第381話 家族と助っ人勢で春の恒例行事を行う件



 その日の歓迎の食事会は、割と盛大に行われたのは当然だろう。何しろその次の日は、1日掛かりで田植え行事を手伝って貰う手筈なのだ。

 その前払いとの側面も大きく、お泊まり組もそこは遠慮などせずに御呼ばれに。ただし、事前情報が無くて幾つか面食らった点があったよう。


 その1つが、自分達より前に泊まり込んでいた居候の女性の存在である。石綿星羅せいらと紹介されたその人物、実は三原の“聖女”本人だとの話である。

 “アビス”遠征の際に、“ダン団”組織から逃げて来たのを保護したのだとの事。軽く言うけど、それって割と大ゴトだよねとの怜央奈の呟きに。

 困っていたら、助けるのは当然じゃんとの姫香の返し。


「それはまぁ、姫ちゃんならそう言うかもだけど……協会のお偉いさんは何て言ってるの、向こうの組織と揉めたら大変でしょ?」

「そうだな、この山の周辺は戦力が整ってるから良いとしても……危ない連中が、町に入り込んで騒ぎを起こした事もあったって聞いたぞ?

 批難する訳じゃないけど、その辺の事情は大丈夫なのか?」


 小声での遣り取りだが、星羅は何となく気まずそうな表情である。それを悟ってか、香多奈もそんなのは向こうが悪いのであって、星羅ちゃんの責任じゃ無いと擁護の発言。

 姉妹揃って漢気おとこぎが強いと言うか、面倒見が良いと言うか。とは言え、悪者どもよ来るなら来いと、姫香の方も鼻息が荒いのは女子として如何いかがなモノか。


 そこまでの覚悟を見せられると、お泊まり組にしてもそれ以上の批難も出来ない。もしもの時はこっちも手を貸すよと、結局は姉妹の勢いにほだされる流れに。

 それから星羅に対して、正式に謝罪するいさぎよい陽菜たちであった。星羅は友達を気遣うのは当然だと返して、それから今後の身の振り方を真剣に考え始める。


 確かにずっとこのまま、来栖家に厄介になる事など不自然と言うか厚かまし過ぎる。家長の護人が何も言って来ないので、つい長居を決め込みそうになっているけれど。

 察するに、あの人物はどうやら輪を掛けてお人好しな性格みたいである。星羅も割と田舎の出身なので、こんなお節介焼きの人達を何人か知っている。

 だとしても、やはり図に乗り過ぎるのは論外だ。


 とは言え、他に頼る当てのない星羅にとって、独り立ちするのはかなり勇気が必要だ。勇気もそうだし、先立つモノが無いと生活も立ち行かなくなる恐れもある。

 周囲の大人に相談しながら、自分でも出来る仕事を見付けるのがまず先だろうか。すぐに思い付くのは探索業だけど、あまり派手に名前を売ると元の組織に居場所を知られる恐れが。


 本当に人生ってままならないと、そんな考えにふけりながらも。盛り上がっているアットホームな食事会に、ホンワカと胸の底が熱くなる思いにとらわれつつ。

 星羅は他の女子たちと一緒に、豪華な食事イベントを楽しむのだった。




 次の日は、朝から恒例の家畜の世話で早起きをした来栖家の面々&お泊まり組の女子たち。それから朝食を食べ終わると、作業着に着替えて各自田んぼへとおもむいて行く。

 そうして間もなく、峠道を上がって来る軽トラが2台ほど。植松の爺婆と、お手伝いの辻堂夫婦が到着したようだ。予定通りの時間で、軽トラには年季の入った田植え機が乗せられている。


