第435話 噂の“広大ダンジョン”前でひと悶着起きる件



「あ~っ、はいはいっ……西広島の方から来なすった、家族で探索者をなさってるA級の探索者さん? はいはいっ、今日来るって連絡を受けとりましたわ。

 ええっと、確か“広大ダンジョン”に護衛依頼で潜るって? それはまぁ、物好きな人もおったもんで……そうそう、誓約書が欲しいんでしたっけ?

 ついでにミニカメラを貸し出すんで、探索中の撮影をお願いします。これも、いざと言う時の証拠と言うか、保険代わりの撮影と思って下さい」

「了解ですっ、ルルンバちゃんに取り付けておきますっ!」

「あっ、これ……小島博士も署名しなくちゃダメな奴ですよ、ちゃんとサインして下さいね。じゃないと、護人さんが能見さんに叱られちゃいますから」


 西条の協会支部も、そんなに大きくなくて職員の数はパッと見5人かそこらだろうか。物販や受付けブースは、さすがに日馬桜町よりは大きい。

 そんな協会の建物内で、来栖家とゼミ生チームはくつろぎ模様。さっき寄った定食屋さん美味しかったねと、女性陣がかしましくお喋りを始めている。


 一方の護人と小島博士は、端っこで誓約書の確認とサインを黙々とこなす作業。実はもう1人、護衛依頼の人物がダンジョン前で待ってるんだがと、申し訳なさそうな教授の告白に。

 協会職員も、それは仕方ないですねぇとため息交じりの返答を寄こして。仕方が無いので、サインを貰いに職員が1人車で書類を持って同行する流れに。


 そんな“広大ダンジョン”の魔素鑑定値は、実はここずっと高めを維持しているらしい。間引きはとっても必要なのだけど、A級ランクだけあって探索者も怯んでいるそうで。

 と言うか、この“広大ダンジョン”は回収品が実はあまり宜しくないそうな。その上敵の強さが相まって、探索者人気がかなり薄いとの事である。

 誰しも、参考書や問題集が欲しくてダンジョンには潜らないって話。


「えっ、そんなのが宝箱に入ってるんだ……面白いね、でも大学生用の難しい奴なんでしょ? 残念だったね、香多奈じゃ解けないのばっかりだ」

「あらっ、私さっき本屋さんでクイズの本買ったんだ。家に戻ったら、一緒に問題出し合って遊ぼうね、2人とも♪」

「えっ、それはいいけど……私も宝箱の中身が、参考書ばっかりなのは嫌だなぁ」


 明らかにヤル気が半減している末妹を余所よそに、中年のおばちゃん職員の愚痴は止まらない。最近は東広島市の東に位置する三原市が、とっても大変なのは周知の事実で。

 そのせいで、周辺都市にも少なくない人口流出や、探索者の移籍などが起こってしまっているそうな。つまり現在は、西条さいじょうの協会も書類仕事でとっても忙しいらしい。


 とは言っても、建物内の職員たちはのんびりしていて、口で言う程に忙しそうな雰囲気は無い。今回同行する若い職員も、ダンジョン前まで案内しますねとお気楽そうな表情。

 まぁ、三原が大変なのは本当なのだろう……その余波が、周辺都市に波及してるのも恐らくは本当。ただし、間引きがお座なりなのは協会の怠慢なのかも知れない。


 それを責める事は出来ないし、間引き依頼の『間』の字も結局は言い渡されなかった来栖家チーム。他所から勝手に来たチームが、勝手に間引きしてくれるなら上等だと。

 多分だが、そんな認識なのかなと推測する護人である。



 その認識が大甘だったと判明したのは、“広大ダンジョン”前で無事に第2の依頼人と合流出来た後だった。名前を富樫とがしと言う元教授は、大層な準備で一行を待ちびていた。

 まるで今から、ジャングルにでも冒険に行くのかって感じの探索スタイル。荷物もそこそこ多いみたいで、背負った鞄には一体何が入っているのやら?


 それを呆れて見守る護人と、ウエルカムな態度で迎え入れる小島博士。増々先が思いやられるが、果たしてこの依頼を受けて良かったのか疑問に思う。

 そんな富樫を掴まえて、一緒に来ていた協会職員が誓約書を差し出してサインの要請など。その頃には子供達は、ハスキー達に護衛されて元広大のキャンパス前を散策中と言う。


 そこは確かに、“大変動”以前はお洒落なキャンパスが拡がっていたのだろう。今では閑散とした広場と、その向こうに巨大なドーム状のワープゲートがあるのみ。

 大学の建物はゲートに呑まれて全く窺えず、こっちの世界で依頼の書類を探すのは諦めた方が良さそう。ゼミ生チームも、かつての学び舎の変わり様に唖然あぜんとした表情を浮かべている。

 それにしても、何て巨大なワープゲートだろうか。


 子供達は先行して、これ全部入り口なのかなと歩き回って護衛任務には全く興味無さそう。護人はゼミ生に対して、ここで待っているように言い渡すのを忘れない。

 人数が増えて安全度が増すのは、ある種の摂理ではあるけど逆もまた然り。そんな大勢の面倒は、例え少々腕に覚えのある者でも見切れない。


 特に、今から探索に向かうダンジョンはA級との事。強敵に面したら、自分の身の安全を守るので精いっぱいだろう。そんな打ち合わせをしていたら、誓約書も全てまとまってくれた模様。

 これで入る準備は整ったかなと、護人がキャンパス方面に視線を向けると。子供達は駐車場の奥まで進んでいて、自分の近くには依頼主とレイジーしかいない有り様。


 いや、ゼミ生チームと協会の職員も一応いるにはいる。護人は美登利みどりに巻貝の通信機を渡して、恐らく4時間以上は戻って来れない旨を通達する。

 その時、急に吠え立て始めるハスキー軍団に、周囲の人々はビックリ仰天。富樫や協会職員など、腰を抜かしてその場にへたり込む始末である。

 その頃には、護人と来栖家の面々は既に動き出していた。


「なっ、何事でしょうか……犬達は一体、何に反応してるんですかっ!?」

「あっ、アレだっ!! ワープゲートのど真ん中から、モンスター達が次々に浮き出てる……これってひょっとして、オーバーフローなんじゃないのかっ!?」

「ええっ、まさかこのタイミングでっ!?」


 大袈裟に驚く協会職員だが、魔素鑑定をすれば既にその値は過ぎていた筈。あれこれ理由をつけて放置していたが故の、当然の結果のオーバーフロー騒動である。

 唯一の幸運だったのは、そこに西広島でも有名になりつつあるA級チームが偶然いた事だろう。既にハスキー達は先陣を切って突っ込んでおり、それに遅れまいと茶々丸も続いて疾走している。


 あふれ出て来た敵の大半は、ゴブリンやコボルトなどの雑魚に属する獣人だった。それに混じって、大物のワイバーンや飛行能力の厄介なガーゴイルも結構な数が散見される。

 これらを野に放つと、後々で厄介な事になりそう。


 それを踏まえて、護人はチームに飛行能力持ちの討伐を優先するように通達する。その途端に、疾風のごとくレイジーがワイバーンへと襲い掛かって行った。

 そしてまるで生き物のような炎のブレスで、早くも1匹ほふってしまっていた。最近は子供の世話やら雨や水エリアが続いて、彼女もストレスが溜まっていたのかも。


 コロ助もツグミに白木のハンマーを出して貰って、硬いガーゴイル討伐に励み始める。逆に姫香は、ルルンバちゃんと壁を作ってゴブリンたちの討伐に励んでいる。

 後衛の護衛は確かに大事、何しろ今は護人とレイジーと離れ離れになってしまっているのだ。それが幸いして、出現した敵を挟み込む形にはなっている。

 ただし、敵の方が圧倒的に多いので、それが有利とは決して言えずな状況。


「うわあっ、まだまだいっぱい湧いて来てるっ……こんなの無理だよ、来栖家は強いけど1チームじゃとっても倒し切れないっ!

 大地君、私たちも討伐を手伝おうっ!」

「2人とも落ち着いて、そもそも装備すら着てないでしょっ!? ここは非戦闘員を護衛しながら、安全な場所まで下がりましょう。

 それから協会に連絡して、警報を発して貰わないと!」

「そっそうだ……オーバーフローのサイレンを鳴らさないとっ!!」


 この場に唯一いた協会職員は、ようやくその考えに辿り着いたよう。慌ててスマホを操作して、繋がった対話相手に早口で現状をまくし立てている。

 その頃には、護人も挟み込むように湧いた敵に接近しての戦闘参加。レイジーと一緒に、大物も小物も構わずに目に付く敵を蹂躙して回る。


 安全な場所に避難すべきとの言葉を発していた坂井戸も、その無双振りを見るにつけ次第に言葉を失って行った。大地と美登利は、まずは装備を着込まないと話にならないと気付いてバンに駆け込んでいた。

 小島博士と富樫は、目の前の戦いに興奮していてまるで子供のよう。自身に被害が及ぶ可能性が、欠落しているのはどうかなって思う。


 それを指摘出来ないゼミ生達も、今やただの観客と化してその一方的な戦いを眺めるのみ。ワイバーンの5匹目が倒されるのを目にして、これって圧勝なのかなとの思いに至って。

 20分後には、その想像はリアルとなってしまった。



 敵が逃走とか、時間稼ぎなんて戦法を取って来ないのは本当に助かった。こちらも飛行手段があるとは言え、サポートも無しに空中戦なとしたくはない護人である。

 いや、ルルンバちゃんが気を利かせてくれたら空中要員は単独ではなくなるけど。そう言う意味では、来栖家は対応力の高いチームなのだろう。


 お疲れ様と声を掛けつつ、期せずして分断された家族は合流を果たす。紗良の怪我チェックが始まると同時に、魔石を拾うよと威勢の良い香多奈の号令。

 それに嬉々として追従するルルンバちゃんは、恐らく怪我とは無縁だろう。ハスキー達と茶々丸と萌は、紗良のチェックを大人しく受け入れている。


 それにしても凄いタイミングだったねと、未だ興奮模様の姫香がリーダーへと語り掛けて来た。護人も全くの同意で、少しでもタイミングがずれていたらと思うと恐ろしい限り。

 自分達はまだ戦うすべを持っているから平気だけど、周囲の住民は大変怖い思いをするだろう。今更ながら鳴り始めたサイレンに、姫香は顔をしかめて不満を表する。

 それは全くその通りで、ここの協会の対応の遅さは致命傷になる可能性も。


「やった、スキル書が落ちてたっ! こっちはワイバーンの鱗かな、魔石(小)も結構落ちてたね。ガーゴイルとワイバーンの魔石が一緒の価値って、ちょっと変じゃ無いかと思うの、叔父さんっ!

 ワイバーンの方が、数倍強いし厄介だよねぇ?」

「まぁ、ガーゴイルも空を飛べるし硬いからな……猟銃じゃ仕留められないし、一般人だとガーゴイルもそれなりに厄介だと思うぞ。

 それよりこのドーム状のワープゲートだけど、どこからも入れるのかい?」

「敵もあちこちから出て来てたし、全部が入り口なんじゃないかなっ。どうやら、広域ダンジョンなのは間違い無いみたいだね。

 中の移動も、ワープ魔方陣を使うタイプで間違い無いかな?」


 それは良い事を聞いた、帰りは帰還用の魔方陣かエリアの端に行けば、一瞬で戻って来れる確率が高まった。それどころか、ここのワープ魔方陣の位置情報を『ワープ装置』に記憶すれば、今後は一瞬で飛んで来れる。

 まぁ、こんな場所に用事があるかと問われればかなり微妙ではある。位置情報を覚えらる上限数があるなら、やっぱりここはいらないかも。


 子供達は、尾道になら欲しがるだろうけど、便利な場所が向こうにあるかは不明である。夏に旅行を計画しているのは、ワープ装置で良い場所を確保するためでもあったりする。

 まぁ、今はこの“広大ダンジョン”の事をメインで考えないと……いきなり大きな横槍が入ったけど、幸い紗良の怪我チェックでは全員が何事も無かったようだ。


 護人はホッとしつつ、それじゃあ入ろうかと皆に号令を掛ける。オーバーフロー騒動で時間を食ってしまったが、夕方までには任務は終えたい。

 護衛依頼は初だけど、深く考えずルルンバちゃんと萌に任せておけば平気だろう。護人も最初は後衛に位置して、大丈夫そうなら前へと出るつもり。

 つまりはいつも通りで、護衛任務に関しては何とかする予定。


 そんなリーダーの号令に、ダンジョン入り口に向かおうとしたハスキー達を押しとどめ。小島博士と富樫を呼び寄せて、大人しくついて来て下さいと言うに留めての出発。何と言うか、今更あれこれ注意するのも馬鹿らしい。

 澄まし顔の小島博士と、やや緊張気味の富樫元教授は年齢はどちらも60代前後だろうか。スタミナその他に不安はあるが、頑張って貰うしかない。


 大学の駐車場では、残ったゼミ生達がこちらに手を振ってくれていた。それに呑気に手を振り返し、行ってきますと元気な香多奈の言葉。

 そしてようやく感のある、ダンジョン探索のスタートである。





 ――この先の波乱は、或いはオーバーフロー騒動以上かも?






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