第461話 三原の港から海上パトロールへ出掛ける件



「みっちゃんからのラインでも、幽霊船を見たって知らせが来てるね、護人さん。幸い追いつかれなかったそうだけど、足の遅い船だと逃げ切れないみたい。

 やっぱり、海にいる野良モンスターって厄介なんだね」

「空から襲って来る奴も、高速道路を車で走ってる時はかなり厄介だったもんねぇ……それで今日1日は、その幽霊船を退治する依頼って事でいいのかな、叔父さん?

 でも凄いよね、フェリー船を貸し切りなんて!」

「まぁ、小さな漁船じゃ戦闘どころじゃ無いだろうしな。取り敢えずは、船の船長と一緒に乗る予定の協会スタッフの安全には気を遣ってくれ、みんな」


 護人の言葉に元気に返事をする子供たち、船長はもちろん船を操縦するために同伴するのだが。今回の出航には、先日“戦艦ダンジョン”まで案内をしてくれた協会スタッフも同伴するみたいだ。

 護人からすれば、邪魔だなぁとしか思わないのだが。向こうは自分の身は自分達で守ると言って来て、どうやら多少の戦闘力は有しているみたい。


 今は朝の10時過ぎで、現在は市街地からは少し離れた竹原市の港に車を停めて。今日の貸し切りの小型フェリーを前に、最後の打ち合わせを行っている所である。

 企業から依頼された仕事とは言え、幽霊船の討伐などやった事も無い。海上ではハスキー軍団も手出しは出来ないだろうし、こちらの戦力は半減である。


 気軽に応じてしまったけれど、早くも後悔し始めている護人だったり。ただし子供達もペット勢も、何故かヤル気満々で早く船に乗ろうと超前のめり。

 紗良がいつもの気遣いで、皆に船酔い用の薬を配ってくれている。チームの縁の下の力持ちの彼女に、逆らう者は誰もおらず。ペット達以外は、これで準備完了となった。


 ペット達に関しては、無理に薬を飲ませる訳にも行かないし我慢して貰うしか。もっとも瀬戸内の海は波も穏やかなので、そんなに酔う程高い波はおきないのだが。

 そんな感じで準備を整えて、来栖家チームは小型フェリーへと乗り込んで行く。この船は全長が14メートルくらいで、定員が30人程度との説明なのだけど。

 平坦な1階層部分に乗る車は、精々が3~4台程度。


 もっとも、来栖家の大切なキャンピングカーは、ちゃんと港に置いて行くけれど。今日の予定はここから三原方面へとフェリーを走らせて、運よく幽霊船を発見するまでうろつき回る感じらしい。

 相手の場所が不定なので、それは仕方の無い作戦ではある。こちらで付け加えるとしたら、ルルンバちゃんに偵察に出て貰う位だろうか。


 それも上手く行くとは言い切れない、何しろ海は広いのだ。とは言え渡された海図を覗くと、不思議とあまりそんな風には感じられない不思議。

 何しろ瀬戸内海は、島が多過ぎて海がバーンと広がる地域が意外と少ない。沿岸帯は特にそうで、これなら島の間をうろついていれば、向こうがこっちを発見してくれるかも。

 実はそれが一番、効率が良いかもとは全員の意見である。


 早くも撮影を始めている末妹は、テンションも高くあちこちにレンズを向けている。それから子分のコロ助と萌を引き連れて、2階層の操縦席へと向かってしまった。

 落ち着きが無いわねと呟く姫香は、みっちゃんの目撃情報を頼りに因島方面に向かおうかと護人に提言している。実は幽霊船は、何隻か存在するって情報もあって。

 これがみっちゃんの見た奴ねと、写真を家族に提示する姫香であった。


「そんなに大きくなかったそうだけど、骸骨兵団が甲板にわんさかいたのはちゃんと見れたそうだよ。帆船タイプに見えたけど、多分動力は別にあるのかもって。

 風の向きとは関係なく、妙な動きだったみたいだから」

「幽霊船自体が、野良モンスターだって話もあるみたいだしな。まぁ、ダメージを与えて倒したら、瞬時に消えたとか証言はその位だけど。

 海の上だと、魔石に変わっても分かりづらいだろうしなぁ」

「そっか、魔石拾えないのは探索者として痛いねぇ……みんなのテンション、それに気付いて下がらないと良いけど。

 何か良い方法無いかな、妖精ちゃん?」


 困った時の妖精ちゃん頼み、紗良は信頼する師匠へと難問を向けてみるけど。そんなのは水の精霊に頼めば簡単ジャンと、お気楽な答えが返って来た。

 つまりは末妹の香多奈に頼るのが、現状では唯一の手段みたい。確かに良い案だが、香多奈の《精霊召喚》は効果があやふやなのが悲しい所である。


 まぁ、効果が出なかった時はキッパリと諦めるしか無さそう。そんな訳で、各所から入って来る情報を基に、小型フェリーのルートは決定された模様である。

 あとは遭遇するまで、来栖家チームの面々は暇と言うか自由時間みたいだ。仲の良い姉妹は、それなら何かしていようかと船内で相談を始める始末。


 小型フェリーの1階層は、そうは言ってもそれ程に広くはない。精々が車を4台停めれる程度の、駐車場位の平らなスペースで。2階に上れば、一応ガラス張りの小さな客室はあるとは言え。

