第477話 いよいよ最後の“ダンジョン内ダンジョン”に挑む件
数日にわたる遠征での大規模レイドを経て、それから
数日小学校をサボってしまった香多奈は、否応なく元の通学生活に戻された。付き添いのコロ助と萌も、同じく小学校に隣接したドッグランで待機している。
この施設は護衛犬用に造られて、割と広くて快適なのだけれども。ある日を境に、コロ助と遊んでくれる犬が全くいなくなってしまった。
それだけ“変質”した同種は、彼らにとっては異質なのだろう。それも当然か、レベルの概念を得たコロ助や萌は、強さの点では桁違いの力を得ているのだ。
それこそ、軽くじゃれつかれただけで命に危機が及ぶ程度には。
他の護衛犬に悪いので、たまにドックランを脱走して学校の周辺を散歩するのも日課となったコロ助である。萌もそんなコロ助に付き従って、一緒に散歩を楽しむのだった。
とは言え、彼の本分は末妹の護衛である……あまり離れると本末転倒なので、飽くまで学校周辺の見回りと言う体である。香多奈もそれを容認しており、自分の愛犬に『見回り中』の首掛け看板を作ってあげてみたり。
これの製作は、主に手先の器用な太一が
行く先々で歓迎を受け、たまにおやつを与えて貰ったり。そんな訳で、この近辺の見回り業務は彼のお気に入りの日課になってしまっていた。
まぁ、いざと言う時には《韋駄天》と言う奥の手スキルを持っているコロ助である。学校に異変があれば、文字通り飛んで戻れる自信もある。
そんな訳で、すっかり麓の町の珍百景になってるコロ助と萌なのだった。
その日の夜は、夕食に凛香チームを招いての懇談会風な小パーティに。遠征から戻って来てから一度やったけど、それは家と家畜の管理のお礼である。
今回はその続きと言うか、来栖家の遠征での活躍を聞き足りないと言う声に応じたモノ。何故かザジも混じっているが、もはやそんな事は誰も気にしない。
凛香家からもおかずを持参して、その辺の気配りもお互い既に慣れている感じ。まだ若いのに、すっかり主婦と言うかお母さん染みて来た凛香は本当に立派。
凛香チームも昔は、広島市内のストリートチルドレンだった過去を持っている。それを考えれば、
凛香もそうだが、やはり一番の変化は“変質”から回復した隼人と穂積だろう。特に体にまで“変質”の兆候が表れていた穂積の回復は周囲を驚かせた。
これも来栖邸の
そのお祝いも、既に盛大に2家族で行い済み。
「もうすぐ梅雨に入るからね……今まで野菜の苗が順調に育ったからって、油断してたらあっという間に駄目になるよっ。
でもそれを過ぎたら、ぽつぽつ実がなり始めるからねっ!」
「葉っぱの成りすぎも、種類によってはあんまり良くないんでしょ? 野菜作りも難しいよね、植え合わせとか土壌作りとか色々学ばないといけないし。
だから面白いって、隼人はかなり熱が入ってるけど」
「面白いぜ、野菜作り……兄弟たちに、美味しい野菜を食べさせてやりたいしな。まだまだ新米だから、そんな上手く行くとは思って無いけど」
今の話題はお隣さん家の前の畑についてで、凛香と隼人が盛り上がって会話している。最初の頃はヤンチャが目立っていた隼人だが、最近はかなりの落ち着きを見せ。
一家の大黒柱的な立ち位置で、探索でも普段の生活でも兄妹に頼られている。環境が人を育てると言うが、隼人に関してはまさにそんな感じ。
テーブルの上には様々な料理が並べられていて、特に卵料理が大人気だ。年少組は特にそうで、最近卵を産み始めた自分の家の鶏を自慢したくて仕方が無い。
この鶏は来栖家のお裾分けで、
その萌は離れた場所のソファに寝そべって、我関せずと半分まどろんでいる。その下の床では、ルルンバちゃんが通常モードでご機嫌にお掃除中。
そして天井の
そしていつの間にか、食事中の話題は探索に関する事に。
「そんで、三原の奪回作戦は一応だけどひと段落ついたんだろ? 来栖家チームも大変だったよな、動画で観たのとこの前聞いた話でしか分かんないけど。
その後始末とかは、関われって言われてないんだろ?」
「敵のドーム状の転移魔方陣は、取り敢えず2つ潰してモンスター軍の後続を断つ事には成功したみたいだよ。後は狩り残した敵の掃討戦と、それから町の復興作業になるんだろうね。
遠方の俺たちは、そっちには関わらなくて良いって言われてる。この町だって、探索者の数に余裕がある訳じゃ無いからね。
まぁ、昔よりはかなり増えて来たけど」
「ダンジョンの数は相変わらず多いし、強烈なのがまた春に生えて来たもんね。それの再突入の案件ってどうなってるの、護人さん?
