第398話 休憩を挟んで男チームがもう1つの扉へと向かう件



 固定概念とは凄まじいモノで、良い大人の女装は見ていて苦笑いしか出ないのだが。甲斐谷の女性版ドッペルゲンガーも、まさにそんな感じな印象だった。

 いや、いきなり光の剣を自分の頭上に5本も出現させて、本当に強そうなのだけど。強烈な光に目をやられた本人は、それをまだ見れていないと言う。


 その“女帝”甲斐谷ドッペルゲンガーは、髪は腰まで長くて意外とグラマラス。白っぽいドレスしか身にまとっておらず、そのスタイルは否応にも目立っている。

 それは良いのだが、明らかに敵対しているこの中ボスの対応は早急にしなければ。ムッターシャが前に出るが、5本の光の剣の相手は大変そう。


 そんな訳で、護人も長剣を抜き放って前へと出て行く事に。その場にしゃがんでいる甲斐谷に下がるよう声を掛けて、盾を構えて壁役にと突っ込む。

 さすがにS級探索者、その指示に素早く従って甲斐谷は戦線離脱を果たす。腰のポーチを探っているので、恐らく薬品での回復をするつもりだろう。

 その時には既に、ムッターシャは敵と斬り結んでいた。


 この手の敵には慣れっこなのか、自在に動く5本の剣にも物怖じしない。それどころか、グイグイと手数で圧倒してドッペルゲンガーの攻撃を押し返す始末。

 この剛腕には、慌てて加勢に入ろうとした護人も思わず呆れてしまう。剣の扱いにしても、まるで普段からそれが得意な得物だと勘違いするレベル。


 実際、その位には扱いに長けているのは、傍目で見ていても分かる。そんな異世界から来た戦士の、底の見えない感じは不気味ですらある。

 強敵に思えた“女帝”ドッペルだったが、そんな感じでたった1人の戦士のお陰で劣勢に。甲斐谷からコピーした筈のスキルも、どうやらうまく扱えなかったみたい。

 護人が手助けするまでもなく、胸を一突きされてお亡くなりに。


「おおっ、凄い手腕だなムッターシャ……もっと苦労するかと思ったけど、軽くあしらった感じで終わらせたね。何で女体化したかはともかくとして、この部屋の仕掛けはこれで終わりかな?

 どこかに魔方陣と、それから宝箱が湧いてる筈なんだが……」

「それなら両方とも、そこの壁の奥にある筈だよ、モリト……鏡の掛かっていた壁の奥に、隠し通路があったみたいだね。

 小部屋があって、そこに魔方陣と宝箱があるみたいだ」

「……大将、酷い目に遭った俺にねぎらいの言葉の1つもないのかい?」


 多少ねた感じの甲斐谷の言葉に、護人はドンマイといたわりの言葉を投げ掛ける。それから後で、“女帝”ドッペルゲンガーの動画を見せてあげるよと約束を口にする。

 憮然ぶぜんとした表情の甲斐谷だが、茶々丸と同じ扱いはさすがに不味いと思ったのか。この後はどうなるんだいと、この特殊なダンジョンのクリア方法を訊いて来た。


 護人は隠し部屋へと踏み込んで、大きいサイズの宝箱を開封する。この中にある鍵をゲットして、それを各扉で4つ集めるのだと説明する。

 そうして初めて、中央扉の奥で待つ大ボスに挑める権利を得るのだ。


 本当に変わってるなと、甲斐谷は呆れた感じの口調での返し。ルルンバちゃんが苦労して部屋へと入り込んで来て、魔法の鞄を差し出して来た。

 何とも献身的なAIロボに、甲斐谷は呆れを通り越して黙り込んでしまった。そんなルルンバちゃんは、中ボスのドロップ品も回収済みの模様。


 魔石(中)を1個とスキルの書を1枚、それから手鏡を1つ拾ったみたい。さっき茶々丸が倒したミミックも、結構良いモノを落としてくれていた。

 この宝箱からも、薬品類や各種洋服やら化粧道具類がわんさかゲット出来た。ほぼ女性が使用する品ばかりなのは、そう言う仕様なので仕方が無いとも。


 中には高級そうな香水やら、ブランドバッグやらも数点混じっていた。ただし、この場の誰もその価値がどれほどなのか分からないと来ている。

 辛うじて分かるのは、大きなサイズの縫いぐるみは子供達が喜びそうって事くらい。護人の限界がそこなのは仕方がない、性別が違うってそう言う事なのだ。

 ただまぁ、この辺の品物の分配はどうするべきか悩み処。


「お2人さんに、ちょっと相談なんだが……つまりは回収品の分配の方法と、もう1つの扉の攻略をどうするかって事だね。ここまで2時間掛かって無いけど、多分もう1つ潜ると同じ位は掛かると思う。

