第392話 日馬桜町に本部長が2度目の来訪を果たす件
その日は朝から
お泊まり組を歓迎するための、お花見バーベキューは一応の成功に終わったモノの。探索以外にお出掛けイベントしたいよねと、計画を練っている女子チームである。
とは言え、末妹の香多奈は小学校もあるし、やるとするなら週末だろうか。そんな話をしていると、紗良が思い出したように今日は護人さんは協会に出掛ける用事があったねと口にした。
どうやら市内の協会本部から、トップのお偉いさんが来訪するそう。その関係で能見さんが、物凄く神経張って準備してたそうだと報告して来る。
噂によると、一緒にS級の甲斐谷も来るそうな。
「えっ、それはまた何で……? 偉い人の護衛とかなのかな、それとも護人さんに用事があって会いに来るとか?
確か怜央奈は、あの人達と親しいんだっけ?」
「うんまぁ、親しいけど仕事の話はあんまりしないかなぁ? 今回来るのは知ってたけど、それは向こうも私がこの町にお泊まりしてるのを知ってたからで。
そうで無かったら、多分教え貰って無いかも?」
「アレの件じゃ無いかな、ほら“喰らうモノ”の再突入の話し合い。高い確率で、甲斐谷チームが次の突入に参加するのは決まってるだろうし。
それか、もしくは
その件もあったわねと、紗良の発言に呑気な姫香の返答である。それなら納得は出来るし、市内まで1時間ちょっとなので移動も大仕事と言う訳でもない。
“アビス”の自販機で入手した、アイテムも売るんだっけと姫香が口にすると。その“アビス”に1度、みんなで行ってみたいよなと陽菜が話しに乗って来る。
みっちゃんと怜央奈もそれに同意して、何か伝手みたいなモノは無いかと問うてみるに。うっかり口を滑らして、それが可能な装置が家にあるよと姫香の返答。
それに大興奮するお泊まり組の面々、詳しい使用条件を聞き出すに確かに家から直行“アビス”は可能っぽい。それじゃあ次の探索先は決定だねと、意気の上がる一行である。
現在の女子チームは、朝の散策&畑のチェック中と言った感じ。全員がジャージ姿で、畑の作業にも対応が可能である。散歩ついでに草むしりをしたり、昼と夕食用の野菜を収穫したり。
散歩に同行するのは、ツグミと茶々丸と飛行ドローン形態のルルンバちゃんだ。ミケと萌は家の中でお留守番、まぁこれはいつもの行動なので特に言う事も無し。
そんな呑気な会話をしながら、一行は散策を続ける。
それから目的の畑に辿り着くと、紗良と姫香の指示で野菜を収穫したり草むしりをしたり。むしった雑草は、茶々丸が全部食べてくれるので超エコである。
放っておくと、野菜まで食べてしまうのでそこは監視が必要だけど。ヤンチャなこの仔ヤギ、集団生活で段々と節度ややったら怒られる事を学んで来たみたい。
その点は評価出来るけど、まだまだ元気が過ぎて困った三男坊である。
その頃の護人だが、無事にキッズ達とコロ助を小学校に送り届けた後。家の古い白バンを走らせて、植松の爺婆の家へと朝からお邪魔していた。
そして田植え後の田んぼの様子の確認とか、お泊まり組がいる間に行うイベントの打ち合わせとか。そんな事柄を話し合いつつ、それから放課後の香多奈たちの様子もさり気なく聞き出す。
一緒に行動するようになった、和香と穂積は普段から仲の良いご近所の友達ではある。それでも小学校に通うようになって、環境も大きく変わったのも事実。
