第393話 協会との取り決めが何とか纏まって行く件



「おっと、そう言えば……表に停めてある装甲車の1台は、土屋と柊木がこの町での足として使う予定で置いて行きます。これも最終的には、来栖家チームに贈呈する形になるとは思いますけど。

 2人がこの町に赴任している間は、彼女達に使わせてやって下さい」

「車までプレゼントして下さるとは、かなり太っ腹ですね。こちらもお礼として、“アビス”の自販機で購入した魔法アイテムを安く譲らないといけないのかな?」

「いやいや、そこはビジネスとしてお互いウィンウィンになるよう協議しましょう! 私も正直、そっち系の交渉事は得意じゃないんですけど。

 誠心誠意、こちらの欲しい品には値を張らせて頂きますよ」


 そう言う葛西かさいだが、本音は額に浮かぶ汗の量から察せられる感じ。護人も値段交渉は苦手だし、さてどうしたモノかと首をひねる。

 そちらは間に仁志にしと能見さんが入ってくれるらしく、その点では安心である。結果、向こうの提示した500万円で『ワープ魔方陣記憶装置』を1台売る事に決定した。


 それから、『巻貝の通信機』も売って貰えないかと言われたけど、これは次回の“喰らうモノ”の攻略で来栖家チームが使う予定。4チームそれぞれが持たないと、意味が無いので数が必要なのだ。

 それが終われば売っても良いが、そもそも“アビス”に行けば自販機での交換が可能である。そう伝えると、提出された動画のデータに間違いは無いかと逆に訊ねられる始末。

 変な所があったかなと、逆に戸惑う護人である。


「いえ、別に他意は無いんですが……“浮遊大陸”に辿り着いたり、そこで友好を築いたりと。あなた方は、常に我々の想像の斜め上を行かれてますので。

 あの動画の解析によると、来栖家チームは“アビス”と“浮遊大陸”の座標データを、既に持ってらっしゃいますよね? 出来れはそれらを、こちらの甲斐谷同伴で譲って頂きたいのですが。

 もちろん、それは別料金で依頼を出させて頂きます」

「はぁ、まぁ……“浮遊大陸”の座標については、良くして貰ったパペットたちに迷惑が掛かるかもなので、お断りさせて頂きますが。

 “アビス”の座標については、構いませんしリングもそちらの言い値でお譲りしますよ」


 それを聞いてホッとした様子の葛西本部長、甲斐谷も付いて来た甲斐があったと顔をほころばせている。護人も謎の1つが解けて、少しだけ気が楽に。

 その依頼だが、出来るだけ早い内にこなして欲しいとの事。それから出来れば、使い方も直接教えて欲しいと言うのが向こうの言い分らしい。


 実はこの装置の扱い方は、紗良と妖精ちゃんに任せて護人も良く知らない。装置が来栖邸に置いてある問題もあるし、一旦は家に戻らないと依頼は遂行出来ないと向こうに伝える。

 甲斐谷は別に構わないし、1~2泊は覚悟して来たとの事。とは言え、この町に宿泊施設など無いし、来栖邸は現在は女子のお泊まり組に支配されている問題が。

 そう答えると、甲斐谷はしまったという表情に。


「そ、そうか……そう言えば怜央奈がそんな事を言ってたな。ついうっかりしてた、前回の青空市でお世話になったからそのノリが通用すると思ってしまったな。

 う~ん、それじゃあ異世界チームのお宅にお世話になるとか?」

「まぁ、聞いてみても良いけど……キャンピングカーでいいなら、ウチのを使っても構わないよ。俺は家に招いても構わないけど、お泊まり組から何を言われるか分からないからね。

