第356話 妙な道連れが増えつつも最深層を更新する件



 来栖家チームの最深層の記録は、実は前回の異世界ダンジョンでの15階層である。子供がチーム内にいるため、無理をしないのがチームの戦略なのだ。

 そこまで過酷な探索は、ほとんど行って来なかったこの家族チーム。しかし今日に限っては、色々と理由が存在してもう少し探索を続ける事に。


 1つは子供達に余力があって、早めに地上の拠点に戻るのも躊躇ためらわれる点。戻ってフェリー船で宿泊しても、近くに“ダン団”の戦艦がいたらおちおち寝てもいられない。

 もう1つは、つい今しがた出来上がった理由である。“聖女“石綿いしわた星羅せいらを保護した関係上、のこのこ地上に戻ったらひと悶着起きそうで嫌だ。


 バレずに済めばそれで良いが、地上に戻る探索者チームなど必ず向こうもチェックするに決まっている。小手先の変装で、誤魔化し切れると思うのは楽観的過ぎるだろう。

 とは言え、星羅は自分が前衛装備を着込むのが面白いと思ったのだろう。香多奈に手伝って貰いながら、部屋の隅でミスリル装備を装着している。

 女性の着替えるシーンに、護人は背を背けて紳士振りを発揮する。


 そこにレイジーがすり寄って来て、こっちはいつでも出発出来るよの合図。護人が頭を撫でてやると、尻尾を振ってテンションが一気に上がって行く。

 コミュニケーションもたまには大事だ、そしてやっぱりペットの存在はこの上なくいやされる。こんな訳の分からない現状だが、とにかく前へ進まないと。


 今回の依頼は、この“アビス”ダンジョンの情報収集なのだ。つまりはなるべくあちこち移動して、色々と撮影をするのが大事って事。

 “ダン団”組織とのいさかいなど、全く計算には入っていないし正直関わりたくも無い。ただまぁ、世の中って儘ならない……気付けばいつの間にか、爆弾をチーム内に抱える破目に。


 子供達に関しては、何となく保護したこの少女にさほどの関心は無い様子。可哀想だねとの同情心は強いけど、長く関わる気もなさそう。

 それは護人も同じく、何しろ話してみると三原の“聖女”は芯の強い女性みたい。歳は恐らく紗良と同じか少し上くらいか、探索者としてのキャリアもまずまず長そう。

 恐らく、例の《蘇生》スキルを覚えて全ての歯車が狂い出したのか。


 その辺は分からないが、深く問い質しても仕方がないし意味もない。周囲を見渡せば、子供達は綺麗に休憩場所の片づけは終わらせてくれていた。

 今は妖精ちゃん指南の下で、新しく仕入れた装置を起動中みたい。近くのワープ魔方陣を、リングを使って起動させてから、新しい装置で記憶させるのだとか。


「そうするとどうなるの、妖精ちゃん? ひょっとして、離れた場所からこのワープ魔方陣に飛んで来れるとか……それって、すごい便利じゃん!」

「ふむふむ……ワープ魔方陣には、ワープ先とワープ元の2つの情報が示されているんだって。そのワープ元の情報を記憶して、リングの動力を使ってそこに飛ばす装置らしいね?

 だからリングの予備は、たくさん集めておきなさいって!」


 どうやら本当に、自宅から直接ダンジョンに通う時代が到来するらしい。ビックリ装置の出現に、ざわめく子供達だけど規制も色々あるみたい。その1つに、動力源はここでドロップするリングのみとの事。

