第446話 出来立ての“戦艦ダンジョン”に突入する件



「あの“戦艦ダンジョン”のオーバーフローは、かなり酷くて大変だったですね。協会はこのダンジョンをA級に認定しましたが、それにはちゃんとした理由があります。

 銃持ちのモンスターが数多くみられ、探索者でも手酷い傷を負ってしまいました。出来立てのダンジョンなので、階層は多く無いとは思いますけど。

 A級探索者の方でも、攻略は至難を極めると思われます」

「それでですね、この“護衛艦いずも”は国の貴重な財産でもありまして……ダンジョンコアを持ち出して、魔素の汚染から回復を願う方針に決定しました。

 そんな訳で、破壊したコアはこちらの袋に入れて持ち帰って頂きたい。外で私たちが待機しておりますので、受け渡しまでが任務となります。

 後は私たちが、適当に廃墟に捨ててまいりますので」


 そう口にする協会職員は、どちらも40代のガタイの良い男性だった。片方は白髪交じりの長髪で、もう片方は坊主頭でサングラスと言ういでたちである。

 今回の作戦に同行するとの事で、こんな説明を合流後に受けたのだが。確かにコスト的に、現役の戦艦をダンジョン化させたままにしておくのは痛過ぎる。


 とは言え、1度ダンジョン化した建物や施設は、コアを持ち去っても元通りになる可能性は高くはない。魔素の汚染とはそれ程に酷く、ダンジョン化とはとても厄介な現象なのだ。

 来栖家の“裏庭ダンジョン“も同じで、コアの移動は協会からもきつく禁じられている行為である。いたずらに魔素の汚染地域を広げると、現代生活に支障をきたしてしまう。


 それでも今回は、敢えてその禁断の手段に打って出るとの事で。それも仕方がないのか、はたまた悪手となるのかは今の時点では全くの不明である。

 護人としては、向こうの作戦に朝から異を唱える事もしたくはないので。了解と言って、向こうの差し出した袋を受け取った。それを横からさらう香多奈、中を覗き込んでいるが当然何も入ってはいない。

 逆に姉の姫香に、ぽかりと頭を叩かれる始末。


 今は来栖家も朝食を済ませて、探索準備も終わっての駐車場での1コマである。迎えに来た協会のスタッフは、このまま車で先導しますと慇懃いんぎんに述べて。

 これまた了解したとの護人の返事に、短く頷いて乗って来た装甲車へと乗り込んで。それを見た来栖家の一行も、お仕事開始だとばかりに自分達のキャンピングカーへと乗り込んで行く。


 そしてスタートする2台の車、探索先のダンジョンの情報が少ないのは不安ではあるけれど。生まれたてらしいのは本当なので、攻略も短時間で済みそうではある。

 ただし、近代兵器を備えた敵の存在は怖いけど。


「ヘンリーさんが、後衛も硬化ポーションを飲んだ方がいいって言ってたよね。紗良姉さんの果汁ポーションと、併用は可能なのかな?

 あんまりガブ飲みすると、探索中におトイレに行きたくなって大変だけど」

「併用は多分可能かな、私の用意した硬化ポーションも効果時間延長のエンチャント掛けてるし。5層くらいで済んでくれると、飲むの1~2本で済むかもね?

 もちろん油断は出来ないけど、ウチの総戦力も凄いからねぇ!」

「そうだね、ミケさんやレイジーが本気を出したら戦艦ごと沈んじゃうかもねっ!」


 戦艦を沈められたら、さすがに協会だか自衛隊にだか叱られるかもなので。あまり派手に暴れてくれるなと、変な心配を始めてしまう運転中の護人である。

 助手席の姫香も、膝上のミケを撫でながらやや心配そうな表情。何しろミケは小さいので、ちょっとしたダメージでも致命傷になる可能性が。


 特に銃弾などもってのほかだ、そんな敵が出て来たら全部私が倒すからねと姫香のセリフに。ニャーと呑気に返事をするミケは、とっても満ち足りていて満足そう。

 それから最年少の香多奈には、“広大ダンジョン”で回収した『不死鳥のネックレス』を装備させる事に。これの攻撃無効効果は、銃弾にも有効の筈である。


 2台の車は、どうやらJR沿いを真っ直ぐ南下するのではなく、大回りして市街地を避けるよう。それも当然、三原の駅周辺は今や惨状が拡がる廃墟と化していて。

 獣人軍にいつ出遭っても不思議でない危険エリアと化しているのだ。


 お陰で目的のダンジョンに到着するまで、1時間半も掛かってしまった。車内のペット達は、早く暴れさせろ的な圧が増してる感もする中で。

 ようやく車を停めての開放に、元気に外へと飛び出して行く。それから紗良は茶々丸の着替えの手伝いに、姫香はルルンバちゃんの機体を降ろす作業に追われて。


 香多奈も萌の半人化からの着せ替えを手伝って、これでなかなか来栖家の戦闘前の準備は大変なのだ。ハスキー達にも戦闘ベストを着せてやって、それからお次は紗良が硬化ポーションを皆へと配ってやって。