 この機械は来栖家にもあるけど、何しろ作付面積が割と広いのだ。今年はお隣さんの家の前の田んぼの半分にも、苗を植えて育てる予定となっている。

 ちなみにもう半分は畑となっていて、秋に植えた玉ねぎは既に収穫済み。今年はジャガイモや、大根やナスやピーマンを植える予定になっている。


 それはともかく、お隣さんの田んぼも含めて去年より作付面積は確実に増えている。ただし、お手伝いの人数も去年の比では無く増えていると言う。

 機械が届いたぞと、護人はそれを降ろす作業に早速取り掛かって行く。それから奥の田んぼから始めようかと、テキパキと段取りの指示を飛ばしている。

 お隣さん達も、今は全員外に出て指示に従って動き始める。


「さあ、田植えを手伝うぞっ……思ったより人が多いなっ、する事はあるのかな? 護人さんっ、何から始めればいいでしょう?」

「あれっ、ザジ達も手伝ってくれるの? 気合いの入った格好してるね、意外と似合ってるかも」

「そうニャ、ウチらはご近所のイベントにはゼンブ参加するニャ!」


 凛香チームとゼミ生チームはともかく、異世界チームもジャージに麦わら帽子姿で来栖邸の前までやって来てくれた。さあ仕事を振り分けろと、子供達と一緒になって待ちびている。

 護人は考えた末、チームを3つに分ける事に。幸いにも、田植え機も中古を含めて3台あるので、丁度良いだろう。2台は護人と植松の爺が操作して、中古の奴はルルンバちゃんに合体操作して貰う事に。


