第460話 1日の休みを経て新たな企業依頼を受ける件



 三原で2つ目のダンジョンの間引きを、無事に終えた来栖家チームであるけど。次の日はさすがに完全休養日で、体力の回復に当てて良いとのお達しに。

 古い三原のガイドブックを開いて、キャンプに最適な場所を探し当てて。そこでキャンプ形式での中1日休みを、満喫する事に決めた来栖家だった。


 うたい文句では、瀬戸内海と四国連峰の山並みを一望出来て、広島空港の飛行機の離着陸も眺められるそうなのだが。生憎と天気が悪く、山の上からの景色はイマイチ。

 飛行機も野良モンスターのせいで、今の時代は余程の覚悟が無いと飛んではくれない。外国との貿易も、そんな訳で海上ルートで細々と行っている感じである。


 ここ最近は武装船団の登場で、コストは掛かるが安定した貿易も戻って来たそうで。そんな船団の貿易に雇われる探索者も、いるとかいないとかって噂である。

 企業の動きは自治体とも違って独特で、全部を把握する事は護人にも不可能だが。懇意にしている企業の買い取り人から、少し前にスカウト染みた事もされた事もある。

 断りはしたが、待遇的には申し分は無かった。


 それだけダンジョン素材による製品開発で、盛り返している証拠なのだろう。良い方に考えると、人類がこの“大変動”からの騒ぎを収束する日も近いのかも知れない。

 過去の生産&消費サイクルが、最上だったとは護人も思ってはいないけど。少なくとも、野良モンスターやオーバーフローに怯えずに済む日が来れば良いとは思う。


 そんな事を考えながら、荒れ果てたキャンプ場で戯れる子供達を見遣る護人である。元は有料の筈なのだが、今は管理者もおらず施設のみ残っている有り様で。

 管理棟は荒らされた形跡はあるが、辛うじてトイレやキャンプ場のスペースは使えたので。そこで1泊する事にして、今はお昼を食べ終わっての寛ぎ時間である。


 幸い、遠征用に食料品は家からたっぷり持って来れたし。携帯も繋がるので、家の敷地の世話を頼んである、植松の爺婆やお隣さんともいつでも繋がる事が出来る。

 今日は向こうの地元も天気が悪いそうで、それでも田畑の管理に問題は無いそう。家畜仕事をやっていると、どうしても泊まり掛けの旅行に二の足を踏むのが常だけど。

 最近は、探索業で引っ張り出される事も増えて来てしまった。


『ほんまに大丈夫なんかいの、護人……三原は今、モンスターに襲われて大変じゃ言うて自治会長も話しよったで? 子供を連れて、そがいな場所に行っちゃいかんで』

「ああっ、市内の奪還戦はベテランの探索者達に任せてあるよ。こっちは後方支援で、今日は休みを貰って近くのキャンプ場で休んでるんだ。

 子供達も元気だよ、今はハスキー達とボール遊びをしてる」


 実際は姫香がフリスビーでハスキー達の相手をしていて、紗良は人化した萌とバトミントンで遊んでおり。香多奈に至っては、茶々丸に騎乗して遊んでいたのだが。

 そんなカオスな状況を、いちいち説明するのも手間なので。そんな説明で終わったのだけど、向こうは多少は安心してくれたようで何よりだ。


 こんなリフレッシュも大切な時間には違いなく、ペット達も完全にリラックスしてキャンプ場を駆け回っている。末妹の騎乗の練習台になっている茶々丸も、ご機嫌に蹄を鳴らして歩き回っていて。

