第359話 はぐれた仲間を探して見知らぬ土地へ誘われる件



「叔父さん大変っ、星羅ちゃんとコロ助が壁の向こうに消えて行っちゃった! どこ行ったの、出ておいでコロ助っ!」

「少し落ち着け、香多奈……敵はいないみたいだな、単発的なトラップかな? もう少し奥を照らしてみてくれ、姫香」

「了解っ、護人さん……壁の奥は消えかけの魔方陣しか無いみたい、これでどっか別の場所に飛ばされちゃったのかな?

 コロ助の方は、助けようとして巻き込まれたんだね。あの素早さでも間に合わなかったら、何をやっても罠の回避は無理だったかも?」


 冷静にそう分析する姫香だが、その視線は何とか手掛かりを掴もうとあちこち彷徨さまよっている。そんな魔方陣の起動の残滓は、もう少しで消え去りそう。

 そこに妖精ちゃんが飛んで来て、先程の『ワープ魔方陣記憶装置』を出せと騒ぎ出す。早くしないと手遅れになるぞと、彼女にしては切羽詰まっている感じ。


 あんな性格でも、しっかりとチームの一員としての自覚はあるみたい。慌てまくる紗良だけど、何とか装置は時間内に作動してくれた様子。

 それを眺める妖精ちゃんだが、難しい顔はそのままだ。


 どうやら読み取った座標データが、魔方陣が消えかかっていた為に相当曖昧あいまいだったみたい。これを辿ると、ひょっとして転送先にズレが生じる可能性もあるかもとの呟きに。

 それでも罠に掛かった1人と1匹を、放置する選択肢は来栖家チームには無い。話し合うまでもなく、後を追うのは決定事項には違いない。


 とは言え、チームの余力やらその辺の把握はリーダーの役目である。時計を見ると時間はそろそろ夜の8時前、夕食は食べ終わっていてその点は問題無し。

 しかし、9時を過ぎると子供達はそろそろ眠りにつく時間である。農家の朝は早いので、必然的に床にく時間も他の人より早かったりする。

 今日にしても、全員が昼からダンジョン内を歩き詰めなのだ。


 体力的にも、そろそろ限界が近いだろうし無理はさせられない。あっちを取ればこっちが崩壊的な状況は、当然だが選択の取り方が非常に難しい。

 幸いにも、妖精ちゃんが何とか後を追えそうだと香多奈に知らせてくれた。紗良と姫香は、ほぼ中身の確認もせず2つの宝箱の中身を素早く回収する。


 これでさっさと、星羅とコロ助の追跡に向かえると姫香はまだ元気をアピール。妖精ちゃんは紗良を助手に、『ワープ魔方陣記憶装置』を作動させている所。

 香多奈が熱心に見守る中、それは何とか無事に作動した。リングを動力源に、装置を中心として隠し部屋の中央にワープ魔方陣が新たに生成される。

 後はこれに飛び込んで、迷子の1人と1匹を保護するだけ。


「それにしても、三原の“聖女”は単独行動が好きなんだねぇ。心配だよね、どこに出たのか分からないのが怖いもんね?」

「本当にねぇ、変な場所に出てなきゃいいけど……彼女の今までの経歴を聞いてたけど、何だか不幸な身の上なのよねぇ。

 そんな星の下に生まれたのかな、ちょっと可哀想かも」

「とにかく追い掛けよう、準備が良ければみんなで一斉に突入するぞ」


 護人の号令に、チームの面々は固まって出来たばかりのワープ魔方陣へと飛び込んで行く。一瞬の前後不覚の感覚の後、はぐれた者も無く見知らぬ場所に無事に飛び出る来栖家チーム。

 それから、ここはどこだとさっそく周囲の確認作業を始めるレイジーとツグミ。護人は欠けた者がいないかチェックを行って、全員の無事な転移に安堵のため息。


 ところがそんな安堵も束の間、妖精ちゃんのあちゃ~と言う申し訳なさそうな呟き声が。どうやら座標のコピーが不完全だったようで、出現先に随分なズレが生じたらしい。

 ええっと驚く香多奈だが、妖精ちゃんはそれは予測出来た過ちだと何故か胸を張って謝る素振りは無し。恐らく追跡組はこの方向かなと、上方を指差してのフォローは忘れない。

 その点は偉いかもだが、さぁこの事態には参ってしまった。


 周囲はどこかの遺跡のような場所で、雰囲気から察するにどこかのダンジョン内だろうか。遺跡の天井部分は壊れていて、空には赤い月が煌々こうこうと輝いている。

 何となく不吉な印象を感じつつ、ここはどこだろうねと誰ともなしに訊ねる護人に。何故か偉そうに答えて来たのは、誰あろう妖精ちゃんだった。


 つまりは座標からして、“アビス”の上空のダンジョン内の可能性が非常に高いと。つまりは“浮遊大陸”に存在する“太古のダンジョン”じゃ無いかなとの事。

 そして最後に、簡潔なアドバイスを付け加えてくれた。


 ――つまりは、老舗しにせダンジョンはどこも癖が強いから気をつけろ、と。





 その頃、自分の意思とは関係なく転移させられたコロ助は空を見ていた。半日振りに眺めた空は、既に日も暮れていて星がヤケに近く見える。

 何でかなぁと、別に呑気に考えている訳では無いが、どうも現実逃避気味のコロ助である。何しろチームからはぐれるなんて、なかなか出来ない経験なのだ。


 一緒に飛ばされた娘っ子は、戦闘に関しては全然役に立ちそうにない。そもそもついさっき知り合った部外者で、仲間と言う意識も薄かったりする。

 それでも助けようと思ったのは、完璧に間に合うと思った目論見の甘さゆえの事。認識が甘かったなぁと、反省しつつコロ助は空から地上に視線を移す。

 そこは全く知らない土地で、彼は途方に暮れていた。


 風がやや強い印象があるが、その意味までは分からない。肝心の星羅は、さっきからコロ助の首に抱き付いてこちらも放心状態である。

 まぁ、下手に動いて仲間との合流がすれ違いになるより、ここに居座る方が安全かも。みんなが探しに来る事については、全く疑いもしないコロ助である。

 だがしかし、その完璧な作戦にもほころびが。


「あれっ、あの火の群れは何だろう、ワンちゃん……こっちに近付いてる気がするかな、ちょっと不味いんじゃ無いかなっ?」


 確かに不味い、生憎とこちらが風上で連中の匂いは判然としないけど。火の群れは恐らく松明で、その数は軽く30を超えていた。

 いや、夜目の利く連中も混じっている様だ……こちらも夜目の利くコロ助は、50を超す敵の群れを感知して立ち上がった。それから星羅に向けて、不味いから逃げるよのサインを送る。


 さすがのコロ助でも、ソロの狩りであの数は無理! 母犬のレイジーなら、或いは可能かも知れないけれど。ご主人の香多奈の『応援』やツグミの武器の融通が無い今、変に無理はしたくはない。

 星羅は焦りつつも、アレが敵対勢力だろうと素早く検討をつけた様子。動き難いミスリル装備をその場で脱ぎ捨て、剣だけ胸に抱えて準備オッケーのサイン。


 うわぁ、弁償モノだよねとの呟きは、ミスリル装備の価値を知っているからだろう。そんな事に構っていられないコロ助は、なるべく移動しやすいルートで敵から距離を取るのに必死。

 自分だけなら何とでもなるが、同伴の星羅はとにかく足が遅い。いや、まかりなりにも探索者上がりなので、そこらの同年代よりは達者ではある筈。

 とは言えハスキー犬に較べると、天と地ほどの差があるのは当然だ。


 松明の群れとの差は、進むごとに縮まっている模様である。何度も振り返って確認する星羅は、とうとう追跡者の姿を視認するに至った。

 つまりはその程度の距離に迫られて、これはどうにも逃げ切るのは難しそう。そしてその群れの主は、大半が醜い豚顔のオーク獣人の群れだった。


 それに先行して、醜い犬顔のコボルトも追跡に参加している。悲鳴を上げる星羅は、どうやら生理的嫌悪感に襲われて身の危険を感じたみたい。

 どうやら、うら若き乙女が蹂躙じゅうりんされて云々うんぬんみたいな幻影が、脳内を一瞬駆け抜けた模様。それでも疲れ切った2本の足は、どうしてもそれ以上の速度は出してくれそうもない。


