第465話 心意気も新たに“兎ダンジョン”を進む件



「何かね、私のマントがさっきの毒ガス排除を手伝ってくれた感覚あるんだけど。護人さんの薔薇のマントも、そんな感じでサポートしてくれるのかなって。

 あっ、この先は絶対に私とツグミが先行するから! 例えレイジーでも抜いてっちゃ駄目だからね、この先はその布陣で行くよっ!

 香多奈も後衛だからって、気を抜いてんじゃないよっ」

「べっ、別に気は抜いてないよっ……さっきもマッハで、茶々丸に解毒ポーション用意してあげたじゃんか。レイジーが、ちゃんと茶々丸の世話をしなかったのがいけないんだよっ!

 もうっ、しっかりしてよねっ!」

「これこれ、離れた場所で姉妹喧嘩しない……確かにこの薔薇のマントは、俺の考えを先読みして色んな形態を取ってくれているね。

 スキルの使用にしても同じだね、飛ぼうと思ったら上手くサポートしてくれるし。ただまぁ、やっぱり自分のスキルのようには行かないかな?

 これもひょっとしたら、修練次第なのかも知れないけど」


 そう言う護人は、勝手に背後で自己主張を始める薔薇のマントをたしなめるのに忙しい。そして姉妹喧嘩に巻き込まれたレイジーは、何だか納得の行かない表情。

 結果、茶々丸に当たり散らして叱られた彼は、逃げる様に後方の護人の元へ。家族のヒエラルキーは、何とも分かり易くて茶々丸や萌はとっても大変そう。


 何しろ香多奈の文句は、子供だけあってかなり理不尽だし。護人はそんな茶々丸を宥めながらも、姫香の作戦には一応のゴーサインを与える事に。

 前回の“戦艦ダンジョン”みたいに、前衛は適性のある者が担えば良い。今回はさっきも上手く毒ガスの仕掛けを切り抜けた、姫香とツグミのペアが確かにピッタリだ。


 幸いにも、出現する敵はそれ程には強くも無いみたいだし。2列目にハスキー達を配置して、そんな配置で問題は無い筈。ここはシャドウ族も多いので、出来れは茶々丸も2列目が良いのだが。

