第463話 兎だらけの“大久野島ダンジョン”に潜りに行く件



 瀬戸内海を縄張りとする“幽霊船”の退治から一夜明け、同じく呉の港に同じ位の時間に到着した来栖家チーム。その顔は、連日の稼働に少々疲れが窺えるとは言え。

 キャンピングカーから飛び降りたハスキー&子供達は、まだまだ元気で今日の探索にも意欲は満々である。昨日はあの後も、実は残業的なお仕事で大変だった。


 それを主に担ったのは、末妹の香多奈だったのだが。MP切れの身体に鞭打っての《精霊召喚》は、かなり大変だったのは傍から見ていて良く分かった。

 それでも諦めないのは、ひとえに末妹の稼ぎへの執念だろうか。つまりは海中に沈んでしまった、魔石やドロップ品の回収作業を水の精霊に頼むと言う。


 妖精ちゃん発のアイデアを、実践しようと頑張る原動力は香多奈にとっては物凄く単純で。魔素の塊の魔石を自然界に放置はよろしくないとか、そんな建前などどうでも良くって。

 ひとえに、売ったらお金になるのにって感情でしかなかったり。


 そんな純粋? な願いは、何とか一発で水の精霊へと届いてくれて本当に良かった。今回出現したのは、良く分からないイルカのような群れを連れた貴婦人姿の精霊で。

 無表情な表情ながら、こちらのチーム員を時間を掛けてマジマジと眺めたと思ったら。白っぽい透明なイルカみたいな手下たちに、香多奈のお願いを遂行させてくれたのだった。


 何だか地上の生き物が珍しい態度の水の精霊は、手際に関しては素晴らしかった。まぁ、水中に沈んでくれたドロップ品を集めたのは彼女の部下たちだったのだが。

 そして掴んだ戦利品だが、まずは魔石(特大)が2個に魔石(大)が1個。それから魔石(中)が5個に魔石(小)が15個、最後に魔石(微小)が58個!


 目が¥の形になっている末妹はともかくとして、まさかの大収穫である。他にもスキル書が2枚にオーブ珠が2個、板素材が割とたくさんに骸骨兵団が使っていた槍や弓矢が少々。

 後はサーベルやら矢弾や大砲の砲弾やら、またまた変わった武器も海中から回収出来た。香多奈はそれを見て、砲弾は叔父さんのねとまた派手な戦闘を望む素振り。

 ちなみにあの後、鼓膜は紗良のスキルで治して貰った。


 これらのドロップだが、魔石(特大)は恐らくは幽霊船と海賊船のドロップだろう。さすがの大物だったしねと、子供達も納得顔なのだけど。

 魔石(大)は、そうするとハッキリ視認も出来なかった海賊船長のモノだったのかも。回収品には魔法のアイテムこそ無かったけど、金の延べ棒や宝石の装飾品も多かった。


 具体的には、両手で抱えられる宝箱にぎっしり入っており、さすが海賊船の宝箱である。それを見た香多奈は狂喜乱舞しているが、さすがにこれは貰い過ぎな気も。

 例えば、三原市の奪還作戦で命懸けで戦っている探索者のご同輩とか。或いは奪還後の復興の資金に充てて貰うとか、そう言う使い道が良いかもと。


 そう紗良と相談する護人だが、心根の優しい長女はその案にあっさりと同意して。姫香と香多奈も、意外とゴネずに家長の提案に乗っかる構え。

 アンタは絶対に反対すると思ったけどなと、姫香の混ぜっ返しはある意味正直な感想なのだろう。それに対して、ベロを突き出して反論する末妹。

 照れ隠しかもだが、照れる末妹も可愛くて笑ってしまう。


「今日は島に渡るんだっけ、それなら早く出発しようよっ。今日もあの船に乗るんでしょ、こんな所でモタモタしてないでさっ!」

「そうは言うけど、船長さんの姿が見えないじゃん。協会の2人はいるみたいだけど、あんまり話し掛けたくないな……今日の予定、ちゅんとこなせるのかな?」

「仕方ないな、俺が聞きに行こう……みんなは船に乗る準備を整えて、そこで待っててくれ」


 そんな訳で、律儀にも時間通りに港で待機していた協会のスタッフに話し掛ける護人である。向こうも苦々しい顔つきで、船長は電話しても捕まらないと吐き捨てて。

 まるでこちらが悪いかのような目付き、いやまぁ確かに昨日は刺激的な海上戦ではあったけど。請け負った任務がそうだったのだし、非戦闘員の安全もこちらはちゃんと確保したし。


