第478話 懐かしのアスレチックコースに家族で悲鳴を上げる件



 その最初のエリアだが、どうやら円形のドーム状の造りの様だ。その中央の浮き島には、移動用の魔方陣が設置されているのが遠目で窺える。

 そこに行くには、丸太を渡ったりよじ登ったりしないといけない仕様みたい。丸太を落ちると、1メートル下の水流に流されて一体どこへ行くのやら?


 場所によっては渦潮になっていて、泳いで移動はかなり難しそう。顔色の悪い長女を、必死に末妹の香多奈が平気だよと励ましている。

 つまり、家族で揃ってここを突破するのは既に決定事項らしい。とは言え、丸太もそこまで細くは無いし、今のところはモンスターの影も窺えない。


 これで敵の妨害もアリだと、かなり極悪な仕様となる可能性が。どうやら鬼のダンジョンは、こんなアスレチックコースが大好きみたい。

 ただまぁ、長女の紗良とは相性は抜群に悪いかも。


「大丈夫たよ、紗良お姉ちゃんっ……見た感じだと、そんなに大変なコースじゃ無いし。ルルンバちゃんや萌だって、ちゃんとサポートしてくれるからっ!

 時間制限も無いんだしさ、自分のペースで進んで行こっ?」

「そうそう、もし途中で戦闘があったら、私たちに任せてくれて全然良いんだから。紗良姉さんは、後ろからみんなとゆっくり来てよ。

 夕方の特訓でも、あんなに頑張ってたじゃんか!」

「そっ、そうだね……ここは特訓の成果の見せ所だね、頑張るよっ!」


 そう告げる紗良の表情は、やっぱり少しだけ引きっている。とは言え、一応は前向きになったようで、どう進めば一番安全かのルート選定を始めている。

 ハスキー達は、揃って1メートル下の水の急な流れを一瞥した後、さして問題では無いと判断した模様。それから敵が出て来ないのかと、周囲を探索し始める。


 茶々丸も同じく、彼にとってアスレチックなど無いに等しい障害物である。ただしルルンバちゃんは、自分の重量にコースが耐えられるかなと少し不安そう。

 そこは、ダンジョン内は安普請ふしんでないと信じたい。この目の前のコースは、順調に進めば10分も掛からない仕掛けのようにも見える。

 ただし、アスレチックが苦手な者にはどう映るかは不明。


 そんな事は関係無いと、ハスキー軍団と茶々丸は先行して丸太を次々と渡り始めた。特にレイジーなどは、『歩脚術』スキルも持ってるだけあって無敵である。

 後は、敵が出現するかどうかなのだが……ダンジョンの仕掛けは、やはりそこまで親切では無かった模様。障害物に置かれた丸太の影から、出現するパペット兵の群れ。


 中にはガーゴイルも混じっていて、飛行タイプは単純に厄介かも。丸太を渡っている途中で襲われたら、運動神経の良い姫香でも危ない気がする。

 とは言え、ハスキー達の戦闘能力は既にそんなラインも軽く超えている。パペット兵なと足止めにもなっておらず、ガーゴイルもスキルで簡単に破壊されて行く。


 そして5分後には、最初に出て来た敵影はすべて姿を消していた。ハスキー達はチームを振り返って、ここまでは安全だよと浮き島の1つでアピール。

 それを受けて、紗良を含む子供達もアスレチックコースへと挑み始める。姫香はひたすら先行して、いち早くハスキー達と合流を果たした。


 紗良は香多奈と萌にサポートを受けつつ、何とか丸太渡りをこなして行く。それよりルルンバちゃんが心配な護人は、彼が渡れそうなコースを何とか見つけ出すのに必死。

 チームとは別行動で、そちらからコースを攻略する事に。


「ルルンバちゃんの大きさと重さだと、2本の丸太を使わないと危なそうだからな。俺たちは別のコースを渡るから、みんなは気にせず中央を目指してくれ。

 そんなに遅れずに、すぐ追いつけると思うから」

「了解っ、叔父さんっ……それじゃあ私たちは、紗良姉さんをサポートしながら進んでるねっ! また敵が出て来たら、ハスキー達に任せれば良いかなっ?