 彼のスキルだと、中古だろうと動けばあまり関係無いので本当に有り難い。そんな彼を姫香と組ませて、お泊り組とゼミ生チームに指示出しして貰う。

 それから植松の爺婆の所は、凛香チームの子供達にサポートに回って貰う事に。隼人も機械を使いたがるだろうし、教えながらだと丁度良いだろう。


 護人の所には、香多奈と辻堂夫婦と異世界チームに来て貰う事に。紗良は植松の婆と、皆の分の食事の準備に追われる筈なので完全フリーに。

 こんな感じでのチーム分けで、後は機械を動かして田植えをする者が1人。それからサポート役は、苗のブロックを運んだり機械が植え切れない田んぼの端に苗を直植えしたり。

 割と忙しく、あれこれ動き回る役回りが待っている。


 後はもち米を植える田んぼがあったりと、色々と細かい点はあるけれど。順次、護人か植松の爺が指示出しをして行く予定。

 そんな感じで、来栖家の春のイベントの田植えはスタートした。何と言うか、この勢いなら夕方前に全ての作業は終わってしまいそうな雰囲気だ。


 もっとも、ここが終わっても明日は麓の植松の爺婆の敷地の田植えを手伝う予定。ただまぁ、敷地面積はここの半分にも満たないので何とでもなるだろう。

 とにかく天候にも恵まれて、子供達もきゃいきゃいはしゃぎながらあぜ道を行き来している。田んぼの泥の匂いが、周囲に漂って何とも長閑のどかだ。


 お昼が近付く頃には、既に水を張った田んぼの大半には苗が植えられていた。小さな苗たちは、これから存分に日の光を浴びてスクスク育って行ってくれる筈。

 予定より順調に進んでいるのは、思ったより新人戦力の手際が良いためか。特に凛香チームの意気込みは半端なくて、それに他の面々も釣られている感じ。

 植松の爺も、この若者たちには頼もしそうな視線を送っている。


「思ったよりはかどっとるの、護人……昼から姫ちゃんの班は、お隣さんの田んぼに取り掛かったらええよ。

 いや、自分の所は自分らでやりたいかの、隼人?」

「もちろんだよ、植松の爺ちゃんっ! 午後は俺が機械を動かすから、爺ちゃんは横で見ててくれっ」

「田んぼで転んで泥んこになったのは、今の所は陽菜と怜央奈くらいかな? 他はこっちも順調だね、やっぱり人数が多いと仕事の進みも早いよね!」

「和香と穂積もお尻を水浸しにしてたけどな……こらこらっ、お握りを持ったまま詰め寄るな、和香っ」


 どうやら内緒にしていてと頼まれてたのに、凛香は思わずポロッと喋ってしまったらしい。名誉を汚された和香は、真っ赤になって姉に詰め寄っている。

 今は全員での昼食中で、来栖邸の縁側から東屋までの庭には大勢の人達が。全員が野良作業着姿で、和気藹々あいあいと紗良とお婆の作ったお握りを頬張っている。


 バーベキューも稼働中で、おかずは各自でのスタイルは大人数の時には有り難い。何しろ総勢20人以上で、ペット達も含めると物凄い騒ぎとなっている。

 ハスキー達も、おこぼれを貰おうと年少組を中心にまとわり付いていた。茶々丸も賑やかな雰囲気に誘われて、用も無いのにあちこちに出没中。


 逆にミケや妖精ちゃんは、騒ぎを嫌って各自家の中の安息のポジションに。お泊り組は積極的に、色んなお隣さん達とコミュニケーションを取っている。

 特に異世界チームの面々とは、初めて会ってカルチャーショックを受けてる感じ。猫娘のザジやエルフのリリアラなどは、確かに見た目からしてファンタジーだ。

 それでも果敢に、あれこれと世間話で仲良くなる作業をこなす2人である。



 そんな賑やかな昼食休憩も終わって、午後の作業が始まって行く。午前中の経験値のお陰か、田植え作業が初めて組も要領を覚えて来た感じ。

 どの組も流れはスムーズで、温室で育てていた苗のブロックは見る間に水の張られた田んぼに植えられて行く。朝から合間にスマホ撮影していた香多奈も、気分上々な様子である。


 そして紗良とお婆は、今度は美登利と小鳩も交えて夕食の支度に取り掛かり始めていた。一日労働に携わってくれた人たちを持て成そうと、張り切っての食事の準備が行われる。

 こんな時間から始めるのは、3時のおやつも用意する為である。そしてやっぱり持て成す人数が多いと、支度もそれなりに大変になって来る。


 外の作業はどのチームも賑やかに行われていて、午前と同じく順調に進んでいる。それにつれて、苗のブロックも段々と残り少なに。

 田んぼに張られた水は、陽光に温められて午前とは違って生温い感じ。それが心地良いのか、年少組はきゃいきゃい言いながら田んぼに入っている。

 そうなるともう、お手伝いとはかけ離れて遊びの範疇はんちゅうに。


 そして姉の凛香にちゃんとしろと叱られる、年少組の和香と穂積であった。何しろ今は、自分の家の前の田んぼの苗植え作業中である。

 兄の隼人は、植松の爺に見守られて年季の入った田植え機を操っている所。その表情はとっても満ち足りていて、泥にまみれていても全く気にならない様子だ。


 他の2チームも午前中と変わらぬペースで、ゼミ生チームも異世界チームも泥んこになって作業に勤しんでいる。驚いた事に、小島博士やムッターシャやリリアラも作業に進んで参加してくれていた。

 まぁ、他の者が全員作業をしているのに、自分だけのほほんとしている方が辛いだろうけど。とにかくそんな流れで、夕方前には敷地内の田植え作業は終わりを迎えていた。


 これは予想より随分と速く終わった計算で、護人も今年の大仕事が1つ終わったと一安心だ。植松の爺と談笑しながら、明日の予定を話し合っている。

 明日は麓の植松家の田んぼの田植えを行って、それが終わった午後過ぎからは近場の空き地でお花見をする予定。結局は遠出は断念して、人数の多さで華やかさをカバーする計画である。

 明日は20人以上の、さぞ賑やかなお花見になるだろう。


 バーベキューの支度は、既に慣れている紗良に頼めば問題無し。大人はお酒を飲むだろうから、その用意が加わる程度でオッケーな筈。

 子供達は、逆に勝手に盛り上がってくれるので心配する必要も無い。桜も割と散りかけてるけど、まだまだ充分楽しめる。花より団子な面々なので、時期を逃した桜でも文句は出ないだろう。


 そんな計画で、田植えを手伝ってくれた人たちをねぎらいつつ。春のイベントを、ご近所さんと一緒に楽しもうって感じの企画である。

 もちろん全員が参加を表明してるし、お泊り組の面々も超楽しみだとのコメント。今回の来訪で初めて会った人達とも、既に3人とも打ち解けているようだ。


 夕食前にお風呂欲しい人はどうぞと、ホスト役の来栖家はまだ割と忙しい。それでも後は夕食の宴会をこなして、明日の仕事に備えるだけ。

 明日も天候は良好らしいし、お手伝いの面々の体調に関してもうれいは無し。使った器具の後片付けをしながら、その点に感謝を捧げる護人である。

 周囲では、ご機嫌に跳ね回るペットと子供たち。





 ――こうして、春の田植え行事は賑やかに終了の運びに。







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