第476話 青空市で姫香が後輩から厄介な頼まれ事を受ける件
「あれっ、確か先月もお客さんで来てくれてなかったっけ……あなたたちって、宮島の探索者チームだったんだ?
噂は色々聞くけど、向こうって今はどんな感じなの?」
「う~ん、正直混乱はしてるけど……地元以外の探索者チームが、結構な数押し寄せて来たからね。C級ランク以上は、島にいるだけでお手当てが付くから現状羽振りはいいかな?
協会はオーバーフローを警戒してるけど、今の所はそんな兆候は無いよ」
「お陰でA級の“厳島ダンジョン”以外は、暇している探索者チームで混み混みだよ。C級の既存の奴とか、
そっちも特に戻って来なかったチームが出たとか、そんな話は無いよ」
そうなんだと、“浮遊大陸”の接近からの最新情報を耳にして、ひたすら感心する姫香と協会職員の2人である。取り敢えず両者は、混乱が無い事態には安堵のコメントを口にする。
“浮遊大陸”に居を構える、獣人軍やホムンクルス軍との接触が未だ起きていない事態に。今後相手がどう出て来るか、その辺が悩ましい未来予想図ではある。
それが無いのは、直通しているルートが無いせいなのか、それとも向こうが侵攻のパワーを溜めている最中だからなのか。協会からは、こっちから攻めようって話も持ち上がっているそうなのだが。
そうなるともう、全面戦争待ったなしである。慎重派からは、もう少し様子を見ようって感じの制止があって、現状はそっちの意見が優勢のよう。
そう話す目の前の宮島の『
それなら安くしておくよと、色々と魔法アイテムの武器やアクセサリーを提示する姫香である。毎度のコミュ力で、あっという間に仲良くなって話を弾ませる能力はさすがの一言。
結果として、わずか数分で向こうのチームに燃焼&筋力アップ効果の『硬革のグローブ』と、遠隔攻撃アップ効果の『木の実のペンダント』を売り込む事に成功。
かなり値引きもしたので、相手チームにも喜んで貰えて何よりである。来月も時間があればおいでよと、姫香のセールストークも軽快に弾む中。
向こうのチームも、
そんな感じでの慌しい昼休憩を終えて、来栖家のブースは売り子の交代から午後の追い込み。土屋と柊木の協会コンビは、ようやくのお昼ご飯休憩である。
その頃には岩国チームの面々も、挨拶をして去って行ってくれた。新人だと紹介された若者2人だが、結局ずっと緊張したままでほぼ会話も無かった。
その新人チームを売り出したいと言う、妙なお願いについては適当に聞き流した護人ではあったモノの。親しくしている岩国チームの頼み事だし、
帰り際にまた今度、日を改めてお願いに来ると向こうも言っていたし。それまでは心の隅に留めておいて、他のダンジョン探索で力をつけるのもアリかも。
何しろムッターシャと約束している“喰らうモノ”の再突入が、目前に迫っているのだ。チーム方針としては、探索で力をつけつつ鬼の試練の残りをこなすべきか。
そんな事を考えながら、午後の時間をブースの奥でゆったり過ごす護人である。ブースのローテだが、現在は土屋と柊木の食事休憩が終わったところ。
それを受けて、紗良が最初にお出掛け休憩に入った模様。
「さてとっ……紗良姉さんが休憩に入ったけど、私たちは午後の追い込みを頑張ろうっ! まだまだ売り物はいっぱいあるし、午後から参加のお客さんも多いもんね。
香多奈のアンポンタンは遊び歩いてるみたいだけど、こっちは過去最高売り上げを目指すよ、土屋ちゃんっ!」
「う、うむっ……私もうさ耳の被り物、した方が良いかな?」
「あっ、じゃあ私の貸しますよ、先輩」
相変わらず変なノリの3人だけど、売り上げはその後も順調に伸びてくれた。夏に向けてかは不明だけど、麦わら帽子や虫かごや虫取り網がまず売れて行って。
それからこちらは“男子限定ダンジョン”からのドロップだったか、タンクトップやハンドグリップに買い手がついてくれた。他にも梅雨に備えてなのか、レインコート類も子供連れの客が購入に至った。
午後のスタートも好調で、ヘンリーも帰り際に『安寧のぬいぐるみ』と言う猫の縫いぐるみを買って行ってくれた。レニィの為だけど、これは魔法の安寧効果が付与されている良品だ。
4万円とお高い設定だったのだが、愛娘のご機嫌を取るには否応も無かった模様。それより人見知りの土屋も、何とか頑張って老夫婦に接客してくれた結果。
お皿やティーカップをセットで販売に成功して、何となく自信もついて来た感じの土屋女史である。本人も驚いている風なのはアレとして、何事もこなせば成長して行くモノだ。
柊木も何故か、保護者然とした表情で生温かく見つめている。このコンビは、傍から見ていても結構面白いデコボコ振りで飽きが来ない。
そして肝心のブースの売り上げだが、その後も快調でお客さんが途切れる時間もほぼ無かった。羽振りの良い老夫婦などもお客に混じって、金払いも良くて大助かり。
そのせいか、絵画とか日本人形みたいな
買い物休憩から戻って来た紗良は、この報告を聞いて上機嫌に。それから他の屋台も大盛況だったし、青空市自体の盛り上がりも過去最高かもと口にする。
お陰で、休憩中の買い物も
