第374話 お昼過ぎに2つ目の扉へと挑みに掛かる件
それから来栖家チームは、一旦ダンジョンを後にしてお昼ご飯を食べに帰宅する。それからたっぷり休憩を取って、午前中の疲労を抜く作業に専念する。
もっとも子供たちのお喋りは活発で、主に探索の話とか
そして得た感想は、あの教授面白いねとの意外な高評価。アレを面白いとは変わっているねと、姉妹は揃ってそんな返事を口にする。小島博士は大人版の問題児と、来栖家ではそんな扱いだったり。
最近本を出したとか、ダンジョン研究の分野においては低くない評価を得ているらしいのだが。あの
ましてやただの隣人に過ぎない来栖家では、その暴走を止める術など持たない訳で。それでも子供にも熱心に教えてくれるし、悪い先生では無いのは確か。
星羅もキッズチームの子供達と仲良くなったようで、午後からも一緒に遊ぶ予定だとの事。近所を冒険して歩き回るそうで、楽しみだとウキウキ模様の星羅である。
良かったねと、香多奈も楽しそうに話に乗っかっている。
何にしろ、自宅での食事は本当に寛げるし、リビングでのんびりするのは最高だ。敷地内ダンジョンも悪くないよねと、姫香も利便性を主張する。
ただし“裏庭ダンジョン”だけは、やっぱり
そこで出されたお題は、せめて『鬼の出した課題』を5つ全部クリアしろとの事で。現在は実力をつけつつ、家の安全対策に奔走している次第である。
今はまだ3つ目の“ダンジョン内ダンジョン”に取り掛かっている最中で、お題クリアにはもう少し時間が掛かりそう。とは言え探索を始めた頃に較べれば、相当に実力も付いて来た筈。
“喰らうモノ”の件もあるし、頑張ってチーム力は上げて行きたい所だ。
「でも、今日中に3つ目のダンジョンの完全クリアはちょっと無理かな? さっきのエリアも、1つの扉だけで2時間近く掛かってるもんね。
暗闇エリアは、移動距離こそ少なくて済んだけど神経使ったよね」
「そうだよねっ、あと戦闘時間も3つとも割と長かったし。午後は幾つ回れるかな、扉を1つか2つが精一杯かも知れないよね」
「確かにそうだな、念の為に今日の午後探索は1つだけに留めておこうか。また次の機会に、残りの3つの扉を一気に攻略しよう。
みんな、それでいいかな?」
それじゃあ、夕方の特訓は参加出来るかなと疲れ知らずの姫香の言葉に。タフだなぁと、食後のお茶を配りながら素直に感心する紗良である。
それを聞いた星羅は、キッズ達と参加するよと前向きな発言。既にこの山の上の田舎生活に馴染んでいるようで、頼もしい限りである。
これなら来栖家も、午後も安心して探索に勤しめると言うモノ。星羅の処遇については、今の所協会の本部からも何も言われていない。
4月の青空市で、あんな事があったので一応の備えはしているのだけど。具体的には、信頼出来るご近所さんチームに、怪しい者がいたら教えてくれとは伝えてある。
要人警護までとは行かないが、この後の“ダン団”の動向も気にはなってしまう。悪い噂の実行部隊は壊滅させたとは言え、今後も注意は必要かも。
もっとも、当人の星羅はあっけらかんとして、自身の立場に
とにかく協会の本部から、さっさと連絡が来てくれれば安心出来るのだが。向こうも色々と慌しくなっているのか、“アビス”帰還から1週間が経とうとしている現在も連絡は来ない。
星羅の主張としては、“ダン団”組織に戻るのは嫌だし、治療薬代わりにこき使われるのもご免との事。それは当然の主張で、子供達も
護人もここまで連れて来た関係上、事態が落ち着くまでは
本当に、近い内に綺麗に片がつけば良いのだけれど……。
そうしてお昼休憩も終わり、一行は再び午前に訪れたダンジョンの前へ。次はどんなエリアかなと、扉に張られたプレートを眺める姫香と香多奈。
紗良もミケを肩の上に乗せて、準備オッケーと告げて来る。ペット達もヤル気は充分、特に茶々丸は
ちなみにプレートのヒントは、今度は
今度は私が前衛に出るからと、姫香は早くも護人と交渉している。さっきもあれだけ暴れたのに、防衛戦は少女の性格には合わなかった様子である。
それならと護人は、萌とペアを組んで新スキルと新装備のチェックを姫香に頼む。さっきは特殊なエリア過ぎて、見極めようも無かったのだ。
それを了解と、お気楽に請け負う姫香である。
「えっと、萌とレイジーが新スキルを覚えたんだっけ? それから萌の鎧と盾が、変わった性能付いてるんだよね。それじゃあ茶々丸から降りて、萌は私とペア組もうか?