その辺の様子とか、普段の行動はお隣さんの護人には良く分からない。その点、植松の爺婆は放課後に顔を合わせて、学校での話とかも聞いている。
少なくとも、自分よりは子供たちの感情を拾えている筈。
「アンタ、
私らは、協会に務めとる能見さん辺りがええと思うちょるんじゃが。護人も去年、夏にキャンプに誘うとったじゃろ。
そろそろ子供達抜きで、デートに誘っちゃどがいなね?」
「いや、いやいやそんなんじゃ無いから……今の時期に嫁さんなんか貰ったら、せっかく築いた子供との
せめて香多奈が、中学卒業するまではその話は出さないで」
そんな話はどこ吹く風で、紗良ちゃんも若いけどしっかりしてるよねと。爺婆の妄想と言うか願望は、はやくひ孫の顔が見たいのその一点に尽きるよう。
何とか話をはぐらかしながら、約束があるからとその場を後にする護人。くれぐれも子供たちの面倒を頼んだよと、保護者としての体面は忘れずに。
その後所用で、自治会長の峰岸と十数分ほど話した後、護人の運転する白バンはようやく協会支部方面へ。これでも予定の時間より、10分以上は早い到着となる筈。
レイジーは白バンの後ろを占領して、いつになくリラックスムード。日馬桜町の協会支部に車が近付くにつれて、それが段々と警戒する顔付きに。
護人も何となく感付いたが、甲斐谷の同行は前もって知らされている。強者のオーラをこんな距離から感じられるようになるとは、何ともお互い人間離れして来たモノだ。
もっとも、レイジーは由緒正しいハスキー犬だけど。
そう言えば、友達のブリーダー兼ドックトレーナーの
向こうの取引先で、同じように探索に護衛犬を同行させた連中も何組かいたそうなのだが。“変質”せずに無事だったのは、ほんの4割程度だったらしい。
動物はどうやら、人間よりも魔素の影響を受けやすいみたい。その影響を耐えた護衛犬から、レベルアップやスキル取得の兆候を見せた犬は皆無との事。
そんな無茶は許すなよと、愛犬家の護人は友達にラインで文句をぶつける。まぁ彼も商売だし、もちろん取引先にも犬を道具のように扱わないでくれと苦言を呈している筈。
とは言え探索者を相手に、自身の安全度を上げる工夫を責める訳にも行かない。それでももどかしい思いは、どうしても胸中に湧いてしまう護人である。
そんな主人を
そんな事を考えてる間に、白バンはいつもの駐車場へ到着した。
そこには見慣れぬ装甲の大型車が、既に2台横に並んで駐車されていた。同じ型の色違いだ、恐らく協会の本部長が乗って来た車だろう。
2台あるって事は、結構な人数でこの町に来たのだろうか……多少不審に思いながら、護人とレイジーは車を降りて建物へと歩き出す。
玄関前で、迎えに出て来た仁志支部長と顔を合わせて軽く挨拶を交わす。今回はレイジーも、ご主人の護衛の為に建物の中に入る気満々である。
そこは彼女の本分でもあるし、ひょっとして知らないメンツも混ざっているのかも。そう思いながら広くも無い事務所を見回すと、目的の人物は既にそこにいた。
協会本部長の
背の低い土屋とは対照的だが、護人の知識に無い人物はその女性だけみたい。葛西が立ち上がって、今日の挨拶とその女性の紹介をしてくれた。
土屋と同じく、彼の部下で
「初めまして、協会本部所属の柊木と申します……どうやら土屋先輩と一緒に、この町への赴任が決まったみたいですがっ!
