第438話 再びダンジョン内で家族がバラバラになった件



 護人のすぐ側に倒れている萌は、完全に気を失っているようで《変化》も解けていた。彼が装備していた鎧も、隣に所在なさげに転がっていて。

 護人は慌てて、萌を揺り起こしての容態チェックに掛かる。幸い手元にポーション類はあるので、ある程度の怪我なら何とか対応が出来る筈だ。


 富樫元教授に関しては、何と言うか疫病神を見るような感情になってしまうのは致し方が無い。置いて行こうとは思わないが、この窮地を作り出した要因には間違いないし。

 意外と心の中が冷静なのは、過去に似た前例があったからに他ならない。以前にも“弥栄やさかダムダンジョン”で、チームがバラバラに分かれた事態を護人は思い起こし。

今回もそれに似た状況だろうと、見当をつけての迅速な行動に。


 取り敢えずは、富樫元教授の呼吸のチェックだけは確認した後。周囲を見渡しての安全チェック、幸い近くに敵の姿は見当たらなくてまずは一安心だ。

 護人たちが放り出されていたのは、キャンパス道の端っこの建物の裏らしい。あのバグ型モンスターのアクションは、どうやら直接攻撃と言うよりダンジョンの破壊だったみたい。

 そして出来た次元の狭間に、チームは呑み込まれたと。


 そう推測する護人だが、それを行ったあのモンスターの気配はどこにも見当たらず。あの時は子供たちの安否に生きた心地もしなかったが、今はまだマシと言うか。

 自分の推測を確認するため、護人は現在フロアのチェックを念入りに行う。そうこうしている内に、まずは萌が意識を取り戻してくれた。


 彼の良い所は、不必要に慌てたり興奮したりしない事だ。今も護人の存在に気付いて、それから次に仲間の不在にようやく思い至ったようで。

 それでも取り乱しもせず、再び《変化》から装備を着込んでの戦闘準備を行って。気を失っている富樫元教授を一瞥して、護人の元へと歩み寄って来た。


「気が付いたかい、萌……どうやら俺たちチームは、バラバラに逸れてしまったみたいだ。ここは恐らく第5層かな、香多奈の時計の推理が正しければだけど。

 今から子供達と連絡を取って、俺たちがどう行動するかはその返事次第になって来るよ。かなり大変な状況だが、力を貸してくれるね?」

「……――」


 萌は返事の代わりに、喉を鳴らして了解の合図をリーダに送る。それから手にした槍を天に掲げて、緊急事態にそぐわぬ可愛らしい頑張るぞポーズ。

 普段の探索では目立たないが、彼も毎日の夕方の訓練ではそれなりの実力を練り上げて来ており。チームの前衛過多の事情で、今は後衛陣の護衛に甘んじているけれど。


 戦えばもちろん強いし、立体機動と『黒雷の長槍』の扱いは優秀な師匠たちに鍛えられて相当なレベルに。当然、護人もパートナーの腕に全く不安はない。

 あるとすれば、足手纏いの依頼人の存在だろうか……この人数で、果たしてこのダンジョンを安全に進む事が出来るかはとっても不安なのは当然だ。


 そんな事を考えながら、護人は薔薇のマントの収納から3組の『巻貝の通信機』を取り出した。備えあればうれいなし、これではぐれた子供達と連絡が取れる筈。

 萌が静かに見守る中、焦りを隠せない護人は通信機を操っての子供達の安否確認作業を始める。彼女達が、無事であれば良いけどと本心で願いながら。

 ――そして最初に繋がったのは、末妹の香多奈だった。




 茶々丸の鼻息に起こされた香多奈は、現状を把握するのに少々時間が掛かってしまった。何しろ気を失っていたのだ、その点は仕方が無い。

 そして目覚めた先に飛び込んで来たのが、心配そうに覗き込む茶々丸とルルンバちゃんの顔である。倒れていたのは湿った地面の木立の中らしく、さてここはどこ?


 キョロキョロと見渡す少女の視界に、池なのか沼なのか見知らぬ水溜まりの光景が。その逆側の木立ちの向こうには、建物のむねが幾つか窺える。

 ついでに遺跡風の建物も垣間見えて、ここがダンジョンの中なのを思い出す香多奈。ゴソゴソしていると、周囲を散策していたらしい妖精ちゃんが飛んで戻って来た。


 そして起きたかと、朝の挨拶のようにハローと声を掛けて来て。相変わらずのその様子に、末妹も幾分か緊張感を和らげる。何しろ、家族の姿が他には見当たらない異常事態だ。

 つまり、導き出される答えは何となく見当がつく。


「えっと、私たちひょっとして……ダンジョンの中で逸れちゃったとか?」

「アノ厄介者に、次元の落とし穴に落とサれタみたいダナ。まぁ、分解されルよりはマシだったロウ、皆がバラバラになったのハ誤算だったケド。

 落ち込むナ、頑張レ?」


 何故か疑問形で励まされた末妹の香多奈は、何を頑張れば良いのとやっぱり疑問形に。それから家族と合流しなくちゃと、やるべき事を脳内で再確認。

 それから今一緒にいる仲間のチェック、茶々丸とルルンバちゃんは確かに心強い相棒には違いないけど。指示を出してくれる叔父さんや姉と逸れたのは、やっぱり心細くて仕方が無い。


 そして言葉は流暢に話すけど、一番頼りない妖精ちゃんが一緒と言う。罰ゲームとまでは言わないが、今後の指針を彼女に期待は出来そうもない。

 偵察に行って来た小さな淑女に、何か異常はあったかと問うてみるも。バグ型モンスターはいなかったぞと、彼女の現在の興味はそれだけみたい。


 まぁ、あの厄介な敵にこんな場面で対面せずに済みそうなのは喜ばしい知らせか。そう思っていたら、局面が一気に慌しくなって来た。

 つまりは、池の方向から水飛沫と共に巨大な大蟹型モンスターが出現。そのお共には、リザードマンが数体とかなり強力な水辺の軍勢である。


 それから同時に、ボッケに入れていた『巻貝の通信機』が着信を知らせて来て。慌てた香多奈は、その存在を思い出しながら強力なお供たちに敵をやっつけてと指示を出す。

 そして自分は通信機の対応、叔父さんの声に思わず膝から崩れそうな安堵を覚えつつ。どうやら我知らず、この状況に体に力が入っていたようだ。

 聞き慣れた家族の声に、ようやく緊張がほぐれて行く。


「あっ、叔父さんっ! うんっ、こっちは平気……でも無いけど、今のところは何とか無事だよっ! 茶々丸とルルンバちゃんが一緒、あとは妖精ちゃんもいるねっ。

 ここは池の側で、今は蟹のモンスターを茶々丸とルルンバちゃんで倒して貰ってるよ。あとリザードマンも結構いるけど、何とかなりそうかなぁ?

 えっ、階層……ここって何層だろう?」


 香多奈の肩口に座っていた妖精ちゃんが、7層だなとアドバイス。意外と頼りになる小さな淑女だが、それ以上に茶々丸の張り切りようは凄まじくって。

 半ダースもいるリザードマンを、片っ端から角で引っ掛けて投げ飛ばしている。ルルンバちゃんも同じく、自分の3倍もの体格の蟹モンスターを相手に一歩も引かない構え。


 そして通信での指示で、香多奈のチームはなるべくここを動かない方針で決定した。近場のモンスターを何とか出来るなら、護人の方から合流してくれるらしい。

 それなら確かに、こっちは下手に動き回るべきではない。ここは茶々丸とルルンバちゃんに頑張って貰って、家族の合流を待つのが一番かも。

 ――そんな訳で、取り敢えず一安心の末妹だった。




 姫香の目覚めは半ば強制的で、それは顔をしきりに舐められての事だった。これはツグミだと理解した彼女は、起きるから止めてと思わず言葉を発して。

 そうして意識を取り戻しての、まずはツグミを確認しての現状把握の流れに。あれっ、何でこんな所で寝てたんだろうと周囲を見渡すと、すぐ隣に紗良が倒れていた。


 その胸の上にはミケが箱座りをしていて、姫香と視線が合うとミャーとひと鳴き。人の言葉に訳すと、恐らくはこんな所で寝てるんじゃないわよとの忠告だろう。

 それはそうだ、何しろここは思いっ切り野外……と言うより、記憶が正しければダンジョン内である。どうやらあの妙なモンスターの攻撃で、どこかに吹き飛ばされたらしい。


 そして改めて驚愕の事実、護人と末妹が見当たらない。他にもレイジーやコロ助もいないし、茶々丸もルルンバちゃんも萌もいない。ついでに、依頼主の2人の教授も行方不明だ。