 頼んだよっ、みんな!」


 そんな訳で、一部は別行動で進む事になった来栖家チームである。ただし目指すゴールは同じで、視界も開けているのでそこは何とでもなりそう。

 大声を出せば届く範囲なので、別行動の護人とAIロボにもサポートは万全だ。それは逆もまた然りで、今も飛来して来た鳥型モンスターを護人が撃ち落としていた。


 その間、ルルンバちゃんは多脚アームで2本の丸太を使って奥の島へと渡る作業。並んだ丸太同士の間隔は、1メートル以上開いているので、これもまたスリリングである。

 渡るべき距離は10メートル程度だろうか、それを何とかクリアして得意満面のルルンバちゃん。護人も褒めてあげて、何と言うか保護者気分なのは否めない。


 それでも褒めて伸ばすのは、来栖家の家族ルールでもある訳だ。パワーはチーム最強ながら、魔道ゴーレムのボディのお陰で機動力はイマイチなのは仕方の無い所。

 スキル獲得か改造かで、どうにかなれば良いのだが。今の時点でそんな事を願っても、詮無せんない事には違いなく。ルルンバちゃんの弱点は、甘んじて受け入れるのみである。

 それがある意味、家族の優しさと言うモノだ。


 幸いながら、出て来る敵に強いタイプは混じっておらず、今の所はハスキー達の活躍で排除出来ている。ルルンバちゃんはアスレチックコースに、全神経を注いでくれればそれで良い。

 それは紗良にしても同じで、そちらは香多奈や萌が万全のサポートを行ってくれていた。そんな訳である意味バラバラな道のりながら、心意気はピッタリ一致している来栖家チームである。


 真面目さではピカ一のルルンバちゃんは、護人の示した丸太の道をゆっくりと進んで行く。落ちたらずぶ濡れでは済まないので、慎重になるのは当然。

 特にルルンバちゃんが落ちたら、2度と浮かび上がっては来れないだろう。レイジーやツグミなら何とでもなりそうだが、子供達はちょっと危ないかも。


 そして現在は、ハスキー軍団がようやく真ん中のポイントに至った所。その半分の地点に紗良達がいて、一番遅れているのがルルンバちゃんって感じ。

 まぁ、最悪でもルルンバちゃんは、魔道ゴーレムのボディを捨てれば生き残れる。そうすると必殺のレーザー砲を使えなくなる訳で、戦力の大幅ダウンは否めない。

 そんな事態を避けたい護人は、のんびりペースでコースを進む。


「護人さんっ、私たちもっと先に進んでてもいいかなっ? ハスキー達も敵を倒しながら、割と先行しちゃっているしさ。

 紗良姉さんも、意外とペース上がって来てるし」

「ああ、構わないよ……こっちはルルンバちゃんの、通り易いルートを探しながら行くから。敵の襲撃に気をつけて、そっちの進みやすいペースで行ってくれ」

「紗良お姉ちゃんも、段々ここのコースに慣れて来てるよね。厩舎裏の叔父さんの作ったコースでも、夕方の訓練の時に頑張ってたもんね!」


 1層の序盤でもう慣れて来たと評されている紗良だが、実際はまだおっかなびっくりの歩みである。香多奈の言葉は、どうも身内贔屓びいきが過ぎる模様。

 その点はルルンバちゃんも同様で、順調なのはハスキー軍団と茶々丸のトップ集団のみ。レイジーは『歩脚術』があるし、コロ助は《韋駄天》スキルが秀逸だ。ツグミは《闇操》でバランスを取れるし、仔ヤギの茶々丸は山岳地帯も平気で闊歩かっぽする野生の能力の持ち主である。