 それ以上の責任は負えないし、船が動かなければ今日の探索予定の大久野島にも辿り着けない。どうもルルンバちゃんの船ジャックが、この事態を招いた気も。

 何とかするから待っててくれとの言葉は、護人からすれば全く誠意のこもっていない言葉でしか無く。事態が進展しないようなら、またルルンバちゃんに頼むって手も。


 そう思って家族の元へと戻ってみると、気の早い子供達は既に小型フェリーへと乗り込んでいた。どうやら護人の待っててを、船に乗って待ってるようにと勘違いしたみたい。

 そして突然、始動し始める小型フェリーのエンジン。護人が戻って来たので、もう出るのだとルルンバちゃんも勘違いしたみたい。気が利くのかせっかちなのか、この際その問題は置いておくとして。

 護人が乗り込んだ次の瞬間には、来栖家専用のフェリー船は出航していた。


 邪魔な係船索は、ツグミが罠外しの要領で外してしまっていた様子。何と言うチームワーク、港から随分と離れた時点で慌てた様子の協会のスタッフの姿を見た気もしたけど。

 全く気にしていないメンバーは、昨日と同じく1階層の平らな地点にキャンプ地を作り始める。操舵はルルンバちゃん任せ、目的地が分かっているんだか不明だけど。


 ちょっと呆然としていた護人は、子供達に勧められて椅子へと腰掛けた後に。何とも手際の良い出航に、どんな言葉を掛けるべきか戸惑いまくっていたのだが。

 こうなってしまったら仕方が無いと、キッパリ気持ちを切り替える事に。すぐ隣に腰掛けた姫香も、ラインの情報で今日までの市街戦の経緯を報告して来る。


 それによると、三原市奪還作戦はまずまず順調で、敵である獣人軍の拠点を既に4つは潰したそうな。こちらも被害は少なくなく、決して順風とは言えないけれど。

 岩国チームの『ヘブンズドア』や、広島市の知り合いのチームに関しては、幸いながら犠牲者は出ていないみたい。今日も既に奪還作戦は始まっているらしく、こちらとしては遠くから応援するしかない。