するなら早い方がいいんじゃない、あんまりクリアする自信は無いけど」
来栖家チームで自信の無いダンジョンってどんなだと、姫香の言葉に騒然となる凛香チームの面々。そちらについては、依然として4チーム目の決定待ちらしい。
その間に、来栖家チームも実力をつける作戦でここまで来たのだが。そのためには、鬼の試練の“ダンジョン内ダンジョン”のクリアが優先かなぁと紗良の呟き。
香多奈は“アビス”の宝探しもアリだよねと、次の探索に付いてはノリノリだ。それについては家族からは、積極的な賛同は得られずの結果に。
凛香チームの方も、最近は安定して探索で稼げるようになっていて嬉しい限り。それだけ日々の来栖家との特訓で、実力をつけているのも大きな要因ではある。
パターンとしては週に1~2回の、主に協会からの間引き案件がメインだ。それから、C~D級ランクのダンジョンに突入しての魔石や薬品の回収など。
特に“竹藪ダンジョン”では、薬品に加えて食材も入手が可能である。
定期的に稼げるダンジョンに潜る事で、実力もつくし生活も安定すると言う。ここまで達するには、当然ながら毎日努力を重ねた実績も大きい。
もちろん来栖家のサポートも、大きく関与してリーダーの凛香も感謝し切りである。特に大人に支えられていると言う、精神的な安定は計り知れない。
それは年少組も同じで、とにかくよく笑うようになったのは嬉しい変化である。“変質”の心配もしなくて良くなったし、いつの間にか頼もしいお隣さんも増えて来た。
まぁ、異世界のチームが丸々越して来た時は、ちょっと大丈夫かなと思ったけど。幸いにもすぐに打ち解ける事が出来て、特にザジなどは今やマブダチである。
その後も会話は多岐に渡り、小学校に通う年少組の年間行事とか家族同士でどこか遊びに行こうとか。子供達が主導権を握って、予定はどんどん組まれて行く。
ただ最近は、来栖家チームもA級探索者としての腕前が広まってしまい。協会やら企業などから、指名依頼が色々と舞い込むようになって来た。
それが自治会依頼と合わさって、副業の方が忙しくなる破目に。
まぁ、その副業の探索が子供達のストレス発散になっている感は否めない。色んな所に出掛けて探索で宝箱を回収する、それは確かに楽しい行事だろう。
出来れば普通のドライブやキャンプで、本音では子供達を楽しませたい護人。そんな日が果たして来るのかは、A級で名前が売れ始めた今となっては疑問である。
そんな事を考えていると、青野菜のお浸しがお皿に盛られて目の前に回って来た。お隣で採れたものを、凛香と小鳩が頑張って調理した一品らしい。
そんな平凡な一幕が、この上なく好ましい食卓だった――。
その週の終わりの休日、朝食後の食卓ではあれこれと議論が交わされていた。取り敢えず、三原への遠征の後始末はひと段落ついてすべきことはもう無い。
それなら次に考えるのは、やはり日馬桜町及び自宅の敷地内についてである。“喰らうモノ”の4チーム目は、未だに選考中との事で進展はまだ無い。
“ダンジョン内ダンジョン”の5つ目をクリアすれば、鬼の試練と妖精ちゃんの課題の両方に片が付く。何より近場なので、気張って遠出する必要も無い。
そんな訳で、今週末の探索場所はようやく決定の運びに。
「そうだよね、確かにこっちも大事だねっ……小鬼ちゃんには会うたびに、さっさとクリアしろってせっつかれるもんね。
そんな訳で、頑張って1日でクリアしようっ!」
「だとすると、やっぱり午前中から探索に出掛けなきゃだね。それでいいかな護人さんっ、割とハードな日程になっちゃうかも?
