第482話 お昼休憩を挟んで3つ目の扉に挑む件



 疲労の色が濃い一行は、時間も丁度良いしお昼休憩を家に戻ってとる事に。こんな時は敷地内のダンジョンは有り難い、まぁ無い方がずっと良いには違いないけど。

 特に疲労困憊の護人は、香多奈に手を引かれて家路を辿る破目に。その姿は鎧もすっかり脱いで肩にタオルを掛けて、まるで農作業後のようである。


 その点では姫香も似たようなモノで、アスレチックコースをこなした感はバリバリ漂っている。紗良もそうだが、こちらは苦手意識を含む精神的ダメージの方が大きいかも。

 そんな訳で、元気なのは香多奈とペット勢だけと言うチーム状況である。日を改めて再挑戦との意見も紗良から出たが、香多奈は午後も探索がいいとの提案に。


 どうせなら、辛い行事は1日で済ませてしまうのも手だろうとの意見も出て。そんな訳で、予定通りに午後も同じ“アスレダンジョン”の探索が決定した。

 とにかく、それまでに体力を回復したい一行だったり。


「ここは敵も多かったけど、魔石の回収率が凄く良いよっ、叔父さんっ! 午後もそんな感じのコースがいいなっ、大儲けしちゃったらどうしようっ!?」

「どうもしないでしょ、アンタのお小遣いには影響しないから安心しなさい。それより紗良姉さん、体力の方は大丈夫?

 お昼ご飯、私が作ろうか?」

「ううん、気分転換に丁度いいから平気だよ。ありがとう、姫香ちゃん……さっ、お昼は何にしようかな?

 昨日の夕食の残りと、後はお握りと卵料理と……」


 苦手な分野から超得意なお料理に意識が向いて、幾分か血色の良くなった紗良は良いとして。護人も何とか汗が引いて、敷地内に戻って来てやっと一息つけた感じ。

 来栖邸へと戻った一行は、それからようやく腰を下ろしてのお昼休憩に。ペット勢もまったりと時間を過ごして、主人たちがお昼を片付けるのを待っている。


 それから1時間後、ようやく護人は重い腰をあげての探索の続きを明言して。と言うよりも、香多奈にせっつかれての行動開始は少し情けない気も。

 それは紗良も同じで、割と家族で明暗の分かれる午後の探索開始の風景だったり。ペット達は、午後も頑張るぞと気勢を上げていて、至って通常運転である。


 アスレチックコースについても、レイジーは『歩脚術』があるのでどんなコースもへっちゃらだし。ツグミも《闇操》スキルで応用が利くし、コロ助に至っては《韋駄天》で瞬間移動が可能と言う。

 難儀なコースも、それが得意な仔ヤギの茶々丸より素早く華麗に移動出来るというハイスペック振り。少々チートに思えるが、スキルを自分のモノにしているお陰とも。


 つまりはチーム内で、アスレチックコースが苦手なのは紗良を除くとルルンバちゃんのみと言う。さすがの多脚ボディでも、あの自重をアニメのように自在に動かすのは苦しいみたい。

 2番目の扉は平気だったけど、さて次のコースは如何いかに。



「あ~っ、ここは……ルルンバちゃんはちょっと無理かなぁ? 分離して下の機体は、さっきみたいに外に置いて来た方がいいかも。

 最初は行けるかもだけど、奥に完全に垂直の壁があるよ」

「本当だ、ボルダリングみたいな仕掛けだねぇ……ちょっと楽しそう、でも2か所あるからルルンバちゃんには無理かぁ。仕方ないや、ルルンバちゃん下のパーツ置いて来て」


 姫香にそう言われて、素直に分離してドローン形態で身軽になるルルンバちゃんである。下の多脚パーツは、自動で入り口の魔方陣を通って0層フロアへと戻って行く。

 そして今回のフロアの仕掛けを見て、明らかにホッとしている護人であった。逆に紗良は血相を変えていて、遥かゴールを眺めて情けない表情に。


 それをチビッ子半竜人の萌が、ポンと手を触れて慰めている。要するに、今回のエリアは完全にアスレチックコースに戻っている感じで。

 ただし難易度はかなり上昇しており、回転する振り子が妨害するコースや、垂直の壁が途中に立ち塞がっていて。時間制限こそ無さそうだが、これらを超えて行くのは大変そう。


 ただまぁ、護人的には今回は巨大な玉を転がせなんて無茶振りも無いみたいで。スタート地点を入念にチェックするも、今回はその手の玉とか旗の仕掛けは無いみたい。

 それを喜びつつ、それじゃあ今回もみんな頼むよとのリーダーの声掛けに。ハスキー達と茶々丸は、心得たとばかりに最初の丸太の端をダッシュで駆けて行く。

 途中に揺れてる障害物など、全く関係ないとのその疾走は凄いかも。


「それじゃあ、私は先行してみんなと敵を倒しておくね、護人さんっ。紗良姉さんは、とにかく自分のペースで良いから頑張って!