 このままでは確実に追いつかれるなと悟ったコロ助は、思い切って方針転換。と言うか、他にこの窮地を救う手立ては無い様子なので仕方がない。

 思い切り反転して、コボルトの群れへと果敢に突っ込んで行く。万一彼が言葉を発せられたら、「ここは俺に任せて先に行け!」と口にしていたかも。

 それはともかく、そこからのコロ助の活躍は凄まじかった。


 不意を突かれたコボルトの群れは、為す術もなく彼の牙とスキルに倒されて行く。体格もコロ助の方がよほど立派で、その点も優位に働いたみたい。

 そんな戦いの最中に、コロ助はある違和感を抱いて戦場を見渡した。倒したコボルトの死体だが、何と消えずに地面に血だまりを作っているのだ。


 ひょっとして、ここはダンジョン内では無いのかもと、遅まきながらその可能性に気付く。そうすると、捜索チームも自分を探すのに手古摺てこずるかも知れない。

 そう考えて、多少憂鬱ゆううつになるコロ助である。


 そして肝心の星羅だが、コロ助の活躍を呑気に眺めている始末。さっさと逃げて欲しいなぁと、全部の敵を相手にする気の無い彼はテンションガタ落ち。

 やっぱり仲間が恋しいと、コロ助は一度戦場を離脱して星羅に逃げるよの合図。ようやく息の整った彼女は、また走るのと文句を口にする元気はある様子。


 そしてまた敵に近付かれると、コロ助は反転して敵の数を減らして行くヒット&アウェイ戦法。これを何度繰り返しただろうか、ようやく敵の追撃は目に見えて緩んで来てくれた。

 走り続けている星羅は、既に息も絶え絶えで歩いているのと変わらない速度。景色は段々と変わって来ているが、そんなのに気付く余裕もない。


 丘を幾つ超えただろうか、さすがのコロ助にもそんなのを優雅に数える暇は無かった。草木もまばらな荒野の風景の先に、かつては巨木の残骸が転がっていた。

 その倒れた幹はかなり太く、まだ完全に腐り切っていなかった。根っこの部分には大きなうろが空いていて、自然の創り出した小部屋のよう。

 もっとも、天井は倒れて完全に剥き出しになっていたけど。


「も、もう走れないよぅ……」


 情けない泣き言と共に、とうとう足が止まってしまった星羅だがそれもやむ無し。逃走劇は1時間以上に渡っており、さすがにそれ以上は辛過ぎる。

 ところが追手の獣人軍団は、どうやら途中で諦めてしまったよう。周囲の暗闇を見渡すも、ずっと遠くに松明の灯りが窺えるのみの現状である。


 それを見て、ようやく安堵と共にその場にへたり込む星羅。その隣のコロ助も、あの数を相手にせずに済んでホッとした表情。護衛犬の本能か、やり遂げた感もかもし出しているのはまぁ許せる範囲か。

 ただし、そこから泣き出す臨時の相棒の、心のケアまではどうしても無理。おざなりに顔を舐めてやったら、再び抱き付かれて困り果てる結果に。


 ある程度落ち付いて、とにかく臨時の宿にと目の前のうろへと避難する1人と1匹。無いよりはマシの遮蔽物に多少の安堵感を覚えつつ、ここで夜を明かす事に決定した。

 どの道、こんな暗闇の中をこれ以上歩き回るのは無理な相談だ。


 いや、そこまでこの地の外は暗くは無くて助かった。現に月明かりのお陰で、星羅が逃げおおせる程度には明るかった。その点では、ある意味とってもラッキーだったかも。

 紗良などからは、不幸な身の上だよねと一言で評されていたけれど。彼女の経歴をザックリくくれば、そうあわれまれても仕方のない星羅である。


 それでも、逆境をしぶとく生き残る強運だけは持っているのかも。今は疲れ果て、倒れた巨木の洞の中でハスキー犬に抱き付いて眠りにつく彼女である。

 その根源的な生命力が、或いは生き延びる運を引き寄せる鍵となる可能性も。


 星羅もコロ助も知らなかったが、この倒れた巨木は丁度、獣人軍団と死霊の民の領地の境目となっていた。それ故に、下手に獣人軍に深追いされずに済んだのだ。

 その運が明日以降も発揮されれば、逃げる時間を稼ぐ事は可能だろう。何しろ追跡チームの現在位置は、実は“太古のダンジョン”の14層だったりするのだ。

 そこから地上に出るにも、かなりの労力が必要となる筈。





 ――かくして舞台は“浮遊大陸”に、その続きを移されて行くのだった。






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