第474話 6月の青空市も快晴に恵まれる件



 何かと大変だった5月を過ぎて、6月の初旬である。最初の日曜日となるその日は、幸いにも天気は良好で。そして始まる、何度目かの日馬桜町の青空市である。

 三原の遠征を無事に終えた来栖家も、毎月の恒例行事としてこれに参加を決め込んで。ブースの場所も、いつもと同じで何の躊躇ためらいも無し。


 そして売り物についても、たくさんのダンジョンを踏破したために豊富である。それに加えて、春に植えた野菜でボチボチ収穫出来たのもあったりして。

 そのお陰で、準備は大変だったが売る品に関してはたくさんあって嬉しい限り。そんな意気込みで突入する、6月の青空市である。


 この西広島の外れの田舎町では、三原の災難など遠い出来事との認識でしか無く。来客数に影響など、ほぼ無いだろうとの主催者側の読みだったのだが。

 それは大当たりで、何しろ6月になると出来る野菜の種類も増えて来る。大根に加えてキャベツや豆類や、1年物の梅干しも来栖家のブースでは売りに出す事に。

 漬け物類も、青空市では人気であっという間に売れてくれるのだ。


 そしてそれは、開始時間の到来と共にあっという間に証明された。相変わらずの来客の勢いに、個数限定など関係なく飛ぶように売れて行く食品類である。

 紗良も姫香も、それからお手伝いの香多奈も来客を捌くので精いっぱいの有り様。どの道ブースに商品が無くなれば、この波も治まるのを知っているので。


 それまでじっと我慢の対応で、始まりから30分程度が経過して。そしてようやくの事、一息つける程度に客の往来が落ち着いてくれた。

 その事実に、ホッと大きな息をつく紗良と姫香である。香多奈に関しては、やっと終わったと元気にガッツポーズ。それから叔父にお小遣いを強請ねだって、友達と遊びに行って来ますとブースを去って行った。


 相変わらずのアクティブさだが、それに従うコロ助と萌は大変そう。でもまぁ、護衛して貰う事で家族の安心度は格段に違って来るのも確かだし。

 無理をしない程度には、頑張って少女にくっ付いていてくれと願う次第である。そして来栖家のブースも衣替えに大忙しでの支度が始まっている。


 今月は先月と違って、2面ブースでも無いし売り上げ競争も無しの方向である。だからと言って、手を抜いて売り上げを落としたくない姉妹だったり。

 つまりはブースの仕込みも念入りに、売れそうな商品は思い切りプッシュして行く方向で。先月のキッズチームや女子チームの売れ残り品も、護人は適当な値段で買い取っており。

 そのお金の再分配も終えているので、問題は無いとは言え。


「売れ残りの買い取り品も、出来ればさっさと売り払いたいよね、姫香ちゃん。先月は探索も多かったから、売る品もやたらと増えちゃってるもんねっ。

 頑張って、どんどん売って行かなきゃ!」

「そうだね、紗良姉さん……売り子の応援欲しいけど、さすがにまだ星羅ちゃんには頼めないしなぁ。スキルで顔をいじっているとは言え、知り合いが来たら誤魔化し利かないかもだしねぇ」


 頑張る意欲はあるけれど、長時間ブースに噛り付いての売り子もとっても大変だ。応援の人員が欲しいけど、お隣さんの大半は自治会の応援で運営テントの方に出張っていると言う。

 とは言えまだ午前中の早い時間、こんな最初からくじけてなどいられない。お昼にはヘルプの人も来てくれる予定だし、それまで頑張るのみ。


 そして早速売れて行く、前面に押し出してアピールしていた兎グッズたち。縫いぐるみや絵本など、価格的にも確かにお値打ちには違いなく。

 それから“広大ダンジョン”で回収した、文房具類や黒ペンの類いも好調みたい。解熱ポーションや解毒ポーションも、最近は普通の主婦が買って行ってくれるし。


 これならダンジョン産だからと控えていた、食品類ももう少し販売しても良いかも。そう思っていたら、お祭り用の提灯や電球セットがいつの間にか売れて行った。

 どうやら屋台を出してる同業者が、自分の所のブースの飾りつけに買って行った模様だ。そう言えば、今回もどこかからギター演奏の音楽が聞こえて来ている。

 それを耳にしながら、これは何の音楽と護人に訊ねる姫香である。


「多分古い曲だよね、家のCDにもあったっけ、護人さん?」

「これは確か『ケミストリー』だったかな……2人組のユニットで、片方の人が広島の出身だった筈だよ。かなり昔のテレビ番組の、男性ボーカルオーディションで結成されたんだったかな?

 だからデビューした当時も、かなり有名だったね」


 そう言えば2人で歌ってるねと、遠くのステージを仰ぎ見る姫香である。舞台は旧グランドの奥に設置されていて、人が集まっても大丈夫な設計になっているっぽいけど。

 残念ながらそこまでの集客は無く、来栖家のブースからも辛うじて見えてたり。ただまぁ、こんな賑やかしも青空市の醍醐味のひとつではある。

 来客のみなさんには、大いに楽しんで貰いたいモノ――。




 その頃、お小遣いを貰った香多奈は、萌を抱えて屋台をはしごしていた。一緒にいるのは、さっき合流を果たしたキヨちゃんとリンカと太一で。

 いつものメンバーと、後は双子とも一緒に遊ぶ約束を交わしているので。午後は大忙しなので、先にお昼やらお土産品を買い込む作戦である。


 お土産品に至っては、これから行く先に関係していたり。双子が神崎夫婦とは面識が無いと言うので、赤ん坊を見るついでにお邪魔しようって流れに。

 前もってラインでお伺いしたところ、大歓迎だよと神崎姉から返信が来て。そんな訳で、お土産品はなるべく喜ばれるモノをと張り切って買い物する子供達であった。


 ちなみに、来栖家のブースを出掛ける前に目ぼしい出品物を掻っさらって行こうとしたのだが。ダンジョン産の品は魔素の関係があるので、赤ん坊への贈り物には適さないよと紗良にたしなめられて。

 渋々諦めた香多奈であった、兎の縫いぐるみとか贈り物に良いかなと思っていたのに。そんな訳で、みんなとお小遣いを出し合って手作り石鹸とか無難な物を選択する。


 それから新品のクマの縫いぐるみを、別の屋台で発見して。これなら赤ん坊のお土産に良いよねと、皆でのお小遣いで購入する事に。

 ついでに焼きそばやらお好み焼きも各自で買い込んでいたら、ようやく双子も合流して来た。それから今後の予定をリンカから伝え聞いて、慌てて自分達もお昼を買い込んでいる。

 それからお土産品は、卵と野菜で良いかなとキヨちゃんにお伺いなど。


「それはどこでも喜ばれるから、贈り物にもいいと思うよ? 天馬ちゃんに龍星ちゃんは、最近は家の手伝い以外に何してるの?

 和香ちゃんや穂積ちゃんみたいに、今年から学校に来れば良かったのに」

「学力が追い付かないから、週に3日は香多奈ちゃんのお隣の学習塾に通ってるよ。それから夕方には訓練に混ざって、探索者としての実力も付けて行ってる。

 家のお手伝いと勉強とで、毎日なかなか忙しいよ?」

「でも、お小遣いも貰えるし毎日腹いっぱいご飯が食べられるもんな! そんで今日は、今年生まれた知り合いの赤ん坊を見に行くんだっけ?

 楽しみだな、熊爺の厩舎の子牛や仔ヤギも可愛いけど」


 そんな事を早口で話し合う、合流したての双子と香多奈達である。周囲の人混みはかなりのモノで、落ち着かないと言うので一行は早々に買い物を終えて移動する事に。

 今日は和香と穂積は、姉たちの仕事を手伝うとの事で合流は出来ず。青空市の運営も、人が多くなるにつれて忙しさも跳ね上がっているみたいだ。


 そこは残念だが、恒例になった青空市のキッズチームの町内探索は、色々あっても続く模様だ。取り敢えずはコロ助と萌が護衛に付いていて、それはいつもの事なのだが。

 不測の事態は無いと信じたいけど、前にもあったしそこは事前に厳重注意されている子供達である。つまりは、変な場所には子供達だけで近付かないようにと。


 今回は神崎夫婦の自宅にお邪魔する事は、前もって電話で確認して了承も貰っていて問題は無し。お昼を持って行くので、食べるスペースを貸してとも伝えてあるし。

 向こうはお昼を用意しようかと言って来たけど、こちらは6人の大所帯である。そこは屋台で揃えるから大丈夫と返事して、子供ながらも気遣いは完璧だ。

 後はお宅にお邪魔して、赤ん坊を愛でるのみ。




 お昼にはまだ間はあるけど、来栖家のブースはその後も好評を維持していた。例の如く、お客さんが数人興味を持てば、それに惹かれて他の客も寄って来るパターンで。

 しかも紗良がダンジョン産と注意書きして、果物や軍用レーションをブースに配置した所。それでも構わないと言う若い人が、纏めて買って行ってくれて。


 “三景園ダンジョン”のオレンジや、“戦艦ダンジョン”のレーションが早々と売れて行く事に。それから干しタコも同じく、やっぱり食用品は強い印象が。

 その次に売れて行ったのは、観賞用のサボテンとかテレホンカードとか高給傘とか。テレホンカードなど、今の時代に使える場所など無いと言うのに。


 他にも水筒やマグカップなど、安さに惹かれて実用品が良く売れて行くのだけれど。兎の置き物や縫いぐるみも、何だかんだで昼前に全て売り切れてしまった。

 それから軍用品も何気に人気、と言うかしっかり作り込まれているので全部が実用的と言うか。そんな理由かは不明だけど、軍用ブーツやランタン、ライターなどに買い手がついて。

 三原での回収品は、まずまずのけ具合である。


 そもそも三原遠征の魔石の換金は、全て協会を通して寄付してしまったのだ。企業売りを通してもそうだが、この青空市でも頑張って回収しないと。

 そんな闘志を秘めつつ、売り子を頑張る姉妹であった。


 そうこうしている内に、いつもの常連の探索者チームも顔を見せてくれて。佐久間率いるチーム『ジャミラ』の皆さんが、毎度のエーテル&MP回復ポーションを購入しに来てくれ。

 それからついでに、いつかの売れ残りのガチャの景品っぽい玩具を購入して行ってくれた。相変わらず紗良と他愛ない情報交換など交えつつ、接客スマイルの長女と楽しそうに会話をこなし。


 その隣では、姫香が中年夫婦を相手にクーラーボックスとバケツ類を売り込む事に成功。これも売れ残りの品で、してやったりの姫香の表情である。

 そうこうしている内に、土屋と柊木がお昼の交代要員としてやって来てくれた。予定の時間より少し早いが、ついでにお客さんを連れて来て賑やかな一団になっている。


 一緒にいたのはこちらも常連の、“皇帝”甲斐谷と『ヘリオン』の翔馬と『麒麟』の淳二の男3人衆だった。護人と何やら会談をしたい素振りだが、姉妹は笑顔でいらっしゃいとブースの商品を指し示して。

 例え顔見知りだろうと、金は落としてらっしゃいよとの圧は凄い。それに気圧された訳では無いだろうが、3人ともエーテル類やらの備品をさり気なく買い足して行く事に。


 それから淳二は、魔法アイテムの『迷彩のバンダナ』を14万円で購入。気配遮断&隠密効果は、偵察要員には重宝する能力かも。

 それから甲斐谷は、亀の香炉と香木を2万円で買ってくれた。割とお高い設定だったのに、やっぱり探索で稼いでいる人は違うみたい。


 一番驚いたのは翔馬で、女性用の高級香水と真珠のピアスを合計5万円で買ってくれて。プレゼント用に包みますねと、抜かりの無い紗良は極上の笑みである。

 どうやら、他人の色恋沙汰は割と興味津々な長女みたいだ。


 それからようやく、3人はブースの後方でペット勢に囲まれている護人に面談を許され。紗良がお茶を入れに立ち上がると、その席にすかさず座る土屋女史である。

 柊木も自分の席を用意して、何故か売り物に置いてあったうさ耳を装着して愛想の振り撒き工作。隣の土屋は、それを見て自分もすべきか本気で悩んでいる顔だ。


 そんな事より、広島市内から来た連中が新たな厄介事を持ち込まないと良いけど。姫香はそんな事を考えながら、今日は怜央奈は来ないのかなと思案顔。

 先月までお泊りしていた友達なので、別に顔を見れなくて寂しいって事は無いけど。やっぱり忙しい時には、友達の手も借りたいと思ってしまう。

 いや、別に土屋と柊木が頼りないって訳では決して無いけれど。





 ――6月の青空市は、まだお昼にもならない時刻で大盛況である。







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