第403話 午後の探索もダンジョン内に男臭が漂う件



 お昼ご飯込みで、たっぷりと1時間以上の休憩を取った女子チームは体調もバッチリ。そして予定通りに、今日中にもう1つの扉をクリアするぞと意気も高い。

 護人に行って来ますと声を掛けて、再び敷地内ダンジョンへと皆で向かう。途中で見掛ける景色は、田んぼに植えられた風になびく早苗さなえが彼方まで広がっている。


 それを自分達が手伝ったのだと、お泊まり組は変な自負が心をざわつかせていたり。愛着が湧くと言うか、スクスクと元気に育ってねと思わず念じてしまう。

 まだ植えて1週間しか経ってないので、見た目の変化は全く無い。だが、しっかりと根は張っているようで、一応は順調な成長振りではある。


 何故かついて来た茶々丸が、田んぼを早くも泳ぎ回っているオタマジャクシの群れに興味津々の様子。田んぼの端に陣取って、鼻面を突っ込もうとしている。

 それを止めなさいと制止する姫香、早くも面倒事に奔走するリーダーである。茶々丸だから仕方がないよねと、お泊まり組も微笑ましくそれを眺めている。

 つまりは、良い具合にみんなリラックス出来ている感じ。


 午前中にクリアした扉の、セクハラ紛いの仕掛けはすっかり頭から追い出して良い調子。とは言え、もう1つの扉も案外と似たような仕掛けかも?

 この“男女ダンジョン”は、中央の右と左で入れる性別がクッキリと違っている。女性専用の左の2つの扉は、自然と似通ったフロアじゃ無いかと推測が可能だ。


 それを踏まえて、午後もみんなで頑張るよとチームの指揮を高める姫香。それに追従するように、元気にお~っと怜央奈の元気な返答が響き渡る。

 紗良と星羅も、小さく拳を振り上げての頑張るよのアピールを返している。探索を繰り返してのチーム経験値は、目には見えないけど徐々に積み重なっている模様。

 少なくとも、前回の探索よりはしっかりして来ている筈だ。


「それじゃあ、2つ目の扉の探索も午前中と同じ配列でいいかな? 茶々丸はどうせ入れないんだから、レイジーの所に行ってなさい。

 あと何か注意あるかな、紗良姉さん?」

「特には無いかな、前衛の人は怪我に気をつけて頑張ってね。回復出来る人が2人いるけど、やっぱり怪我とかはしないに限るもんね」

「そうだね……ダンジョンはいつ、罠やイレギュラーが牙を剥くか分かんない場所だもんね。まぁ、チームの探索動画を観た限りじゃ、ちゃんと保険も掛けてある感じだけど。

 なるべく、そんな事態にならないように頑張ろう」


 そう付け足した最年長の星羅せいらは、さすがに見どころを良く分かっている。そしてルルンバちゃんやミケの実力が、保険となっている事も見抜いているみたい。

 ついでに、護人さんって過保護だよねと家族の裏事情まで見抜かれている始末。一方の陽菜とみっちゃんは、盾役を怪我せずこなせるよう頑張るとの返事。


 ヤル気には満ちているようで、足取りも軽くて頼もしい限りだ。そしてダンジョン前で茶々丸と別れ、3階層の“男女ダンジョン”前まで到着を果たす。

 そして未クリアの扉へと、姫香とツグミを先頭に全員揃って突入の構え。家から近いと言う気安さも手伝って、皆の表情は総じてリラックス模様である。

 そんな女子チームを待ち受けるのは、果たしてどんな仕掛けやら?




 そして通されたのは、やっぱりフィールド型のエリアだった。ただし周囲は木々が生い茂り、午前中と違う意味で見通しは余りよろしくない。

 やたらとうるさく感じるのは、木の上方で鳴いているセミの鳴き声だろうか。壊れた目覚まし時計みたいな騒音は、いつものダンジョン探索とはおもむきがまるで違っている。


 各々見上げる周囲の木々は、それぞれかなりの巨木である。セミの鳴き声も、それに準じてやたらと大きく聞こえる。紗良が小首を傾げて、その違和感を指摘。

 つまりは、セミは♂しか鳴かないよねって。


「あっ、確かにそうだったっけ……ひょっとして、今鳴いてる奴がモンスター?」

「セミはオシッコ注意っスよ、子供の頃に何度引っ掛けられた事か!」

「さすがみっちゃん……楽しい昔話に事欠かないよね」


 その言葉を、褒められたと勘違いしたみっちゃんは、照れながらそれ程でもと謙遜する。ちなみにセミのオシッコ掛けは、別に捕まえようとする人間への嫌がらせではない。

 余分な重量を排出して、飛ぶのに少しでも軽くなる為なんだよとの紗良のウンチクに。なるほどと素直に感心するみっちゃん、本当に素直な娘である。


 そして今回も登場する、半裸と言うか腰布1枚のセクハラ系ゴブリン集団。手には一応粗末な剣や棍棒を持っているが、大半の連中は抱き付き攻撃をして来る。

 ただし、それが分かっていれば対応も楽と言うか驚きはない。陽菜もみっちゃんも、余裕をもってその集団を撃破して行く。当然、姫香とツグミの黄金コンビも同じく。

 その集団を片付けるのに、約10分も掛からずの結果に。


 そして、やったねと喜んだのも束の間の第2陣が頭上から。不意を突かれた形になったけど、辛うじて紗良のアドバイスが効いていたよう。

 セミが襲って来るんじゃないかと、皆が頭の片隅に警戒心があったのが幸いした。余計な怪我も負わずに、次々と大セミの群れを撃ち落として行っている。


 まぁ、後衛に関してはミケが少々お手伝い。今回は壁役の人数が少ないので、それは仕方無いとも。しかも頭上からの攻撃なので、姫香とて壁になりようが無い。

 気付いたルルンバちゃんも、魔銃を使っての助太刀を頑張ってくれている。大セミはジージーと鳴きながら、哀れにも次々と撃破されて行った。その数、1ダース余りと割り込みには結構な多さだった。

 気がつけば、全ての掃討にやっぱり10分余り掛かっていた。


「ふうっ、連続での襲撃とか凄い嫌な仕掛けだったねぇ……みんな大丈夫だった、怪我はない?」

「こっちは平気だ、姫香……空を飛ぶ敵は相変わらず厄介だな、倒すのに苦労したぞ。あとは妙な音波攻撃も混じってたな、ちょっと鼓膜が変になってるかも?」

「あっ、同じくっス……みんなの声が聞きづらくなってるかも?」


 それは私が治療するねと、紗良と星羅が同時に立候補。治療薬が2人もいるとは、何とも贅沢なチーム編成だなと陽菜が仕切りに感心している。

 他のチームがそれを聞いたら、うらやましがること請け合い。そうなんだと、その恩恵を毎回受けている姫香は良く分かっていない様子。


 その隣では、ツグミとルルンバちゃんが仲良く魔石を拾って回っている。目ぼしいドロップは、他にはセミの羽根素材が少々。それを何に使うかは、誰も分からなかったけど。

 肝心の大セミはやっつけたけど、その鳴き声はダンジョンの至る所から聞こえて来ている。それを警戒して、森に深く踏み込むのは不味いんじゃとの皆の意見が。

 とは言え、他に進むべき道もないし、さて困った。


 結局は、上方に用心しながらこのまま木々の間を進む事に。紗良もいつでも魔法を撃ち込めるよう、気合を入れながら追従するよと発言してくれた。

 敵は結構倒した筈だけど、果たして中ボスは出てくれるかなぁと。呑気に話し合いながら、進む事5分余り。そして一行は、誘い込まれる様に森の広場へと出た。


 割と広いその広場に出た途端、あれだけあちこちで鳴いていたセミの声がピタリと止んだ。思わず身を寄せ合う女性陣、明らかに何か出て来そうな雰囲気。

 そしてそいつ等は、やっぱり上方からブーンと羽音を立てて舞い降りて来た。その内の1匹は、何と来栖家の白バン程度の大きさのカブト虫だった。


 その巨大さと、それから長大な角は明らかにこのエリアのボスである。ついでのお供に、ハサミの立派なクワガタが2匹、コイツ等も軽く軽自動車サイズで凄く立派。

 あのハサミでチョッキンされたら、割と大事になりそう。それでもひるむ事を知らない姫香は、行くよと勇ましくチームに号令を掛ける。

 その瞬間、用意してあった紗良の《氷雪》がこの3体に降り注いだ。


「やったね、紗良姉っ……先制打が結構効いてるみたいっ、ルルンバちゃんも前に出ちゃって!」

「みんなの武器に、支援魔法掛けるよっ……ダメージ軽減は気休めっポイから、武器に魔法ダメージ追加するねっ!」


 確かに敵の甲殻こうかくは、いかにも硬そうで魔法ダメージの付与はとっても有り難い。陽菜とみっちゃんは、こんな巨大な敵に近付いて斬り付けるのかとやや不安そう。

 それを物ともしない姫香が、『身体強化』と《豪風》メインでまずは先陣を切って行く。防御は『圧縮』頼りだが、ツグミもフォローしてくれる筈。


 そして早速頼りになる相棒が、巨大カブト虫の触角を『土蜘蛛』で吹っ飛ばしてくれた。相手の中ボスは、ギチギチと音を立てて嫌がる素振り。

 しかし、姫香の回転撃は威力がイマイチ足りずに跳ね返される破目に。と言うか、立派な角で懐に入るのを邪魔されて、急所の目ん玉狙いは防がれてしまった。


 参戦を許可されたルルンバちゃんも、大クワガタの1匹を相手取って奮戦中。残りの1匹を、陽菜とみっちゃんが何とか足止めしている感じ。

 大クワガタ2匹は、紗良の先制打でいかにも動きが鈍くなっている。中ボス仕様の巨大カブト虫だけが、まだまだ元気で角を振り回して奮闘中。

 防御力もそうだが、角のブン回し攻撃も相当な威力である。


 それを何とかかわしながら、少しずつ《豪風》を練り上げる姫香。ツグミのサポートで、幸いにも敵の集中はれてくれて被弾は無い。

 逆に姫香は集中モードで、上手い事に《舞姫》も発動に至ってくれた。最後に深く踏み込んでの一撃は、的確に敵の角の付け根の顔面に叩き込まれる結果に。


 急所に風属性の斬撃を浴びては、装甲の硬さも何の役にも立ちはしない。回転こそ止まってしまったけれど、自慢の角は根元でグラグラ状態に。

 その後は見せ場も無く、中ボスは結局は姫香とツグミのペアに押し切られた。


 他の2体の大クワガタも、ほぼ同時に倒されてこの層の戦闘は全て終了。その証拠に、戦闘跡地に浮き出る次の層へのワープ魔方陣。ついでに小振りな宝箱と、ドロップ品が少々。

 魔石類や甲虫の角素材は、ある意味予測通りでしめたモノ。ただし、宝箱の出現は計算外で、無邪気に喜ぶ女性陣であった。


 ツグミのチェック後に調べた中身は、オーブ珠が1個に魔石(中)が3個。それから強化の巻物が2枚に、幼虫の形のネックレスが1つ。

 妖精ちゃんがいないので、魔法の品かどうかは不明だけど。アイテム回収の度合いに関しては、前回よりも良い感じかも。ただし小振りの宝箱だけに、中身もそんなに入って無かった。

 とは言え、次の層の通路も確保出来たし、ここまではおおむね順調である。



 そして小休憩ののち、次の層へと歩を進める女子チームの面々。そのテンションは相変わらずで、高めを維持したまま疲れもまだ無い様子。

 そこは若いだけはあるなと、後ろを追随する星羅は思わず感心する。ただ、彼女の補助魔法も少なくない貢献度を示していて、陽菜とみっちゃんの先程の大クワガタの討伐なんてまさにそう。


 でなければ、硬い甲殻を簡単に破壊には至れなかっただろう。さすが、二つ名持ちの探索者と言うべきか……まぁ“聖女”に関しては、《蘇生》スキルあっての呼称だけど。

 本人も実はたった1度しか使った事は無いし、その際には酷い目に遭っていた。その結果、このスキルは封印しようと昔の仲間と話し合った過去もあったり。


 こうして探索に同行していると、やはりそんな辛い過去も思い出してしまう。無名の探索者だったけど、それなりに充実していたあの頃のチームの仲間達。

 あんな別れ方をしなければ、今も連絡を取れていたかも。


 今となってはそれも不可能で、“アビス”探索同行から後は音信不通となってしまった。C級になり立ての、元同級生の探索者仲間たちは今も元気だろうか?

 無事でいて欲しいし、あんな組織からはすぐに足を洗って欲しいと切に願う。星羅が神輿みこしに祭り上げられて、かつての仲間達は甘い汁のおこぼれに腑抜ふぬけになってしまった。

 それ以来、両者の距離は開いたままでの別離は残念な限り。


 今のこのチームを見ていると、そんな心配は無用な程には仲が良くて微笑ましい。みんなのお母さん役の紗良と、中心で元気に引っ張る役の姫香。

 この2人がいる限り、内部分裂など余程の事が無い限り起きないだろう。それが星羅には頼もしくもあり、同時にやや不安でもあった。

 そんな中心人物が、不意にいなくなった時が一番危ない。





 ――機械も組織も、大事な部品が欠けると一瞬で駄目になるモノ。






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