第472話 休日の来栖邸に移動販売車が訪れる件



 お隣さんも総出での、来栖邸での大宴会から一夜明けた休日の朝。子供達は元気に、早朝の家畜の世話を済ませて朝食を食べ終わっていた。

 それに反して、家長の護人だけはぐったりと二日酔い模様で悲惨な有様。それを見かねた紗良が『回復』を掛けてくれて、その症状はしばらくして治まってくれた。


 今日は予定がてんこ盛りだったので、その点では良かったと早速外仕事に励み始める護人である。お供のレイジーやルルンバちゃんと一緒に田畑を見回って、まずは収穫物のチェックなどをこなす。

 それから空いた時間で、ルルンバちゃんのメンテ作業など。実は時折、異世界の集落のドワーフの鍛冶屋の元へと訪れて、その助言を貰っていたのだ。


 ルルンバちゃんも立派な家族の一員、健やかな育成は当然ながら家長の責任である。そんな訳で、ドワーフの親方に分けて貰った『魔導油』を、魔導ゴーレムの関節部分へと差して行く。

 その隣では、姫香と香多奈がキャンピングカーの洗車をご機嫌に行っていた。今日は朝から晴れ間が覗いているので、その間にとの護人の要望に応えてのお手伝いだ。


 何しろ三原遠征で結構酷使したし、港に長時間停めておいたりで塩害も心配だ。ちょっとした時間でもメンテや掃除をすれば、機械や装備は意外と長持ちするのだ。

 これは護人が、亡き農家だった家族から教えて貰った教訓。


「お姉ちゃん、上の方綺麗になった? ホース渡すから、水で流してよっ!」

「おっけい、ツグミに渡して頂戴……水が掛かって後から文句言わないように、ちゃんと避難してなさいよ、香多奈っ?」


 そんな感じで騒がしい姉妹だが、今は仲良くお仕事をこなしてくれている。周囲にはハスキー達と茶々丸が集まって、その様子をのんびり眺めている。

 ツグミが《闇操》スキルで、ホースの先端をキャンピングカーの屋根にいる姫香へと渡す。それから泡だらけの愛車を水で洗って、最後の仕上げに取り掛かる姫香。


 その辺は何度もこなしてすっかり手順を覚えている姉妹である。そして護人も、ようやくルルンバちゃんの油差しを終えて本人に調子の確認をする。

 その動きは滑らかで、こちらも問題は無さげで何より。


 香多奈はそんな裏庭での一幕を、護人のスマホで撮影中。洗車やルルンバちゃんのメンテはともかく、ハスキー達やミケも縁側に呼んでの撮影会である。

 それどうするのと姫香が尋ねると、探索動画とは別にアップするとの事。この前知り合った岩国のレニィとか、ミケやペット達のいやし動画の要望は多いそうで。


 要するに小遣い稼ぎだが、それに対して姫香は何のコメントも無し。がめついなとは内心思っているかもだが、子供の頃から自分で稼げるのは素直に凄い事だ。

 そんな事をしていると、使っていた護人のスマホに着信があった。それに気付いた末妹が、叔父さんメールだよと大声で知らせている。


 実は三原遠征で知り合った、チーム『千貫大和』や世羅の『疾風連合』とも繋がりが出来ており。広島の中部の情報も、以前よりは仕入れやすくなって来ていた。

 それが新たな厄介事を招かなきゃ良いけどと、姫香はやや批判的に護人のスマホを眺める。ただまぁ、そうなったら黙ってついて行くだけだし、遠征もたまになら楽しいも思う。

 何だかんだで、姫香はやっぱりアウトドア志向だったり。




 そんな感じで午前中を過ごして、午後の割と早い時間に。お馴染みとなった四葉ワークスの移動販売車が、峠道を登って来栖家前へとやって来た。

 そして護人が出迎えるや否や、馴染みの販売員は前回の上司の態度の謝罪から入った。苦笑いでそれを受け入れる護人に、安堵の表情の販売員である。


 それから新人らしき警護探索者2人の紹介と、おびの品らしきお菓子の詰め合わせを貰って。慌しいやり取りの中、貰ったお菓子を手に消えていく香多奈と妖精ちゃんであった。

 姫香は若手の探索者に話し掛けて、どの程度の実力かを探っている様子。二十歳前後の若い男女のペアは、まだ探索着も初々しい感じで少々頼りなさげ。