 それを離れた場所で見守る協会のスタッフは、一体何を思っているのか。それでも準備が終わったと見るや、近付いて来てお気を付けてとの声掛けに。


 香多奈が元気に行って来ますの合図、ハスキー達は構わず出発してしまっているけど。4時間程度を見込んでくださいと、最後に護人が告げての探索開始に。

 探索スイッチの入った面々は、いつもの並びで入り口を目指すのだった。




 戦艦をこんな間近で見上げるのも、なかなか無い機会ではあるけれども。今から勝手に入って探索するとなると、一生に1度あるか無いかの体験だろう。

 香多奈は気にしていないのか、撮影始めるよと元気な声掛け。ハスキー達は早くもダンジョンの入り口を見付けたようで、それは甲板のど真ん中だった。

 しかも丁寧に、潜水艦のハッチのような構造になっていて。


「うわっ、意外と大きな入り口だった! ここから中に入るのかぁ、ちゃんとした鉄の階段っぽいね。協会の人は、オーバーフロー直後だから1~2層はスカスカの筈って言ってたけど。

 それだと楽に、ボスまで辿り着けそうかなっ?」

「どうだろうな、とにかく今回は俺とルルンバちゃんが前衛をやろう。『硬化』のスキルが無いと、銃持ちモンスターの相手は怖過ぎるからな。

 それでも念の為、硬化ポーションは切らさないようにな、みんな」


 は~いと元気な末妹の返事、ハスキー達も気をつけるんだよと檄を飛ばして司令官気取りだけれど。それはこっちで見てあげてないとねと、姫香は飽くまで冷静である。

 硬化ポーションの効果時間は、紗良とリリアラの共同研究によって倍に伸びる結果に。普段からの錬金スキルの勉強会は、妖精ちゃんを交えてとっても熱心だ。


 お陰でこういう時には、とっても有り難くてチームも大助かりである。本当に縁の下の力持ち、来栖家の長女は普段からそんな存在には違いなく。

 目立たない性格だが、毎日の掃除洗濯食事の用意に全くの抜かりの無さは表彰されても良いレベル。良いお嫁さんになるよねと、末妹の香多奈も太鼓判を押す良物件である。

 ただまぁ、釣り合うパートナーは未だ出現してないけど。


 それはともかく、入った先の空間は案の定の軍艦の船内だった。出た場所は兵器の格納庫だろうか、意外と広いけど敵の気配は今の所ない。

 その分、不気味な静けさが周囲を覆って一行を怯ませて来る。もっともハスキー軍団は、そんな雰囲気をまるで意に介していない様子ではあるけど。


 己の任務に忠実で、ダンジョン内での仕事に抜かりの無い感じは何とも頼もしい限り。今もモノの数分で、辿るべきルートを割り出して一行を先導してくれている。

 今回は有言実行で、護人とルルンバちゃんが前衛を担っての変則陣形ではあるけど。戦艦の通路はあまり広くなくて、待ち伏せされると戦闘には適さないかも。


 それでも今のところは、敵には一切遭遇していない来栖家チームである。オーバーフロー直後だと言うのは、どうやら本当の事らしい。

 とは言え油断は出来ない、協会スタッフの話ではA級ランク相当との話だし。ハスキー達も普段より慎重な足取りで、護人のすぐ後ろをついて来ている。

 そして数分後に、最初の遭遇戦はやって来た。


 警戒する一行だが、出て来たのは2体のパペット兵士で。アーミー姿でナイフ装備のそいつは、見た目はそんなに強そうには見えなかったのだが。

 まずは力試しと、前衛の護人より先にコロ助が近付いて得意の咬み付き攻撃に。片割れの1体が、腰から拳銃を抜いての応戦を始める仕草。


 雑魚でこれかと、慌ててサポートへと向かう護人とレイジー。フリーの拳銃持ちが引き金を引く前に、何とかその腕を封じて事なきを得たけれど。

 封じたと思ったその瞬間、そのパペット兵士の影に襲われて肝を冷やす護人。その攻撃は相棒のレイジーが、咄嗟の『針衝撃』でシャドウ族の攻撃を綺麗にいなしてくれて。

 一撃喰らう所を、寸前で回避する事が出来た。