 それじゃあ、ルルンバちゃんも一緒においでっ!」

「俺も弓矢でサポートしつつ、後ろから追い掛けるよ。何か変化が合ったら、大声で知らせてくれればいいよ、姫香」

「このエリアも、下は渦巻き水路なんだね……落ちたら悲惨なのは前と一緒だし、紗良お姉ちゃん応援するから頑張ってね!」


 そんな家族の励ましを貰って、前衛陣に続いて丸太の橋へと足を伸ばす紗良であった。今回の仕掛けは幅が30センチ程度の丸太に加え、所々揺れる障害物が加わっている。

 丸太を紐で結んだようなそれは、結構な勢いで動いているので当たればまぁ痛いだろう。問題なのは、それに当たってバランスを崩す事なのだが。


 それに対するプレッシャーも、結構な仕掛けの内なのかも。もっともハスキー達の身長では、避けるまでも無くすり抜けてしまっていたけど。

 そのハスキー軍団は、今は最初の敵と既に交戦中である。飛翔するソード型のモンスターは、なかなか強そうで数も結構多そうだ。


 他にも大トンボや、お馴染みの大蛾も空から狙いを定めて飛んで来ている。地上では、相変わらずの硬い外皮のゴーレムが数体、丸太の橋の渡り際に構えていて嫌な配置だ。

 あわよくば橋から落としてやろうと言う魂胆が透けて見えるけど、そんな稚拙な仕掛けにまるハスキー達では無い。まぁ、茶々丸は挑発と受け取ってちょっと危なかったけど。

 つまりは、お馴染みの猪突の頭突きで危うく自爆しそうに。


 それをツグミの《闇操》に助けられ、のっけから姫香に叱られているヤンチャな仔ヤギである。そして新しく覚えた筈の《飛天槍角》も、未だに上手に扱えないと言う。

 それでも、地上に新しく配置されたトランプ型の敵の相手に、丁度忙しいので無理に披露する必要は無し。空中の敵は、レイジーやルルンバちゃんに任せておいて構わないので。


 そんな訳で、テリトリー分けしつつの敵の駆除は続いて行く。初めて見るトランプの兵隊は、茶々丸の角で穴だらけにされて割と簡単に消えて行ってくれているみたい。

 姫香も何体かと応対してみて、ゴーレムよりは格段に弱いかなと判断する。これなら時間も掛からないと思いつつ、周囲を見遣るとハスキー達も戦闘を終えていた。


 中間地点の手前までのフロアは、これにて制圧完了って感じである。時折飛来する振り子の仕掛けがウザかったけど、それ以外は最初のコースと難易度は変わらないかも。

 そう思いつつ、チラッと後衛陣を見ると進捗しんちょく具合はまずまずのよう。あまり余裕振ってよそ見をしていると、振り子の仕掛けにド突かれるのがアレだけど。

 そう言う意味では、やっぱり難易度は上がっている気も。


「護人さんっ、それじゃあ先行部隊は最初の壁を上がるねっ! この辺は振り子の仕掛けが無いから、ここまで来たら休憩出来るよ、紗良姉さん!」

「分かった、上ってる最中は無防備になるから気をつけてな、姫香」

「途中で落下したら、みんなで笑ってあげるからね、姫香お姉ちゃんっ」


 そう茶化す末妹だけど、隣の紗良はとっても笑える心境では無い。今も足を踏み外さない様に必死で、しかも振り子の仕掛けは洒落にならない凶悪さで。

 今の所は萌のサポートで、何とか最悪の事態になっていないのだけど。垂直の壁がもうすぐ目の前とか、気力が衰退する景色ばかりで本当に嫌になる。


 末妹の香多奈は、そんな姉の頑張りを励ましながら撮影に余念がない。護人から、時折ちゃんと前を向いて歩きなさいと注意されているけど懲りた様子は無し。

 それだけの運動神経を持っている事が、とっても羨ましくて仕方の無い紗良だったり。それでもようやく、丸太ゾーンを抜け出す事に成功した。

 ここまで約10分、なかなかのハードワークと言えなくもない。


 そんな感じで後衛陣が一息ついている間に、前衛陣の姫香たちは無事に垂直エリアを踏破し終わっていた。ボルダリング数メートル程度は、運動神経の良い前衛陣には苦も無かったよう。