 丸太の1本道など、彼女たちにとっては何の障害にもなりはしない。そして出て来る敵も、飛行系ってだけで特に強くも厄介でも無いと言う。

 それでも2メートルの段差を登った最初の浮き島には、それなりの敵が控えていた。地面に潜んでいたのは平らな甲虫型の敵で、その口は鋭いはさみになっていた。


 地の利を生かしての不意打ちに、しかし引っ掛かる者は存在せず。ツグミが仲間に知らせていたお陰で、簡単に返り討ちに遭って行く哀れなモンスター達である。

 そして数分も掛からず、中継地点の浮き島は攻略完了。


 ハスキー軍団は、これ以上はさすがに先行し過ぎたら不味いと思った模様。高場から顔を出して、後続のチーム員たちが追い付くのを待つ素振り。

 そこからの景色は割と壮大で、普通ならこんな馬鹿みたいに広いアスレチックコースは有り得ない。さすがダンジョン、そのクオリティは感心するレベル。


 そんなハスキー達に遅れる事8分、ようやく紗良を護衛しながら第2陣が到着した。2メートルの段差にひるみつつも、その程度ならと根性を見せる長女である。

 そこから5分遅れて、ようやくルルンバちゃんも追いついて来た。疲れは全く無いのだが、ルート選択にそれなりに神経を遣った様子である。


 そのせいか、鋼鉄ボディのAIロボが少々やつれたように見えてしまう不思議。それをねぎらう護人も、思わぬルルンバちゃんの弱点に困り顔だ。

 萌の装備についている『立体機動』の特性があれば、ルルンバちゃんも難関コースをスイスイ進める筈なのだが。ルルンバちゃんが鎧を着こむ訳にも行かず、現状は根性でコースを進むのみ。


 マジックハンドのスキル《念動力》も、さすがに彼の巨体を動かすのは無理。その能力は、最近は地面に散らばった魔石やドロップ品集めにしか使ってない。

 それでも2メートルの段差も、何とか自力で登り切る事に成功して。姫香や香多奈から、やんやの喝采かっさいを貰ってちょっと有頂天なルルンバちゃんであった。

 見上げれば、ゴールはあと少しの距離。


「頑張ったね、ルルンバちゃん……あとは、ネットで出来たコースを登るだけだけど。これはルルンバちゃんの多脚パーツで、果たして攻略出来るのかなぁ?

 このダンジョン、人間以外に不親切だよね!」

「まぁ、確かにそうかもな……幸い出入り口のワープ魔方陣は、開きっぱなしだからリタイアは可能だけど。ルルンバちゃんだけ入り口で待ってなさいは、ちょっと可哀想だよなぁ」

「もうこの際、ドローン型になってついて来て貰えればどうですか、護人さん。戦闘能力は落ちるけど、それはこの際仕方ないって事で」


 そう提案する紗良は、既に息も整って次のコースへと挑める状態に回復していた。そして何とも冷静な解決方法を、護人に向けて提案して来る。

 それを聞いた香多奈は、それもそうだねと呆気にとられた表情に。護人も同じく、今まで苦労してここまで来たのが馬鹿らしく感じる解決方法である。


 そしてそれはルルンバちゃんも同じだった様で、完全に動きを停止させてしまった。その後に回れ右して、元来たコースを歩み始める哀愁漂うその背中。

 彼も分離してドローンを飛ばせる事を、完全に失念していた様子である。最近は手強いダンジョンばかりで、身軽になると言う解決策を見失っていた感じ。


 護人も完全に失念していたので、そんなAIロボを責められず。そんな訳でチームの皆に待って貰って、10分以上掛けて入り口へと戻って行くルルンバちゃん。

 そして再びの合流は、何と3分も掛からない有り様である。


「そうだっ、護人さんもマントで空を飛べるんだった! 凄いね、アスレチックコースとか関係ないじゃんっ!

 そう言う点では、ドローン形態のルルンバちゃんも同じだね」

「あとは紗良お姉ちゃんが頑張れば、このダンジョンも意外とはやく攻略出来るかもねっ。それじゃあ、あとちょっと頑張って進もうっ!」

「そっ、そうね……頑張るよっ」


 自分よりアスレチックが苦手なルルンバちゃんの脱落に、何となく複雑な心境の紗良である。その後特訓の成果を見せる良い機会だと、ポジティブにとらえて歩を進め始める。

 網目のコースはなかなかに意地悪で、網目の広い場所は余裕で人が下に落ちる大きさ。それでも先に進む末妹は、移動も軽々で頂上を目指して進んでいる。


 呆れた事に、ハスキー達や茶々丸でさえ人の手をわずらわせる事無くこの仕掛けをクリアしていた。移動系のスキルを持つ彼女達をうらやみながら、紗良も賢明に距離を稼ぐ。

 気付けばゴールはもう少し、隣でサポートしてくれる萌に感謝しながら、残りを一気に登って行く。ちなみにミケは、姫香が預かってくれて今は彼女の肩の上である。


 そして頂上に辿り着いた紗良に、家族からの温かい拍手とねぎらいの声が。達成感に思わず崩れ落ちそうになりながら、香多奈の呟きには心がくじけそうに。

 つまりは、まだまだやっとこ1層目なのだと。





 ――単純な計算だと、3層×扉が4つ分……先はまだ長いっ!










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