第445話 来栖家チームの役割が裏方に決定される件



「まぁ、要約すると気を配る点は幾つかに絞られて来る訳さ。1つは向こうの獣人やホムンクルス軍は、群れを成している訳じゃなくて軍隊だって事。

 ちゃんとした装備を身に着けて、一斉に攻めて来て去る時も一緒ってね」

「それからこれは聞いてると思うけど、敵の死体は倒されてもその場に残るって事ね。つまりは魔石から生まれたモンスターじゃ無くて、異世界の通路から渡って来た敵って事かしら。

 そのせいで、現場はかなり悲惨な事になってるみたいよ」


 つまりは捕まった女性たちは、獣人たちに酷い目に合わされているって事である。子供相手に言葉を濁した天城だが、その表情はとっても苦々し気である。

 彼女の装備は革鎧風のシックな感じで、使い込まれた装備からして歴戦の勇士を思わせる。それは二つ名持ちの不知火も同じで、両者ともどことなく人の良さが滲み出ている。


 それから追加の情報で、奴らがどこから出没したかは全く分からないそう。ただし数百単位の勢力だそうで、獣人の軍勢が特に酷いそうな。

 それを聞く子供達も、やっぱり顔をしかめて返す言葉も無い様子。それを心配したのか、ミケが末妹の膝に乗ってニャアと軽く鳴いている。


 可愛い猫ちゃんねと、そう言う天城だが決して撫でようと手は出して来ず。どうやら来栖家の動画は観ているようで、この危険生物に手出しは厳禁と分かっているみたい。

 隣の不知火も、ミケに視線を送るも微動だにせず。


「俺たちの地元から尾道までの海沿いの国道を、“さざなみ街道”って言うんだけどな。例の“戦艦ダンジョン”のオーバーフローからこっち、三原で寸断されて機能不全を起こしてるよ。

 JRの山陽本線も同じくだな、この状況が続くと物流も途絶えちまう」

「噂じゃ、港周辺に海賊船も出没し始めてるってね。たまにあるんだけど、海辺のオーバーフロー騒動って、魔素の濃さでそう言う現象も起きるみたい。

 海も陸も物流を遮断されたら、本当に洒落にならないよね」

「それは……本当に洒落にならないですね」


 辛うじてそう返した姫香だが、まさかそんな大事に自分達が首を突っ込もうとしていたとは。知らないって恐ろしい、情報って大事だと改めて思う彼女である。

 それは紗良にしても同じ事、事の重大さもそうだけど女性たちの貞操の危機にも話が及ぶみたいで。しかも敵は数百の軍勢らしく、果たしてこちらはそれに抵抗する人数を集められているのだろうか。


