第422話 長かったお泊まり会がようやく終焉を迎える件



 この3週間のお泊まり組のイベントだが、大まかに言うと全て円満に終了してくれた。つい先日に参加した青空市も、楽しく過ごせて儲けもあって良かった。

 そんな話を、出来立てほやほやの露天風呂で話し合う女子たちはとっても楽しそう。今は夕方の訓練終わりで、明日の午後にはいよいよここを去る予定である。


 この一夜にして出来上がった露店風呂だが、大小の岩が一面に敷き詰められて雰囲気が素晴らしい。その上に建物側には仕切りがちゃんとあるので、人目も気にしなくて済む。

 景色を望める山からの景色は、さすが山の上だけあって素晴らしい。夕方の訓練後の入浴時には、丁度太陽が山の影に消えて行くところが窺える。

 風情もあるし、心も体も癒される素晴らしい施設である。


 こんな大量の岩を、一体誰がどこから運んで来たかは気になる所ではある。ただし、お風呂に使うお湯に関しては、魔法アイテムで事足りてしまっていた。

 つまりは『竹の杓子』の湧き水効果で、まずは浴槽に水を溜めて置いて。それから『フレアストーン』で、その水を適温まで温めるのだ。


 魔石は使うけど、このシステムは本当にエコで助かっている。何しろ、念じるだけで水の量も適温も自在なのだ。露天風呂が広過ぎて、水溜めも沸かし作業も少々時間が掛かるのが唯一の難点か。

 万全でないのは仕方がない、それより大人数で入浴出来るこの施設の素晴らしい事。おまけに別棟と言うか、脱衣所まで作られているのだ。


 将来的には、香多奈はここに『安寧のソファ』や『雪幻獣の毛皮の敷物』を持ち込む予定である。そうすれば、ほぼ来栖家の別荘と呼んでも差し支えない。

 こんな近場に、別荘も何も無いと姫香には馬鹿にされたモノの。ちなみに、この露天風呂の作成者はどうやら例の鬼たちだった模様。これは香多奈が、小鬼ちゃんからこっそり聞き出した情報である。

 それもどうやら、日夜頑張っているご褒美との理由で嬉しい限り。


「広いお風呂は良いねっ、毎日入りたいくらいだよっ! 水の沸く魔法の杓子、売らずに持ってて本当に良かったよね、お姉ちゃん」

「ウチにこんなアイテムあったの、よく覚えてたよね、香多奈……これを回収したの、確かかなり昔だったでしょうに。

 『フレアストーン』も、こんな使い方するって知らなかったよ」

「これを作った鬼のスポンサーも、お湯問題までは手を付けてくれて無かったもんねぇ。露天風呂の半分は、香多奈ちゃんのお手柄だねぇ!

 本当にゆったり入浴するって、気持ちいいねっ♪」

「それより聞いてよ、紗良姉っ! みっちゃんが私たちに隠れて、彼氏作ってたみたいなのよっ……陽菜ちゃんなんか、ショックでさっきから固まってるんだから!」

「いえっ、写真の人は地元の幼馴染のお兄ちゃんで、決して深い仲ではないっスよ!?」


 そう弁明するみっちゃんだが、怜央奈はそんな言い訳信じられないと素っ裸で仲間に詰め寄っている。こうして見ると、16歳になる少女は随分と幼い気も。

 反対に詰め寄られているみっちゃんは、どこもかしこも随分立派である。さすが島育ち、その点は紗良や姫香も負けてはいないけど。


 しょっちゅう地元で会っている陽菜も、みっちゃんの秘密の交際は知らなかった様子。ショックを受けている姿を、柊木が微笑ましく湯船の中から眺めている。

 凛香や小鳩は、我関せずと身体の洗いっこなど。和香も紗良に髪を洗って貰っている最中で、ぎゅっと目を閉じて外界をシャットアウトしている。


 土屋女史は、隣でお湯に浸かっている猫娘の尻尾の結合部分が気になっている様子。しきりにお湯の中を覗き込もうとして、コミュ不足から失敗している。

 そんな大人数の使用に耐えている露天風呂は、とても素人が一夜で作ったとは思えない出来である。念願の適った女性陣は、これ以上の無いはしゃぎよう。

 お泊まり組などは、去る日が近いのが残念に思う程。


「それにしても、“アビス”でワープ装置が入手出来なくて残念だったね。リングとコインの回収はまずまずだったけど、やっぱりまとまった数を揃えるのは大変かな。

 また次回だね、その時はウチのコインを融通してもいいし」

「確かにワープ移動は夢ではあるけど、そう簡単には行かないよねぇ! 私の所と来栖家は、ちょっと遠いけど通えない距離じゃないけどさ。

 尾道や因島は、そんな簡単な距離じゃないもんねぇ」

「そうだな……でも今回の合宿は無駄じゃ無かったし、逆に凄くためになったぞ、姫香。ザジの指導がとにかく身に染みたし、実戦経験も色んなタイプのダンジョンで出来たしな。