 どこの家庭も、女性陣に逆らうとろくな事にならないから」

「私の家で良ければ、1~2泊くらい泊めますよ、甲斐谷さん。ボロ家で悪いですが、キャンピングカーよりは寝室も広いかと」


 そう助け船を出す仁志支部長だが、その表情には緊張感も漂っている。温和な性格の護人と違って、S級ランクの探索者の甲斐谷は取っ付きにくい印象なのだろう。

 それは助かると、笑顔で応じる甲斐谷は良いとして。私たちはどこに泊まるのですかと、新参者の柊木は自分達の今夜の寝床が心配な様子。


 私が以前借りていた、空き家があるから心配するなと土屋女史が口にする。ただし地元の護人は、そこが本当は廃墟と呼ぶに相応しい家屋なのを知っていた。

 峰岸自治会長から、その事実を聞いた時は協会の正気を疑ったモノである。どうやら土屋女史は、その廃屋にテントを持ち込んで生活をしていたらしい。

 そちらの住居問題も、何とか早急に解決せねば。


 とは言え、護人が紹介出来るのはお隣の4軒屋の残り1軒の空き家くらいだ。そこはゼミ生の講義部屋と研究室を兼ねているが、贅沢も言ってられない状況である。

 自治会で春から、町の空き家の補修を始める決議は決まってはいるけど。今日からの入居とせわしない話なので、どうやっても間に合いそうにない。


 ちなみに現在、異世界チームのお付きをやってる協会の職員2人は、電車で隣町から通っているそうだ。仁志と能見さん、他の職員も実はそうみたい。

 江川などは、夫婦でこの町に住みたいと峰岸に相談に来たそうである。確かにこの町に職場があるのに、住む場所が無いと言うのは問題かも知れない。


 とにかく甲斐谷の今夜の宿は、何とか決まりそう……土屋と柊木に関しては、護人が助け舟を出す事になりそうだ。そんな話を挟みつつ、葛西が次に提示したのはやっぱり“喰らうモノ”の再突入の案件だった。

 甲斐谷チームを参加させることは、既に前回の取り決めで決まっている。あの厄介な“喰らうモノ”ダンジョンは、4チーム同時攻略でないと先に進めない特性を持っており。

 異世界チームと来栖家チームを足しても、あと1チーム足りないと言う。


「前回も協力してくれた、島根の『ライオン丸』に連絡はしているんですがね。向こうも遠征中に、少々地元に問題が発生したそうでして。

 新たに隠岐おきの島にダンジョンが発生して、それが思わぬ広域ダンジョンみたいなんですよ。チームの頭数を揃えてとなると、どうしてもA級チームが必要らしくって」

「それは大変ですね、こちらも“春先の異変”の際にはお世話になったし、出来る事があれば手伝いを申し出たい気はしますけど。

 こっちの案件も大変だし、参ったなぁ」

「島根チームの提出した動画も、我々は当然何度も分析したんですが。A級ランクでも危ない場面が何度かあって、正直言うと2度目の依頼はこちらも戸惑ってます。

 向こうも恐らく直感で、5層の中ボス相手は危ないなと思ったのでしょう。それを断念して、引き下がってますからね……あのチームは、A級の勝柴かつしばと残りはB級3名の編成なんですが。

 それでも、“喰らうモノ”の完全攻略は難しいかと」


 来栖家チームに至っては、中ボスにも辿り着けずに途中リタイアである。命があっただけ有り難いし、護人としても正直2度目の突入には腰が引ける。

 あれからチームで努力して、自力の底上げには成功している感触はある。とは言え子供たちの同伴は、今更ながら考えてしまう難しい問題だ。


 確かに4人チームとなると、各々の役割も大変そう。島根チームが駄目なら、最近仲良くなった愛媛チームもアリかなと護人は考えていた。

 しかし彼女らも確か4人チームで、条件は『ライオン丸』と一緒かも。


 葛西も広島近辺のA級チームについて、そんな感じで説明してくれている。どこも地元がごたついていたり、人数が少なかったりで条件が合わないみたい。

 だからと言って混成チームとなると、相性などで揉めた時に大変。A級同士の喧嘩となると、“アビス”で見たように戦闘ヘリが墜落くらいでは済まなくなる可能性も。


 護人としても、なるべく早く再突入した方が良いと常識では分かっている。同時に、もう少しチーム強化をしてからと踏ん切りがつかないのも事実。

 時間は敵に有利に働く、ダンジョンは時が経てば成長して階層を増やすのは探索者なら誰でも知っている。向こうに準備する時間を与えるのは、確かに戦術的に愚策ではある。


 とは言え、ダンジョンを完全に破壊する術も知らずに、難関ダンジョンに突っ込むのもよろしくない。無理して無駄に命を散らすのも、貴重な戦力の無駄遣いには違いなく。

 問題はそこにもあって、例え最深層に辿り着いても肝心の“喰らうモノ”の息の根を止められるのかと言う疑問点が1つ。そこがクリア出来なければ、根本の解決は永遠の先送りである。