 2人とも余力があるなら、少し休憩して2つ目も攻略したいんだけど」

「もちろん俺は構わないぜ、大将……そもそも今回の探索手伝いは、装置で“アビス”に連れて行って貰ったお礼みたいなモノだからな。

 それから、もちろん勉強の意味合いもあるけど」

「俺も構わないよ、報酬もズブガジ用の魔石を少々貰えたら他は必要無いかな。久し振りにチーム員以外と組むのも、なかなか刺激があって面白いな。

 今度はザジ辺りも、探索に誘ってやってくれ」


 甲斐谷も報酬はいらないと言うし、それ以上にムッターシャとの同行に刺激を貰っている様子。異世界チームのリーダーも、その点は同様でちょっと楽しそうでもある。

 それならと護人は、5つの扉前のゼロ層フロアで少しだけ休憩を取る。それから引き続き同じメンバーで、“男女ダンジョン”の探索を進める事に決定。


 茶々丸とルルンバちゃんも、余裕に関してはまだあるようで何より。入り口でずっと待っていたレイジーと、今は何やらコミュニケーションを取っている最中である。

 アフレコするなら、アンタ達探索中に迷惑掛けてないでしょうね? みたいな事を言われているのかも。茶々丸は大丈夫だヨと返事するだろうが、それに関しては大いなる疑問ではある。