 自分の苦手と、それから伸ばすべき長所も把握出来て良い経験になった」


 そう口にする陽菜は、相変わらず無表情ながらもサッパリした表情だ。案外今回の合宿とめい打ったお泊まり会で、一番伸びたのが彼女かも知れない。

 周囲では相変わらず、女性特有の喧騒がかしましく響き渡っている。浴槽で泳いでいた香多奈が、柊木に捕まって髪を洗って貰う問題で騒ぎ出している。


 それに対する抗議は、うるさい程だが大人たちは意に介さず。ザジもそれに協力しているので、逃げ出すのはちょっと無理そう。本人的には、洗うのが上手な紗良にやって貰いたいみたい。

 その長女は、和香に付きっきりでまだ当分手が空きそうにない。その次は小鳩が順番待ちをしているようで、紗良の人気はとどまる事を知らない模様。


 その合間にも、女性陣はこのお泊まり期間での出来事をしんみりと話し合ってみたり。辛い特訓や実戦を共に乗り越えて、お互いの距離もかなり縮まった気も。

 星羅せいらも同様で、完全にこのギルドへと入って来栖家のお世話になる事を決めてしまっていた。近場に引っ越しを決めたのも、逆に気兼ねなく今後も来栖家と付き合う為でもあったりして。

 こんな感じで、露天風呂を大いに楽しむ女性陣だった。




 そして次の日、朝の家畜の世話を大人数で終えての朝食の後に。お泊まり組の面々は、ようやく帰り支度を始めていた。その表情は、総じてやや寂しそうなのは仕方の無い事か。

 それを見守る姫香や香多奈も、やっぱり寂しそうで会話も途切れ気味。何しろ先立って、星羅も来栖家の居候の身を脱却してこの場にいないのだ。


 とは言え引っ越し先は、お隣の4軒目で協会の2人の陣取っていた住まいである。この女性同士の共同生活は、意外とスンナリ受け入れられたみたい。

 それも寂しい知らせだったが、何しろお隣はすぐ百メートル先の距離である。そこまで騒ぎ立てる別れでは無く、これも嬉しい独り立ちだと皆でお祝いする。


 ギルドにも加入してくれて、ギルド『日馬割』としてはこの上の無い補強である。何しろスキル所有9つの元A級探索者で、治癒のスペシャリストなのだ。

 諸々の事情で、素性は明かせないし本人は前衛へのコンバートを望んでいるけど。協会の土屋と柊木とも簡単に打ち解けて、今度チームを組んで探索にとかも話し合ってるみたい。

 それだと案外、容易に独り立ち出来ちゃう可能性も。


「さてと、それじゃあ待望のお土産コーナーの時間だねっ! 今回3度行った探索の、お金の分配は終わってる認識でいいかな、みんな?