 それを心配しての事だろうが、護人としては顔繫ぎは姫香に任せて、大量のアイテムを売り払わないと。溜め込んでおいても仕方が無いし、危ない物も中にはある。

 高価な魔法アイテムも混じってるので、向こうの現金が足りるかは少々心配かも。まぁ、いざとなったら振り込んで貰えるし、鞄の中が片付くだけでも有り難い。

 そんな訳で、鑑定人が3人も並ぶ中での企業売りの開始である。


 こんな厚待遇も、A級ランクの恩恵なのかも知れない。お陰で溜め込んだアイテム類は、さほどの時間も掛けずに売り上げ金額が示されて行ってくれた。

 こちらとしてもストレスが少なくて済むし、その点に関しては嬉しい限りである。そんな庭先での遣り取りに、紗良も途中からアイテム整理に参加してくれた。


 ちなみに姫香は、ツグミと茶々丸と若手の探索者を連れて、ちょっと運動して来るねと敷地内のダンジョンに消えてしまった。しっかりと鎧を着こんでたので、お試し探索に出掛けたのだろう。

 こんな時は、近場にダンジョンがあるのって本当に便利……いや、さすがに“裏庭ダンジョン”だけは無くなって欲しいけど。姫香たちが向かったのは、“鶏兎ダンジョン”なので特に問題は無い筈。


 お馴染みの販売員は、その経緯を横目で眺めて微笑ましそうな素振り。若いって良いですねと、さっそく仲良くなった両者に対して好意的な反応を示している。

 それに反して、即席で用意された机の上では既に熾烈しれつな戦いが始まっていた。護人と紗良が順繰りに提出する鞄の中身は、なかなかに大物も混じっており。

 たまに鑑定人の頬が、思い切り引きる場面も。


 特に中級エリクサーが無遠慮に、何本もの瓶で出てきたりとか。初級エリクサーや上級ポーションを合わせると、薬品類だけで軽く500万オーバーは行きそう。

 それから主に“大久野島ダンジョン”で入手した毒薬の類いも、向こうはしっかり買い取ってくれた。何に使うかは判然としないが、こちらも結構なお金になってくれた。


 スキル書やオーブ珠も、さすがに家に溜め込み過ぎなのでこれを機会に幾つか手放す事に。うちの近所で相性が合わなくても、他で合う人がいれば万々歳だ。

 そんな訳で合計で7枚と5個を売りに出して、350万以上の金額に。この辺で、馴染みの販売員の森田の顔色が蒼褪め始めて来た。


 それでも容赦のない紗良はお次は素材系をと、鞄から色々と取り出して行く。これらは確かに嵩張かさばるので、使い道の無い品は処分が賢い手ではある。

 そんな訳で、敷地内の試練ダンジョンから入手の甲殻素材とか、インゴット類やら撥水はっすい布素材やら。“広大ダンジョン”の飛竜の鱗や、ちょっと勿体無いけどレア素材も色々。


 他にも石系の素材は、確か“三景園ダンジョン”からだった筈。インゴット各種や鱗素材もあったので、それらも売りに出す事にして。

 それから“兎ダンジョン”の、動物の皮素材が割とたくさん。


 これら素材系は、企業の方で武器や防具に加工されて探索者に販売されるらしい。他にも一般向けの新製品も、開発したりもしているみたい。

 それだけ素材系は夢が拡がるし、錬金術スキルの出現は新時代に期待を持たせる類いのモノらしい。それをまさか来栖家の妖精ちゃんが持っているなど、誰も知らない筈。


 そんな素材類だが、これも意外と高値がついて200万オーバーとの事。どうやらレア素材や飛竜の鱗、それからインゴットで高値がついた模様である。

 次に既製品の武器や防具の類いの回収品で、そんなに値の張りそうも無い品から売りに出す事に。良品は青空市に出品したり、またはギルド内で融通するので取っておく事に。


 とは言え、ミスリル武器やらトライデントやサーベル、他にも雑魚のドロップした武器装備は割と多く。これらもまとめて買って貰うと、やっぱり200万近くになった。

 どうやらミスリル製の武具は、錆びないし丈夫なのでとても人気が高いみたい。


 それから後に残ったのは、金貨とか大判小判とかの貴金属系の品となった。これらも当然、今の時代もあまり価値は崩れておらず売れ筋である。と言うより、金の価値は現金よりも信頼出来るとまで言われており。