茶々丸の午後のペア組みは、頼りになるレイジーに頼もうかな?」
「それが一番無難かな……済まないが頼んだぞ、レイジー。
午後で進むのは3層だけだ、しっかり集中力を保って行こう」
リーダーの言葉に、子供達の元気な返事。それから右から2番目の扉へと、来栖家チームは続々と侵入して行く。そして素早く、各々が周囲の状況を確認する。
そこは推測通り、太陽が地平線の向こうに沈みかけている風景が広がっていた。或いは日の出かも知れないが、薄暗い風景のフィールド型ダンジョンには間違いなし。
どこかの田舎の風景で、田畑やあぜ道や小さな山々が周囲には窺える。近くの藪から、鈴虫か何かが鳴く声が。もっと遠くの林からは、ヒグラシが合唱している。
凄く
敵の姿は見えないのだが、何故か人の姿があぜ道を歩いて来るのが見えた。そんな訳が無いと警戒するハスキー軍団、近付いて来るのは農作業終わりの夫婦に見える。
逆光で顔が良く見えないが、ここは間違いなくダンジョン内である。普通の人間がいる訳は無いと、頭では分かっているけどいきなり攻撃は物凄く
万が一って事もあるし、一方的に攻撃は取り敢えず控えるよとリーダーの指示が飛ぶ。相手は
その時、紗良がハッと思い付いたようにポンと手を打ち、もしも~しとその人影に話し掛けた。その途端、農作業着の夫婦は立ち止まって、明らかに戸惑っている様子。
そして次の瞬間、農具を振り回してこちらに襲い掛かる2体ののっぺらぼう。妖怪だぁと、変な叫び声をあげる香多奈と、向かって来る敵を迎撃に動くハスキー軍団。
実際は、見掛け程には強くは無かった敵モンスターであった。ここも妙なエリアなんだなと、護人は戦闘終了後も周囲を抜け目なく観察に掛かる。
何しろ、今から進むべき方向もよく分からないのだ。
「ビックリしたっ、今のはのっぺらぼうだったね……ここは妖怪が出て来るエリアなのかな、また変なダンジョンに入っちゃったねぇ」
「それは良いけど……紗良姉さん、さっき急にのっぺらぼうに話し掛けなかった? アレはなんだったの、急なんでビックリしたよ!」
「あれっ、知らないのみんな? 夕方の黄昏時は、
つまり暗くなった夕暮れ時で、人の見分けがつきにくい時間帯の事だね。逢魔が時ってのも、魔物や妖怪に遭遇する怪しい時間って意味だし。
昔の人は、誰か分からない人相手には『もしもし?』って語り掛けたみたい。妖怪って、『もし』の繰り返しは言えないから、そこで区別がつくそうなのよ。
電話での『もしもし』が根付いたのは、その名残だって聞いた事があるね」
そうなんだと、姫香と香多奈は妖怪の見分け方に興味津々な様子。紗良お姉ちゃんって博学だねと、感心している香多奈は昔は妖怪が本当にいたと、本気で信じているみたい。
こんな田舎に住んでいても、まだ見た事無いよねと姫香も話に乗っかって来る。そして妖精は掴まえた事あるのにねと、妹の頭の上の不思議生物を見て余計な一言。
妖精ちゃんは、妖怪なんかと一緒にするなと姫香の茶々入れに憤慨している。どちらかと言えば、妖精の方が珍しいかなぁと、紗良は心中でお隣の小さな淑女を盗み見る。
更に自分の肩の上には、尻尾が2本の猫もいるし。
そんな感じで騒いでいると、今度は藪を掻き分けて近付く影が幾つか。まだスタート地点から進んでいないのに、向こうの歓迎ぶりはなかなかに熾烈である。