 そこも数人が何とか座れるほどの狭い空間で、現在は協会職員の2人が使用中。ペット達とルルンバちゃんがメンバーにいる来栖家では、どうやってもそこは使えない。

 操縦席も2階席にあって、さっき紹介された船長が事前に言われた航路に従って操縦してくれている。彼は雇われの身なので、さぞかし心細い事だろう。


 ただしそれは、海上戦が初のチームにしても同じ事だ。長丁場を見越して、家族に寛ぐように伝える護人だったけれど。遭遇した後、どんな指示を出せば良いのか悩ましい所だ。

 ハスキー達に関しては、何故かヤル気満々で海岸線を見据えているけど。フェリーの壁が高くて外が窺えないので、ルルンバちゃんが土台代わりになっている。

 その風景は、何となく微笑ましくて笑ってしまう。



 そして出航から30分経過して、既に子供達からは最初の緊張感は消え失せており。ほぼ変わりの無い海の景色に、飽きたような顔が並んでいると言う。

 その点、ハスキー達は勤勉で相変わらずルルンバちゃんの上で周囲を覗っている。その土台役に任命された彼は、さっきから少しだけ迷惑そうな表情。


 いや、ルルンバちゃんには顔など無いので、そう見えてしまうだけなのだろう。そんな不審な挙動をするたびに、レイジーから動くなと凄まれる彼は少し気の毒かも?

 そんな縁の下の苦労も報われぬまま、出航して更に1時間が経過した。その頃には子供達は完全に飽きてしまっていて、そろそろお昼にしようかと話し合っている。


 そんな時、簡単な家具まで運べるツグミの空間収納はとっても便利だ。魔法の鞄の比ではなく、重たいモノや嵩張る品も自在に収納して運べるのだから。

 そんな訳で、ツグミはご主人に呼ばれてお昼の用意のお手伝いに。


「意外と遭遇しないねぇ、幽霊船……被害が多発してるって聞いてたから、船を出したら簡単に見付かるんだと思ってたのに。

 あれかな、会いたいって思ってると逆に遭遇しなくなる法則が発動したとか?」

「ああっ、そう言うのってよくあるよねぇ……レイジーちゃん達もこっち来て休もう、ウィンナーあげるよっ。

 働き過ぎは良くないよ、少しはミケちゃんを見習わなきゃ」


 確かにミケの脱力振りは、何と言うか神のレベルに到達しているかも知れない。当のミケは潮風が嫌いなのか、紗良のフードの中にスッポリ埋まって眠りこけている。

 その点、妖精ちゃんはハイスペックで、風を操作してこの吹きさらしの中でも平気な顔をしている。そしてお昼にも同伴して、香多奈にサンドイッチの給仕を命じてのお姫様対応。


 末妹もすっかりこの小さな淑女の我がままには慣れて、文句も言わず自分の食べ物を分け与えている。何しろ末っ子なので、自分より小さい子の面倒を見るのが楽しくて仕方が無いのだ。

 そんな穏やかな食事を邪魔するように、例の協会の2人連れが2階席から降りて来た。そして幽霊船に遭遇しませんねと、分かり切った一言を述べて来る。


 依頼して来た企業の役員も、金さえ出せばお前ら動くんだろうと言う態度でそれなりに無礼だったけど。その物言いに腹を立てたのを、ミケに察知されてあんな事態になってしまって。