 理不尽な怒りを抱えるレイジーには、さすがの茶々丸も近付きたくは無いみたい。それなら萌を前に出そうかと、その提案に仔ドラゴンも素直に従ってくれて。

 そんな訳で、今回も変則的な隊列で探索は進む事に。



 そんな3層のフロアも、出て来るのはやっぱり圧倒的にウサギだった。一角ウサギが大半だが、そこに皮膚だか毛皮だかが硬質化したウサギも混じり始めて。

 その姿の通りに防御に優れているみたいだけど、それだけである。速度の落ちたその鎧ウサギは、姫香やハスキー達にあっさりと狩られて行く。


 それから例の毒の仕掛けも、今回は2か所ほど発見に至って。1つ目はツグミが解除に成功して、見事にパスする事が出来たのだったけど。

 2つ目は作動してしまって、それを白百合のマントのサポートで『圧縮』隔離を行う姫香である。2度目ともなると慣れて来たのか、時間もずっと短くて済んだよう。

 そして後衛陣に向かって、誇らしげのピースサインなど。


「お姉ちゃんこそ、呑気にピースサインとかしちゃってるじゃん! 最前線なんだから、もっと緊張感を持ってよねっ!」

「いいじゃん、それ位……おっと横穴があるね、先に潰しておこうか。萌もさっきの戦闘良かったよ、その調子でハスキー達とコンビを合わせる感じでねっ」

「萌も普通に戦えてるな……姫香の戦いに似てるから、どう戦えばいいのか姫香を観察してたんだろうな。ああいう頭の良さを、茶々丸にも欲しいんだが……」

「茶々丸ちゃんはまだ子供だからねぇ……まぁ、萌ちゃんもそうなんだけど。要領がいいのかな、萌ちゃんは元から戦闘種族なんだと思うけど」


 姉妹喧嘩から飛び火した茶々丸の騒動は、尚も治まっていない様子だ。と言うか萌の評価が意外に高くて、後衛にいる茶々丸がまたねそうな雰囲気。

 香多奈が仕方無いなぁって感じで、茶々丸に騎乗して首元をポンポンと叩いてやって。そんなコミュニケーションをしている内に、仔ヤギの機嫌も戻って来たみたい。


 一方の前衛陣も、順調に支道を調べ終わって本道へ。待ち伏せ役のシャドウ族の討伐も何とかこなせたが、その中に兎型の真っ黒い敵も混じっていてビックリ。

 強さはどっこいなので、ただ可愛くなっただけの敵だったけど。ここのダンジョンは、そんなこだわりが強いみたいでちょっと引いてしまいそう。


 そう考える先頭の姫香だけど、探索は順調で間もなく3層の階段も発見に至った。ダンジョン自体の構造は単純なので、階層攻略に関しては難しくは無い。

 そう思って挑んだ第4層だが、何とこのフロアには強敵が潜んでたと言う意地悪設定で。お馴染みのウサギ集団に、罠の設置が無いと言われて突っ込んで行ったハスキー達。

 そして飛び散る血と、コロ助の鳴き声が。


「えっ、何っ……!? レイジーに萌っ、コロ助をフォローしてっ……ツグミっ、後ろから一緒に回り込むよっ!」

「気をつけろ姫香っ、やたらと動きの素早いウサギが混じってる! 影タイプもいるな……茶々丸っ、一緒に前に出るぞっ!」

「あの白い奴っ、あいつが何かグルって妙な動きしてたよ、叔父さんっ! コロ助、大丈夫ならこっちに戻って来てっ!」


 途端に慌てる来栖家チームの面々だが、肝心のコロ助は首元が血塗れで酷い有り様。どうやら香多奈の弁では、白いウサギがグルっと後ろ脚で首を狩る動きをしたそうな?

 護人と茶々丸が慌てて前衛へと駆けつけて、事態は切迫した雰囲気に。茶々丸は早速、影ウサギをその角に引っ掛けて影からのあぶり出しに成功している。


 そして手強い白兎は、巧みに味方を盾にして奇襲がとっても上手な模様。そして姫香を庇おうとしたツグミの前脚も、スパッと鋭利な攻撃で斬りつけて去って行く。

 決して深追いをしないその戦法だが、護人の加勢で一角ウサギの数は一気に激減して。まずは盾役からの排除に、次第に追い詰められていく敵の白いエース。


 パートナーのツグミを傷付けられ、頭に血が上った姫香は容赦のない追い込みで。それでも反対からの萌の突きを、華麗に避ける白兎は大したモノかも。

 逆襲の槍の柄を伝っての接近から、萌の首筋を狙った一撃は。まさに首切りウサギとも言うべき、それに特化した能力の持ち主と言って良いレベル。


 鎧のお陰で大したダメージは負わなかったけど、堪らず萌もその場に引っくり返ってしまった。その破格な速度を止めたのは、しかし傷付いたツグミの『影縛』で。

 そこにすかさず、距離を詰めた姫香の一撃が見舞われる。


 それが致命傷となって、たった1匹でチームを追い詰めた首切りウサギはようやく消滅してくれた。そして転がって来た魔石(大)の大きさに、一同騒然とする来栖家である。

 つまりはそれだけの大物が、秘かに一般の一角ウサギに混じっていたみたい。怖過ぎる仕掛けに、しかし慌てて治療が先との紗良の鶴の一声である。


 そしてコロ助とツグミの治療の開始、薬品まで使ってなるべく素早く流血を止めるのだが。コロ助の方は首輪が完全に切断されていて、本気で危うく首を撥ねられる所だった。

 それを見て改めてゾッとする護人は、隊列の変更も視野に入れつつ。この後の探索をどうするべきかと、1人頭を悩ませる破目に。


 とは言え、間引きは最低でも10層程度まで潜らなければ意味は無いだろうし。結局は、危険を承知で前へと進むしかない。幸い、治療を終えたコロ助とツグミは元気いっぱいで。

 敵にやられた精神的ダメージも、ほぼ無いようで本当に良かった。萌も倒された事は気にしていないようで、そのまま前衛に位置して出発の号令を待っている。

 そんな訳で、悩みつつも隊列はそのままを維持して再出発する事に。


「そんなに悩む事無いよ、護人さんっ……今度ヤバいウサギが出て来ても、みんなもう油断しないから平気だってば!

