第473話 遠征が終わっても山の上は相変わらず騒がしい件



 騒がしかった週末を何とか乗り切り、ようやく平穏な日常が戻って来た来栖家である。香多奈もお隣さんと小学校に登校して、普段の生活に溶け込んで行って。

 週末に企業の販売車に来て貰って、三原遠征の片付けが済んだのが心情的には大きいかも。とは言え、売らなかったアイテムも色々と存在するのは確かなのだが。


 例えば宝珠《経験値up》だが、さてこれを使えばどの程度取得率が上がるのかは不明である。売るのもアレだし、家族の誰かが使おうよと話し合っているのだが。

 いざ誰に使うのかとの話し合いでは、積極的な案は出なかった次第である。もちろん香多奈の、自分が使おうかとの案は全員で却下して。


 他にも2枚目の『魔導の書』も回収しているし、『呪いの兎人形』や『兎の船首飾り』なんて魔法の品も使い道に困る。ちなみに来栖家は、呪いの品に関しては2個目だったり。

 “兎ダンジョン”に関しては、他にも『錬金レシピ本』(毒薬)やら『毒の木の実』『レベルダウンの果実』なども複数個回収が出来た。厄介なアイテムが目白押しだが、紗良は意外と喜んでいて。

 毒も薬とするのが、錬金術の妙なのだ。


 そんな訳で、それらの毒々しい色合いの果実は、リリアラと共同で管理する事が決定して。そんな2人+妖精ちゃんと使用している温室だが、随分と広くなって来た。

 研究スペースが欲しいとの2人のお願いに、護人が応えた結果なのだが。今では倍に大きくなって、ゼミ生達のお手伝いも加わって凄い事に。


 具体的には、収穫出来るようになった異世界産の果実も2桁に達しており。果汁ポーションの定期生産も可能な程で、その種類も段々と増えて来たようだ。

 劣化防止の魔方陣付きの瓶を含めて、売りに出しても良いレベル。実際、江川が裏で色々と動いて、そんな話も協会本部へと通達されているとか。


 そんな訳で、『錬金レシピ本』(毒薬)を始めとして、毒の木の実やレベルダウンの果実は研究材料として紗良の元へ。リリアラと共有の温室兼研究室は、今後も盛り上がって行きそう。

 それから来栖家の敷地内で、もう1つ大きく変貌を遂げているのは厩舎裏に面する露天風呂だろうか。凝り性の護人は、露天風呂に隣接する脱衣所兼休憩所のリフォームにはまってしまい。

 助手にルルンバちゃんを得て、最近はあれこれ手を加えていたりして。


 中の間取りに関しては、探索でゲットした『安寧のソファ』や『雪幻獣の毛皮の敷物』を配置して居心地は超グッド。それに加えて、この前の“兎ダンジョン”で回収した『兎の船首飾り』を建物の入り口の上へ設置してみた。

 可愛いねと子供達には好評だが、これの効果は幸運招来&繁栄との説明で。ご近所も利用する建物なので、幸運のお裾分けも出来てこの改築は護人も満足である。


 ちなみに、“兎ダンジョン”で得たもう1つの厄介なアイテムの『呪いの兎人形』なのだが。紗良の《浄化》スキルでも、呪い除去が可能な魔法アイテムでも解除は不可能で。

 スキル的には可能とされているので、恐らくは何らかのパーツが足りないのだろう。妖精ちゃんに言わせると、呪いの強さもピンキリで素人がうっかり触ると火傷じゃ済まないそうな。


 呪い解除をして使いたいなら、専門の呪術師か誰かを探せと言われてしまった。確かにそうだなと子供達も納得しつつ、実は来栖家の所有する呪いアイテムはこれで2つ目である。

 “アビス”で獲得した装備品っぽい呪いのアイテムもあって、どうしようと話し合っていたのだ。生憎と協会の仁志や能見さんに訊いても、その手の知り合いは思い当たらないそうで。

 結局は、そっち系に詳しい人が現れるまで死蔵する流れに。


「そう言えば、ルルンバちゃんの機体パーツの改造に異界の集落にも行こうって話じゃ無かったっけ? その時に鍛冶屋の親方に聞けばいいじゃん、こっちの世界の人よりは詳しいかも知れないよっ」

「ああっ、空間収納の『蝸牛の荷物入れ』を、何とか機体パーツにくっ付けて貰いたいと思ったんだっけ。そしたらかなり利便性が上がるだろうし、さすがにそっち系の改造は車屋さんじゃ無理だからな。

 ついでにルルンバちゃんのメンテと、魔導油も買い足しておきたいな」

「時間が取れなくて、いつも行こうって話だけになっちゃってるねぇ。あっ、後は壊れた『魔法の飛行ランプ』の修理も頼みたいかな?

 便利だと思ってたのに、速攻で壊れちゃったもんなぁ」


 そう言いながらお茶を淹れる紗良は、家電あるあるだよねと本気で悲しそう。魔法アイテムは家電では無いのだが、使った最初にいきなり壊れる点では一緒なのかも。

 今は平日の夕ご飯の終わりの時間で、まったりした雰囲気の来栖家のリビングである。当分は探索はいいやとか思いつつも、話題に上がるのはやっぱり探索関係の話だったり。


 いつもの事だけど、家族で探索業をしている事の弊害とでも言おうか。次の休みは何をして遊ぼうなんて浮かれた話でも、ダンジョン探索が候補に挙がってしまうのだ。

 これも敷地内に、3つもダンジョンを抱える来栖家の宿命でもある。




 そんな話をしながらも、平日は事も無く過ぎて行って。いつの間にやら月も変わって、今週末は6月の青空市が開催される予定となっている。

 天候も相変わらず不順で、ジメジメとした気候がしばらく続いている感じ。同時に蒸した暑さと言うか、夏の気配も少しずつ忍び寄って来ている気も。


 そして何とか天気が良い日には、相変わらず夕方の厩舎裏の訓練はお隣さんも参加しての日課となっており。最近は、ムッターシャやリリアラが教官役を担って凄く豪華。

 来栖家の面々も、変わらず訓練に参加して汗を流すのは既に日課になっており。そこから露天風呂を楽しむまでが、日常の楽しみの一部って感じ。


 もっとも年少組は、『飛翔のほうき』を誰が一番上手に乗りこなすかを競い合ったりしているけど。今の所は香多奈が最強だが、これはどうやら新しく覚えた『一心同体』が作用しているっぽい。

 茶々丸に騎乗しての早駆けが、急に上手くなった頃から本人も怪しいなって思ってた臭いのだが。どうやらそれらを含めて、この新スキルの恩恵みたいである。

 本人的には、『友愛』と同じく棚から牡丹餅ぼたもち位に思っているかもだが。


 それから紗良の覚えた《浄化》とか、茶々丸の新スキルの《飛天槍角》は個々で猛特訓中と言った所。紗良はともかく、茶々丸の遠隔スキルはなかなか発動してくれないみたいみたいで苦労しているけど。

 それから所有者を誰にするか迷っていた、宝珠の《経験値up》スキルだけど。家族で長々と話し合った結果、チーム内で一番レベルの低い萌に上げようと言う結論に。


 本人は特に喜んでもいなかったが、素直に宝珠を使用して取得に至ってくれた。もちろんこの事は、ねるかも知れないので茶々丸には内緒である。

 これで萌の今後の成長が楽しみである、何しろ本当はまだ子供なのだし。ちなみに誰が使うか議論になっていた、もう1つの魔法アイテムの『魔導の書』だけれど。

 こちらも話し合った結果、またもや紗良が使う事に。


 お隣さんの特訓にしても順調で、凛香チームの子供達も段々と肉がついて来て逞しく感じられる程に。もう少し経てば、田舎の子供と較べても遜色ない見た目になりそう。

 探索者の腕前も格段の上昇で、実力的にもチームでC級ランクも見えて来たそうな。定期的なダンジョン探索と、ほぼ毎日の厩舎裏の特訓のお陰と本人たちも満足気である。


 それから比較的に新参者の立場の土屋たちだが、星羅を交えてのチーム作りは割と上手く行っている感じ。星羅に関しては、姫香のお古の探索着を着て前衛の特訓に熱が入っているけど。

 剣の腕に関しては、ムッターシャに教えられてなかなかの上達振りである。『蝸牛の盾』も気に入った様子で、そのまま融通と言う事になりそう。


 他にもギルド『日馬割』でダブついている魔法アイテムは、積極的に必要な者の手へと渡って行き。スキル書やオーブ珠にしても同様で、お陰で相性チェックに反応した者が3名も。

 1人目はキッズチームの譲司でオーブ珠から《開花》と言う変わったスキルを得た。このスキルは、どうやら触った物を花ビラ状に広げる事が可能なようで。

 使い方によっては、攻防に活躍は出来そう。


 それから2人目は土屋で、『渾身』と言う一撃必殺のタメ攻撃が可能なスキルを得た。これによって、彼女はスタンダードな剣と盾から『海坊主の棍棒』で殴る前衛にチェンジして。

 強化の巻物まで融通して貰って、割と大幅なイメージチェンジを敢行して。お陰で土屋チームは、お試しにと最近はダンジョン通いに熱が入っている模様。


 後輩の柊木にしても、スキルでは『狙撃』と言う射撃系の奴を得て、武器も『銃剣付き魔銃』を融通して貰って超ご機嫌。この銃も魔玉を撃ち出すタイプで、その威力は保証付きと言う逸品なのだ。

 紗良とリリアラの温室研究所では、既にダンジョンで回収した属性石から魔玉を造り出す事に成功しており。より威力の高い魔玉の製作にまで、着手しているとかいないとか?


 この辺は、成功した時のお楽しみみたいな感じで、研究者としては秘密主義な2人である。楽しんでいるようで、護人としても別に文句は無いのだが。

 美登利や坂井戸など、助手役のゼミ生達にしてみれば気苦労も多いだろうけど。それを上回る学術的好奇心を満たす研究内容に、日々充実している事だろう、きっと。


 そしてこれもやっぱり死蔵していた『光の長剣』を振り回す星羅は、生き生きしていて性格的には前衛向きかも。土屋チームにしても、最近はザジや双子と組んでダンジョン探索を活発にこなしているし。

 ムッターシャの企む“喰らうモノ”の攻略4チーム目も、設立は近いかも?




 そうした日々を過ごす山の上へと、協会の仁志と能見さんがやって来た。名目は寄付のお礼なのだが、6月の日帰りキャンプの日程決めも含まれている。

 お礼に関しては、広島市内の本部からもお礼状と粗品も色々と届いていたようだ。それに加えて、広島周辺の厄介な最新情報も幾つか。


 例えば、宮島の真上で“浮遊大陸”が止まった件についての案件とか。今の所は大きな事件も起きていないし、地元の探索者で様子見の段階らしいけど。

 “浮遊大陸”は異世界の軍勢が確認されているだけあって、確かに要注意案件には違いない。何しろ人類に対して、確実に敵意を抱いている軍勢である。


 そんな連中と、恐らく和睦などは永久に望めないだろう……少なくともムッターシャやリリアラは、そう言う見解を異口同音に口にしていた。

 とは言え、弥勒みろく山の頂上に開通した新ゲートからは、未だに何の音沙汰も無いのも事実。“太古のダンジョン”と言われる中身は、既にベテラン探索者が確認したそう。


 そこは普通のダンジョンで、ドロップや階層渡りも至って他と変わらずとの報告で。意外と今後、探索者で賑わうかもって予測まで上がる始末。

 協会本部も、三原の騒動が終わったと思ったら今度はこっちかって感じらしく。とにかく警戒しつつ、対策を講じている最中みたいである。

 つまりは、今の所は来栖家にお呼びが掛かる事態でも無いみたい。


「まぁ、さすがにそんな連続で遠征依頼は掛からないと思いますけど……ただ、岩国の協会からそれとなく依頼窺いのメールが届いてますね。

 どうやら山口県の美弥市の、“秋吉台ダンジョン”に挑む探索者チームが足りないようで。お隣県の協会も、広域ダンジョンの管理には苦労しているようですね。

 そんな訳で、岩国のヘンリー氏の伝手で来栖家チームにお伺いが」

「“秋吉台ダンジョン”は山口県の真ん中の立地なので、参加するとなると遠征になってしまいますね。岩国チームにはこちらもお世話になっているので、頼みを断るのは難しいかも知れませんが。

 まぁ、来栖家チームは今や押しも押されぬA級ランクチームですから。今後はこんな難解依頼が、増えて来るのは予想されますね」


 夕方過ぎの山の上の来栖邸、仁志と能見さんは仕事を早上がりして寄ってくれたらしい。お持て成し中の紗良は、お茶を出しながらお酒とかも出しましょうかとお伺い。

 3年物の梅酒とかありますよと、護人も気軽に晩酌へのお誘い。基本的にお酒を飲まない護人だが、最近はお隣さんとの飲み会も増えて来て。


 段々と鍛えられてきた感も、特に自家製の梅酒と漬け物のコンビは病みつきになりそう。そんな訳で、今年はいつもの倍の梅酒を作ってみたのだが。

 それが上手く行くかは、時が経ってみなければ分からない。それよりも、隣町の住民の失踪騒動を含めて、対応すべき事柄は意外に多いかも。


 ようやく地元に戻って来ても、事件は次から次へと湧いて来る。能見さんの言う通り、A級に上がってしまった来栖家チームは、何かしら騒動に巻き込まれる運命なのかも。

 護人としては、まずは身近な“敷地内ダンジョン”の残りから片付けたいのだが。そうすれば、妖精ちゃんとの約束で“裏庭ダンジョン”の塞ぎ方を教えて貰える。

 護人からすれば、やはり第一に考えるのはホームの安全である。





 ――気付けば5月も終わり、来週はもう青空市だ。








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