私は前任者と違って、時も場所も選り好みはしませんよっ? むしろ“魔境”と呼ばれるこの土地には、人並み以上に興味を
しかも異世界の住人がいるとか、知的好奇心が騒ぎまくりっスよっ!?」
「黙れ、その口を今すぐ閉じろ、柊木……済まないね、悪気があっての言葉じゃないんだ。これでも任務には積極的に取り組む奴だし、腕は確かだから使い潰すつもりで用件を与えてやってくれ。
いや、それよりもまずは説明が先か……」
「そ、そうですね……いやまぁ、何となく分かりますが」
つまりは、またもやお目付け役的な人員が町に増えるみたいだ。その命令権を、こちらに与えて貰える的な措置だろうか。その柊木だが、レイジーに愛想を振りまいて思いっ切り無視されている。
賑やかな女性で、土屋に肘でわき腹を小突かれてようやく静かになってくれた。いや、本人は痛さで悶絶しそうな顔色に変わっているけど。
葛西も何とか真面目顔を取り
その責任の一端は、協会本部のトップである葛西が当然
もし子供に被害が出ていたら、話は全く変わって来ただろうけど。
そんな返事を貰って、頭を下げていた葛西と甲斐谷は物凄くホッとした表情に。甲斐谷もあの遠征レイドを指揮した手前、無関係を装う事は出来ないと今日足を延ばして来たらしい。
律儀な事であるが、責任とはそんなモノだろうと護人も思う。例えば子供達が余所で悪さをすれば、頭を下げに行くのは保護者の護人なのだ。
葛西は肩の荷が降りたって顔色になって、早速次の事案へ話を進め始めた。いや、次と言うよりは謝罪の一環として、謝礼品を受け取って欲しいとの事みたい。
机の上に並べられて行くのは、何と宝珠が2個に魔玉や矢弾の消耗品セット。それから、今では割と貴重な高級お菓子の詰め合わせセットに、もみじ饅頭のセットが5箱。
ついでに場違いに感じる、いりこの大袋が3つ程。
どうやらこれは、子供達の窮地を救ってくれたミケへのお土産らしい。それを見て、隣で真面目顔を
宝珠は1つが《マナプール》と言って、MPを外部に貯めて置く特殊なスキルらしい。長期戦ではかなり重宝するそうで、簡易的なMP回復薬品の役割を果たすそう。
しかも接触によって、チーム全員にMP回復の恩恵があるそうな。それは凄いスキルだけど、さてチームの誰が覚えるのが得策だろうか。
ちなみにもう1つは《異世界語》のスキルで、来栖家チームにとっては今更感がある品だ。それでも異世界チームのムッターシャやザジは、欲しがるかもなので有り難く貰う事に。
今も彼らは、お隣さんとのコミュニケーションに苦労してるって話だし。
「いや、こんなに貰って有り難いんですが……本当に良いんですか、貴重な宝珠を2つも。子供達やペットは、食べ物の方を嬉しがるでしょうけど」
「それは良かった……いやお菓子の差し入れは、こちらの土屋の入れ知恵でね。話の顛末を聞いて、お宅の猫ちゃんにもぜひお礼をせねばって話になって」
「……ワンちゃん、物凄く欲しそうなんですけど」
そして真面目に任務に取り組んでいる、相棒に向けて臨時収入のお裾分け。丁度お茶を運んで来た能見さんも、そのシーンを目にしてニッコリ微笑んでいる。
それからは、後ろで立っていた女性の部下たち2人も、同じ席についてのくだけた座談会に。もちろんこの2人も、言葉は悪いが今回の謝礼の内みたい。
つまりは三原の“聖女”と異世界チームの、付き人件監視役として。この町に滞在させる予定なので、好きに部下としてコキ使ってくれと。
具体的には2人は協会の職員の立場だが、指揮権は護人が持ってくれて良いそうな。まぁ、飽くまで人道的な見地による範囲との注釈はつくけど。
つまり危険なダンジョン探索に2人で向かえとか、そんな命令はご法度なのは当然だ。もちろんセクハラ
もっとも柊木は私は独身ですけどと、かなり変なノリのまま。
つまり三原の“聖女”については、協会側が強引に身柄を預かるって話にはならないみたい。その点は本人の意向もあるので、確かに難しい問題ではあった。
そこはまぁ、酷い話にならずに済んで身柄を預かっている護人としては一安心。聞いた話では、三原の“ダン団”組織は既に半壊の状態にあるらしい。
それで星羅の気が済むかは、ちょっと微妙な所ではあるが。
――何にしろ、お互い肩の荷が降りた護人と葛西本部長であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます