第434話 小島博士の無茶振り依頼をうっかりと受けてしまう件



 5月の中旬、来栖家の敷地の田んぼに植えた苗もスクスクと育っていい感じ。それと同時に、畑の野菜たちも順調に大きくなってくれている。

 毎度の大根やナスやピーマン、トマトやキュウリの苗も威勢良く生育中。勢力の拡大を狙っている雑草は、日向ぼっこにと放たれた家畜勢が平らげてくれている。


 そんな感じで、来栖家の敷地はおおむね平和で順調そのもの。茶々丸も気の荒い鶏と喧嘩しつつ、穏やかな日差しの中で元気に走り回っている。

 それを見ながら、そろそろ大根が収穫出来そうだなぁと呑気な護人である。午前中の野良作業を終えて、草刈りを手伝ってくれたルルンバちゃんをねぎらいつつ、ゆっくりと自宅へと引き返す。


 そうして護人が呑気に道具の片づけをしていると、お隣さん家の方向から小島博士が美登利みどりを引き連れてやって来た。今日は年長組の講座があった日で、その事に関する報告だろうか。

 護人はそんな見当をつけて、立ち話もアレなので家の中に招こうとするのだが。向こうはすぐ終わるからと、いつもの長話の得意な教授にはあり得ない態度。


 この辺で、相手を少し警戒する護人にレイジーも素早く反応する。近くに寄って来て凄みを掛けると言う、何とも優秀な能力を発揮する。

 ただし茶々丸も楽しそうと突進して来て、その努力は割と台無しに。


「こらっ、茶々丸っ……お客さんにちょっかいを掛けるなと、何度も言ってるだろっ? 済みませんね、教授に美登利さん……それで、一体どんな用件で?」

「いえ、生徒たちの学業の進捗しんちょく状況の、報告のついでとは言ったらアレなんですけど。実は、来栖家チームに割と重大な頼み事がありまして。

 小島博士の知人が“広大ダンジョン”に潜りたいそうなんです。その護衛役を探してるそうで、うっかりウチの教授がそれを引き受けてしまって。

 大した謝礼も払えないのに、良い探索者チームを紹介出来るよと大風呂敷を広げたそうで。仕方ないので私と大地君で護衛をしようとの話になったんですけど。

 それを聞いて、凛香チームが手伝いに名乗りを上げてくれて」

「いやいや、先生想いの良い生徒達で本当に助かるんじゃがなぁ……聞けば“広大ダンジョン”はA級ランクらしくてな、彼女達では心許ないんじゃよ。

 そこでどうにか、来栖家チームに要請をじゃな……」


 そう言う小島博士は、見た目は少しも悪びれていない様にも見える。確かに格上のダンジョンに、未成年の凛香チームを行かせるのは忍びない。

 しかも護衛任務は、探索の素人を同伴と言う事で難易度が跳ね上がる。来栖家チームもやった事は無いので、その辺は定かでは無いけれど。


 ルルンバちゃんなどは、まさにそんな任務にはピッタリな性能かも。いつも後衛の護衛役をしているし、同行者の我がままやお喋りにも全く動じないし。

 それから萌もいるし、そう言う意味では来栖家の戦力は護衛任務には持って来いな気もする。だからと言って、そう簡単にハイ良いですよとは引き受けられない。

 とは言え、ゼミ生達には子供達の勉強でお世話になっているのも事実。


 色々と考えた末、凛香チームの同行はやっぱり危ないので放っておけない。ならばどうするかって話だが、替わりに自分達が出動するしか無さそうだ。

 詳しく話を聞くと、どうやら目的のダンジョンは東広島の西条にあるらしい。廿日市はつかいち市まで降りて山陽自動車道に乗れば、今の交通事情でも2時間あれば余裕だろう。


 日帰りで可能なら、週末にその依頼を遂行するのもやぶさかでは無い。先週もダンジョン探索をしたばっかりでアレだけど、子供達は案外と遠征を喜ぶかも。

 5月の連休も、結局はお客さんが泊まり込んでいたので遠出は出来なかった。そう言う意味で、ドライブを兼ねて依頼を受けるのも悪くないかも知れない。

 何より、申し訳なさそうな美登利があまりにも気の毒過ぎる。


「分かりました、依頼を受けましょう……ただし、護衛依頼は難易度が高いと聞きますし、ウチのギルドではこれっきりにして下さいね。

 無理して子供達が怪我でもしたら、全くの本末転倒ですし。今回だけ例外で、それは依頼主にもしっかりお伝え下さい。そもそも格安での依頼と言うのは、探索者の命を買い叩いているようなモノですよね?

 教授だって、自分の研究に価値が無いと言われたら嫌でしょう?」

「うむ、いや……全くその通り、返す言葉も無いよ。おびにウチのゼミからも、護衛の人材を差し出すから好きに使ってくれたまえ。

 最近は美登利も探索業をサボっているが、まぁ素人よりはマシじゃろうて。ウチのゼミ生も全員参加させるから、宜しく頼んだぞ、護人君!

 それじゃあ、ワシは準備があるから失礼する、忙しくなりそうじゃな!」


 そう言って笑いながら去って行く小島博士と、それを引き止めようとして失敗してる護人と言う構図に。美登利も申し訳なさそうに、済みませんと小さく呟くのみ。

 ゼミ生の全員参加など、正直足手まとい以外の何物でもない。人数がそれだけ膨れ上がると、トラブルも必然的に大きくなってしまう。


 それだけは何としても阻止しないと、こちらのチームが機能不全におちいってしまう。教授の1人程度なら、最悪ルルンバちゃんにくくり付けて行けば何とでもなるだろう。

 それより、糸の切れた凧のような教授の動向に、今から先行き不安な護人だった。




 そうしてその週の土曜日がやって来て、子供達はドライブ遠征だと大はしゃぎ状態である。やっぱり5月の連休にどこにも行けなかったのは、少々寂しかったよう。

 行ったのは“アビス”の昏い回廊や、青空市だけと確かに文句の1つも言いたくなるレベル。大人しい紗良でさえ、今回のお出掛けの支度にウキウキ模様だったり。


 そこは申し訳ない気分でいっぱいの家長、しかも今回も探索依頼絡みと来ている。とは言え、時間の許す限りは観光もスケジュールに入れる予定である。

 つまりは泊まり掛けでの予定を組んで、家畜の世話はお決まりのお隣さんへと頼むパターン。ただし今回は、ゼミ生チームも探索には同行する予定である。


 つまりは、凛香チームと異世界チームに留守を頼んで、朝早くからキャンピングカーを出発させる。そしてまず向かうのは廿日市のインター入り口だが、その前に買い物タイムをもうけますとの護人の一言に。

 俄然がぜん色めき立つ子供たち、何しろ田舎の買い物事情は普段はとっても悲惨である。本屋も無いしスーパーも敷地面積はとっても狭くて、雑貨屋さえもほぼ無いのだ。

 その点、こんな世の中でも都会の流通はそれなりで。


 印刷物も、盗品や無人家屋からの発掘品を含めて、古本屋の体で販売はされている。そんな情報を前もってネットで仕入れて、今回のドライブで立ち寄ろうとの提案である。

 それからホームセンターにも立ち寄る予定だし、明日の帰りには食材店にも寄るつもり。魚や調味料やレトルト食品を中心に、買えるだけ買い込むのは田舎住まいの常套じょうとう手段だ。


 紗良は当然として、姫香や香多奈も来栖家は全員が結構な読書家である。まぁ、大半は漫画本を愛好しているのは、この際どうでも良い話。

 護人の子供の頃の愛読書コレクションは、幸いにも“大変動”の災害にも無事に残ってくれていた。今では香多奈も、それらを読みあさって変な知識を蓄えている次第。


 そんな訳で、幾らでも買い込んでも良いよとの護人の言葉に。初っぱなからリミッターの切れた子供達は、店に着くなり容赦の無い購買力を発揮する。

 それには一緒について来たゼミ生チームも、口を半開きにして見守るしかない。子供達もこの1年で、探索業で結構な資金を溜め込んでもいるのだ。

 こんな時使わなきゃ、一体いつ使うのって感じである。


「叔父さんっ、買い物カゴが一杯になっちゃったけどどうしようっ? もうやめた方が良いかな、もっと買いたい本があるんだけど……」

「ああっ、コミックは続き巻数が多いとそうなっちゃうなぁ。構わないよ、こっちは俺が先に清算を済ませて車に積んでおくとしよう。

 遠慮せずに、もっと欲しい本を見てなさい」

「あっ、じゃあ私たちも途中清算しようよ、紗良姉さんっ! ハッキリ言って、本とか雑誌って大量に買い込むと凄く重いよねぇ!

 うわっ、紗良姉さんも容赦なく買い込んでるねっ!」


 家族でそんな会話を挟みつつ、まさかの購入のお替わりを敢行する来栖家であった。それでも1時間に渡る買い物で、それぞれが満足の行く買い物をこなせた模様。

 お陰でキャンピングカーの隅っこは、買い込んだ大量の雑誌や小説やコミックでパンパン。ただし読むのは、車酔いするから車の停まっている時に限る。


 そんな約束をしつつ、再出発して高速へと乗り込む来栖家のキャンピングカーであった。その後ろには、しっかりゼミ生チームの白バンも付いて来ている。

 後はこのまま、目的地の東広島の西条へとまっしぐら。ちなみにホームセンターへは、古本屋の開く前の早い時間に立ち寄って買い物を済ませてある。

 こちらも容赦ない程に、お金を消費した来栖家であった。


 それこそ台所用品や日曜大工の工具や小物、農機具も買ったし家具や収納用品も購入した。この店舗でも、約1時間は買い物に費やしただろうか。

 お陰で、依頼主の筈の小島博士はダンジョン突入前にグッタリしていた。とは言え、買い物先まで付き合わなくても良いと、前もって言ってあったのでこれは自業自得である。


 キャンピングカーの車内は、そんな訳で買い物品で足の踏み場もないカオス振り。一応茶々丸は《変化》のペンダントで人化して、萌は仔ドラゴンのいつものサイズである。

 ルルンバちゃんの機体パーツは、付属カーゴの中なので居住空間は圧迫しない。当のルルンバちゃん本体は、車内の床の隅に追いやられて動くに動けぬ状態だったり。


 出掛けて早々の買い物のし過ぎで、早くも車内の容量を圧迫すると言うこの事態だけど。子供達は口々に、良い買い物をしたと欲求を開放して満足そう。

 護人も同じく、お金は溜め込むよりある程度は放出しないとねと。本人も結構な量を買い込んで、家に帰ってからが楽しみで仕方がない。

 しかしその前に、しっかりと依頼された仕事はこなさねば。


「それでだ、今日の午後イチで探索する予定の“広大ダンジョン”だけど、実はあまりネット上に情報が無いんだ。A級ランクだから、出て来る敵はそこそこ強いとは思うんだけど。

 割とフロアも広いそうで、探索も大変かも知れないな。本当は午前も探索に時間を取りたかったけど、まぁそこまでの義理も無いからね。

 依頼料も2人護衛で7万円だし、そこまで深く潜る予定は無いかな?」

「それはシケてるねぇ……小島先生も、この前論文が本になったって威張ってたけど、お金は全然入って来ないんだ?

 協会の間引き依頼だって、もう少し多いんじゃないのかなっ?」

「今の世の中は、研究職とかじゃ食べていけないんだよ……こんな時代でも熱心に学校に通うのって、私はどうかしてると思うけどなぁ。

 現にコアの研究してた大学が、知識不足でダンジョン化しちゃったんでしょ?」


 痛烈な姫香の批判に、紗良がそれでも研究する人は大事だよとさとす構え。知識不足は、確かに重大な過ちを犯す事に繋がるのは当たっているけど。

 そう言った知識を蓄えて、周囲に広げる役目の人は絶対に必要だと。勉強の大切さを語る長女は、やはり本当は大学に進学したかったのだろう。


 時代がこんな有り様で無かったら、紗良は研究職とか教員職にいていたかも知れない。護人は内心でそう推測するけど、今の長女が幸せで無いとは言い切れない。

 探索中は当然ながら大変そうだが、来栖家の一員として過ごす毎日は満ち足りていると信じたい。最近はお隣さんも増えて来て、山の上の生活も充実して来たのだ。


 可愛くて頼りになるペット達に囲まれて、長女も充足した日々を送っていられたら幸いだ。まぁ、毎日の家畜の世話や田畑の仕事の手伝いは、それなりに大変だけど。

 あらゆる仕事には、当然ながら大変な部分はついて回るモノ。



 幸いにも、高速を走行中の野良モンスターの襲撃は、今回は全く無くて目的の西条インターへと辿り着けた。廿日市から尾道に向かうより、約半分の道のりである。

 運転の疲労もそんなに無いし、買い物に時間を掛けたにしては午前中に到着出来た。予定では、この後に西条の協会支部へと向かう事になっている。


 それと言うのも、地元の協会で仁志と能見さんに今回の護衛任務をポロッと愚痴った所。そう言うのはちゃんと協会を通して下さいと、声を揃えて叱られてしまったのだ。

 護衛任務はちゃんと誓約書を作成しておかないと、後々揉めたりしたら大変な事になってしまう。そんな厄介さも、護衛任務が嫌われている所以ゆえんらしい。


 その辺の諸業務を、西条の協会支部でこなしてから探索を始めないと今回はならない。それならついでに間引き依頼を受けれるかもと、子供達は単純に喜んでいる。

 護人に限っては、あれこれと書類に書き込むのは面倒だなって感想しかない。ただまぁ、保険は掛けておいて良かったと思う時が来るかも知れない。

 そんな訳で今回は、親しい協会職員の勧めに従う事に。





 ――その後の顛末が、まさかのオンパレードだったのは致し方が無し?







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