第475話 来栖家のブース前に色んな探索者が訪れる件



 青空市の旧グランド奥のコピーバンドは、再びケミストリーの初期の曲を演奏し始めていた。姫香が伸び上がって確認すると、奥の広場の客数はさっきより随分増えている様子。

 それは何よりだ、青空市が程々に盛り上がっている証拠なのだから。そしてその盛況振りは、この来栖家のブースでも引き続き維持されていた。


 お陰で、兎の絵本は全て売り切れて、ダンジョン産の食料品もあっという間に品切れに。そして娯楽品の縫いぐるみや珊瑚の置き物、絵画の類いも少しずつけて行ってくれている。

 その他、“戦艦ダンジョン”でゲットした高性能のヘッドライトや医療キット、迷彩服も物珍しさか値段の安さからか、一般のお客が買って行ってくれた。


 お陰様で、ブース展示品の追加配置に大忙しの姉妹である。お手伝いの柊木と土屋も、愛想こそ微妙だが何とか接客をこなしてくれて一安心。

 土屋に限っては相変わらずの挙動不審で、間違っても接客業に適性があるとは言えないけれど。後輩の柊木が何とかフォローしてくれて、破綻とまでは至っていない。

 そんな感じで、しばらくは売り子に専念する姉妹とお手伝いさんたち。


 昼前には吉和のギルド『羅漢』の顔馴染みの、雨宮チームも数名で寄ってくれた。そしてMP回復ポーションとエーテルを、大判振る舞いで購入に至った。

 これで薬品類は、ほぼ売り切り完了でホクホク顔の紗良である。ついでに雨宮は、魔法アイテムの『弾丸のペンダント』も購入してくれてこれも嬉しい誤算。


 それを見ていた柊木も、青空市で魔法アイテムが売れるんだと感心した素振り。実際、最近はこの日馬桜町の青空市で、探索者を見掛ける割合も増えて来た。

 そう思っていると、後ろのキャンピングカーから広島市のトップ探索者達が、護人に見送られて出て来た。甲斐谷たち3人は、それじゃあまたと手を振ってこの場を去って行く。


 どうやら会合は無事に終了したようで、その結果に興味津々な姫香である。何の話し合いだったのとミケを抱えた護人に訊くも、その返事は気の抜けたもので。

 要するに、ただの近況報告でしか無かった模様。


「三原のその後の復興具合とか、後は宮島と“浮遊大陸”の近況についての話があったかな? 間違っても出動要請なんて掛かってないから、その点は安心していいよ。

 それから市内の協会の話とか、岩国の協会の話題もあがったね。そっちはまぁ、まだ何とも言えない状況みたいなんだけど……」

「ああっ、岩国のチームにはお世話になってるよね。今日も来るかな、ヘンリーさんとレニィちゃん。

 香多奈がいないから、預かってて言われたら誰がお持て成ししようか?」

「土屋先輩でいいんじゃないスか、接客よりは上手に出来るでしょ……ミケちゃんと一緒に、おままごと出来るなんて大変な名誉ですよ、先輩」


 そう話を振られた土屋は、満更でも無い表情で頷いている。それから早くレニィちゃん来ないかな的な、待ちびた表情のコミュ障の協会職員である。

 それよりそろそろお昼の準備をしようかと、ミケを肩に乗せながらの護人の言葉に。それじゃあ焼きそばとお好み焼きを適当に買って来るねと、姫香が元気に名乗り出る。


 ようやく出番かと、張り切ってお供に走り出すツグミと姫香はこうして屋台エリアへ消えて行った。ちなみにお金は売り上げから拝借、紗良もそれを了承して自身もお昼の準備に。

 護人もキャンプ用のテーブルを用意し始めて、一転してブースの背後は賑やかになって行く。そうやってお昼の準備を進めていると、姫香が知り合いと一緒にブースに戻って来た。

 さっき噂をしていた、ヘンリーたち岩国チームの面々だ。


 お昼時に申し訳ないと言いつつも、どうやらレニィが猫ちゃんに会いたいと駄々をねたみたい。こちらは構いませんよと、護人と紗良はお昼を一緒にと招待の構え。

 とは言え、テーブルと椅子の広さと数には限界がある訳で。しかも彼らの中に、見慣れぬ顔が幾つか混じっていて、どうやら紹介したい雰囲気が。


 岩国チームはヘンリーと鈴木とギルの3人、それにヘンリーの娘のレニィはオマケとして。その他にも若い探索者風の人物が2人ほど、明らかに遣り手のオーラを発している。

 その為にレイジーも警戒していて、立ち上がって護人の側にぴったりとくっ付いての戦闘態勢。その頭を撫でながら、その隣で素直に幼女に撫でられているミケにホッと一息。


 前回みたいに、ペット勢がお客に無体を働く事態は何としても避けなければ。彼女達も悪気があってしている訳ではなく、家族を守る為なので護人も怒り難い。

 今回は何とか、子供達も和気藹々わきあいあいとしてお昼の支度を始めていて雰囲気も悪くない。ミケもレニィが気に入ったようで、ちゃんと匂いを覚えて相手をしてくれている。


