第464話 ウサギのダンジョンは予想以上に兎まみれだった件



 午前10時のダンジョン突入は、ほぼ予定通りで何の不満も無い一行である。紗良は早起きしてお弁当を用意出来ているし、チームのコンディションもまずまず。

 連日のキャンプ泊にしては、疲れもそんなに溜まっていなくてまずは一安心。何より香多奈も、小学校をサボってついて来ているのだ。


 それなりの社会実習と言うか、現場でしか出来ない経験をさせてやりたいと思う護人である。この場はその点では、かつての戦争の名残を学べて良いかも知れない。

 もちろん毒ガス工場など、物騒だし現在の協定では禁止されているかもだけど。そもそも人の大量殺戮さつりくを許される戦争と言う行為に、果たして良いも悪いもあるのかって問題もある。そんな問題提起を含めて、戦争の名残の資料館を巡るのは良い勉強かも知れない。


 もっとも、巡っているのはその資料館の裏に出来たダンジョンである。それでも紗良も、寝る前の時間には香多奈の教師役をになってくれているし、家族のサポートも程よく充実している。

 さすがに学校の勉強スピードについて行けないと、自分も困るので香多奈も大人しく従っている。要領の良さも相まって、今の所は末妹の成績は悪くは無い。


 まぁ、大らかな田舎の小学校だけあって、成績など特に誰も気にしないけど。精々が小テストがある程度で、通知表も成績の項目はごくわずかって感じ。

 姫香に言わせると、それで油断してたら中学校から苦労する破目になるのだが。


「もうっ、小学校の同級生は今頃は授業受けてるネタはいいよっ、姫香お姉ちゃんのアンポンタンっ! そんな事より、ダンジョン探索に集中してよっ!

 ハスキー達の方が、よっぽど勤勉だよ」

「まぁ、ハスキー軍団が真面目なのは、今に始まった事じゃ無いからねぇ。このダンジョンの特徴だけど、ウサギ型の敵がやたらと多いって感じかな?

 毒のトラップのせいで不人気だから、情報はあんまり仕入れられなかったけど」

「ここもそうなんだ……何か私たちがまかされるダンジョンって、そんなのばっかりだね。やる事は一緒だから、そこは別に良いけどさ。

 さっ、頑張って間引きしようか、ハスキー達っ!」


 姫香の掛け声に関係なく、気合入りまくりのハスキー軍団&茶々丸である。今回の探索は、しかし姫香が前衛でバリバリ進んで行く感じだ。

 そしてダンジョンの造りだが、自然の洞窟と四角いコンクリ造りの地下通路の混合タイプみたい。コンクリ通路は、恐らく昔の軍事拠点に関係していると思われる。


 そんな細かい事は関係無いと、ハスキー達は敵を倒しながらずんずんと進んで行く。情報通りに、出て来る敵はほぼウサギ型のモンスターで占められており。

 コンクリ通路に、ひっそりとスライムやシャドウ族が隠れている程度。後は威勢の良い一角ウサギが、洞窟内に割と大量発生している感じだ。


 さすが別名を“兎ダンジョン”と言うだけある、来栖邸の敷地内の“鶏兎ダンジョン”の兎とは大違い。あっちで威勢の良いのは、間違い無く大鶏の方だった。

 こちらでは、角を向けての突進やジャンプ攻撃は、不意をうたれると腹に穴が開くレベル。茶々丸も自分の得意攻撃を相手にやられて、何だか苛立っている様子。

 まぁ、攻撃手段に専売特許など存在しないのは間違い無い。


「やっぱり放置期間が長かったせいかな、最初に測った魔素濃度も結構高かったもんね、護人さん。洞窟エリアどころか、コンクリエリアにもウサギが溢れてるよ。

 まぁ、所詮はウサギだし、ハスキー達の敵じゃ無いけど」

「ウサギは肉とか皮とか、ドロップ品が多くていいよねぇ……ちなみにウサギって、東洋でも西洋でも幸運の象徴として扱われる事が多いんだよ、知ってた?