 ここまで来ると、野良モンスターの駆逐でなくて戦争である。幾ら高ランク探索者の義務とは言え、知らずにそんな作戦に参加しようとしていたなんて。

 そう思っていた子供達だが、どうやら協会の作戦もそこまで恥知らずでは無かった模様だ。彼女達が話している間にも、続々と探索者の数はターミナルを賑わせており。


 気付いたら軽く百人は超す勢い、広いターミナル内にはまだ余裕はあるみたいだけど。色んな装備の探索者を見ていると、自然とさっきまでの恐れも薄れて行く感じ。

 気付いたら、顔見知りの岩国の『ヘブンズドア』チームもこちらに近付いて来ていた。何しろ来栖家チームは、ペット同伴でどこにいても目立つようで。

 軽く手を振りながら、巨漢の元米兵がこちらに近付いて来ていた。


 そこからは、調子を取り戻した子供達が気を紛らわすために明るい話題を持ち出してのお喋り大会。その内に護人も戻って来て、各所で挨拶合戦が始まって。

 そうこうしている内に、どうやらこのレイド集会の開始時刻となっていたようだ。周囲には百を超す探索者の波、随分と各所から集めたものである。


 まぁそれも当然か、確認されている相手の兵力は数百との話なのだから。それに対して少なく感じるけど、戻って来た護人はどことなく安堵の表情で。

 香多奈が多いねと話を振ると、もう1ヵ所でも同じ規模の探索者を集めているそうで。基本は2面方向からの、『挟み撃ち』の掃討戦で行くそうな。


 更には来栖家チームは、護人のお願いが通って別動隊に振り分けて貰えたそう。つまりは三原周辺の、最近活性化の激しいダンジョン間引きが主な任務だとの事。

 それを聞いて、明らかにホッとした表情の紗良である。


「良かった、こんな戦争規模の作戦なんて怖いだけだし……ダンジョン間引きならいつもしてる仕事だから、そっちで貢献出来るなら嬉しいよねっ、香多奈ちゃん。

 三原の町の大変な状況も、目にしなくて済むし……」

「う~ん、みんなの役に立つんなら裏方も仕方無いか……ウチには香多奈もいるしね、護人さんや大人が気を遣うのも分かるかな。

 その分、ダンジョンの間引き作業を頑張ろうっ」

「そうだな、その最初に例の“護衛艦いずも”のダンジョン化の処理をする予定だそうだ。詳しくは聞いてないけど、そこの敵も手強いみたいだぞ。

 情報も少ないから、こっちの作業も大変になって来そうだな」


 望むところだよと、威勢だけは良い香多奈の返答だけど。紗良に関しては、心底この戦争ミッションに参加しなくて良くてホッとしている感じ。

 そんな事を話している内に、ターミナル内に設置されていたお立ち台に“皇帝”甲斐谷の姿が。それからこの大規模レイドに参加してくれた礼と、作戦内容を話し始める。


 その毅然とした態度は、まさに将軍級に見えなくもない。この近辺で唯一のS級探索者のオーラに、周囲の探索者から茶化す言葉も無い。

 三原の惨状は、そう言う意味では各探索者チームはしっかり共有出来ているのだろう。それはもちろん、近辺の町の探索者チームが集まっているのも1つの理由だが。


 自分達の生まれた土地を、敵の侵略に好きにさせないと言う気概だろうか。或いはモンスターと言う異物を排除する自衛本能、その為の作戦参加なのだろう。

 もちろん自分達の命も懸かっているのだ、事前の説明だって真剣に聞く。


 甲斐谷の演説も、なかなか堂に入ったモノで視聴する探索者連中にも段々と熱がこもって行く。自分達の手で町を奪還するのだと、その決意を皆が心に宿して行き。

 気付いたら、大喝采で甲斐谷の演説は終わっていた。詳しい作戦指示は、各リーダーが集まって説明されるそうで。熱気のこもった集団は、それを聞いて少しずつ散り散りになって行く。


 来栖家チームも同じく、今日の宿はどうしようかと話し合いながら。近くには岩国の『ヘブンズドア』の面々もいて、遠方の地でも頼もしくはある。

 この作戦を仕切る協会によって、近くに宿は用意されているとのヘンリーの話だが。来栖家はペットの数も多いので、今夜はキャンピングカーで泊まる予定。


 もちろん許可は取ってあるし、協会スタッフから食事の配布もされるらしい。その辺の情報に詳しいヘンリー達だが、今夜は素直にホテル泊にするそうな。

 何しろ向こうは巨漢揃いで、車泊は相当な苦痛だそうで。明日の業務に差し障るからと、付き合えない事に申し訳なさそうなヘンリーとギルであった。

 気にしないでと、飽くまでも明るい返事の香多奈。


「明日はヘンリーさん達も頑張ってね、私たちは裏方で“戦艦ダンジョン”探索をする予定みたい。護人さんがまた作戦会議に出掛けたから、詳しい話は聞けなかったけど。

 明日はチームで、三原の港の方に出掛けるのかな?」

「ふむっ、“戦艦ダンジョン”か……あのダンジョンのオーバーフロー騒動では、確か銃持ちのモンスターが出たって話じゃ無かったかな?

 硬化ポーションは持ってるかい、後衛も使って切らさない方が良いかもな。無ければ融通するし、協会スタッフに言えば用立てしてくれる筈だよ」

「ああっ、やけに人数が多いと思ったら、協会のスタッフも混じってたんですね。そっか、裏方さんも今回はこんな場所まで出張って頑張ってくれてるんだ」


 紗良のその言葉に、ヘンリーは悟ったような表情で頷きを返して。戦争とは、人類の所業でもっとも生産性の無い行為だからねと口にする。

 隣のギルも、そうだなと口数少なに同意の構え。この巨漢の米兵2人も、過去に色々と苦労して来たのかも。それってどういう意味と、香多奈に限っては興味津々だけど。


 ヘンリーはその問いに、戦争をするにはとてつもないお金が掛かるんだよと、子供にさとすような口調で説明してくれた。揃えた兵士の食料や活動維持に掛かるお金や、もちろん武器防具の兵器や報酬等々。

