第414話 2度目の“アビス”探索も深層を更新する件
来栖家チームが現在足を止めているのは、50メートル四方の水深不明のプールの前である。波が立っていて潮の香りも漂っているが、水中に何がいるのかは全くの不明。
そんなプールの向こうに進むルートは、全部で2つ程だろうか。両サイドの壁際の細い道を行くか、中央の直径が1メートル程の飛び石を進んで行くか。
飛び石同士の距離は2メートル程で、変な仕掛けが無ければ紗良と香多奈でも渡って行けそう。とは言え、罠や待ち伏せモンスターが無いと考えるのは、明らかに無謀である。
と言うか、絶対あると考えるべきだ。
「それじゃあ……レイジー達が壁を伝って先行して、出て来た敵を全部やっつけるとか? その後を私たちが、ゆっくり安全なルートで渡れば良いんじゃないかな?」
「アンタね、全部レイジー達任せで恥ずかしくないのっ? 私はツグミと一緒に、真ん中のルートを先行して進むわよっ!
『圧縮』の土台があれば、水中に落ちる事も無いもんね」
「少数精鋭で先行するのは良いけど、姫香だけじゃ心配だな……俺とレイジーが、右の細道から同時に進んで様子を窺ってみようか。
他の者は、注意しながら水際で援護してくれ」
「了解っ、頑張ってね叔父さんとお姉ちゃん! 多分だけど、水の中に凶悪なモンスターが潜んでると思うのっ!
あっ、レイジーは剣が必要かな……あの自在に伸びる奴っ」
そんな訳で、物騒な助言を貰っての2ペアでの先行作戦の決行である。護人とレイジーが右の通路を進み、姫香とツグミは中央の飛び石を飛んで渡って行く。
そして中央に届く前に、早くも水面には異変が起きていた。後方から香多奈が、何か出たよと大声で喚き立てている。コロ助も吠え立てて、ついでに『牙突』での先制攻撃を行う。
ところがそれは、敵の硬い鱗に弾かれて全く効果無しの結果に。4メートルを超すその鎧染みた外殻の大魚は、その巨大な口で姫香を呑み込もうと水中から突っ込んで来た。
そして敢え無く、『圧縮』ガードでこちらも弾き飛ばされる結果に。護人のサイドからの弓矢攻撃も、同じく鱗に弾かれてダメージ無し。
ここまで硬い敵は、来栖家の探索歴の中でもトップクラスかも?
ツグミの『土蜘蛛』もノーダメージで、敵は再び水中へと潜って行く。それと入れ替わりに、1メートル級の飛び魚タイプのモンスターが、次々と水中から飛び上がって襲い掛かって来た。
これには姫香も大慌て、あわや落水の一歩手前の事態に。
「うわっ、別の敵が出て来たっ……ツグミっ、何とかお願いっ!」
「ルルンバちゃんっ、姫香お姉ちゃんを援護してあげてっ!」
飛行可能なマントと伸縮自在の剣を使って、水中から飛び上がって来る魚影を次々と撃破して行く。そして再度の鱗の硬い大物の襲来に備え、姫香の近場に待機する。
ツグミも《闇操》を使ってのご主人のフォロー、安定しない足場で苦労する姫香を影でサポートする。その甲斐あってか、ようやく姫香はプールの中央で戦闘態勢を立て直すに至った。
そのタイミングで、再び襲い掛かって来る鎧の大魚。サメも真っ青の並びの牙で、獲物に喰らい付こうと水中から姿を現しての見事な跳躍っ振り。
標的にされた姫香は、丸呑み1歩手前の状況である。
そこにタイミング良く、『圧縮』防御で敵の攻撃を弾き、更には『身体強化』の一撃で鎧魚を吹っ飛ばす姫香。恐るべしそのパワー、そして飛ばされた先には飛行状態の護人が待ち受けていた。
はためくマントのお陰で“四腕”は発動出来ていないが、《奥の手》が敵を捉えるのに不便は無し。硬い鱗をもろともせず、理力の通った一閃は敵を真っ二つにしてくれた。
この即席のコンビプレーに、香多奈は飛び上がって興奮を表している。久々の理力の刃だったけど、思いの外上手に使えてまずは一安心の護人。