 後はこのまま全員が席について、昼食会を始めればレイジーも彼らが親しい仲間だと判じるだろう。向こうも合流した姫香とお昼を買い込んでおり、改めて用意する程でも無い。

 とは言え、紗良はお握りや簡単に摘めるおかずを相変わらず持参している。その為にキャンプ机の上は、とってもいろどり鮮やかで見ているだけで楽しくなって来る。

 そんな感じで、岩国チームとの野外の昼食会は始まったのだった。




 こちらは香多奈とキヨちゃん達小学生チームに、熊爺ん家の双子を加えたキッズ達である。現在はお昼ご飯を食べる場所を求めて、小さな町の公道を勇んで闊歩かっぽしている。

 別に戦いにおもむく訳では全く無いのだが、彼ら彼女らの中では気分的にはチーム行動なので。何となく心情的に、勇ましくなってしまうのは仕方の無い事。


 そしてその目的も、赤ん坊を拝見しに行くと言う物凄く平和な行事だったり。それはそれで盛り上がっている子供たち、目的地に向かって元気に歩いて行く。

 一行の話題は、お腹空いたとか赤ん坊見るの初めてとか、至ってありふれた感じのモノばかり。この辺は学校からは離れているので、縄張りでは無いとは言え。


 小さな町なので、知らない道では無いし子供達に不安は無い。そしてコロ助の道案内に従って、数分後には無事に目的地に到着した。

 そして子供達の、揃ってのこんにちはの挨拶がこだまする。


 そこからは、神崎ママに家に招かれてのお喋りタイムに突入。もちろん赤ん坊も一通り全員ででたし、お茶を出して貰ってお昼も食べた。

 割と傍若無人な振る舞いにも思えるが、神崎夫婦はちっとも気にしていない様子。それどころか賑やかな子供達の襲来に、にこやかに対応してくれている。


 まぁ、神崎夫婦も田舎の流儀に一通り慣れて来た感じ、地域全体で子供の面倒を見る的な。将来的には、自分達の子供もこの地域で育って行く訳なのだし。。

 よその子の面倒をちょっと見るなんて、別に何て事も無い。それに少々騒がしいとは言え、基本的に子供達は礼儀正しくて素直な子ばかり。


 元気が過ぎるのは、何と言うか田舎の子供達の特徴の1つでもある。神崎ママも、冒険ごっこと称してこの子供達があちこちに出没しているのは良く目にしている。

 そしてお土産にとプレゼントされた野菜や卵類、子供達が元気な要因はこれに尽きるのだろう。この辺の事情は、神崎夫婦がここに転居を決めた要因でもある。


 食事が終わると、双子はまたもや赤ん坊を見学しに隣の部屋へと飛んで行ってしまった。それにくっ付いて行く萌、どうやら生まれたての生物に好奇心がうずきまくりらしい。

 他の面々は、最近あった事とか香多奈の遠征のお土産話に夢中になってお喋りをしている。特に子供達が大好きなのは、レイジーとミケの活躍で“幽霊船”を撃沈したシーンだった。

 それを話すたびに、香多奈は何かしらストーリーを脚色して行くと言う。


「そんでね、レイジーの召喚した巨大な火の鳥が何十匹も海の上を飛び回ってね。飛び回った結果、瀬戸内海を荒しまくる敵の幽霊船を発見したの!

 そんでもって、ミケさんの召喚した雷の龍と一緒に、あっという間に幽霊船と海賊船の2隻を沈めちゃったのっ! 

 ウチの子達は、本当に規格外だよねぇ」

「へえっ、凄いなぁ……あっでも、香多奈ちゃんのコロ助だって強いんでしょ?」


 そんな風に気を遣う神崎ママと、その横でアレは動画になってるから、脚色し過ぎるのは良くないよと忠告して来るキヨちゃんである。何にしろ、友達には恵まれている香多奈だったり。

 その隣の部屋では、神崎パパと一緒になって赤ん坊をあやしている双子の姿が。赤ん坊はご機嫌で、大勢のお客さんにも物怖じしていない様子。


 それに混じっている仔ドラゴン姿の萌は、この小さな生き物を不思議顔で見入っている。命の織りなすサイクルを目の当たりにして、まるで面食らっているような。

 自身がまるで違う出生なので、こんな不完全な生命体が生きて行けるのか不思議でたまらない感じなのかも。確かにこの世界の赤ん坊は、ほとんどが自身の力だけでは生きていけない。