 それはまぁ、どのダンジョンにも言える事ではあるけど。


 ひょっとして、近い未来に探索者の数と質が安定したあかつきには。ダンジョンも産業に発展して、貴重な資源の採集場所に成り果てる可能性も当然ある。

 現状では、オーバーフローに怯えながらの地域ごとの曖昧な管理と。探索者の数が足りずに、広域ダンジョンの管理ともなると他地域からレイドを募る有り様である。


 レベルアップやスキル取得の力におぼれ、不埒ふらちな行いをする探索者も依然として多い。協会の活動も、完全に浸透しているかと問われればそうでも無かったり。

 設立から数年経っても、人間離れした能力を持つ探索者の集団の管理はさすがに難しい。ダンジョン管理以前に、探索者の管理に苦労しているのが協会の実情だったり。


 それは良いとして、葛西の結論はもう1チームが決まるまでもう少し待ってくれとの事。取り敢えず1度は4チームで攻略して、休止状態にすべきとの判断みたいだ。

 とは言え、A級探索者に依頼を出して、こんな辺鄙へんぴな場所に来て貰うのも大変だ。丁度良い強さのチームは限られて来るが、見付かったら甲斐谷チームと共に派遣してくれるそう。

 今回はそんな取り決めで、チームが決まり次第に連絡するとの事で決定した。


「ちなみに、岩国の『ヘブンズドア』のヘンリーが捕らえた“ダン団”の実行部隊ですが。岩国の米軍基地に連れ帰ったそうで、その後は音沙汰おとさたナシですね。

 スキル所有者を安全にろうに捕らえる方法も、現状では存在しないので。恐らく向こうで始末した可能性もありますが、情報は全て吸い取ったとの事です。

 協会としては、協力の感謝を伝えてその件は深堀りしない事になりました」

「あぁ、まぁそっちの件については専門家に任せます……自分は協会の職員でも、ましてや軍人でもありませんから。

 ただし、家族を守るためにはあの手の連中にも対処はしますが」

「土屋と柊木にも、この町の周辺警護の話はつけてあります。少なくとも、怪しい連中が入って来るような事態があれば、今後は真っ先に対処してくれるでしょう。

 あれでも2人とも、それなりに優秀ですから」


 そうなのかと、護人は再び目の前に座っている女性たちに目を向ける。小柄な土屋と軽薄そうな柊木の若い女性コンビは、頼もしそうには全く見えない。

 それでも監視と言うか、町に警護の目が増えるのは素直に有り難い。葛西本部長の言葉には、素直に頷いて改めて礼を言う護人であった。




 そんな感じで、長かった葛西本部長との会合はようやく終わりを迎え。改めて装置を譲り渡して、おまけにとアビスリングを10個ほどつけてあげる約束に。

 ブース席から立ち上がると、甲斐谷から“アビス”へはいつ行こうかとさっそく質問が。向こうは出来れば早い方が良いらしく、今からでも良いそうな。


 土屋女史と柊木のコンビも寄って来るが、口下手なせいか土屋は何も口にせず。仕方なく、年下らしい柊木が赴任の挨拶を勢いよく喋り始める。

 途中でひげが似合って無いとか、こんな田舎でやってく自信が無いとか、色々と本音が垣間見える発言も混じってた。その度に土屋の肘鉄が、鋭く後輩のわき腹にヒットする。


 まぁ、割と良いコンビなのかも知れない……腕が良いかどうかは、まだ全く分からないけど。とにかく本部長の葛西は、最後に護人に握手を求めて来て、これにて広島市へと戻って行くそうな。

 仁志支部長と能見さんも、今回の会合が無事に終わってホッとした表情。護人も家に帰ろうかと、残った3人に取り敢えず昼食に招くよと口にする。

 その席ででも、改めてこの後の計画を話し合えば良い。


「おっと、それは助かるな……怜央奈も今、そちらの邸宅にお邪魔してるんだっけ? ダンジョンも一緒に潜ってるのかな、俺も近場に良い場所があればひと暴れして行きたいな。

 ほらっ、この前紹介して貰った異世界チームのリーダーと一緒にさ。腕前を競ってみたいって、会った時からずっと思ってたんだよ」

「それなら……家の敷地内に、ピッタリのダンジョンはあるけどな。ムッターシャが同行するかは、話してみないとちょっと分からないな。

 向こうも最近は暇みたいだし、言えばついて来てくれるかも」

「あらら、早速ダンジョンに潜る計画の話し合いですか? 男性陣ってば、本当にお盛んですねぇ……私たち女子は、家の中で紅茶でも飲みながら世間話でもしてましょうか、先輩?

 赴任早々、こき使われるのも嫌ですもんね」


 柊木はこちらをそう揶揄やゆして来るが、確かに甲斐谷はそう言う意味ではアグレッシブである。そんな彼を招こうと思ってるのは、例の“女子禁制ダンジョン”。

 ムッターシャも来てくれれば、何と言うか最強の布陣で攻略が出来るかも。本当は、お隣さんの隼人や大地を誘おうかと思っていたが渡りに船である。

 その手間が省けるのなら、こちらとしてもラッキーかも?





 ――ついでに格上の戦い方も、すぐ側で見学出来るなら尚更だ。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る