 莫大な散財をして兵士たちの命をチップにして、賭けるのは案外大した事の無い事象である。大抵は権力者のプライドや金銭絡み、今回は町の奪還なのでまだ良い理由である。


 香多奈は感心しながら聞いていたけど、何でみんな仲良く出来ないかなと最後には怒り出してしまった。紗良はそれを宥めながら、香多奈ちゃんだってよく姉妹喧嘩するでしょうと痛い所を突いて来て。

 己の我を無理に通せば、2つの勢力の衝突も当然起こる訳で。大小は別にして、それが戦争の発端になる訳だ。姫香も姉のその言葉には、神妙に耳を傾けていて。


 考えた末に出たのは、それでも獣人やホムンクルス軍の町の蹂躙じゅうりんは許せないって結論だった。その通りだと隣で頷くヘンリーとギル、一行はようやく建物を出て駐車場に辿り着いた所で。

 ――明日の作戦成功を、固く誓い合うのだった。




 護人が再び自分のキャンピングカーに戻って来たのは、それから1時間が経過してからだった。子供達は車内で寛いでいて、紗良は簡易的な夕食の支度も整えていてくれていて。

 そこからは、家族揃っての明日以降の打ち合わせをしながらの夕食に。天候も良いので、キャンピングカーを比較的景色の良い場所に移動してのキャンプ形式に。


 子供達も少しだけ気分が晴れた雰囲気で、夕食も寛げた感じで過ごす事が出来た。例えここからJR山陽本線沿いに下って行った市街地で、惨状が拡がっていたとしても。

 この地から行える事は今は無いし、むしろこの場で出来るのは明日の任務に対して士気を高める事くらい。姫香はヘンリー達からのアドバイスを、リーダーに伝えての作戦会議の続きを促す。


 紗良は硬化ポーションのストックは充分に持って来たと、業務報告をしてくれる。護人からの報告は、三原周辺で魔素濃度が高まっているダンジョン巡りについて。

 まず明日は、“戦艦ダンジョン”のコア破壊作戦は決まっている。それから追加であと2つ、“大久野島ダンジョン”と“三景園ダンジョン”を巡って欲しいとの事。


 “三景園ダンジョン”は広島空港からも近いし、本日探索者達が泊まる予定のエアポートプラザホテルからも見渡せる距離である。里・山・海をモチーフとした庭園で、四季折々の花木やら三段の滝や数寄屋作りの建物など見どころも多い。

 北のレイド拠点にも近いので、確かに間引きはしておいた方が良いだろう。順番的には、奪回する町に近い“戦艦ダンジョン”の攻略が先になるけど。

 2番目は、そう言う意味でも“三景園ダンジョン”が良いかも?


「そっか、割と連続でのダンジョン攻略になっちゃうんだね……体調に気をつけて、疲労を次の日に残さないようにしなきゃ駄目だね。

 海の方も、確か幽霊船とか出て酷い感じなんだっけ?」

「前情報ではそうみたいだな……大久野島は、厳密にはお隣の竹原市ではあるけど。そこに向かうまでに、海上の野良モンスターの駆除は一緒にお願いされたよ。

 渡航船に関しては、協会の方で準備して貰えるそうだよ」

「そっか、どっちにしてもハードな日程になるのは間違い無いんだ。茶々丸に萌っ、明日から探索の日々が待っているよ!」


 変身を解いて仔ヤギ姿に戻っていた茶々丸は、蹄を鳴らして頑張るよアピール。萌はバスケットに入れられて、まったりして首を傾げるのみ。

 飛行モードのルルンバちゃんは、自分も頑張るよと八の字飛行でミツバチのような動きでのアピールを行って。食事中に埃を立てないでと、末妹に叱られてションボリしている。


 騒がしいペット達だが、ハスキー軍団に関してはいつも通りの平常心。彼女たちの任務は、複雑なようで実は単純明快で分かりやすい。

 つまりはご主人たちを守る、たったこれだけの事である。ダンジョン探索に楽しみはあるけど、任務遂行のためのオマケでしかないのだ。

 明日以降も、これは曲げようのない事実。





 ――全員無事で探索を終える、それを全うするため頑張るのみ。





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