その後は紗良の《氷雪》を含め、色んなスキルで邪魔な飛び魚型モンスターを駆逐して行く。それから完全に安全になったのを確認して、巨大なプールを全員で渡り切る事に成功。
その勢いのまま、来栖家チームは次の層へと進むのだった。
その頃、別動隊の女子チームもほぼ同じペースで探索を続けていた。出て来る敵も来栖家チームと似た感じで、サハギン型の兵士たちが行く手を阻んで来る。
それを即席の前衛陣で駆逐して行き、割と順調なペースでの道のりである。ただし、ザジは全く納得いってないようで、特に前衛陣への注文は途切れない。
要するに、スキルに頼らずに神経を張り巡らして危険を察知しろとの注文である。辛うじてそれを出来ているのは、現状では土屋女史だけの有り様。
陽菜とみっちゃんは、まだそこまでの高みには至っておらず残念な限り。例えば、『探知』スキルを所有する仲間に頼っていては、確かに対応に1歩遅れるのも事実ではある。
猫娘の言い分はもっともだし、夕方の特訓では皆と真面目に訓練に取り組んでいる両者である。とは言え、一朝一夕で取得出来る能力で無いのも事実。
幸いにも、ガッツだけはあり余る程に持ち合わせている陽菜とみっちゃん。ザジのしごきにも弱音を吐かず、実戦で何かヒントでも掴んでやるとの意気込みは凄い。
その姿勢には、教官役の猫娘も満足そうな表情だ。
「みっちゃん、右の水溜まりにヒトデ型のモンスターが潜んでいるぞ。不意打ちに注意しろ、遠方から
「了解っス、陽菜ちゃん……行きますよっ!」
待ち伏せタイプの敵は、他にも大ウミウシもいて毒を吐かれるととっても厄介だ。ザジの言うように、先に察知して先制打で仕留めるのが超有効なのは当然。
それ以上に厄介なのは、擬態の上手な大タコ型モンスターだった。コイツ等はそこまで大きくは無いけど、壁や床と同化してこちらが近付くと吸盤で張り付いて来てとっても大変。
そんな敵への対応は、前衛の良い訓練になっているのも確かな事実。前もって察知しているザジは、敢えてそれを通知せず陽菜たちに任せているみたい。
そんな訳で、多少あたふたしながら進む女子チームご一行である。それでも何とか18層まで辿り着いて、ここまで何とか及第点と言った所か。
宝箱も1つ見付けて、中から魔石や魔玉や薬品類が結構な量出て来てくれた。それからサザエや大きな貝がゴロゴロ入っていて、バーベキューに良さそう。
それを喜ぶみっちゃんだが、何と次の19層の突き当りの小部屋にも宝箱が設置されていると言う奇跡が。ただし、その部屋に入ろうとしたらザジの制止が飛んで来た。
どうやら周囲に、大掛かりな仕掛けが施されているらしい。
「よく見たら分かるニャ、天井が崩れて来る仕掛けがあるニャ! 知らずに全員で近付いたら、揃って♯%=&だニャ!」
「この手の仕掛けは、遺跡タイプのダンジョンでは良く見掛けますね。前回の来栖家チームの動画にも、確か映っていた筈……崩壊と一緒に、敵が出て来るかもなので気をつけて」
「そっか、じゃあ……私が
ところが今回は、教官役のザジが戦闘のお手本を見せるとの事。単身で小部屋へと入って行くのを、後ろから揃って見守る生徒達である。
そして、言葉通りの天井の崩落が始まったと思ったら、猫娘の姿はそれに巻き込まれ……たと思った瞬間、落ちて来る岩を何でもない様に避けての大ジャンプ。
恐らくは、天井に隠れていた大ウツボとの接触はザジにとっては予定調和だったのだろう。その一瞬で、5メートルを超す体長の敵モンスターは、一瞬で魔石へと変わって行った。
傍から見ていたら、大した罠でも無いような錯覚を起こす出来事だ。猫娘の身体
とは言え、まるで参考にならないかと言われればそうでも無くて。敵の大ウツボは、崩れて行く岩のせいで猫娘の接近にまるで気付けなかったのだ。
崩落の音も同じく、周囲に自分を溶け込ませて敵へと接近して一瞬で
どうやら下で潰れた宝箱は、完全に釣り用の偽物だったみたい。