 ダンジョンでも現金は出ない代わりに、金貨や銀貨は結構回収が可能である。特に“幽霊船”の討伐報酬では、金の延べ棒とか10本以上が回収出来た。


 いや、こちらは“海賊船”のドロップ品だったのかも……水の精霊が適当に沈んだ物を拾って来てくれたので、正直どれが何だか分からなくなっている。

 とにかく過分に過ぎる量で、それに“兎ダンジョン”での金貨袋も合わさって。軽く600万オーバーだと言われて、さて困ってしまう護人である。


 最後に魔法アイテムで、『鑑定プレート(薬品)』やら『水切りのトライデント』や『水切りの大剣』を売ろうと思っていたのに。他にも『蟻地獄の大鋏』や『知識の学生帽』なども、使う者がギルド内にいないので売り払う予定だったのだが。

 何と言うか、合計売上金額が既に軽く1千万円を超えている。買い付け人の森田も、途中から勘弁して下さいと言う表情なのは確認済みの護人である。

 ミケの豪運も、ここまで来ると罪作りな気も。


「ええっと、そうですね……協会にも頼んだんですが、そちらの企業を通しても寄付を行っても良いですか? 今回の売り上げの半分を、三原の復興に四葉ワークスさんから回して頂きたいんですが。

 ちなみに今回の支払いも、口座振り込みでオッケーですので」

「えっ、半額を寄付……? 本気ですか……っ!?」


 その言葉は、鑑定人の3人や森田に、多大な衝撃を与えてしまったらしい。紗良や、護衛に近くにいるレイジーなどは全く平気でいつも通りなのだが。

 お金なんて、こんな田舎の1軒屋に溜め込んでおいても仕方が無い。血も金も、流通しなければよどんでいつか腐って行くだけなのだ。


 三原の復興は、そう言う意味では色んな人や企業に関わって盛大にやって貰いたい。そうすれば、経済の血脈が通ってその周辺都市も恩恵が得られる。

 それが回り回って、結果的にこの日馬桜町も得をする日がいつか来る筈。そう思えば、三原の町や海に居座っていた“幽霊船”を退治したのも良い行いには違いない。


 そんな感じの説明をすると、向こうも何となく理解しましたという顔付きに。いや、完全には理解はしておらず、金持ちの気紛れみたいに思われているかもだが。

 護人としては、金をたくさん持っているから何だって考えは常に根本にある。金などは生活に欠かせない衣食住を支える基盤でしかなく、それがしっかりしていれば過分に必要は無いのだ。

 特に農業が本業の、来栖家にとっては尚更だ。



 そんな感じでの換金作業は、アイテムが多かっただけに結構な時間が掛かってしまった。それでも何とか不必要な魔法アイテムも売り払う事が出来て、募金の件もちゃんと約束して貰えた。

 護人としても、一つ肩の荷が降りた気分で遠征の疲れも飛んで行った心持ち。その頃には姫香と、新人探索者の2人も無事に探索から戻ってくれていた。


 こちらも仲が良くなっていて、さすがコミュ力お化けの姫香である。彼女としても、企業所属の探索者の実力ってどの程度か、把握しておきたかったのかも。

 それから姫香は、護人に近付いて来て探索で余ってた武器をどれか上げて良いかとのお伺い。仲良くなった証にと、まぁこちらも太っ腹な提案である。


 別に構わないよとの家長の言葉に、紗良が得意な武器を聞いたり余ってる防具を鞄から取り出したり。ルーキー探索者の2人は最初こそ恐縮していたが、出て来た魔法アイテムの性能にビックリして、一転物欲しそうな顔付きに。

 『手榴弾のペンダント』は、衝撃耐性&ステup効果が付いていて前衛向きの装飾品である。姫香はこれを、森下という名前の男性探索者へとプレゼント。


 それから菊池と言う名前の女性探索者には、『魔ウサギの尻尾』を贈る事に。こちらは跳躍up&幸運up効果がついていて、見た目が可愛いからという理由でのプレゼント。

 向こうも気に入ってくれたようで、まずは一安心と言った所。ついでに『強化の巻物』 (防御)を2枚つけて、これからも探索頑張ってねとの送り出しに。

 向こうも感極まったように、頑張るよと言葉を返してくれた。


 こうして午後の行事も、何とか穏便に過ぎ去ってくれた。三原への遠征話を持ち掛けられての一連の騒動も、取り敢えずこれで幕を降ろせる形にまで落ち着いた。

 裏山からは、年少組の騒がしい声が聞こえて来ている。どうやら香多奈は、貰ったお菓子を持ち出して和香と穂積と一緒に、秘密基地でお茶会を開いているみたい。

 これは毎度の、護人の口には絶対に回って来ないパターンか。





 ――それでも、敷地内が平和ならとっても満足な護人だった。







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