ダンジョンの入り口を遠目に見たり。こんな環境ってアリなのかと、鬼島の本音はそんな所ではある。
何しろ周囲は、田んぼや畑ばかりが広がる
ところがここの子供達は、何故か誇らしげな態度と言う。
「こんな場所で暮らして行くって、怖さは無いのかな……ほら、オーバーフロー騒動っていつ起きるか分からないし。
いや、凄く良い場所なのは案内されて良く分かったんだけどね?」
「ええっ、モンスターはこっちが倒せる強さがあれば、戦って倒す事が出来るでしょ? でも飢えは、何かを口に入れない限りは何日も何日も続くんだよっ?
ここには探索者チームもいるし、勉強を教えてくれる先生だっているし。そんでもって、卵や牛乳が毎日貰えて、お米や野菜を作る場所もこんなに広がってるんだよ?
これ以上の贅沢を言ったら、罰が当たると思うけどなぁ」
「和香ちゃん偉いっ、今の生活ぶりを簡潔に言葉に出来てるよねっ! そう言う能力はとっても大事だって、小島先生も言ってるもんね!」
そんな感じで盛り上がっている子供達を、感心しながら見つめる舞戻はともかくとして。なるほどと鬼島も納得して、お互いにハードな人生を歩んでいるなと小学生に同情してみたり。
実際に飢えた経験は、鬼島にだってある……それを思えば、確かにここの生活は楽園には違いない。こんな子供に諭されるとは、山の幼女は侮りがたしである。
そんな事をしていると、立派な構えの邸宅から人がワラワラと出て来た。どうやら外の騒ぎを聞きつけて、家主とお客の岩国チームの面々が反応したらしい。
呆れられるかなと思ったが、『ヘブンズドア』のリーダーの鈴木は逆にスマホで撮影を始める始末。確かに子供やペット相手に蕩けた表情の舞戻は、良い被写体かも知れない。
そして改めて家へと招かれた、鬼島と舞戻と笹野の『元影忍』の3名である。それに釣られて子供達も家へとなだれ込んで来て、場は一気に賑やかに。
そして肝心の岩国遠征の話は何とか
とは言え、これで全部が上手く行くとは思っていない。『シャドウ』は実質、出来たばかりの探索者チームとして活動を始めるので、最低のEランクからのスタートだ。
その辺は協会のさじ加減で何とでもなるのだが、岩国の協会は成り上がりのストーリーも『シャドウ』に持たせたかったようで。
頑張って魔石を稼げとの事で、まぁその辺は仕方が無い。
リビングに通された一行は、お茶とお茶菓子を出されて途端に接待モードへ。先ほどの緊張状態からこの緩和、危機を脱した鬼島はようやく冷や汗を拭う余力を得た。
もっとも、その元凶のミケは姫香に抱っこされて、こちらを胡乱な表情で睨んでいるけど。舞戻は諦められないのか、果敢にもその隣で何とか撫でようと手を伸ばしている。
ミケはその振る舞いに、シャーッと威嚇してイケずな対応。姫香に
それを見守る鬼島のお茶請けのビスケットが、不意に何者かによって持ち去られた。それが羽を持つ小さな妖精だと知って、『シャドウ』のエースは座っているのに立ち眩みを覚えてみたり。
こちらも家族からお行儀悪いよと叱られても、我関せずなマイペース振りで。スッと飛翔して、天井近くに設置されたバスケットへと逃げ去って行ってしまった。
その奥のリビングでは、年少組がボードゲームを始めている。平和な光景に、この家族チームをレイド依頼に担ぎ出す
それでもダンジョン間引きは、誰かが行わなければならない作業。
――『シャドウ』がかつて担っていた暗殺作業と同じ、誰かがこなす仕事。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます