第437話 試行錯誤しながら広域ダンジョンを降りて行く件



「えっと、遺跡のエリアは完全に無視して良いんでしょ? ハスキー達、あっちの現代建築エリアに向かって頂戴っ。

 ところでその研究棟ってどんな建物なの、先生?」

「うむっ、確か他の建物と外見はそんなに変わらなかったかのぅ……入り口のプレートくらいかな、初見でもちゃんと判別が出来るのは。

 さっさと見付かれば、富樫とがし君的には有り難いんじゃろうが。ワシはもう少し、この複合ダンジョンを見聞して回りたいのぅ」


 そう言う小島博士は、自らも動画を撮影してヤル気満々である。隣の香多奈と楽しく喋りながら、あれこれとダンジョンに関する議論を交わしている。

 出て来るモンスターに関しても、興味津々で護衛されている気構えはまるでナシ。もっともこの推定2層の敵の配置も、スカスカで遭遇はあまり無かった。


 ハスキー達は注文通り、キャンパス道を通って現代建築エリアへと歩を進めて行く。命令に忠実に、次の層へのワープ魔方陣を探しているようだ。

 富樫元教授の方は、小島博士よりまだマシでダンジョンの脅威にそれなりの危機感を感じている様子。その証拠にずっと顔色は冴えず、真面目に周囲を注視して目的のむねを探している。


 相変わらず敵の密度は薄くて、その点は有り難くて探索ははかどっているのだが。たまに遭遇する敵は、群れを率いる大柄なホブゴブリンとあなどれない。

 そいつ等と戦闘する事5分と少々、ハスキー達の活躍は目覚ましいモノが。それに姫香と茶々丸も加わって、来栖家チームは危なげなく勝利を勝ち取った。

 そしてさっきと同じ難問が、果たしてどっちに進めば良い?


「なるべく階層を渡らずに、さっさと依頼をクリアしたいよな。午後からの探索開始だし、そんなに時間が無いってのもあるけど。

 ここの間引きをする義理も無いし、地上のオーバーフローも一応は阻止したし。夕方にはここを出たいけど、ちょっと苦しいかな?」

「広域ダンジョンな上に複合ダンジョンって、そんな情報を知らなかったですもんねぇ。一応夕食になる物は持って来たけど、さっさとここを出たいのは私も同意です。

 今夜はこっちに泊まるのは良いとして、頑張って早く依頼こなしましょう」

「でも、ここって建物の並びもかなりいい加減じゃん。法則をまず見付けなきゃ、関係ない遺跡エリアにうっかり入っちゃってたりするかもだよ?

 そもそも、ここのワープ魔方陣ってどんな場所に湧くんだっけ?」


 香多奈のその言葉に、頭を寄せ合って過去の記憶をさかのぼる一行。確か同じく広域の“弥栄やさかダムダンジョン”では、敵の集落に階層渡りの魔方陣が隠されてあった。

 もしくは大型のモンスターを倒せば、ワープ魔方陣が出現した記憶がある。そしてダンジョンから脱出するには、入り口と同じ場所のワープ空間を潜れば良かった筈。


 今回の入り口はドーム型で、どの方向からも入れる仕様だ。このダンジョンは端にさえ辿り着ければ、そこから外に抜けれるのは確定済み。

 単純な仕掛けに脱出は容易みたいだが、ここは複合ダンジョンでもある。階層渡りとなると、そんな優しい仕掛けなのかははなはだ疑問。

 取り敢えず歩き回ってみるしか、今のところは確かめるすべは無い。


 結局は、現代建築物エリアを彷徨さまよって、適当な場所で中にワープ魔方陣があるか確認する方法に落ち着いた。さっきみたいに偶然見つかればおんの字、無ければ強そうな敵を探し出して戦いを挑むしかない。

 かなり面倒だし、ここはA級ダンジョンなので、そんな敵にこちらから絡むのは全く嬉しくない。しかし階層渡りに他の手が無ければ、試してみるしかない。


 そうやって推定5層に辿り着いたら、また改めて考えてみる事に。何しろ情報が圧倒的に足りないし、妖精ちゃんに訊ねても複合ダンジョンなど知らんと言われてしまった。

 小島博士と同じく、この先は皆で考察しながらの攻略となりそうな雰囲気。


「それじゃあ進むならアッチ側かな、こっちは遺跡風なエリアだし……どうでもいいけど、中間地点の建物ってなんか変じゃない?

 壁が融合してるってか、侵食し合ってるみたいな?」

「あっ、本当だ……複合ダンジョンだからかな、強引にくっ付いたみたいな感じ?」

「ふむぅ、なかなか良い観察眼を持ってるね、姫香君。確かにアレは、他のダンジョンには無い異質なポイントかも知れないね」


 そう発言する小島博士は、普段の5割増しで胡散臭くてウキウキしていた。観察は後にして下さいと、護人はハスキー達に出発を指示する。

 そうして再び彷徨う事20分、目的の建物が無い事を確認して立ち入った建物内に。運良くだか悪くだか、またもピンポイントにワープ魔方陣を発見した。


 らちが明かないからそれを使おうと言う話になって、全員でそこを潜って次の層へ。推定では第3層だが、この辺から段々と敵の数が増えて来ていた。

 ワープで出た先でゴブリン集団に襲われて、それを倒したと思ったら今度はパペット警備兵の軍団に襲い掛かられる始末。この波状攻撃を何とか乗り切って、一行は建物を出てキャンパス道へ。


 そこに出た途端に、空からワイバーンの襲撃が。なかなかハードな道のりだが、ハスキー達はそれを軽くいなして行く。そしてドロップするワイバーン肉に、尻尾をブンブン振る正直さ。

 アレは確かに美味しかったねぇと、去年の三段峡遠征を思い出してそう口にする姫香。もう何匹か来ないかなぁと、香多奈も楽しそうに空を気にする素振り。

 そして突然、なるほどと大声を発してある一角を指し示す。


「叔父さんっ、ここが何層なのかの表示場所が分かったよ……あの時計見て、3時で針が止まってる! だからここは第3層に間違い無いよっ、さっきの層は2時だったもんっ!」

「えっ、それって本当っ? 紗良姉さん、今は何時だっけ……あの時計、普通に今の時間を示してるんじゃないの?」

「今は2時40分かな、確かに微妙な時間だねぇ? 香多奈ちゃんの推測を押してあげたいけど、普通に時計が壊れてるってパターンもあるかもだし」


 そんな感じで、紛糾ふんきゅうし始める子供たちの観察からの迷推理である。小島博士は面白いねと、末妹の推理を押す構え。そしてさり気なく、次の層で検証してみればとヒントを口にする。

 つまりはデータは多い程、確実な立証が可能になるのだと。さすが先生と、末妹は尊敬の眼差しを胡散臭い教授に注ぐ有り様。


 それならもう少し進もうかと、姫香は視線を彷徨さまよわせて辺りの建築物を眺める。同伴している富樫元教授は、冷や汗を掻きつつ見た事の無い建造物が混じってると呟いている。

 どうやら昔務めていた広大キャンバスには、絶対に存在していなかった建物があるそう。そんなのダンジョンの常識じゃ当たり前だよと、子供達は呆れた顔付きだ。


 メインはその土地の、元の素材を用いる事は確かに多いとは言え。ダンジョンの縛りは曖昧で、“洞窟”なら他の洞窟を、“廃墟”ならあらゆる場所の廃墟を参考にするのもまた事実。

 ましてや遺跡型となると、一体どこの異世界の遺跡? って感じでテンプレすら存在しない。今回に至っては、潜るのも初の複合ダンジョンである。

 つまりは、何があっても全くの不思議ではないって事。


「そ、それじゃあ私の昔籠っていた研究棟も、幾ら潜っても出て来ない可能性も?」

「そりゃあ、もちろんあるでしょ? そもそも、ダンジョンに特定のアイテム回収を望む方が間違ってるよ。鑑定の書とか魔石ならともかく、昔の研究データなんてピンポイントな物は難易度高過ぎだよ。

 小島先生のコネじゃなきゃ、断ってる案件だからね?」


 お世話になってる先生ならともかく、知らない研究職のおっさんには容赦のない姫香である。打ちひしがれている富樫元教授だが、そんな事はハスキー達にも関係ない。

 先行しての探索のついでに、自販機の隣のボックスにアイテムを発見したよと報告して来る。それはゴミ箱なのだが、空き缶の代わりに入っていたのは鑑定の書や魔石(小)などの品だった。


 ポーションやエーテルも、プラ缶入りで入っていてちょっとまぎらわしいと文句を言う子供たち。確かにゴミ箱を宝箱代わりは、嬉しさが半減してしまう。

 そんな感じで騒いでいたのが、或いは敵に感知された原因なのかも。は不意に一行の視界内に、建物伝いに這い寄って姿を見せて来た。


 それだけの巨体の持ち主なのもそうだが、一見しての異質さは見た瞬間に誰もが感じ取れるレベル。何と言うか、それなりの探索歴の来栖家チームも、そいつは一度も見た事の無い容姿だった。

 は空間をきしませながら、乗り移った建物を侵食していた。文字通り、足場の建物が溶ける様に空間から消えて行っているのだ。

 その際に発される音は、まるでダンジョンの悲鳴のよう。


「えっ、あのモンスターってナニ……何だか、建物を溶かしてるように見えるけど? 見た事無い敵だね、紗良姉さんは知ってる?」

「知らないけど……確実に、戦ったら不味い敵じゃないかな……?」

「妖精ちゃんが、アレに似た奴を知ってたみたい。アレはダンジョンバグって呼ばれてて、弱ったダンジョンをああやって侵食して行く怖い奴なんだって!

 逃げた方が良いって、妖精ちゃんが珍しく助言してるよ、叔父さんっ!」


 確かに、妖精ちゃんが探索中に助言して来るなど珍しい。大抵は香多奈にくっ付いていて、こちらの探索風景を高みの見物しているだけなのに。

 それだけの危険度が高いと言う事か、何だか既に見付かっている気もするけど。蜘蛛にもウミウシにも似た、形容しがたい容姿のそいつは、先程からこちらの頭上の位置をキープしており。


 その暗黒色の表皮は、まるで昔のテレビの砂嵐のように不定形でまとまりが無い。今は4階建ての建物の壁に張り付いていて、それを暗塊へと分解している。

 いや、の本能や本当の趣向などは、人間には恐らく理解不能なのだろう。妖精ちゃんのアドバイスを無視して、それに歯向かうのは確かに余りに危険かも?


 は体から触手のようなモノを伸ばして、周囲の状況を窺っているようだった。それが奴の下に位置する、来栖家チームに向いてピタッと止まった瞬間。

 護人は思わず、咄嗟とっさに退避の指示を皆に向けて発していた。


「みんな、ここは一旦逃げろっ……奴のメイン攻撃は、恐らく分解に属するものだ。盾やスキルじゃ、止められない可能性が高い。

 正面切って遣り合えば、こっちの被害は大きくなるぞっ!」

「えっえっ、逃げるって一体どこへっ!? ダンジョンの中に安全な所なんて無いでしょ、叔父さんっ!?」

「バカね、香多奈っ……いったん距離を置こうって話よっ! あんな感じで突っ立ってて、建物みたいに分解されたら目も当てられないでしょ!?

 アンタはルルンバちゃんに乗せて貰いな、先生たちは頑張って走って!」


 リーダーの言う事にいち早く反応する姫香は、そう言って一行を反転させての指示出しに務める。逆に護人はしんがりを務めようと、怪しい動きを始めたバグ型モンスターをじっと見据える。

 護衛任務など、金輪際2度としないぞと護人は心中では愚痴ぐちモード。そしてやっぱり反応していたモンスターは、逃げ出す一行へと何かのモージョンを投げ掛けた。


 それを感じたミケが、テメェ喧嘩売ってんのかと『雷槌』での反撃に転じる。彼女は紗良の肩に乗っかっていたので、ある意味反撃も自由ではあった。

 しかしその攻撃は、どうも敵に痛痒つうようすら与えていない様子。


 そしてその後のの情報は、残念ながらチームの誰も把握する事が出来なくなった。何しろ走っていた地面が消失して、真っ暗な空間に揃って呑み込まれたのだから。

 香多奈の絶叫だけは、何故かみんな聞こえた気がした……その後は完全な無重力の世界、真っ暗な空間をどこまでも浮遊しながら落ちて行く感覚。


 時間の感覚も曖昧なまま、それが途絶えたと思ったら地面の感触が不意に蘇った。そして護人は、我に返ったように意識を取り戻す。

 思わず体に欠損が無いか調べたのは、ある意味本能だっただろうか。


 そして無事を確認して、思わず安堵のため息をついてしまった。奴の攻撃を浴びたと思ったのだが、体に被害の及ぶ類いの攻撃では無かったようで何よりだ。

 それならあの敵の意図は何だったのかと、護人は急に不安になる。そして家族の安否を図ろうと、遅まきながら周囲を見渡してみたのだが。

 そこにいるのは、変身の解けた萌と依頼人の富樫のみ。





 ――他の家族の姿は、周囲を見渡しても全く見付からず。






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