前の探索からは、2週間くらいは空いてるけど」
「まぁ、それは仕方が無いかな……ハスキー達も、そろそろ暴れたくて仕方が無いだろうし。それじゃあ、今から支度をして今日1日頑張ろうか?」
護人の決定に、了解と元気な返事がリビングに響き渡る。そして縁側では、探索に出掛ける気配を感じて早くもハスキー達がソワソワし始めている。
一緒に縁側にいる茶々丸も同じく、周囲を飛び回って喜びを表現している。そんな感じで10分後には、着替えも準備も終わらせた一同は勝手口に集合を果たした。
それからさて出掛けようかと、まるで農作業に出掛けるみたいな心意気の発言。まぁ、護人の心情的には似たようなモノなのかも知れない。
ただし、探索に関しては命懸けなので、気は充分に引き締めている次第。そしてハスキー達を先頭に、敷地内を“鼠ダンジョン”へ向かって歩いて行く。
そこを3層まで下って、ようやく今日の目的地へと到着した。
5月の上旬に3つ目と4つ目を攻略したので、そこから約1か月の時間が経った訳だ。それは香多奈の言う通り、攻略の終了を待ち
それはともかく、この“ダンジョン内ダンジョン”の存在を知って、本当に色々あったなと感慨に
それから鬼の真夜中の挨拶を受け、1つまた1つと攻略を重ねて行って。彼らの言う“メシア”が何なのかは分からないけど、とにかく何とか攻略は順調に進んで来れた。
そして今日この5つ目をクリアすれば、ひとまずは鬼の試練は終了となる。香多奈の言うように、向こうがクリア報酬を用意しているかは
妖精ちゃんから、追加でダンジョンを消滅させる方法を教えて貰えるよう、しっかりと言質は取ってある。それだけでも、この敷地内のダンジョン環境は随分と改善される筈。
とりわけ、“裏庭ダンジョン”だけは速攻で潰す予定の護人である。
「さて、長かったような短かったような、この“ダンジョン内ダンジョン”との付き合いだったけど。今日でキッパリ終わりにして、敷地内の環境の改善に励もうか。
夏は色々と本業も忙しくなるからね、その前に出来る事は片付けて行かなきゃ」
「凄い露天風呂も、前報酬で造って貰っちゃったもんね……こっちも頑張って、向こうのお眼鏡に適うように実力をつけなくちゃ!」
「そうだよっ、だからハスキー達も頑張ってよねっ!」
そうハッパを掛ける末妹に、ハスキー軍団は尻尾をブンブン振って頑張るよアピール。茶々丸も興奮がピークを越したのか、末妹に軽く頭突きをかまして来る始末。
そんな一行を
それを確認しての、毎度のハスキー達のエスコートからの移動の先に。一行が見たのは、他のダンジョンとはまるで異なる仕掛けだった。
いや、以前に1度だけこれと似たエリアに挑んだ事はあった筈。それは去年の、鬼が一夜にして造ったと噂される“樹上ダンジョン”の仕掛けに酷使していた。
つまりは、バリバリのアスレチック仕様のエリアが目の前に。
「えっ、これを今からクリアするの……?」
――紗良の呟きは、しっかり家族の耳にも届いたのだった。
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