 それはたくさん集めないとねと、俄然がぜんヤル気がマックスになる姫香。護人は冷静に、これは協会に寄付案件じゃないのかなと思ってみたり。


 こっちも準備は出来たよと、ミスリル装備を着込んだ星羅も声を掛けて来た。前衛を任される予感に、何故だかノリノリだがそれは無理な相談である。

 来栖家チームは、ハスキー達がいるのでそう簡単に敵とは斬り結べない。彼女達の機動力は並ではないし、茶々丸や姫香ですら戦闘参加が難しいのだ。


 さすがに次から16層なので、そこまで楽には進ませてくれないだろうけど。前衛役はチームにたくさんいるので、素人の彼女の出番は無い筈である。

 それより妖精ちゃんのお仕事はようやく終わって、これでここを立ち去る許可が降りそう。本当に離れた場所からワープ移動が可能かは判然としないけど、まぁとにかく出発だ。

 護人がそう言うと、は~いと子供達から元気な返答が。




 そして隊列を組み直しての、16層の扉選びからの探索再開である。16層の回廊では、結局他のチームと顔を合わす事は無かった。

 それはともかく、こちらとしては勤勉に情報を得てさっさと帰るのみ。外が暗くなれば、地上に戻っても“聖女”の同行が見咎みとがめられる危険性も低くなるだろう。


 そのミスリル装備を着込んだ星羅だが、結局は後衛陣と一緒の位置に決定。前衛向けのスキルも持ってるそうだが、さすがに剣や盾を振るった事は無いそうな。

 そしてハスキー達の戦闘能力を目の当たりにして、目を見開いて驚いている少女。単なるペットの同行だと思っていたようで、こんな強いとは思ってもいなかった様子。


 16層以降の“アビス”だが、今回は遺跡タイプでかなりラッキーだった。嫌な仕掛けの水エリアを回避出来て、出て来る敵は獣人がほとんどと言った感じ。

 遺跡エリアは雑魚のオーク兵がメインの敵で、たまにハイオークや魔術師タイプが混じって来る。フロアも広くなっていて、探索に掛かる時間も多めに計算が必要かも。

 それでもチームは順調に、まずは16層をクリア。


「この層では、リングが3個だけだったね……敵のレベルは、そんな強くなってる感じはしなかったかな。これなら、引き続き私が前衛でオッケーだよ、護人さん。

 それから、そろそろルルンバちゃんの前衛訓練にも取り掛かろうか?」

「そうだな、せっかくアームが取り付けられたのに、近接戦闘を全くやって無いからな。それじゃあ萌を下げて、ルルンバちゃんを前衛に上げようか。

 茶々丸はどうせ、前がいいって駄々をねるだろうし」

「ルルンバちゃん、前衛のお仕事頑張ってね! ソードと鞭と、それから魔銃も持ってるのを忘れちゃダメだよっ。

 波動砲は危ないから、接近戦では使用禁止だからね!」


 それに応えて、砲台ボディのルルンバちゃんは浮かれ模様で前衛へ。相変わらず驚き顔の星羅は、先程から色々と質問が止まらない様子だ。

 お喋り好きの香多奈は、そんな質問にちゃんと答えて場は一気に賑やかに。護衛役の護人は、これも情報収集の一環だと敢えて注意は行わない。


 結果、少女の名前やら経歴やら、それから本当に《蘇生》スキルを使える事がこの数分で判明した。他にも『治癒』だとか『聖属性付与』だとか、変わったスキルも幾つか持ってるそう。

 こちらが与える家族の情報が面白いのか、星羅のリアクションも賑やかである。やっぱり彼女の二つ名は、性格には全く似合っていない気がする。


 性格で言えば、紗良の方がしとやかで“聖女”のあだ名に相応しい感じも。そんな事を平気で口にする香多奈と、それを肯定する星羅である。

 紗良はひたすら恐縮するけど、3人の仲は急速に良くなっていた。そんな中、ルルンバちゃんの前衛デビューはまずまずと言った所。

 とは言え、まだ動きはぎこちなく、アーム操作はもう少し慣れが必要かも。


 今の所は、姫香が上手くカバーして前衛に全く問題は無い。茶々丸はレイジーとコンビを組んでおり、チャージばかりじゃ駄目だと怒られ中みたい。

 その結果、珍しくその場で足を使ってオーク兵を翻弄する動きを見せている仔ヤギである。それを見ていた星羅が、アレは何の冗談かなとやや白けたツッコミを入れている。


 香多奈は大まじめな表情で、ペットも心が通じ合えたら探索を手伝ってくれるんだよと返答。やさぐれた口調の三原の“聖女”も、少女のその言葉には何か思う所があったのかも。

 あなたのチームは本当にみんな仲がいいねと、多少羨ましそうな呟きに。家族で探索者をやってるからねと、自慢げな末妹の返事である。

 そんなやり取りを経て、17層も無事にクリア。


 この層ではリングが4枚に、メダルが5枚と前の層より収穫はあった。ツグミが回収したそのアイテム類を、紗良が手放しで褒めながら鞄へと入れて行く。

 そしてやっぱり嬉しそうな護衛犬の表情に、こんなチームもあるんだなぁと星羅の感想。前のチームは雰囲気良くなかったのと、心配そうに香多奈が尋ねる。


 奴隷みたいにスキルを使わされてたよと、憤慨しながらそう愚痴をこぼす少女。星羅ちゃんも大変だったんだねぇと、早くも名前呼びの香多奈のコミュ力である。

 紗良は相変わらず凄いなぁと、2人の遣り取りを横目にしながらも。順調そうな前衛の戦闘風景に、影ながらホッと胸を撫で下ろす。紗良には《蘇生》なんて大層なスキルは無いが、それでもこのチームの回復役は自分なのだと。