 ダンジョンで皆と逸れたのは、これで2度目だろうか。


 最初の経験を思い出し、あの時よりはまだマシかなとの思いに至る姫香である。心細いのは確かだが、自分達が生きているって事は他のメンバーも生存の確率が高い筈。

 隣の姉を揺り起こしながら、取り敢えずの現状確認に頭を働かせる少女だけれど。ツグミが彼女のポーチをつつくのに気付いて、意識はそちらの方向へ。


 ツグミのおやつの催促なのかなと思いながら、姫香がベルトのポーチを確認すると。昨日の準備の段階で配られた、『巻貝の通信機』がポロッと出て来た。

 そしていきなり笑顔になる現金な少女、これの片割れは護人が持っているのだ。そしてリーダーの護人が、3人と繋がる巻貝を所持しているので。


 そんな備えが、こんな形で実を結ぶとは……その存在を、ツグミが覚えていたってのも驚きだけど。とにかくやる事は見えて来た、紗良姉が目を覚ますのを待つのと、リーダーの護人と通信するのと。

 それからこの場所が安全かどうかは、一応は把握しておかないと。ダンジョン内なのは確実、それ位は雰囲気で分かる少女である。


 その諸々の行動リストの中で、姫香が最初にやったのは結局は護人への通信だった。一応は周囲に目を配りながら、敵の接近には注意を向けつつ。

 もっとも、相棒のツグミがいれば心配は無いだろうけど。


「あっ、護人さんっ……良かった、こっちは一応無事だよっ。紗良姉さんと、それからツグミとミケが一緒で……えっ、そっち今戦闘中なのっ!?

 うん、うん……ああっ、7層に香多奈がいて護人さんは5層にいるのね!? 分かった、香多奈と合流出来そうなら、そっちを優先するねっ。

 うん、へえっ……池みたいな所? 了解、それじゃあ無事で合流しようっ!」


 そして切れる通信、向こうは割と忙しそうで何と中ボスクラスと戦闘中だとの事。末妹と一緒にいるのが誰かは聞き忘れてしまったが、護人は萌と一緒らしい。

 それでは、今からここが何層かを早急に確かめないと。香多奈の見付けた階層チェック方法しか、それを得る手段が無いのはアレだけど。


 幸いにも、戦う戦力は以前はぐれた時と違って多いので不安は無い。取り敢えずは紗良を守りながら、ワープ魔方陣を探すか池のある場所に当たりをつけるべきか。

 こちらはツグミがいるので、そんな探索系にも不安が無いのが有り難い。香多奈も心細くしているだろうし、早い所合流してあげないと。

 ――何だかんだで、護人のことはとっても信頼している姫香なのであった。




 割と近くの戦闘音で目を覚ました小島博士は、まずは地面の冷たさに驚いた。どうやら野外に転がっていたらしい、それは全く自分の本意では無く。

 驚いて顔をあげると、まるで神狼の化身のような2頭のハスキー犬が、ガーゴイル相手に戦闘を繰り広げていた。その気高くも野生に満ちた振る舞いは、素人でも惚れ惚れするレベル。


 半ダースもいた動く醜い石像は、ハスキー達の奮闘で見る見るうちにその数を減らして行き。小島博士が立ち上がって身なりを整えている間に、戦闘も終了していた。

 落ち着きを取り戻して周囲を覗う小島博士だが、ハスキー達の他に人影は無し。お隣さん家のペットなので、一応見分けはつく……レイジーとコロ助に間違いはない。


 そしてその戦闘能力は、今見た通りで信頼に値する。つまり、ダンジョン内でチームと逸れた現状では、小島博士の生命線に等しい程には。

 リーダ犬のレイジーが、こちらを胡乱うろんな顔付きで見上げて何か言いたげ。それを瞬時に悟った教授は、小柄な巨体を揺らしながら自らの本能に従った。

 つまりは、役立つ所を見せてアピールしておかないと。


「はいはい、魔石を拾ったりアイテム回収は任せておいてくれたまえ。後でリーダーの護人君に全部渡せば、何も問題は無い訳だね?

 人間の手と言うのは、かのほどに役に立つのは君達も知っているだろう? 何より来栖家のお隣に住む私は、護人君とはマブダチだからね。

 決して、見捨てて行かない様にお願いするよ?」





 ――それを聞くレイジーは、やっぱり胡乱な表情だったり。





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