 青空市の売り上げも分配は終わったし、後は魔法アイテムとお土産品をみんなで分けようっ。なるべく公平にね、怜央奈とか遠慮無いからちょっとは控えてよっ!」

「ええっ、でもこの『戦闘メイド服』と『魔法の法被はっぴ』の両方とも欲しいんだけど……動画映えすると思うんだよねぇ、どっちとも選んじゃダメ?」

「私はどっちもいらないから、姫香と相談してくれ……私は無難に『強化の巻物』で、武器と防具の強化をして貰いたいかな。

 魔石も必要だから高額になるけど、どうするみっちゃん?」

「えっ、私は……この王冠が欲しいんスけど……」


 そう言って、オークキングがドロップした王冠をかぶるみっちゃんである。それは魔法の品でも何でもないよと、冷めた口調で言い放つ姫香。

 しかし、陽菜のツボにははまったようで、似合ってるぞと今にも吹き出しそう。ついでにプロテインも付けてあげてよと、怜央奈も良く分からないフォロー。


 陽菜たちからすれば、魔法の鞄をそれぞれゲット出来ただけで上出来の合宿だった。それから格上の探索者達からの指導やら、毎日の美味しい食事やら。

 しかも、思いがけず露天風呂のサービスまで付いてしまって、気分的には別荘でのお泊まり会である。いや、元から遊び感覚も多少はあったけど。


 陽菜の望み通り、彼女の愛用の武器防具には妖精ちゃんによる強化が施された。その上に、紗良とリリアラが共同で作ったお揃いのマントが皆に配られた。

 耐性アップや耐刃アップが付与されているので、普通の魔法アイテムより良品である。これにはお泊り組も大喜び、紗良も頑張って作った甲斐があったと言うモノだ。


 それから大量の野菜類や、探索に必要な薬品類が配られて行き。それから紗良の最大の研究成果の、果汁ポーションも大量にプレゼント。

 もちろん瓶には劣化防止の魔方陣が施してあるので、半年以上は持つようになっている。至れり尽くせりのサポートだが、同じギルド員なので当然とも。


 結局は怜央奈の我がままが通って、2つのネタ装備は彼女が貰い受ける事に。その前に誰か着てみてよとの無茶振りで、最終日にひと悶着あったり。

 結局は逃げられなかった紗良と姫香も、それぞれメイド衣装と法被を着込んでの撮影会。香多奈も次は私ねと騒いでいるけど、こんな時は魔法アイテムは有り難い。


 何しろ“サイズ変化”の効果のお陰で、体型の変化にも対応出来てしまうと言う優れ装備なのだ。無駄な機能に思えるけど、怜央奈の撮影会はそれなりに盛り上がった。

 これも最後のコミュニケーション、午後の列車でお泊まり組の3人は来栖邸を後にするのだ。それを思うと、この騒ぎも空元気に思えて来たりもして。

 そんな感じで、午前中は騒がしく過ごすのだった。




 午後の昼食を最後にみんなで食べ終わって、それから来栖家のキャンピングカーでの送迎に。付き合いの深かった、協会の2人と星羅とザジも最後のお付き合い。

 そして日馬桜町の駅前での、また遊びにおいでとの最後の賑やかな挨拶が始まる。感極まったみっちゃんなど、泣き出す一歩手前の表情である。


 それを茶化す面々も、何故かもらい泣きしそうな感情を持て余してみたり。特に感情豊かな香多奈など、もっといなよとぐちゃぐちゃな顔になっている。

 そんな妹の頭をポンポン叩きながら、夏にはこっちから遊びに行くよとの約束。ギルド員と言うか、友達同士の硬い誓いを口にする姫香であった。


 来栖家チームからは結構な量のお土産を貰った3人だけど、魔法の鞄のお陰で来た時より荷物の軽い面々。その鞄も、紗良の手造り鞄で綺麗にカムフラージュされている。

 至れり尽くせりに面倒を見て貰って、感謝の言葉も無いお泊まり組。最後にみんなに感謝の言葉を述べて、揃って一礼してのお別れに。

 護人が代表して、体に気を付けてとの優しい言葉を返す。


 香多奈の小学校の夏休みに合わせて、尾道方面への旅行はこれで本決まりとなった。その位の家族サービスは、甘んじて受け入れる覚悟の護人である。

 絶対に遊びに来て下さいと、意気込むみっちゃんは既に顔面崩壊の危機に瀕していた。今生の別れでも無いしと、怜央奈などは呆れてそれを見ている。


 そうこうしている内に、列車がホームへ入って来る時間に。抱き合って最後の別れを済ませる女子チームは、みっちゃんと香多奈の処理に大変そう。

 気が付くと、土屋女史も何故かこの別れの状況に涙ぐんでおり。後輩の柊木に背中を叩かれて、どちらが年上か分からない状況になってる始末。


 もっとも、柊木はこんな土屋には慣れっこになっているみたい。若者たちの青春の一幕を邪魔しないように、一歩引いての場のコントロールは遣り手かも。

 改札口を通って消えて行く3人は、列車に乗り込んでもずっと手を振っていた。子供達も元気に手を振る横で、師匠役だった猫娘は弟子の旅立ちに満足そうな表情。

 かくして、4月の中盤から始まった合宿は無事に終了の運びに。





 ――夏の再会まで、後はひたすら各自で修練あるのみ!






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