第358話 広島周辺の探索者&ダンジョン事情その16



 これは予知でビジョンを盗み見た、ギルド『羅漢』の高坂ツグムや“巫女姫”八神も知らない情報なのだが。突如、瀬戸内海の上空に出現した“浮遊大陸”には、4つの勢力が存在する。

 1つは一番数の多い獣人軍団、雑魚のゴブリンから始まってオーガやトロルまで集まって集落を形成している。いや、その規模は既に国レベルと言っても差し支えないかも。


 彼らの最大の強みは、その旺盛なる繁殖力だろうか。幸いにもこの“浮遊大陸”には、食糧源となるダンジョン入り口が幾つも存在しており。

 そして増える端から、周囲の勢力に喧嘩を吹っ掛けると言う無限サイクル。彼らの王は代替わりが激しく、しかし一貫してこの政策に変化は無い。


 現在の王は、オーガの“牙折り”と呼ばれる巨躯きょくの持ち主で、その強さに関しては本物だった。恐らくA級の探索者がタイマンを張っても、勝利はかなり難しいと思われるレベル。

 それに加えて、配下の将軍級にもうじゃうじゃと猛者が存在する。長年繰り返される勢力争いのせいで、この獣人軍団は精鋭揃いとなっているのは何たる皮肉か。

 そんな獣人軍団の領土は、実に“浮遊大陸”の半分にも及んでいる。


 2つ目は死霊軍団、王であるリッチキング“常闇王”を頂点に、ゾンビやスケルトンが徘徊する国である。ここの天候は常に暗闇に覆われており、まさに彼らの拠点に相応しい場所だ。

 領土と勢力こそ大きくは無いが、周囲に住まう者達の一般常識として、侵入してはならない場所に認定されていた。まかり間違ってここに足を踏み入れれば、生きては帰れないエリアには違いない。


 とは言え、徘徊しているのはやっぱり雑魚モンスターが大半である。たまに敵勢力が侵入する目的も、例えば獣人の若者の度胸試しイベントに使われていたり。

 ただし、ここの王の逆鱗に触れると生きて帰れないのは間違いのない事実。領土の奥深くには、ドラゴンゾンビや死霊騎士の一団も巣食っているのは本当。

 やぶを突いて出るのは、蛇ではなく呪いや怨霊の類いなのだ。


 3つ目は比較的いさかいの少ない、ホムンクルスの軍勢により形成された領域である。国と言う程には秩序だってはいないが、意思を得た管理者が存在している。

 長年の年月で、偶然自らの意思を得たホムンクルスの数は全部で7体。彼らは培養液で自らの仲間を次々と『生産』し、その勢力は獣人に勝るとも劣らない程。


 仕舞いにはキメラ種の合成にも成功し、その勢力は質量ともに一大勢力を築きつつあった。何しろ太古の錬金に精通している種族である、その化学力は唯一無二の武器と言って差し支えない。

 薬品での洗脳など朝飯前で、最近は捕らえた獣人たちを自らの兵へと組み込む暴挙に出る始末。その元となる素材は、地面の下の“太古のダンジョン”に潜れば幾らでも手に入ると来ている。


 つまり彼らは諍いこそ少ないが、平和主義者と言う訳では決してないのだ。異界の人間により造られた彼らは、長年の不遇なる使役により人間種族に並々ならぬ憎悪を抱いており。

 ある意味、この“浮遊大陸”で一番危険な存在かも知れない。


 そして最後の勢力は、かなり異質な存在だった。彼らは地上の勢力争いにはあまり興味を示さず、地下の“太古のダンジョン”を普段は縄張りにしていた。

 一番魔素に適応した彼らは、元は“意思を持つ宝石”だった。つまりは萌と同じく、古くから自分達は何なのかと思考を繰り返して来た存在である。


 元は1つの大きな宝石が、ある日パックリ2つに割れて。それを機に意識を持つに至り、双子の“意思を持つ宝石”として珍しい存在に成り上がった次第である。

 この双子は、ある日掘削用の魔導ゴーレムに発掘され、それを乗っ取り地上へと舞い降りた。そしてその強靭なる支配スキルにより、作業用のゴーレムやパペットを従えるに至り。


 しばし自由を満喫して、そして自分は一体何なのかと言う命題に悩みぬいた挙句。他種族の支配を嫌って、時には反撃し時には逃亡しての現在のポジションに。

 ダンジョンに仮住まいを築いて、魔素の研究に没頭したのもそんな事情からである。そしてついには、魔石から新たな従者を造る技術を得て、半ばダンジョンの真似事を始める始末。

 つまりは案外と、この2種の生物的な系統は似ているのかも?



 そんな4つの勢力が、現在“浮遊大陸”には存在して覇権を争っている。この争いは、一見現代の人類には無関係に思えるかも知れないけれども。

 彼らは揃って全員が、この大陸が魔素の流れを伝って、別の次元へと辿り着いたのを理解していた。そこに餌の豊富な自由の地があれば、欲しくなるのが生き物のさがでは無いか?


 彼らも好きで争っている訳では無い、限られた“浮遊大陸”の土地を巡って戦いを繰り返しているのだ。もし他に土地があれば、喜んでその貪欲な食指を伸ばすだろう。

 つまりはそう言う事だ、戦乱はいつの世にも存在する。


 ――好むと好まざるとに関わらず、それは災厄のように降りかかるのだ。









 尾道を拠点としている野木内のぎうち陽菜ひなは、実はギルド『日馬割』のメンバーでもある。そのギルド本部は尾道とは離れた西広島にあるけど、それは仕方がない。

 本人はその既成事実を、同じチームの兄に対して面として告げる強心臓の持ち主である。兄としては青天の霹靂へきれきだが、その所属事情がチーム運営に特に害をなさないと気付いてもいた。


 そこからは、割と自由に妹の好きなようにさせている次第である。そもそも所属チームと言っても、野木内兄妹に加えてその友達2人程度なのだ。

 それに加えて、たまに知り合いをつのったりと流動的な探索事情もあったりして。地元での探索活動には、問題が無いと言うのが大きかったりする。


 そもそも、男女交えてのチーム編成は色々と大変なのだ。例えば探索中のトイレ事情とか、更に言えばチーム内で色恋沙汰が発生するとか。

 陽菜のチームは兄妹でやっているので、その心配は半減するとは言え。それでもやっぱり、そちら方面の気遣いは多少は存在するので厄介だ。


 その点、来栖家チームなど家族での探索なのでそんな気兼ねも最小限で済む。トイレで本隊を離れる場合も、ペットに見張りを頼めば済むし。

 加えて女子チームでの探索経験も、陽菜にとっては快適でとっても楽しかった。そんな経緯もあって、最近は積極的に女子チームでの探索を企画している陽菜である。

 具体的には、例えば因島のみっちゃんを地元に呼び寄せるとか。


「今日はどこを探索するっスか、陽菜ちゃん……確か今回は、“八代三姉妹”にも声を掛けてるんスよね? とすると、向こうは4人チームだから合計6人での探索?

 女子だけ6人とは、なかなかに華やかっスね!」

「そうでしょ、動画もきっと映えるし名前も増々売れるぞ、みっちゃん。出掛けるのは、割と近場の“佛通寺ぶっつうじ自然公園ダンジョン”だ。

 広域ダンジョンだから、探索し甲斐があるぞ」

「えっ、あそこは三原じゃないっスか! 今は“ダン団”が仕切っていて、あっち方面に向かうのは揉め事の元になるんじゃ?

 大丈夫なのかな、八代姉妹もオッケー出してるんスか?」


 その辺は抜かりは無いと、探索準備を進めながら陽菜の返し。現状で三原の“ダン団”の探索者連中は、ほぼ全員が戦艦に乗って“アビス”へと向かっているらしい。

 その為に向こうの地元はスカスカで、間引きはかえって有り難がれるのだとか。そう言う事ならと、安心感が顔に拡がるみっちゃんである。


 そもそも尾道のダンジョン数は7つなので、毎週どこかしらに通っているとすぐに飽きが来る。みっちゃんの地元の因島も、たった3つでその点は同じく。

 オーバーフロー騒動の点では少ない方が安心なのだが、探索業で稼ぐには時には遠征も必要だ。そんな訳で、遠征へとおもむくのは探索者チームが良くやる行動である。

 特に広域ダンジョンは、何チームが突入しても獲物には事欠かない。


 遠征には丁度良いって感じで、近辺の探索者の間では名前が知れている。そんな“佛通寺ぶっつうじ自然公園ダンジョン”は、三原市の東に位置する元は自然公園だった。

 敷地内には『大峰山』と『竜王山』と2つの山を抱え、かつては10キロ近くの自然歩道が賑わっていたのだが。今は2つの山の頂上に、竜とロック鳥が縄張りを主張するB級ダンジョンだとの話。


 それが何層に出て来るかの、ロシアンルーレット的な楽しみも存在する、一大アトラクションと化している。いや、ランクの低い探索者は、それを引き当てると悲惨な目に遭うけど。

 そんな情報を仕入れながら、陽菜は今回の探索の同行者の説明をする。“八代三姉妹”は女性4人のチームだが、1人はほぼ撮影役で戦闘能力には欠けるそう。


 お陰でランクの高いダンジョンには潜れず、撮影場所がマンネリ化してしまって。そんな訳で、女性探索者の助っ人を探しての今回の話となったそうな。

 陽菜とみっちゃんなら、前衛能力も高いしピッタリだ。


 ランクもお互いC級で、みっちゃんは弓矢での後衛にも回れる。そんな感じで、B級の来栖家チームに追いつけと頑張っている陽菜とみっちゃんである。

 ちなみに現在は、因島から出て来たみっちゃんが、陽菜の家にお泊りしての次の日の朝である。夏の研修から仲良くなって、今では同じギルドに在籍する間柄の2人。

 その辺のギルド事情についても、2人は色々と話し合う。


「そう言えば、4月の中旬からゴールデンウイークに掛けて、姫ちゃんの所に遊びに行こうって計画はもう本決まりでいいんスか?

 怜央奈ちゃんから、一緒に行こうって誘われてるっスけど」

「そうだな、4月と5月は向こうに遊びに行って、夏はまたこっちに来て貰うのがいいかもな。まぁ、その話を進めるにしても、姫香たちが“アビス”から戻って来てからだろうけど。

 なかなかに凄いダンジョンらしいな、動画のアップが楽しみだ」

「あぁ、そうっスねぇ……私たちC級じゃ、上陸許可も下りないんでしたっけ? 難易度も高いのかなぁ、紗良姉さんや香多奈ちゃんが苦労してなきゃいいけど」


 確かになと、陽菜もポーカーフェイスで同意して自室の窓の外を見遣る。そこから見える瀬戸内海は、いつもと同じく穏やかで光の反射が美しい。

 “春先の異変”で荒れた時とは大違いのその景色は、懐かしの故郷の風景そのもの。この平和を維持したいのは、誰だって心の底から願う思いだ。

 探索業がその手助けになるなら、彼女達も本望だ。


 ――若さも手伝って、その熱量は相当なレベルの2人だった。









 “アビス”ダンジョンに突入しているのは、協会から派遣された11チームだけではない。その前に上陸した“ダン団”所属の探索者チームと、それから海軍の自衛官も数チーム先行して潜っている。

 彼らには全く熱意は無かったが、上からの指示で仕方なく仕事に従事していた。幸い装備に関しては恵まれていたので、10層程度でお茶を濁そうとの低い意志での探索同行である。


 そうして“アビス”に入りひたって既に3日、その探索業は苦行に満ちていた。何しろ最初に“アビス”に近付き過ぎて、“変異”を体験した者もチームに混じっているのだ。

 途中で体調を再び崩す者も続出して、“聖女”石綿いしわたの回復スキルも万能では無かったと知る破目に。そもそも彼らは船乗りで、探索者が本業では決してないのだ。

 いわれのない苦行を押し付けられ、意気が上がる筈もなく。


 そんなマイナス思考が、或いは悪い方へ作用してしまったのかも知れない。チームの前衛が、ダンジョン内で凶悪なトラップに引っ掛かってしまったのだ。

 それは良くある転移トラップで、慌てた時には既に手遅れ。チーム全員が、揃って別の見慣れぬ場所へとワープさせられている始末。


 そこが“浮遊大陸”の“太古のダンジョン”と知った時には、彼らは既に捕らわれの身となっていた。偶然飛ばされたのはホムンクルスの領地内で、彼らは捕虜に使い道があると瞬時に気付いた模様。

 そうして捕らえられた海軍の、自衛隊チームは全部で7名余り。屈強な彼らも、装備を奪われたら為す術も無い。そうして呪いを受けた彼らは、洗脳されてホムンクルスの手先へと成り果てて行き。

 彼らの領地拡大のために、元の地上世界へと返される事に。


 狙いは単純で、彼らはこの“浮遊大陸”と地上世界を、空間ゲートで繋ぐ役目を担うのだ。ついでに虎の子の『ダンジョンコア』も持たせて、彼らの拠点をダンジョン化してしまう作戦も行う事に。

 “太古のダンジョン”は、そんなモノも稀にドロップするのだ。とんだテロ行為だが、加担させられる海軍の自衛官に善悪の基準などは既に無い。


 何故なら彼らは洗脳されていて、命令を遂行するただの人形と成り下がっているから。そんなのは、以前と全く変わらないじゃないかと言うなかれ。

 “ダン団”に協力していた頃は、多少は善悪の判断はついていたのだ。ただし、長年勤めていた組織を抜けると言う判断は、なかなかに大変で労力を必要とするのも確か。


 その組織内で、適当にぬるくやっていても給料は貰えると彼らは思い込んでしまっていた。その判断ミスが、或いは人生の全てを狂わせてしまったのかも。

 だがしかし、彼らは既にそれをいる事もかなわぬ身となったのだ。





 ――後はただ、言われた通りの道具としてそのせいを全うするのみ。









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