 まぁ、敵の技で寝ている間の記憶はないので、そこは責められはしないだろう。その辺の耐性upは、装備かスキルで上げてやりたいと考える護人である。

 でないと今後、命が幾つあっても足りやしない。



 そんな感じでの休憩時間を終え、再びレイジーにお見送りされての2つ目の扉へ向かう男だけチーム。さっきの3層と合わせると、4つ目のエリアへの侵入となる。

 今回も前衛をヤル気満々の、甲斐谷と茶々丸がまずはエリアへと躍り出る。そんな彼らは、敵はどこだと周囲を見定めて突っ込む準備をしている。


 今回のエリアは、ちょっとした湿地帯で地面はぬかるんで嫌な感じ。周囲には水溜まりや化石と化した植物、それから倒れた石柱やら石像やらが割とたくさん。

 遺跡跡地みたいなフィールド型エリアなのだろう、木々もまばらに生えているのが窺える。そして早速出て来たモンスターは、湿地帯で良く見掛けるリザードマンだった。

 ただし、総じて全員が♀の兵団の模様だ。


「おっと、ここも女性型モンスターがメインみたいだな……まぁ、想像通りだ。さっさと蹴散らして、ボスの召喚まで一気に行こうか!」

「数だけは多いな、俺も前へ出よう……おっと、仔ヤギは今回ルルンバちゃんと組むのか。良い案だな、モリトの案かい?」

「いや、多分レイジーの入れ知恵かな? 確かに今回は、護衛する後衛もいないからな。ムッターシャの言う通りに良い案だね、せっかく近接装備も持ってるんだし。

 今回で、その扱いに慣れてくれれば言う事は無いかな」


 呑気にそんな事を、ムッターシャと話し合う護人は後衛モード。ルルンバちゃんの本格的な前衛参加は、最新パーツを得てから初めてかも知れない。

 盾役として前衛に陣取るのでなく、とにかく敵を殲滅する。その為のアームも、それから武器もちゃんと装備はしているルルンバちゃんである。


 とは言え、魔銃やビーム砲ほどには使っていないのが現状で。本人も戸惑いつつ、扱い方を思い出している最中だったり。その間、相棒の茶々丸は相変わらずの暴れっぷり。

 甲斐谷とムッターシャの前衛は、言うまでもなく順調そのもので問題は全く無し。弓を構えてサポートの構えは見せる護人だが、そっち方面には必要は無さそう。


 茶々丸とルルンバちゃん方面も、♀のリザードマン相手に危なげない戦闘振り。相手は胸を布で隠しているだけで、これと言った重装備の者はいない有り様。

 武器もトライデントや弓矢持ちが混じっていて、まるでアマゾネスみたいな集団だ。弓矢持ちは護人が『射撃』スキルで始末しているので、前衛陣も近接戦闘に集中出来ている。

 そして10分程度で、最初の集団の撃破は完了。


 一息ついた前衛陣と、いそいそとその後も魔石拾いに頑張り始めるルルンバちゃん。護人も余り働いてない分のカバーをすべく、散らばった魔石を拾うお手伝い。

 それにしても、敵の集団は20体以上いて多かった……このダンジョンの定番とも言えるけど、今回はチーム人数が少ない分敵をさばくのが大変だった。


 もっとも、前線の一角の甲斐谷とムッターシャは涼しい顔をしている。MP回復ポーションも必要無いそうで、来栖家チームの戦闘とはやっぱり一味違う安定感だ。

 それを簡単に真似出来るとは思わないが、見習うべきところは確かに多々ある。その辺を上手い事自分のチームに取り入れるのも、リーダーの護人の役目なのだろう。

 それが生き延びるすべとなるなら、尚更の事である。



 護人が考え込んでいる内に、戦闘集団は湿地帯を奥へと踏み込んで行っていた。そこで新たな敵と遭遇して、すぐさま戦闘の第2ラウンドの開始。

 確かに考え方はおおむね正しい、ここは雑魚をある程度蹴散らす>>中ボスが出て来る>>倒すと魔方陣が湧く>>次の層へ、の繰り返しで進めば良いのだから。


 それに気付いた前衛陣は、進む方向も割とランダムに決定しているみたい。気の向くままに進んで、今は大蛇の集団と遭遇しての殲滅戦に移行している。

 ルルンバちゃんだけは、何故か前線をはぐれて石柱の隙間に顔を突っ込んでいる。何をしているのかと思ったら、どうやら宝箱を発見したらしい。

 戦闘中は、そっちに集中して欲しいけどまぁ仕方がない。


 何しろ来栖家の子供達が喜ぶのは、やっぱり宝箱の発見なのだから。ルルンバちゃんも自然にそちらに重きを置くのは、だから必然の流れと言うか。

 茶々丸だけで大蛇の集団は、何とか蹴散らせ……いや、奥から凄いのがひょっこりと顔を出して、ヤン茶々もパニック模様。それは顔が3階の高さにまで達する、巨大なヒドラだった。


 それを操るように、ラミアが数匹ほど石柱の影から顔を出して来た。何と言うかこじつけ感が凄い、中ボスはヒドラだけで充分過ぎるだろうに。

 そう思う護人が頭の数を数えると、何と首が7本もある大物だった。


「うおっ、ようやく大物が出て来たなっ……間違いなく魔方陣を吐く敵だな、コイツ等って。俺がヒドラを倒すから、残りはよろしく頼んだぞっ!」

「了解っ、茶々丸とルルンバちゃんには右側のラミアを頼むかな? 茶々丸っ、あっちの敵に突撃だ……ヒドラの攻撃に巻き込まれないよう、位置取りを気をつけて!」

「それじゃあ俺も、この子たちのフォローに前に行こうか」


 ムッターシャの提案はとっても有り難い、何しろ巨大なヒドラが暴れればこちらにも被害が飛び散りそうなので。茶々丸はとにかく猪突猛進で、敵を誘い込むなんて全く考えないタイプ。

 その点、ムッターシャの動きは見ていて感動すら覚えてしまう。3体のラミアに魔玉で適度にヘイトを与えて、大物のヒドラから適度な距離を取って行く。


 茶々丸とルルンバちゃんは、その後を追って毎度のようにドタバタしている。とは言え、ムッターシャがついているのでフォローの必要は無いだろう。

 ラミアも装備はバッチリで、その見た目はかなり強そう。上半身が人間の女性で下半身が蛇のこのモンスター、誘惑系のスキルを持っている可能性もある。


 それを考えれば、ヒドラより厄介と言う見方も出来るこの半獣系モンスター。まぁ、ルルンバちゃんにそっち系のスキルは効かないし、ムッターシャも付いている。

 それより巨大で多頭のヒドラに対した、“皇帝”甲斐谷のラッシュが半端ない。鏡から生まれたドッペルも使っていた、例の宙に浮く5本の光を放つ剣の乱舞。

 それらが、目の前の巨体を容赦なく切り刻んで行く。


 その手数は、護人の“四腕”でもさすがに追いつけない程。S級に繰り上げされたのも頷ける、何と言うか巨大な敵をほふるしっかりしたマニュアルを備えている感じだ。

 “もみのき”ダンジョンでの巨大クモとの対戦も然り、お決まりのパターンを持っている強みは絶大だ。そして今回も、甲斐谷は5分と掛からず多頭の巨大蛇を撃破に至った。


 ラミア討伐部隊も、危なげなく3体を仕留め終わった模様……茶々丸だけは、魅了に捕まってフラフラ状態だったけど。それも織り込み済みで、ムッターシャも指揮してたのだろう。

 ルルンバちゃんも、相変わらずの不沈艦ぶりを発揮して前衛も問題無し。そして何故か、ラミアの討伐跡地に出現する次の層へのワープ魔方陣だったり。

 そしてヒドラの方には、巨大な紺色の宝箱が。





 ――2つ目の扉も、出だしはどうやら順調な模様。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る