 大いに反省した護人は、聖人君子の心境でそうですねとにこやかに相槌を打つ。隣の姫香が、食事中に無礼だなって顔色なのを目で軽く制しつつ。

 何しろ船の上では、彼らに逃げ場など無いのだから。


「この船は一応2日間借りてますが、明日は大久野島への往復に充てたいので。出来れば今日中に、幽霊船退治の任務を終わらせて欲しいんですが。

 船のチャーター代も、そんなに安くないんで期日厳守はしっかりお願いしますよ」

「そんな事で文句を言われても、船のルートを決めたのはそっちでしょ……遭遇してもいない幽霊船を倒してくれって、まるで一休さんのトンチみたい。

 私たちは倒すのが依頼内容なんだし、幽霊船をさっさと出現させてよ?」

「あ~っ、それって屛風の虎を捕まえろって、将軍様に無茶振りされる話だねっ! さすが姫香お姉ちゃんっ、トンチが効いてるねっ!」


 はしゃいだ声をあげる香多奈だが、場は一触即発の雰囲気が。何しろこちらが出航前に提案した偵察ルートは、企業の船の使用ルートと関係無いからと素気無く却下されたのだ。

 その上に、お前ら働いて無い癖に呑気に昼飯食ってんじゃねぇよの態度には。割と短気な姫香には、喧嘩を吹っ掛けて来ているとしか受け取れなかったようで。


 これは昨日の二の舞だぞと、護人は顔はにこやかなまま忙しく思考を働かせ始める。実際、ハスキー達は不埒な人物に威嚇の唸り声を発していて。

 それ以上近付いたら、腕の1本は覚悟しろよと姫香以上に喧嘩腰。


 侮辱されたと受け取った協会スタッフも、顔を真っ赤にしてこちらを睨んで来るけど。相手がA級クラスと知っているせいか、それ以上の言葉は発せず去って行く。

 憎々し気な一瞥は、しかしレイジーのしゃくに障ったようで。『針衝撃』の一撃で、海上に浮かぶ小型フェリーは引っ繰り返りそうに揺れ始める。


 階段を上ろうとしていた協会のスタッフたちは、途中から転げ落ちて大騒ぎする破目に。逆にテーブルまで出して寛いでいた来栖家は、何故か被害は最小で済んで。

 どうやらツグミが『影縛』と《闇操》のコンボ技で、揺れを受けないようにガードしてくれていたみたい。被害はお茶が少しこぼれたくらい、何と言う神業か。


 ただし、範囲外にいたルルンバちゃんは盛大に壁に激突していたけど。それでも被害の程度は、階段を転げ落ちた協会スタッフ程では無かった模様。

 その時には護人は覚悟を決めており、レイジーの頭を撫でて号令を掛ける。つまりは捜査に本腰を入れるぞと、この茶番染みた海上パトロールの主導権を取るべく。

 ルルンバちゃんに向けて、まずは2つのお願いを。


 彼は聡明にも、両方頑張ると片手をあげて飛行モードで空へと偵察に飛び立って行った。それを見ていたレイジーが、何を思ったかこの前貰った『蝸牛のペンダント』から『炎のランプ』を取り出して床に設置する。

 香多奈がすぐにそれを察知して、赤色の魔石を投入してあげると。魔法の炎は盛大に燃え上がり、やがてそれは8つの塊へと別れて行く。


 レイジーの《狼帝》の威力は、以前よりも増している様子……それより驚いたのは、それらが一斉に炎の鳥へと変化した事だ。成り行きを眺めていた子供達は、一斉に驚きに大声を発する始末。

 護人も同様に驚き顔、一体いつの間にこんな特技を覚えたのだろうかと。そんなチーム員の感情を置き去りに、炎の鳥たちは文字通りに四方八方へと飛び去って行く。

 なるほど、これならルルンバちゃんの偵察より遥かに合理的。


 10分もしない内に、レイジーは主人の護人に3時の方向を示した。その頃には戻って来ていたルルンバちゃんの飛行パーツに、護人は乗ってる船の乗っ取りを命じる。

 途端に舵を切り始める小型フェリー、船長はさぞ驚いただろうが知った事ではない。戦闘準備をチームに言い渡し、来栖家チームは最初の獲物を見定める。


 コロ助の『咆哮』は、まるで戦闘開始を知らせるラッパの音色のよう。これは周囲の敵に、威嚇や恐怖効果を与えるスキルらしいのだが。

 可哀想に、範囲に入ってる協会スタッフも委縮して震えてる有り様だ。


 その後の戦闘に関しては、ほとんどがオマケのようで10分も掛からず相手の船は海の藻屑もくずに。ルルンバちゃんの『波動砲』も強かったし、ミケの『雷龍』も酷かったけど。

 レイジーの操る火の鳥たちの、炎のブレスも相手からすれば災難級だった筈。甲板に勢揃いしていた弓や手槍持ちの骸骨兵たちは、為す術もなく魔石に変わって行ってたし。


 珍しく協力的なミケも、こんな場所に自分を連れ出した恨みを相手にぶつけているかのよう。相手が放った攻撃は、辛うじて弓矢が3本ほどフェリーに飛んで来ただけと言う。

 かくして最初の海上の戦闘は、ペット達のお手柄で大勝利に。





 ――時刻はまだお昼、海上パトロールはもう少し続きそう。







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