 萌も前衛でいいよ、たまには前に出て香多奈の子守りから解放されなさい」

「誰の子守りよっ、失礼しちゃうっ……萌っ、姫香お姉ちゃんにこき使われる前に、さっさと戻って来て良いからねっ!」

「これこれ、萌が困っているだろう……取り敢えずはこのままの陣形で行こう、毒の仕掛けと首切りウサギに注意して進んでくれ、姫香」


 了解っと明るい返事だが、本当にこれ以上のトラブルは勘弁して欲しい心情の護人である。どうも遠征でずっとキャンプ泊しているせいで、姉妹の時間も増えたのが原因で。

 それに比例して、姉妹喧嘩の比率も急上昇しているような気が。それより本当に、このダンジョンの難易度はちょっと酷過ぎる。


 最初は、毒ガスの仕掛けだけを心配すれば良いと思っていたのに。いきなりあんな暗殺者を、雑魚のウサギの中に紛れ込ませておくなんて酷過ぎる。

 願わくば、これ以上複雑なギミックが無い事を護人は祈りつつ。自分も前衛に立つべきか、思いっ切り悩んで姫香にそう声を掛けそうに。


 ただしそれは、姫香の探索の手腕を疑う事でもある訳で。幾ら甘い性格の護人とは言え、子供のやる気をへし折るのは違うとは理解している。

 まぁ、その辺の塩梅は物凄く難しいのだけれど。


 そんな護人の心配をよそに、先頭を進む姫香とツグミは突き当りの洞窟奥に宝箱を発見。中からは薬品類に加えて、木の実やら魔玉(光)を回収出来た。

 ついでに兎のビスケット4箱に皮素材が少々、それから兎の縫いぐるみが。無理やり回収品をウサギにこじつけている気もするが、毒を渡されるよりマシだろう。


 さっきの回収品なんて、モロに毒薬っぽい薬品も混じっていたのだ。それを考えれば、平和で和む兎グッズには違いなく。子供達もその内容に、何の文句も無さそうだ。

 そんな感じで波乱の4層の探索も終了し、5層の階段を発見した一行。ちなみにその後に、ツグミは毒の仕掛けを1つ発見して姫香が『圧縮』処理済みである。


 5層も注意して進むよと、いつの間にか難易度の急上昇した“兎ダンジョン”の探索に。先頭の姫香は張り切ってツグミを従えて進んで行く。

 性格的にも、姫香は前衛が合っているようでそこは心配していない護人なのだけど。やっぱり不意の罠や潜んでいる強敵は、心臓に悪いので出て来て欲しくない。


 そんな護人の願いが通じた訳でも無いだろうが、5層の探索はサクサク進んで行った。そして気付けば中ボスの部屋らしき扉前で、時間はそろそろお昼に差し掛かる頃合い。

 ここを片付けたらお昼にしようよと、今更ながら5層の中ボス挑戦に緊張もしない面々。それじゃあ扉を開けるよと、元気いっぱいの姫香の言葉に。

 どんと来いとの、良く分からない香多奈の相槌が。


「ちょっと、中ボス前なのに変な合いの手を入れないでよ、香多奈っ! 後衛にいても、ちゃんと集中して護人さんの足を引っ張らないでよね!」

「ちゃんと集中してるってば、いいからお姉ちゃんも前向いて集中してっ! ほらっ、もう扉が半分開いてるからっ!」


 中ボス戦を前に、お気楽すぎる姉妹ではあるけどハスキー達は関係無いとばかりに。開いた扉をスルッと潜って行って、まずは敵の中ボスの確認から。

 そこはやっぱり洞窟の広場で、その中央にいたのは何故か燕尾服を着た体格の良い直立ウサギだった。そいつはステッキを手にして、それをひと振りしてこちらを指し示し。


 その途端に、部下らしき一角ウサギの集団が角を揃えて突進して来た。それを出迎えるのは、レイジーの炎のブレスで敵はあっという間に火だるまに。

 その炎を姫香とツグミのペアがひとっ飛びして、一気に中ボスへと迫って行く。そこからの姫香の鍬の一撃を、ステッキで華麗にさばく燕尾服ウサギ。


 ツグミのサポートは、中ボスウサギの陰から躍り出た漆黒ウサギが邪魔しての意外な好カードに突入。雑魚を倒し終わったレイジーとコロ助も、その一戦は手出しをせずに見詰めるのみ。

 その辺は、とっても律儀な戦闘作法を備えているワンコ達だ。


 体格はほぼ五分だが、戦闘センスは姫香が勝っているよう。何しろスキル所持数は、今や5個以上と探索者の中でも誇れるレベルの彼女である。

 ツグミと漆黒ウサギの戦いが終わる頃、姫香と燕尾服ウサギの熱戦も終焉に。意外と強かった中ボスだが、最後は胸元に強烈な一撃を受けて地面に倒れ伏して行った。

 その途端、後方からワッと言う歓声が湧き起こる。





 ――何だかんだと、とっても姉の心配をしてしまう末妹だったり。






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