 親の存在無くして成長が不可能な赤子と言う存在に、この世界の奇特性を内心で驚きまくっているのかも。ただし、来栖家チームでの探索でもその“護る”と言う行為は、頻繁に出現しているのも事実。

 強い者が弱者を“護る”のは、どうやらこの世界では当然の文化であるらしい。そうやって彼らは、連綿と文明を次世代へと繋げて行っているのだ。


 そう言う意味では、萌に与えられた役割はとっても単純で明確だ。来栖家で一番か弱い存在の、香多奈飼い主をあらゆる災害から“護り”抜く事。

 それが萌と呼ばれる存在が、この世で活動するための役割である。そんな様々な感情を味わうために、“意志ある宝石”の彼はこちらの世界へと渡って来たのだ。

 その感情を満たすため、萌は今日も末妹の護衛を頑張るのだった。




「地元の協会の話では、岩国の協会から遠征依頼が来るかもって話だったんだが……今回の新人との顔合わせは、ひょっとしてそんな含みがあるのかい、ヘンリー?

 まぁ、遠征に関しては岩国チームにはこっちの地元もお世話になっているからね。そちらが困っているのなら、力にはなるつもりではあるけど」

「いやまぁ、そんな下心が無かったと言えば噓になるんだけど……取り敢えず今回は、の顔繫ぎと、それから掘り出し物の魔法アイテムが無いか見に寄った事にしてくれ。

 正式なオファーは、また改めて連絡してからうかがわせて貰うよ」

「何だ、やっぱりオファーあるんじゃない……勿体ぶらずに、今ここで言っちゃえばいいのに。まぁ、子供もいる前で仕事の話も確かに無粋だよね。

 レニィちゃん、みんなと一緒にお昼食べよう?」


 そう誘う姫香だが、肝心のレニィはニャンコに夢中でお昼はまだ良いそう。紗良が面倒を見てくれているが、相手をしているミケは少々迷惑な顔色だ。

 そんな中、護人や姫香と一緒に食事中の岩国チームは、岩国チームに再編成があったのだと報告する。現在のチームは、色々あってここには3チームほどいるらしい。


 まずはヘンリーの所属していた『ヘブンズドア』は、鈴木が引き続きリーダーで行くとの事で。それから『グレイス』と言うチームを、元米兵のギルと“魔弾製造機”伊澤で新たに作るそうな。

 株分けして出来た2チームには、補充でC級ランクの新入りが3人ずつ入るそうで。そのお陰で、一時期戦力ダウンは否めないのだとか。


 それから新たに紹介された若い男女ペアは、てっきりその補充人員と思ったが違うらしい。どうやら3つ目のチーム『シャドウ』のメンバーで、名前を鬼島きじま舞戻まいもどと言うそう。

 どちらも20代っぽく若い探索者で、パッと見では遣り手の雰囲気をかもし出している。岩国の協会でも、彼らを期待の新人として売り出したいと画策しているそうな。

 それで近々、その手伝いを来栖家にも頼みたいのだとか?


 変な依頼だねと、お好み焼きを食べながらの正直な感想の姫香である。護人も同じく、鍛えろならともかく売り出しの手伝いって何をすれば良いのやら。

 至って物静かなこの2人だが、どうやらその原因はレイジーやミケの存在にあるみたい。並みでないオーラのこのペット達に、警戒心を抱いている模様。


 その反応だけで、ある程度の実力者だとの証拠でもある。ただし、レニィの束縛から逃れて来たミケへの大袈裟おおげさな態度は、少々やり過ぎかもと護人は思う。

 そのミケだが、客人には何の反応も示さずに主の護人の膝の上へ。ここは彼女のテリトリーでは無いし、自分の睡眠欲求を優先した結果なのだろう。


 なおも説明の続く岩国チームに適当に相槌を打ちながら、来栖家チームのブース周辺は至って平和である。紗良もようやく、レニィを食事の席に連れて来る事に成功してご満悦な表情。

 今は交代に備えて、紗良は大急ぎで焼きそばとお握りを頬張っている所。レニィも父親の給仕で、美味しそうにお握りを頬張っている。


 そうこうしている内に、再びブースが新たなお客で賑わって来た。どうら団体さんと言うより、どこかの地域の探索者チームらしい。

 代打要員でブースに座る土屋と柊木は、そのチームに心当たりがある様子。さすが腐っても(?)協会職員だ、知識の多さはあなどれない。

 現在ブース前にいるのは、宮島の若手探索者チームらしい。





 ――その言葉に姫香が反応、向こうの情報を聞き出すのに丁度良い相手かも?








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