 多少の誇りを胸に、そう思う来栖家の長女である。



 18層のフロアだが、オーク兵に混じって小柄なオーガが出現し始めた。数もボチボチ増えて来て、半ダースから二桁近くの群れに遭遇するように。

 それでも怯むハスキー軍団ではない、自重していたスキルを解禁しての殲滅せんめつ戦は手慣れたモノ。ちなみに自重していたのは、ルルンバちゃんに前衛慣れさせるためである。


 仲間想いの彼女達だが、敵の群れに召喚士が混じっているとそうも言っていられない。経験上、オークの召喚士は厄介な格上の敵を招き寄せる事があるのだ。

 ルルンバちゃんも香多奈の教えを忠実に守って、右手の剣と左手の鞭を使っての変則戦闘振り。遠めの敵には魔銃も使用して、なかなかの万能戦士振り。


 ただし、動きにスピードが無いので、その辺が今後の課題だろうか。向こうから敵が来ないと、敵と対峙するのが少し大変なルルンバちゃんだったり。

 そんなAIロボだが、探索能力は衰えていなかった模様で何より。何しろこのチームでは、ツグミに次いでそっち系の能力に秀でているルルンバちゃんである。

 つまりは、18層の突き当りの壁に不審な点を発見したのは彼だった。


「あっ、香多奈……ルルンバちゃんが何か伝えたいみたい、ちょっと来て通訳して」

「了解っ、ちょっと待ってて!」


 家族の大半が覚えた《異世界語》スキルは、残念ながらペット達やAIロボの言語までは通訳してくれない。その言葉が分かるのは、未だに末妹の香多奈だけと言う。

 星羅もビックリしながら、前衛に追いついての状況確認。どうやら壁を壊したいみたいと、香多奈がルルンバちゃんの意思を姉に伝える。


 それにしてもこのおっさん働かないなと、星羅が護人をそんな目で見るのは仕方が無い事なのか。その心の声が聞こえたように、護人がどこからかシャベルを取り出して来た。

 そして壁に『掘削』スキルでの一突き、派手に空いた穴から秘密の部屋が覗ける事態に。おおっと驚く子供達は、早くも宝物を夢見て浮かれ模様。


 さすがミケさんと、何故かおだてられる猫も星羅には理解不能である。ルルンバちゃんの手伝いもあって、穴は見る見るうちに人が通れるサイズに拡張されて行った。

 魔法のあかりを掲げながら、一番乗りで姫香とツグミが中へと入って行く。それから宝箱が3つあるねと、姫香が家族に報告を行った途端に。

 荒ぶるニャンコの威嚇いかくの鳴き声に、騒然とする子供たち。


 咄嗟とっさに動いたのは、ここでも護人が最初だった。放たれた雷撃と共に、ほぼ一瞬でシャベルで穴だらけにされる擬態モンスターのミミック。

 星羅の中で護人の株が再び上昇する中、もう大丈夫かなとお猫様に伺う少女と言う構図。この猫も役に立つんだと、星羅の驚きの感情はそろそろ麻痺しそう。


 そして開け放たれる、残り2つの宝箱……ちなみにミミックは、魔石(中)とオーブ珠をドロップした。宝箱の中身も、派手な色合いからして期待出来そう。

 浮かれながら中身の確定作業をする姫香を、凄い体力だなぁと感心しながら見つめる星羅。正直を言うと、鎧を着た姿でついて行くだけでかなりの疲労度である。

 そして何気なく寄り掛かった奥の壁に、まさか罠が仕掛けてあったとは。


「わっ、ひゃっ……!?」

「えっ、星羅ちゃん……危ないっ!」


 それを一番近くで察知した、コロ助は偶然に《韋駄天》と言うスキルを持っていた。壁をすり抜けて倒れて行く客人を、救うべきかなと一瞬だけ逡巡したモノの。

 ご主人の驚き声に、やっぱり反応して飛びついて戻ってくるつもりが。罠はどうやらワープ移動系だったらしく、コレ不味い奴かもと思った時には既に手遅れ。


 発動した転移トラップは、1人と1匹を別の場所へと送り届けて役目を果たし終え。後には起動の終わった魔方陣が、淡く光をしずめて行くのみ。

 咄嗟の事に、チームの誰も瞬時のリアクションは出来ないまま。





 ――好事魔こうじま多し、いやしかしこんな事態は予測不能か。






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