 そして上の段の浮き島でも、配置されていたモンスターとの戦闘は始まっており。このエリアでも、恐らくは50体以上の敵が待ち構えていると推測される。


 護人も近付いて来る飛行モンスターを、持っている弓矢で既に何体か撃ち落としていて。それ位の作業ならば、先程のエリアの苦行に較べれば何でもない。

 護人には《奥の手》スキルも、薔薇のマントの飛行能力も備わっているので。このエリアでは、少々油断しても全く平気でサポート役に徹している感じ。


 その分、相当に苦労している紗良には同情してしまうけれど。ようやく半分をクリア出来たし、後半も何とかこの調子で頑張って欲しい。

 そして上の浮き島での前衛の戦いが終わった頃、ようやく後衛陣もボルダリングの仕掛けへと取り掛かり始めた。飛行形態のルルンバちゃんが戻って来て、一行を心配そうに見守る中。


 香多奈や萌は、サルのように身軽に僅かな突起を使って、僅かな時間で頂上へと登って行ってしまった。それを追いかける紗良は、かなり時間を掛けて慎重だ。

 それは仕方が無いし、護人も隣を同じペースで登りながらの薔薇のマントでのフォローなど。何しろ落下ダメージも、頂上近くからだと洒落にならない高さだし。

 そんな気配りもあって、来栖家全員とも最初の難関を突破成功。


「ふうっ、指とか腕が痛い……でも、何とか登り切れて良かったぁ」

「そんな場所の筋肉は、普段は全く使わないからね。まぁ、無事に登れて良かった……とは言え、もう少し先にもう1ヵ所あるみたいだけどな。

 あれを登ったらもうゴールはすぐだ、頑張ろう」

「ファイトっ、紗良お姉ちゃん……もう半分は過ぎてるよっ!」


 香多奈の言う通り、エリアの半分は既に過ぎてゴールの浮き島も視界内ではあるけれど。3層エリアのまだたった1層目だと思うと、道のりはまだ長いとも取れる訳で。

 それをマルっと無視して、取り敢えずはこのエリアのゴールへと進む一行。さっきみたいな落とし穴もあるかもだから気をつけてと、姫香が前方から注意を呼び掛けている。


 特にお調子者の末妹へと向けた言葉なのだが、本人は感銘を受けた素振りはまるでナシ。そして振り子の仕掛けを華麗に避けて、最後の難関の垂直の崖前へと辿り着く。

 そして護人や紗良の到着を待たず、登り始めようとした矢先に。少女が右足を掛けた突起が、どうやら罠の仕掛けスイッチだった様で。


 派手に作動したのは、その真下に開く落とし穴で香多奈は真っ逆さま……の所を、側に控えていたルルンバちゃんの機転で何とか逃れる事に成功。

 ひえ~とか叫んでいる末妹は、ルルンバちゃんにしがみ付きながら何とか最悪の事態を免れていた。落とし穴の底は、渦巻く水路へと直結していたようで。


 ゴール地点にいた姫香が、慌てて下を覗き込んでだから言ったでしょうとお説教モードへ。後ろにいた護人も同様で、大丈夫かいと慌てて追いつこうとしている。

 香多奈は大丈夫と返事をしつつ、そのままルルンバちゃんにしがみ付いて崖を登って行く。その上で待ち構えている姉のお叱りは、どうやら甘んじて受けるつもりの様子だ。

 その辺は、素直なのか処世術に優れているのかは判断の迷う所。



 そんな波乱が最後に待ち受けていたとは言え、その後は何事も無く来栖家チームは第1層をクリアに至った。アスレの苦手な紗良も、何とか自力でゴールに辿り着いて。

 それが自信となったのか、晴々とした表情でここまで至ったルートを浮き島から眺めている。その横では、長々と姫香に小言を貰っている末妹と言う。


 何しろさっきの騒動では、家族の全員が肝を冷やしたのだ。呑気に撮影しながらアスレに挑むのも、考え物だよねと姫香の口調はなおも強めを維持している。

 幸い、撮影用のスマホはボルダリングに挑むためにボッケに収納していたために落とす事は無かったけれど。これを機に、撮影スタイルも考えた方が良いかも知れない。


 そんな事を考えながら、姫香から報告を受ける護人である。頂上の浮き島まで来るのに敵を倒してゲットした魔石は、このエリアでもやっぱり50個近くあったようで。

 それからゴール地点には中ボスっぽい敵もおらず、転移用の魔方陣は最初から湧いていたそうな。さっきと違って、随分と親切に感じるのは恐らく気のせいだろう。

 振り子の仕掛けや落とし穴は、充分に意地悪と言うか殺意は高いし。





 ――これと似たエリアがあと2層、先が思いやられる一行である。






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