 萌に至っては、なかなかの腕前で紗良よりもラケットさばきは上手だと思われる。そんなキャンプ場での過ごし方だけど、護人は電話を切った後も忙しい。


 何しろこの後、企業『四葉ワークス』の代理人が面会に訪れると言う話なのだ。今回の三原奪還計画の、スポンサーもこの企業が担っているとの事で。

 彼らも町の崩壊や、それによる列車や道路の寸断は望ましく思っていないのだろう。そもそも協会も、バックアップなしにレイドを組んだ探索者を養おうと思ったら大変だ。

 護人としても、スポンサーに逆らうつもりは毛頭なく。


 ややこしい話にならなければ良いななどと考えながら、子供達が楽しくはしゃぎ回る姿を眺めつつ。たまに入って来る、市街戦の戦況や味方の報告をラインで確認する。

 来栖家のベースキャンプは快適そのもので、そこを守護するルルンバちゃんは不動のまま。本心では、どこか掃除する所無いかなぁとか思っているかもだが。


 たまに香多奈が茶々丸から転がり落ちて、ひゃあっとか奇声を放つのだが。持ち前の運動神経で、酷い怪我にはなっておらずそう言う意味では安心である。

 ハスキー達に関しては、既に途中から本気モードで疾走が矢のような勢いに。投げられたフリスビーが高過ぎる空中だろうが、スキルで撃ち落として咥えて持って帰る周到さ。


 お陰で新品だったフリスビーは、既にボロボロの有り様である。姫香も他の遊びに切り替えようかなぁと、内心では思っているかも知れないけれど。

 火のついたハスキー軍団は、既に全員が狩人の面構えだったり。


「護人さんっ、ハスキー達が真剣狩りモードになっちゃった……どうしよう、ここで終わらせたら逆にストレス溜まっちゃうよねぇ?

 どっか近くに、ストレス発散出来る敵とかいないかなぁ?」

「そう簡単に、野良モンスターは捕まらないだろう……ただまぁ、ここから見下ろす町並みからは煙が出てる箇所も多いなぁ。

 仕方無いから、山道を散策させてクールダウンさせてやりなさい」


 了解ッと元気に返事をした姫香は、ハスキー達を連れて山の中へ消えて行った。それに較べて、紗良の遊びは平和そのもので何の障害も起きそうにない。

 萌が意外と上手なのが、ちょっと面白くて笑える程度だろうか。それよりやっぱり、海側の市街地から立ち上っている煙の数々は心配なレベル。


 そこでは今も、熾烈な獣人やホムンクルス軍との戦闘が行われているのだろう。自分達はその任務を外して貰えたが、やはり多少の後ろめたさはある。

 とは言え、姫香や香多奈を連れて蹂躙された市街地へと赴くのは論外である。護人だけならともかく、奪還作戦への参加は過酷には違いないし。


 姫香はキャンプ場からやぶ払い用のなたを持ち出して、ちょっと散歩して来るねとの言葉を残し。ハスキー達の行きたい方向へと、気儘な散歩へと追従する構え。

 1人で行かせるのが心配な護人は、ついて行きたい思いもあるのだが。何しろもうすぐ、企業の代理人がこちらに面談に来るとの事なので。

 一応は雇われ側の身としては、それを無視する訳には行かない。



 そんな訳で30分後の午後2時きっかり、山の上のキャンプ場にゴツい装甲車がやって来た。護衛役を兼ねた運転手は、恐らくは探索者崩れだろうか。

 それからいつも日馬桜町に来てくれる、馴染みの買い付け人の森田と言うスタッフが後部座席から降りて来た。それから一緒に位の高そうな人物が、こちらを見掛けて頭を下げて来る。


