第394話 来栖家で午後の予定をそれぞれ決める件



 護人の運転する白バンの後を、新車の装甲車が追いかけての峠越え。そして昼前には、2台の車は無事に来栖邸の前へと辿り着いた。

 護衛役のレイジーは、自分の縄張りへと戻って来て清々しい顔でひと伸びしている。それとは逆に、お客が急に増えて昼食準備に大慌ての紗良だったり。


 怜央奈も、知り合いの突然の訪問に驚いた顔をしている。そして出戻りとなった土屋にも、お帰りと温かい言葉を投げ掛ける姫香である。

 この人見知りの激しい女性だが、意外にも来栖邸の近くの住人のウケは悪くなかった模様。それを知って、隣の柊木ひいらぎはニマニマした笑顔を浮かべている。


 そんな柊木は勝手に自己紹介を始めて、これからお世話になりますと年下の少女たちに自己アピール。戸惑う女性陣だが、まぁ悪い人では無いだろうなと判断したよう。

 こちらこそよろしくと、良く分からない挨拶が交わされる。


「それよりこっちの土屋さんなんだが、前は町の廃屋にテントを張って住んでたそうなんだ。町の自治会が家屋の修繕をするまで、良い仮宿は無いかな?

 最悪、ウチのキャンピングカーで暮らして貰うって手もあるが」

「う~ん、それなら……あっ、お隣さんの4件目で良くない? 片付いてないけど、部屋数は多いし取り敢えず雨風はしのげると思うよ。

 お客さんがいなければ、ウチでも良かったんだけどね」

「そうだねぇ、台所や2階はボロッちいけど……居間と教室に使ってる和室は、比較的キレイだし大丈夫じゃ無いかな?

 でも寝具が無いかな、ウチの予備はお客さんに使ってるし」


 世話焼きの血が騒ぐのか、紗良と姫香はこの2人の女性の住居問題にすぐに飛びついて来た。お昼を食べ終わったら、買い物班と家の片付け班に別れようかと相談を始めている。

 その人手として、当然のごとく組み込まれるお泊まり組の面々だったり。その辺は容赦が無いと言うか、どうせ暇をしてるなら使ってしまえと。


 陽菜やみっちゃんも、使われて当然と言う表情で仕事のり分け待ち。内心では、楽そうな買い物班がいいなぁとかは思っているかもだが。

 怜央奈は甲斐谷を相手に、お互いの最新情報を交換している。おっとりした性格の彼女だが、こんな時は割と早口にまくし立てて騒がしい事この上ない。


 お泊まり組の中でも一番のお喋りさんで、そのせいか色んな情報に割と詳しいと言う。広島市のみならず、その周辺の探索事情に詳しいのは彼女が一番だ。

 色んなダンジョンにも挑戦しているようで、彼女が撮影した動画はこの1年でかなりの数アップされている。戦力には数えられないが、そう言う意味では探索者全体の情報収集に貢献しているとも言える。