「うわっ、危ないっ……茶々丸が後ろで興奮してたと思ったら、影のモンスターが隠れてたんだっ!? さすがレイジー、お手柄だよっ!」

「う~ん、艦内の通路が意外と狭いのが辛いよね……2人並んだら、ぎゅうぎゅう詰めになっちゃうもん。これじゃあ、いざと言う時サポートに入れないよ。

 例外はハスキー達かな、足元からスルッと行けるもんね」


 コロ助の方もそうやって前に出て来て、先制攻撃を行ったのだけど。コロ助が倒したパペット兵士にも、案の定シャドウ族が潜んでいたようだ。

 そちらはツグミが、遠隔の『影縛』での捕縛に成功。影を影で縛ると言う、良く分からない状況だが向こうはしっかり身動きを封じられている。


 護人の持つ『魔断ちの神剣』は、こんな不定生物も綺麗に切断してくれる。それにしても、のっけの戦闘から油断出来ないダンジョンに一同騒然となりつつも。

 ここは任務遂行のために、どんどん先へと進むしかない。狭い通路も考え方を変えれば、銃弾で撃たれても方向を限定出来るって事でもあるし。

 護人はこの2トップのまま、通路を黙々と進んで行く事に。


 もっとも後方の子供達は、相変わらずの呑気さでこの“戦艦ダンジョン”について論じているけど。オーバーフローの影響で、敵の密度が薄いのはどうやら本当らしいねとか。

 さっさと次の層への階段を見付けなきゃとか、撮影役の香多奈は相変わらず騒がしい。今回は護衛に姫香が下がっているので、その遣り取りも喧嘩腰でうるさい程。


 それを姉の紗良がたしなめつつ、こんな場所でもいつもの来栖家の通常運転な雰囲気である。護人は前衛に位置して、この配置は失敗だったかなと早くも後悔しながら。

 それでも今回は、姫香を前線に出すのは相当なリスクを背負わす事になってしまう。現に次に出て来たAIドローンは、近代兵器そのもので自爆装置付きと言う極悪仕様で。


 気分は知らない内に戦場に立たされた兵士、こんな近代風なダンジョンは初の来栖家チームである。考えてみたら、ダンジョンの特性でそんなのがあっても不思議ではない。

 今のところは、異世界の風味の圧倒的に多いダンジョン事情ではあるけど。回収品は現代のモノも混じっているし、ダンジョンの常識を論じるには一定性が無さ過ぎる。

 そもそも、ダンジョンって何なのって話も定まって無いのだし。


 AIドローンの自爆攻撃については、ルルンバちゃんの魔銃での迎撃で幸いにも直撃はせずに済んだ。撃ち落とした本人は、ドローンか墜落して爆破したのを見てビックリしてたけど。

 護人も同じく驚いてしまって、こんな殺傷能力の高い敵の出現に考え込む仕草。爆破の規模は幸いにも大した事は無かったけど、近場で爆破されると怪我では済まないだろう。


 後衛の子供達も、ここに至ってこのダンジョンは洒落じゃ済まない事に気付いた模様で。自爆ってアリなのと、憤慨した香多奈のリアクションは可愛いけど。

 相手の意表を突くのは、戦術として大いにアリだしドローンの自爆攻撃は実際にも存在する。近代兵器の残酷さは、人権や想像力など皆無なのだ。


 それをこの身で味わう日が来ようとは、思ってもいなかった護人である。とは言え子供達を前衛はあり得ないので、この配列で頑張るしか無いのだけれど。

 そう思っていたら、ようやく突き当たりの扉の向こうに機械室を発見。意外と広いその部屋を彷徨って、ようやくそこの端っこに次の層への階段を見つけ出せた。

 敵の遭遇率は、幸いにも少なくて済んだけど。


 パペット兵士とは2度遭遇して、今度は見掛けた瞬間にツグミとコロ助の遠隔スキルで倒す事に成功。敵に何もさせないのが、ここでは精神衛生上良い対応かも知れない。

 何しろ、平気で銃を撃ったり自爆する敵が出て来るエリアなのだ。





 ――ただし、この後の層もその戦法が通用するかは不明。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る