「それは凄いね、日馬桜町の青空市もようやく周囲の町にも知れ渡って来たのかな? 運営の人たちは大変そうだったけど、みんなが楽しめるイベントはいいよねぇ。
それじゃあ休憩交代しようか、姫香ちゃん……お店を覗いて回るだけでも面白かったし、楽しんで来てね♪」
「それじゃあ、土屋ちゃんと柊木さんには悪いけど、買い物休憩に入らせて貰おうかな? 護人さんも、何か欲しい物があったら買って来るけど。
食べ物とかもいいかな、間食用に何か適当に買い込んで来るよ」
ありがとうと、呑気な返事の護人は今日に限っては本当に気楽そう。探索者チームの来訪は幾つかあったけど、深刻な相談は無かったせいだろう。
姫香もその点は安心して、このベースキャンプを離れられる。香多奈からも、さっきキッズチームもお昼を食べたよとラインで報告があった。
後は本当に、こちらも青空市の雰囲気を楽しんで終わるだけだ。ブースの売り上げも期待出来そうだし、今日は本当に良い日になりそう。
そう思って休憩に入ったのだが、まさかあんな厄介な案件が直後に舞い込んで来るなんて。人生って
しかもその件を持ち込んだのは、地元の顔見知りだったと言うオチ。
ようやく巡って来た姫香のお出掛け休憩時間だが、屋台を見回る前に知り合いに捕まってしまった。しかも相手は地元の中学の後輩で、
名前は
以前にも青空市で話し掛けられた記憶はあるが、その他の場所では全く接点は無くなってしまった。そんな後輩の相談なんて、恐らくは
そしてその予感は大当たり、どうやら彼女は進路的な相談を持ち掛けようとしているらしい。しかもその内容と来たら、高校を辞めて探索者になるって言う物騒なモノ。
つまりは地元の同級生数人とチームを作って、つまらない高校は全員で辞めての探索者デビューみたいな。早まらないでとの姫香の制止も、先輩も高校行ってないじゃないですかと説得力はまるでナシの結果に。
私のは逃げとは違うよと反論するも、
そんな訳で、姫香の所属するギルド『日馬割』に入れてくれと言われても困ってしまう。姫香だって叔父の護人と散々揉めて、今も午前中はゼミ生教室で勉強しているのだ。
姫香のスケジュールは、そう言う点では割とハードである。午後は家の手伝いもするし、夕方からはみっちり厩舎裏で特訓している。後輩がお気楽に高校が嫌だから探索者をやるとか言われても、とても賛同など出来るモノではない。
しかも目の前で熱弁を振るう多恵は、割と無礼な物言い。
「6月で高校を辞めたら、同級生の下田と柿谷でチーム作ってお試し探索してみたいんで。ちょっと先輩の家の、あのロボットかハスキー犬を貸して下さいよ!
そしたら私たち素人でも、楽に3~4層は潜れるでしょ?」
「アンタね……何で最初から、人に頼って楽しようとしてるの? 大事な家族を、アンタ達みたいな素人集団に貸す訳無いでしょ?
そもそも、そんな無礼な願い事を言って来る人をギルドには入れられない!」
後日、その顛末をこっそりと護人に話してみた姫香だったけれど。一通り聞き終わった護人は心得た表情で、自分の起こした問題は自分に返って来るモノだよと神妙にコメントを返して来る。
ぐうの音も出ない姫香だが、そう言われる程には去年はゴネまくったし、護人と何度も言い合ったのも事実。姫香の高校行かない問題は、来栖家では何とか治まりを見せたモノの。
どうやら年度を変えて、別の場所で再び火種が熱を持った模様である。その相談が姫香の元へと来たのも、護人に言わせれば必然なのだそう。
世の中って、結局はそう言う風に出来ているんだよとの悟った物言いに。若い姫香は全く納得は出来ないけれど、一応は多恵の行動を思い留まらせる事には成功したのだった。
つまりは勢いからの、3人の退学騒動に関してはキツい言葉で制止する事には成功した。その際に現在の姫香の、並外れた身体能力を披露してちょっと脅したり。
結果的に、探索者ってこの程度出来ないとすぐ死ぬ事になるよとの警告にはなった模様。ペット達のレンタルにしても、自分より弱い者に従う訳無いでしょと言い含める事は出来た。
その言葉は本当では無いけど、ペット達だって見も知らぬ新人の子守り探索などしたくは無い筈。口にするのも恥ずかしいが、来栖家チームの強さの秘密は
レンタルに頼って、お気軽に強さなど生まれようも無いのは確か。
日馬桜町的には、新たな探索者の誕生を歓迎したかも知れないけれど。若すぎる探索者が命を散らすのは、良くある事なのでそれを姫香が阻止したとも言える。
協会の能見さんからは、今年も初心者講習会みたいな事を開催すると姫香も聞いている。一応その情報だけは、後輩の多恵には知らせておいた。
この町からは、熊爺家の双子が講習会に参加を予定している感じだろうか。とは言え、まだ子供の双子だけを広島市へ向かわせるのは抵抗がある。
元は市内のストリートチルドレンだったので、その辺は問題無いかもだけど。それでもギルドとしては、夏に向けて何か対策を講じる予定ではある。
護人とも話し合って、ギルド員の厚遇は手厚くすべし。
――そんな感じで、波乱の6月の青空市は過ぎて行ったのだった。
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