 そんなルートで、甲斐谷チームとも親しいみたいだ。


 取り敢えず、お客さんの分の昼食もお願いとの家主の護人の言葉に。紗良は了解しましたと、他の面々にテーブルの支度を頼んでキッチンへと引っ込んで行く。

 最近はすっかり助手の仕事に慣れた、星羅せいらもそれを手伝いに同行する。それを見た土屋と柊木は、アレが例の三原の“聖女”かとキョトンとした顔に。


 パッと見、どこの家庭にもいる気立ての良いお嬢さんって感じである。そんな彼女は、嫁入り修行で母親に料理やら家事全般を仕込まれている最中みたいに紗良につきっきり。

 いや、実際この短期間で星羅の家事能力は大きな上昇をみせている。さすがに居候の身で、日がな一日のんべんだらりとしている訳には行かない模様。

 それが本人の資質と相まって、随分な飛躍振りと言う結果に。


 そんな感じのお客さん勢の合流に、ちょっとした混乱はあったモノの。午後からは忙しくなるぞと、一部では結構な盛り上がりを見せる来栖家のリビングである。

 そうして賑やかな昼食が終わって、その間に午後のお仕事の振り分けを皆で話し合う女子チーム。結果、買い物班は紗良と怜央奈がになう事に。


 姫香と陽菜とみっちゃんは、こちらに残ってお隣さん4軒目の片づけを行う流れ。人手が足りないなら、それこそ凛香チームかゼミ生に頼っても良い。

 その辺の遠慮など、もはやこの山の上の住民たちには存在しない。来栖家での夕食会も、何かがある度に開催されるし恩は存分に売ってあるのだ。


 ついこの間も、和香と穂積の小学校デビューを祝っての夕食会が開催されたばかり。異世界チームも全員参加していたし、とにかく賑やかなお祝いだった。

 こうなるともう、ギルドと言うより家族とか親戚みたいな付き合いである。こんな辺鄙へんぴな土地での生活なので、そうでもしないと切り抜けられないって事情も当然ある。

 それを差し引いても、この山の上の住人はおおむね現状に満足している。




 自分達の仕事を始める女子チームに混じって、昼食を終えた護人と甲斐谷も行動を開始する。特に甲斐谷は、おやつ用にとサンドイッチまで包んで貰って上機嫌。

 もちろん護人も、紗良にコーヒーポットと一緒に同じ物を持たされている。これは午後からムッターシャを誘って、軽くダンジョンに潜るとの話を聞いた長女のはからい。


 いい娘だなぁとの甲斐谷の独り言は、敢えて聞き流す護人である。確かに紗良に、町の住民から縁談話が持ち上がる事も最近は増えて来た。

 ただし本人が全く乗り気でないので、今の所は来栖家の長女のままの位置。


 そもそもの現状も、身寄りのない思い切り遠縁の少女を、来栖家が引き取ったと言う経緯である。姫香と香多奈の姉妹に至っては、姉の結婚相手の親族なので護人と直接の縁も無い。

 それでも家族って成り立つし、今の来栖家の居心地の良い場所としての機能を、このまま保っていたいと願う護人である。探索チームとしても秀逸だし、地域住民にも必要とされている。


 それを乱されるのは、護人としても不本意ではある。ただまぁ、個人の恋愛事情に関しては、横からどうこう言うのも気が引けるのも事実。

 紗良に限っては何気にモテるので、実はその手の心配は尽きない。本人にその気が無いのが唯一の救いで、探索や家事手伝いで充分に自立も出来ている。

 今ではちょっとした小金持ちで、本人も今の境遇には満足そう。


 そんな家族の定義に頭を悩ませながら、護人は異世界チームのお宅へとお邪魔する。出迎えてくれたのはムッターシャその人で、丁度暇をしていたとの事。

 ザジはズブガジに乗って、どうやら町のパトロールへと向かったようだ。じっとしていられない性分の彼女らしく、この姿は町の人々も既に受け入れていたりして。


 それからリリアラは、自宅でこちらの書物の解読中らしい。最近は特に熱心で、こちらの世界の知識も物凄い勢いで吸収している最中みたいだ。

 そして肝心のムッターシャだが、スポンサーの護人の言葉に呆気なく同意を示してくれた。久し振りの探索に、心なしかウキウキしている模様である。


 探索着に着替えて来るからと、チラッと同行する甲斐谷に視線を送りつつ。彼らは以前のお泊まりで顔見知りとは言え、深い所まで知っている訳では無い。

 ただし、異世界チームはスマホをプレゼントされて以降、香多奈にその使い方をみっちりレクチャーされていた。探索動画もよく見ているので、この“皇帝”甲斐谷の実力も周知済みには違いないだろう。

 その辺は、抜かりの無いベテラン冒険者には違いなく。


「済まない、お待たせした……それでどこへ行くんだい、モリト? ウチのチームに集合掛けないでもいいのかい、ザジとズブガジは外出中みたいだけど。

 リリアラなら出動可能だよ、ボスの頼みなら彼女も断らないだろう」

「いや、今回はちょっと特殊なダンジョンに行く事になってね。敷地内の“ダンジョン内ダンジョン”なんだけど、そこに女子禁制のフロアがあるんだ。

 こちらの探索者の甲斐谷が、それなら是非とも探索してみたいと同行を願い出てくれてね。ついでにムッターシャも誘おうと思って、まぁ少数精鋭チームって訳だ。

 そんな訳でレイジーは連れて行けないんだ、済まないが今回は勘弁してくれ」


 護衛犬としてついて来ていたレイジーは、そんな言葉ではへこたれない。せめて入り口で待つつもりなのか、澄まし顔で忠犬ハチも真っ青なその忠誠振りである。

 そして何故か、しっかりと探索着を着込んだ茶々丸も側に控えていた。誰に着せて貰ったのか、ついて来る気満々である。ついでにルルンバちゃんも、新型パーツでご機嫌に控えている。