陽菜もみっちゃんも、その手腕を褒めながら感心した様子。来栖家チームのお隣さんは、凄い腕前揃いだなとその環境の良さも
撮影役の怜央奈も、アレはちょっと異次元の動きだよねと興奮して喋っている。柊木に限っては、探索者の中にもあの位の動きの者はいるよと知識をひけらかしている。
つまりは、人間も努力すればあの域に達する事が可能だと。お姉さんは、あなた達がいずれはA級にまで届く未来を願っていますよと。
口調は立派だがどこか軽薄な柊木の言葉に、感激して聞き入る素直なみっちゃんであった。何にしろ、目標は高くて悪い事は決して無いのだ。
お手本に少しでも近づけるよう、努力は惜しむべからず。
再び来栖家チームだが、探索は順調そのものでハスキー達も大張り切り中である。茶々丸も同じく前衛に出張って、出て来るサハギンを角で小突き回している。
宝箱こそ見掛けないけど、ツグミがアビスリングを8個と金色のコインを10枚回収していた。ついでに魔結晶(小)も8個ほど、まずまずの儲けである。
そして辿り着いた19層、ここも同じくプールでルート中断の仕掛けが。そして今回は、真ん中の飛び石の上には堂々と大き目の宝箱が設置されていた。
水中は濁っていて何がいるかは判然とせず、その辺は18層と同じだ。つまりはここにも、水棲型モンスターがわんさか隠れているって事だろう。
宝箱を前にして、
そう意見は一致するのだが、その方法については紛糾していた。
「お姉ちゃんが、また先に進んで餌の役目をすればいいじゃん。そんで釣れたら、叔父さんとレイジーでやっつければいいんだから。
ルルンバちゃんはちょっと無理かな、精密射撃は難しいから」
「餌ならアンタの方が美味しそうじゃん、香多奈。茶々丸に乗っけて貰って、宝箱の前まで飛び跳ねて行けばいいよっ!」
「これこれ、喧嘩でも冗談そんな事を言うもんじゃ無いよ、2人とも。餌役なら俺がしよう、紗良の魔法で水面を凍らせるとかも面白そうだけどな。
MPが勿体無いし、援護は程々でいいからね」
分かりましたと、真面目顔で魔法を撃つ構えに入る紗良とは反対に。睨み合っていた仲良し姉妹は、自分達もフォローしなくちゃと慌てて持ち場につく構え。
そして中央ルートで進んで行く護人と、律儀に付き従うレイジー。その口には『可変ソード』を咥えており、炎の不利なエリアの対応にやや苦労している印象。
ただし、そんな事でへこたれる彼女では無いし、今も自信満々の足取りでご主人の後を追っている。来るなら来てみろと、水中の敵を威圧する態度はまさに狩人そのもの。
そんな気迫に押されたのか、敵の襲撃はてんでバラバラで一貫性の無いモノだった。例の飛び魚型モンスターが、水上に飛び出ては護人とレイジーに次々と狩られて行く。
沿岸からもハスキー達の援護が、紗良は大物の襲撃に備えてまだ動かず。出て来ないって事は無い筈と構えていたら、護人の背後から巨大な水飛沫を上げて出現する敵影が。
それは恐らく大王イカで、触手の長さを加えたら一体何メートルサイズなのかって敵だった。その触手は次々と護人とレイジーに迫り来るが、
そのスピードたるや、まるでミキサーの如し。
香多奈の『応援』が、沿岸から護人とレイジーにも届き始めた。それと同時に、大王イカの本体に紗良の《氷雪》が見事に着弾する。
その威力は、周囲の水場ごと巨大な大王イカを凍らせる程。それを見た姫香が、足場が出来たと勇んで氷上を駆けて敵へと一直線に飛び込んで行った。
そして愛用の
何ともアクロバティックな一戦は、これにて強引な幕引きとなってしまった。プールの中央の浮き島で、それを呆れながら眺めている護人とレイジー。
この娘はきっと、今後も腕力で物事を解決して行くんだろうなって。
――そんな感想を抱かせる、それが姫香の最大の長所でもある訳だ。
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