 繁殖率が高いってのも、子孫繁栄の観点から言えば利点だからねぇ」

「ここのダンジョンの兎は、繁殖して増えたのかな? ウサギは家で飼った事無いよね、幸運の象徴なら今度飼ってみて良い、叔父さんっ?」


 紗良のウンチクに、目を輝かせてそんな事を言い始める末妹の香多奈である。ウサギの1匹くらいは構わないけど、その子まで突然探索に付いて来たりしたら厄介過ぎる。

 そんな未来を想像して、軽くパニックに陥る家長の護人だったり。茶々丸や萌の例もあるし、全く無いと言い切れないのが来栖家クオリティ。


 野生の野ウサギ程度なら、来栖家から麓に降りる峠道で幾らでも遭遇する。今度コロ助と一緒に、捕まえに行こうかなと香多奈の発言はアグレッシブ。

 姫香の方は、さっきの東洋と西洋の幸運のウサギの違いに興味があるよう。紗良の語りを、珍しく前衛の位置から催促する素振りである。


 何しろハスキー達と茶々丸の無双振りが、いつもと同じく酷いレベル。前衛に位置する姫香が、武器を振るう暇も無くて暇で仕方が無いのだ。

 とは言え護人に宣言した通り、罠に備えて前衛に居座っているけど。まぁ、ツグミの『探知』スキルに任せておけば、変な事にはならないだろう。


 紗良も興味を持って貰えた事が嬉しいのか、丁寧にウサギと幸運のウンチクを披露する。東洋は『月のウサギ』から月=ツキが転じて、ウサギは幸運の象徴になったみたい。

 干支にも登場するし、中国では十二支全ての中でウサギが最も幸運とされているらしいとの事。西洋ではちょっと変わっていて、ウサギの後ろ脚が幸運の象徴とされているよう。


 詳しくは分からないけど、駆ける時に前脚より後ろ脚が前に出る事から、勝負運とかに良いとされているのだとか。良く分からない理屈だか、東西を問わず持ち上げられるとは凄い生物なのかも知れない。

 もっともここでは、ただの雑魚モンスターでしかないけど。



 そんな“兎ダンジョン”を進む事20分、第1層は分岐も少なくてまずまず順調に済ます事が出来た。宝箱こそ無かったけど、ドロップ品の回収率は上々で。

 子供達はウキウキ模様で、発見した2層への階段を進んで行く。コンクリ通路は殺風景で、まるでずっと前に廃棄された古トンネルのような雰囲気。


 そんな通路は、突然物音がすると思わずビクッとなってしまいそうな感じが漂っている。そこを我が物顔で進むハスキー軍団は、ある意味空気を読まない天才なのかも。

 茶々丸に至っては、陽気過ぎてもはや意味が分からない。怖い話が苦手な紗良などは、動物の方がその手の感覚が鋭いと信じて疑っていないのだけど。

 逆にここまで我が道を行かれると、ちょっと引いてしまいそう。


「そんな怖がること無いよ、紗良お姉ちゃん……ハスキー達も平気そうじゃん、まぁミケさんはマジで霊感あるけど。ダンジョンで出て来るゴーストは物理的に倒せるし、家に出る幽霊もミケさんがやっつけてくれるよ?

 どこにいても最強だもん、ミケさんってば」

「えっ、あの家にも幽霊出る事あるの……っ!?」

「ミケは本当に、気に食わない奴の撃退は容赦ないよね……幽霊も簡単に追っ払ってくれるし、ハスキー以上の用心棒だよね」


 さらっと姫香も話に乗って来るし、来栖邸にはどうやらたまに幽霊が出没するらしい。そしてそんな侵入者は、ミケが厳しく取り締まってくれているようだ。

 その能力は、ハスキー達より信頼置けるってのが姉妹の感想らしい。霊感の無い護人からしても、何だか背中の辺りがソワソワする話題である。


 ダンジョンなんて、確かにどこも不気味な演出は多少たりともあったりする。この“大久野島ダンジョン”も、例に違わず怖い感じは漂って来ている。

 ただし、今の所はゴーストの類いは出没しておらず、シャドウ族の弱っちいのが出る位だ。それは完全に茶々丸の餌食となっていて、スライムに関しては香多奈がスコップで倒して回っている。


 そんな感じで2層も順調で、分岐は1ヵ所あっただけ。その突き当りには待望の宝箱が1つ、中からは鑑定の書が4枚に薬品類が少々。

 薬品の色はかなり微妙で、妖精ちゃんもこれは毒薬臭いなとか言って来る。それどころか一緒に入っていた木の実も、腐っているのか甘い匂いを漂わせている。

 熟れ切ったのとも違う、何だか危険な匂いで口に含むのはちょっと。


 同じく虹色の果実と似たような、甘酸っぱい匂いを発する果実が2つ程。それから強化の巻物が1枚出て来て、それらを一応回収する紗良は微妙な表情。

 明らかに、ヤバい物が含まれてるなって顔付きである。まぁ家に戻って、キッチリと鑑定プレートで調べるから別に良いけれど。


 やはり大切な家族が口にする物に、妙なのが混じっていると嫌な紗良である。特に来栖家などは、新鮮な食材が家畜や畑からとれるので尚更の事。

 どうも、他と調子の違うこのダンジョンに不審感を抱く紗良だけど、ダンジョンを信用し過ぎも良くは無い。ここの回収品にも、恐らく毒性のモノが多く入ってると思って良いのかも。