今度近付いて来ているのは、どうやら籠屋が3組みたい。えっほえっほと低い声、かなり不気味で運ぶ籠のシルエットも、何と言うかナニが入ってるのって感じ。
末妹の香多奈は、夢中にスマホで撮影しながらもしも~しと大声で姉の真似事など。その途端、掛け声も動きもピタッと止まる3組の怪しい籠屋。
それから突然、籠の中から生首がニョキニョキと伸びて襲い掛かって来た。わ~っと、大声を出す香多奈はどこか楽しそう。前衛陣は、一緒に襲い掛かって来た籠の運び手と生首の対応に大わらわ。
籠の運び手は、近付いて来てようやくその正体が判明した。顔はお猿で、ただしニホンザルより相当大きい
生首に関しては、
妖怪離れしてるねぇと、香多奈の評価は正統なのかはちょっと不明。
レイジーと組んでる茶々丸は、そんなお猿の籠屋に対してもヤル気満々で突っ込んで行く。そして得意の自前の角での《刺殺術》で、相手を宙高く突き上げてまず1匹目を軽々と始末。
仔ヤギとは思えないのその戦闘能力には、前衛リーダーのレイジーも満足そう。それに負けじと、萌とペアを組んでいる姫香も相方に発破を掛けている。
新しい鎧を着込んだ萌は、愛用の黒槍を手になかなか機敏な動きを見せていた。左辺で姫香と共に壁役になりながら、近付いたお猿の籠屋と斬り結ぶ。
その最中にちょっかいを掛けて来た生首相手には、紫炎のブレスで対抗している。それを隣で見ていた姫香は、何それと驚いた表情に。
どうやら午前中の戦闘では、萌の活躍を見逃していた様子。
それは香多奈も同じで、萌ってば凄いと興奮したコメントを発している。これは新しく覚えたスキルの効果らしく、レイジーには火力で劣るけど迫力は満点かも。
ブレス合戦で負けた生首は、そのまま墜落して魔石になってしまった。2本目の生首も姫香が首を切り捨てて、これでブレスの危険も無くなり安全に。
もっとも、本家のレイジーのブレスは籠の本体まで燃やしてさすがの威力である。護人も驚きつつ、火を吐く仲間が増えたのかと何となく悟った表情に。
ツグミとコロ助も、何事もなく敵を始末し終えて2戦目も完勝の運びに。周囲を見回すと、いつの間にか出現した敵は全て消え去っていた。それを確認して、夕暮れ時の田舎のあぜ道でヤレヤレと一息つく一行。
それからさっき見た萌の戦闘風景を、なかなか凄かったねと評価する子供たち。ブレスも使えるようになったんだねと、香多奈も興奮して話している。
《竜の波動》と言う特殊スキルで、まだまだ可能な事が増えている可能性もある。期待のルーキーの躍進に、もう少しペア組んで見てみるねと姫香もノリノリ。
萌はいつものクールフェイス、と言うか何も考えていなさそう。
「そんじゃ、萌はもうちょっと私とペアを組むとして……この後どっちに進むか分かる、護人さん? あっと、ルルンバちゃんが何か興奮してるね?
何だろう、どうしたの香多奈?」
「変なドロップ品を拾ったみたい、籠の中にお酒とお餅と油揚げが入ってるの。何だろうね、これって……お姉ちゃんは分かる?」
「あれっ、それって……ひょっとして、お供えモノ的な品かも知れないねぇ?」
そう答えたのは紗良で、ルルンバちゃんが拾って来た籠を興味深そうに眺めている。近くにお稲荷様の
それじゃあ行き先はそこかなと、チームの行き先は決まった模様。
――薄暗闇の中、そんな雰囲気を吹き飛ばすほど賑やかな子供たちだった。
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