 ミケがいないのは、恐らく余所者に近付くのを嫌っている為か。家族以外には全く心を開かないのは、秘薬で若返っても変わらないミケである。

 茶々丸の背中には、ちゃっかり魔法の鞄が背負われており、おそらく紗良が支度してくれたのだろう。萌は今学期から、香多奈が小学校へと連れて行くようになって不在である。


 コロ助と学校のドックランで遊んで香多奈を待つのは、まぁ子供の護衛役が増えたと考えれば良い点である。地元の子供も、いまや仔竜の存在程度では驚かなくなっている。

 それはともかく、この子らの同行は構わないかなと、一応は甲斐谷にお伺いを立てる護人である。そして相手からオッケーの言葉を貰い、ホッと安心のため息。

 これで何とか、探索に出掛ける準備は整った。


「それじゃあ、先にこの装置を使って“アビス”にワープして座標の取得を行おうか。そうだ、妖精ちゃんがいないと使い方が分からないかも。

 ムッターシャなら分かるかな、この装置なんだが……」

「う~ん、俺じゃあ分からないかも……やっぱりリリアラに声を掛けるかい? “アビス”に訪問するなら、彼女も好奇心でついて来てくれるだろう」

「ムッターシャ、玄関先で騒いでたら嫌でも会話は聞こえて来ちゃうわよ……新しい装置を持って、“アビス”に遊びに行くんですって、ボス?

 そう言う依頼なら、私も混ぜて頂戴な」


 そんな訳で、前半の探索にはリリアラも同行する流れに。隣の家屋では、姫香の指揮で土屋と柊木の引っ越しの大掃除が始まっていてとっても賑やか。

 ちなみにこの両者は、柊木の運転で隣町まで買い物に出掛けている。紗良と怜央奈が同行しているので、迷ったり買い忘れの類いの心配は無いだろう。


 そしてこちらの準備も万端整って、敷地内のダンジョンゲート前へみんなで集合して。リリアラが何とか使い方を理解しての、ワープ装置を起動させる。

 その使い方を、必死に隣で覚えようとしている甲斐谷である。何しろ買い取った装置は、今後は自分達で運用して行かないと駄目なのだ。


 幸いにも、そこまで面倒な操作では無いようで、リリアラの手によって起動もちゃんとしてくれた。アビスリングの消費によって、一行は無事に目的地の“アビス”の16層回廊へと到着を果たした。

 そしてその内部の異様さに興奮する、ムッターシャとリリアラである。甲斐谷は購入した方の装置を使って、その魔方陣の位置情報を記憶する作業に大忙し。

 と言うより、手間取っていて全く進んで無いとも言うけど。


 護人はそれを見かねて、リリアラに再び手本を見せて貰おうと声を掛ける。彼らの経歴でも、どうやら“アビス”に侵入した事は無かったようで興奮気味の2人である。

 向こうの世界でも“アビス”は有名だったようで、“浮遊大陸”と一緒に一度はその目で拝んでおきたかった模様。そんな訳で、盛り上がるリリアラを引き戻すのは大変だった。


 そうして何とか、甲斐谷の任務もこなす事が出来てひと段落と言った所。1度来た事のある甲斐谷も、探索までは行っておらずその中の構造は興味津々の様子である。

 一緒に来たレイジーや茶々丸は、この前来たところかと逆に落ち着いている。護人の側に留まっているのは、護衛のポーズを崩さないレイジーを真似しているのかも。


 ヤンチャな茶々丸まで、そんな態度を取っているのが少々面白い護人である。ちなみにルルンバちゃんは、薄暗い通路を行ったり来たりして遊んでいる。

 どこでもマイペースなのは、恐らく彼の長所なのだろう。


 リリアラは思い出したように、自分の持っているスマホで撮影を始めていた。彼女の知的興奮が収まるまで、もう少し時間が掛かりそう。

 甲斐谷は装置の使い方の再チェックを終えて、今度は近くにあった自販機を眺めている。そこまでガッついていないのは、また今度探索に来れると分かっているからだろう。


 何しろ協会で買い取った装置は、S級の彼らのチームも当然使わせて貰える筈。そこで改めてリングを集めて、自販機の景品を収集すれば良いだけの話。

 それにしても、何て便利な装置だろうか。





 ――時代はいずれ、ダンジョン産業無しでは成り立たなくなるかも?







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