 それをルルンバちゃんがお出迎え、虚を突かれて固まる護衛役の2人である。ルルンバちゃんも悪気は全く無く、護衛役のレイジーの真似事がしたくなったのだろう。

 何しろ現在の仮の拠点は、ハスキー達が散歩に出掛けて不在なのだ。ミケは天気の悪さに、キャンピングカーに籠って出てこようとはしない有り様だし。


 それなら自分がと思うルルンバちゃんは、とっても真面目な性格には違いなく。現に到着した企業スタッフの第一声は、キャンプ場が思ったより綺麗だとのお褒めの言葉で。

 この子が片付けてくれたんですと、護人はルルンバちゃんの手管を褒める発言。元がAIお掃除ロボとは知らない向こうは、そう言われても反応出来ず。

 逆に何言ってんだコイツの視線が、多少痛かったり。


「いや、子供達も手伝ってくれて、1時間ほどで綺麗になったんですけどね。ペット達もいるから、ホテル系の宿泊施設はどうも使い難くって。

 幸い家族みんなキャンプ好きだし、雨が降ってないだけ幸いですよ。明日は海へ出るそうですが、何とか天気が持ってくれたら幸いですね。

 まぁ、ダンジョン探索中は天気は関係ありませんが」

「そっ、そうですね……いや、実は島のダンジョンに渡る前に請け負って欲しい仕事がありまして。電話越しでも何ですので、こうやってはせ参じた次第でして。

 あっと、話の前にこちら差し入れです、甘いモノが好きだと伺いまして」


 そう言われて差し出されたのは、三原の銘菓『ヤッサ饅頭』だった。市内はあんな感じなのに、工場の辺りは戦火を逃れていたようで。

 妖精ちゃんが真っ先に飛んで来て、早く給仕しろと騒ぎ立て始めている。紗良もお客の姿を見て、すぐにお茶の用意へと車内へと駆け込んでいて。


 護人は立ち話も何ですしと、顔の周囲を飛び回る妖精ちゃんを無視して一同を車内へと招く。ミケが胡乱な顔付きで、ドア前まで客の顔を検分しにやって来た。

 不埒な態度の者がいれば、容赦なく制裁を加える気満々なその顔付きに。護人は慌てて小さな裁定者を抱え上げ、ご機嫌取りにあちこちくすぐってやる。


 可愛い猫ちゃんですねと口にする初見の上役は、どうやら来栖家チームの動画はチェックしていない様子。その隣の森田は、苦笑いで頬を引きつらせている。

 その和泉いずみと名乗った上役スタッフは、妖精ちゃんの存在は無視する事に決めたようだ。今はその小さな淑女は、紗良に饅頭を渡されてご機嫌な様子だ。

 何しろ『ヤッサ饅頭』は、1個食べるだけでも相当に食いでがあるので。


 三原の土地は、昔から夏に行われるやっさ祭りが有名である。3日に渡って開催される『やっさ』の名を冠したこの銘菓、とにかく餡子あんこが多い!

 甘いモノが苦手な人が見たら、その皮と餡子の比率を知っただけで失神してしまうかも。そんなお菓子に嬉々として噛り付く妖精ちゃんは、ある意味勇者かも知れない。


 そんな贈り物を用意してくれた、企業スタッフからも市街戦の様子を聞き取りながら。お茶を飲みつつの情報交換や、それからようやく話題は肝心の依頼の話へと行きついて。

 用心していた護人だが、内容そのものは至ってシンプルでかなっていた。つまりは小型フェリーをこちらで数日レンタルするので、周辺の海上の保安を確保して欲しいそう。

 あちこちで噂されている幽霊船だが、やっぱり被害は出ているようで。


「大きな船は速度も出ないので、輸送船など良い的にされやすいんですよ。実はウチの企業が所有している輸送船も、この前遭遇して被害に遭いまして。

 ぜひこの機会に、スポンサーの力で案件を通せと上の方からせっつかれた次第で」

「あぁ、まぁ分かりますよ……私も“大変動”前は、市内で会社務めの身でしたからね。上から降って来る指示には、無茶振りでも従うしか無いのが企業勤めの辛さですよね」

「いやしかし、今は立派なA級ランクの探索者じゃないですか! 本当に素晴らしい、家族で探索者とは少々変わってますが、その若さで立派なモノですな。

 依頼を遂行して頂ければ、もちろん謝礼は弾みますよ!」


 和泉と言う名の森田の上司は、どうやら護人の本当の年齢も知らないようだ。もちろん護人は、若返った経緯などは外部に知らせていないけれど。

 依頼を面談で頼もうと言い出したのなら、相手の情報くらいは最低限知っておくべきだろうに。まぁ、これが大勢が務める企業の弊害かと、護人は諦めた顔付きに。


 ところがそんな主の機嫌を感じ取る怪物が、膝の上に収まっていたのが護人の誤算だった。危機を肌で感じとった妖精ちゃんが、お菓子を放り出して車外へ飛び去って行く。

 それは純粋な捕獲者の発する殺意で、素人に向けるには全く容赦のないレベルで。運転役を兼ねた護衛役のスタッフ2人も、一緒に車内に招かれてお茶を手にしていたのだが。

 完全にフリーズして、まさに蛇に睨まれた蛙状態に。


 慌てた護人は、ミケをなだめつつも彼女を抱えて車外へと駆け出る。間の悪い事に、そのタイミングで山間の散歩から戻って来たハスキー軍団。

 そして自分の縄張りのキャンピングカー付近で、主人の護人が慌てているのを目にして。荒ぶる彼女たちの咆哮は、強靭な探索者でさえ腰を抜かすレベル。


 同行していた姫香が、慌てながらもハスキー達を落ち着かせようと頑張るも。猛然とダッシュをかますレイジーは、不埒な客人を八つ裂きにしそうな怒りっ振り。

 これは不味いと判断した護人は、車内の紗良に指示を出しての客人たちの保護活動。彼らを強引に車外へ追いやって、護人は全力でレイジーの突進を阻止する。


 それはもう、“四腕”まで発動しての必死のブロックは、何とか寸前で功を奏してくれて。背後で慌しく出発する車の音を聞きながら、ひたすら腕の中のミケとレイジーを宥める飼い主であった。

 いやもう、重すぎる愛って時には当人にも被害が及ぶかも?





 ――こうして休日の筈の1日は、冷や汗と共に過ぎて行くのだった。







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