 なるべく犠牲を出さずに、奪還作戦が成功する事を。


「向こうも大変だけど、こっちもそれなりに大変みたいだから頑張らないとね。話を聞いたら、今日の探索先は何か可愛い兎のダンジョンなんだって思うかもだけど。

 大久野島って、今は国民キャンプ施設があったりして有名なんだけど。昔は軍事拠点があったりで、何と15年もの間、地図から消されていたらしいのね。

 それが今では、ウサギ島として有名なんだけどね」

「う~ん、動画は観たけど……軍事拠点の面影もあるし、ウサギの要素も強いしで凄いダンジョンだよねぇ。アクが強いって感じで、確かに大変そう。

 軍事拠点って、確か毒ガスの製造工場なんだっけ?」

「うへえっ、じゃあそっち系の罠とかあったりするのかなぁ?」


 香多奈の心配そうな声は、確かに懸念材料には違いなく。チームでも何か対策を立てないと、誰かが酷い目に遭ってからでは遅いだろう。

 紗良の情報収集はなかなか幅広く、動画のチェックから島の歴史にまで及んでいて。今から行く大久野島は、瀬戸内海に浮かぶ小さな島の一つなのだが。


 実は大久野島は、三原市の所属では無くてギリギリ竹原に属している島である。そしてイメージの上塗りの為に離した兎が、大繁殖して今に至ると。

 ただし、それがダンジョンにも影響を及ぼしてしまったのは完全に予想外だったのだろう。動画を観るに、今から向かう“大久野島ダンジョン”は見事に兎型モンスターだらけ。


 まぁ、それが人寄せにならないのもダンジョンの面白い所で。何しろ敵で出て来るので、探索者はそいつ等を倒して進むしか無い訳で。

 しかも過去の毒ガスの製造工場の影響が、モロにダンジョンに介入しているそうで。お陰でダンジョンもB級ランク指定で、忌避されるように。

 ついでに言うと、定期便も今は通っていない有り様で。


 そんな感じで、今回の来栖家チームへの間引き案件へとなったみたいだ。護人も出来るなら、そんな危険な場所に子供達を連れて行きたくは無いのだが。

 モンスターに関しては、前衛で処理すれば後衛は比較的安全なのだが。毒ガスなんて、一体どう対応すれば良いのか分からない。


 姫香は私が何とかするよと、自信満々なセリフを口にするけど。確かに姫香の《毒耐性》は、こんな場所ではかなり有効なスキルかも知れない。

 問題はハスキー達や後衛陣だが、罠を作動させないのが一番の策だろう。その辺はツグミに期待しつつ、いつものように慎重に探索をして行くしか。



 そんな事を話し合いながら、小型フェリーはルルンバちゃんの操舵で順調に進んで行く。速度は昨日ほどには出していなくて、瀬戸内海は相変わらず波も低い。

 日差しも暖かで、このまま舟遊びに出掛けたいくらいなのだが。来栖家は誰も釣りや海遊びに精通している者はおらず、どっちかと言うと探索の方に楽しみを見い出すタイプ。


 現に連日のダンジョン攻略に、一同は何のストレスも無いみたい。農家や畜産業と言うのは、疲れたから今日は仕事しないってのは言い訳にならないのだ。

 特に個人経営だと、代理で仕事をしてくれる人を探すのも難しいので。その点、来栖家は探索の間に面倒を見てくれるお隣さんが出来て大助かりである。

 田舎の親密性は、こんな時に超便利である。



「それでは兎クイズ第4問です、どうしてウサギの目は赤いんでしょうか?」

「はいっ、え~と……人参を食べ過ぎたから?」

「ゲームのやり過ぎで、多分3日くらい徹夜したからじゃない?」


 夢の全く無い姫香の返答はともかく、紗良が発案のクイズ遊びは島につくまで結構盛り上がっていた。主にウサギに関する問題が、予習になっているのかいないのか。

 ちなみにウサギの目が赤いのは、品種改良で日本アンゴラと言う種が日本に広まったのに端を発するそうな。普通のウサギの目は茶色や黒が圧倒的に多くて、つまり『ウサギの目=赤』は日本人の思い込みらしい。


 そんな姉の説明を聞いて、へーっと感心している姫香と香多奈はとっても素直だ。ハスキー達は2日連続の船旅にも、すっかり慣れて寛いでいる。

 今から行く大久野島の説明もなされており、国民キャンプ施設やウサギの観光で有名だけど住民はいないそう。ダンジョンもたった1つで、迷う心配も無さそうである。


 そして、ちゃんと地図に沿っての運航をしてくれたルルンバちゃんのお陰で。無事に大久野島の港へと、来栖家チームの乗った小型フェリーは到着を果たした。

 そこはかつての観光スポットの雰囲気は、全く無くなっていて寂しい限り。繁殖しまくっていたウサギの姿も、今やほぼ見当たらない有り様で。


 オーバーフロー騒動のせいなのか、食糧難の為の狩り集団が入った為かは定かでは無いけど。港とその周辺の通りは人影も動物の影も見当たらずとっても静かだ。

 紗良が独自に集めた資料をもとに、ダンジョンはあっちの方向ですねと一行を案内する。それに沿って、元気に歩き出す来栖家チームの面々である。


 護人もさっきの小型フェリーの係留は大丈夫だったかなとか考えながら、子供達の後に続いて進んで。三原で請け負う最後のダンジョン探索が、無事に済むようにと心中で祈ってみたり。

 島の面積はそんなに広くないようで、かつての施設の建物も進んでいる内に窺う事が出来た。ただしそっちに用は無いようで、ハスキー達も見向きもしない。

 その歩調は、まるで目的地を既に分かっているかのよう。


「あっ、見えて来ましたね……看板も立ってて、入り口も分かりやすいかな? あの毒ガス資料館の裏側に、ダンジョンの入り口があるそうです」

「うわぁ……入り口情報からして、中に毒ガスの仕掛けがありそうだよ、護人さんっ。今回はハスキー達じゃ無くて、私とツグミが先行するね。

 自分で言うのもなんだけど、その方が絶対に安全だよっ!」

「そうだな、別にレイジー達を信頼してない訳じゃ無いけど……適材適所は大事だし、ここは姫香とツグミのペアに頼もうか。

 ルルンバちゃんはどうだい、この子も毒ガスはへっちゃらだろう」


 姫香は胸を反らして、危なくなったらルルンバちゃんにも前に出て貰うねと返事をして。相方に向かって、頑張るよと声を掛けて先頭切って入り口へと歩き出す。

 時刻はまだ午前中で、間引きの時間はたっぷりとある。この“大久野島ダンジョン”は推定B級との事だが、それは厄介なトラップ前提みたいなので。


 それに注意しながら、今日は10層以上の攻略を目標にする予定である。それが果たして上手く行くかは、やっぱり罠を上手に避けれるかどうかに掛かっているだろう。

 そんな姫香の瞳は、活き活きと輝いていてとっても楽しそう。





 ――かくして一行は、噂のウサギのダンジョンへ。






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