 それはともかくとして、出て来る敵はそこまで癖は無い感じ。2層で出て来た大ウサギも、1層の敵より2倍以上大きいだけで破壊力はそうでも無かった。

 体当たりがメインの攻撃方法だったようだが、そんなのにハスキー達が引っ掛かる筈もなく。団体さんが出て来ても、割と楽勝の流れに。


 そして2層も複雑な構造では無かったようで、20分と少しで全ての通路を網羅する事が出来た。追加の宝箱はおがめなかったけど、構造は何となく理解出来た。

 この後の探索は、もう少し楽に進める事が出来そう。


「もっと怖い感じを想像してたけど、今の所は探索も順調だね。これならこのダンジョンも、15層くらいまで行けちゃうんじゃない?

 まぁ、帰還用の魔方陣が湧いてくれないと、帰りが大変だけど」

「そうだねぇ……階段の場所は、戦闘が無ければ10分くらいで発見は可能かな? 洞窟型のダンジョンは、造りが単純だから攻略自体は楽だよね。

 あとは変な敵が出て来なければ、意外とスンナリ最深層まで行けるかも?」


 そんな事を話し合う一行は、階段を降りて3層へと辿り着いた所。そこも薄暗い洞窟で、既に奥の広場にはモンスターの気配が漂って来ている。

 相変わらず元気なハスキー達と茶々丸が、敵の殲滅へと進んで先行して行く。それに遅れまいと、末妹と駄弁だべっていた姫香もダッシュで広場へと駆け寄って行く。


 その瞬間、慌てたような雰囲気が前方から……そこにいたのは無数の角ウサギだったが、その周囲に怪しい色合いの煙が立ち上っていた。

 それを見て慌てて退避するハスキー達、ちなみに茶々丸は引っ繰り返って苦しそう。慌てて緊急事態を口にしながら、姫香はその地点へと急行する。


 姫香は《毒耐性》のスキルを持っているし、白百合のマントにも毒耐性upが付いている。それ以上に、彼女の『圧縮』スキルはその場の空気を固める事が出来る。

 卑怯な事に、そこにいるモンスター達はその毒ガスの効果を受けていない様子。一斉に勢い付いて、ハスキー達に襲い掛かって来ている。

 そこに駆けつけた姫香は、集中してのスキル敢行!


 イメージは、仕掛けによって放たれた毒ガスのみを圧縮して閉じ込める感じ。姫香の着用している白百合のマントが、その毒ガス隔離をお手伝いしてくれる。

 その結果、割とスンナリと毒ガスの仕掛けを無効化出来た姫香は思わずガッツポーズ。その後、倒れている茶々丸を抱え上げて大騒ぎししながら下がって行く。


 コロ助も毒ガスを吸い込んだのか、動きがどこかぎこちない感じ。レイジーの『魔炎』で、勢い付いていたウサギの群れは一気に劣勢に。

 それから主に名前を呼ばれたツグミは、用件を察知して闇の穴を出現させる。それを確認した姫香は、その穴に『圧縮』した毒ガスを廃棄してダッシュで後衛の元へ。


 そこには待ち構えていた紗良がいて、その隣には解毒ポーションを手にした香多奈も。前情報があったのに、まんまと引っかかった一行はどこか悔し気である。

 それ以上に、茶々丸の容態もやっぱり気掛かり。


「香多奈っ、大急ぎで茶々丸に薬を飲ませてやって! 多分だけど、そんなに強い毒じゃ無いとは思うの。コロ助も苦しそうだから、呼び戻してやって!

 護人さんっ、毒ガスの除去には成功したよっ!」

「よくやった、姫香……口をあけろ、茶々丸っ! 紗良、回復は効きそうかいっ!?」

「何とか……あっ、意識は戻ったみたいです! 良かった、暴れないで茶々ちゃん」


 ドタバタした会話ながら、後衛陣はようやく雰囲気が明るくなって行く。ついでのように、前衛陣も敵のウサギを全て倒してレイジー達が戻って来た。

 そして念の為だと、コロ助を始め皆に解毒ポーションを飲ませての様子見に。完全に油断していた姫香は、武器を握りしめてとっても悔しそう。


 その頃には、意識を回復した茶々丸は完全に元気を回復していた。神妙な顔色のチームのムードなと関係なく、何でも無かったよのアピールに余念がない。

 とは言え、そんな事で深刻な雰囲気が払拭ふっしょく出来る訳もなく。





 ――さて、この後の探索はどんな心持ちで臨むべき?






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