第355話 逃走中の“聖女”とバッタリ遭遇してしまう件
今回はすぐ近くに階段があったので、それを使って16層の回廊へと降りて行く。そこは相変わらず寛げる広場みたいになっていたが、他の探索者の姿は無し。
そこに腰を下ろして相談した結果、夕食を先に済ませる流れに。時間も既に夕刻過ぎで、ぼちぼち地上に戻っているチームもあるかも知れない。
来栖家チームが20層を目指すのは、ひとえに余力があり余っているから。それは前衛陣も後衛陣も一緒だが、特に今日は後衛陣の活躍の機会がまるで無かった。
前衛陣にしても、それほど敵を
普通のダンジョンでは、1層の出現モンスター数は10~20匹程度である。そのお陰もあって、どうにも余力と言うかバランスが変な来栖家チーム。
探索ペースは相変わらず、後衛の歩みもあってそんなに早くはない。ただし、敵の殲滅スピードに限って言えば、なかなかに
何しろチームの戦力は、ペット勢を含めると物凄く多いのだ。
「はあっ、お腹空いた……紗良お姉ちゃんっ、コンロとか出して準備したらいい? お握りとか、まだ少しは残ってたっけ?」
「お握りは少しだけまだあるかな、後はカップ麺くらいしか無いけど……探索中も、出来ればちゃんとしたモノ食べたいよねぇ?」
「そこは仕方無いよ、魔法の鞄があっても調理する時間とかを考えるとねぇ? 材料を用意しといて、バーベキューとかもやっぱり場違いだろうし」
ダンジョン内でバーベキューも、ちょっと笑えるが楽しいかも。それよりテキパキと支度を始める子供達はともかく、ハスキー達の様子がヘン。
よく見れば広場の隅っこに変な箱もあるし、食事の支度の前にする事は色々とある筈。疲労は表にこそ出ていないが、集中力はどうも欠けていたみたい。
昼過ぎから夕方まで、探索に歩き詰めだったのでそれも当然か。護人はゆっくりと立ち上がり、子供達に静かにするように指示を飛ばす。
それを理解した姫香も、すかさず立ち上がってツグミを見遣る。ゴーサインを貰ったと理解したツグミは、ゆっくりと影の中へと溶けて行った。
そしてしばらく後、ひあっと悲鳴が少し離れた場所から立ち上がった。
それは明らかに若い女性の声で、緊張して武器を構え直していた姫香はアレッと言う表情に。ハスキー達も構えこそ崩さないが、
つまりは危険度は低いとの判断で、しかし護人は何となくの嫌な予感。ご丁寧にフラグを拾うのは、時間外労働だし勘弁してくれと内心で思う護人。
しかしツグミはそうは思わなかったようで、こっそりこちらを観察していた不審者を連行して戻って来た。声の主はやっぱり若い女性で、協会所属の探索者では無さげである。
姫香が無遠慮に、アンタ誰よと質問を飛ばす。初対面でも
険悪な雰囲気が一瞬流れるが、正体不明の少女の視線は香多奈の持つお握りに釘付け。それに気付いた末妹は、あちこちお握りを
それを追って、少女とハスキー達の視線もウロウロ。
「あっ、ハスキー達もお腹空いてるよね、御免ゴメン。魔法の鞄にお肉の小間切れ入ってるから、香多奈ちゃんお皿に分けてあげて。
そこのあなたも、お腹が空いてるんでしょ? どうぞそこに腰掛けて、姫香ちゃんおしぼり渡してあげて……。
あっ、茶々丸ちゃんのお野菜も用意してあげなきゃ」
「あ、あの……本当にお邪魔していいの?」
戸惑い気味の女性とは対照的に、姫香と香多奈は姉に言われた事をテキパキとこなし始めている。来栖家の不文律で、食事に関しては長女の紗良に逆らっては駄目と言うのがあるのだ。
ちなみにミケの食事は、香多奈や姫香が適当に分けて済んでしまう。和気
護人は関わりたくなかったのにと思いつつも、今更どう仕様も無いと覚悟を決める。それでも心を落ち着けるために、いったん正体不明の箱を眺めに行く事に。
それは、今は稼働していないワープ魔方陣の隣に置かれてあった。正体は自動販売機で、どうやらダンジョン内で入手したメダルが使えるみたいだ。
その交換商品は割と豪華で、見た事も無いアイテムも幾つか置かれていた。恐らくほとんどが魔法の品なのだろう、探索に便利な品もたくさん並んでいる。
そんな護人に気付いて、香多奈もその自販機を見学にやって来た。そしてある程度眺めてから、凄いねと一言。そしてご飯食べようと、どうやら優先順位はそっちみたい。
確かに護人の空腹ゲージも、そろそろ限界かも。
「ありあわせの物で御免なさいね、1泊の予定の旅行だからそんなに用意もしてなくって。アレルギーとかは大丈夫かな、1人で大変だったでしょう?
カップ麺とお握り、好きなの取って頂戴な」
「あ、ありがとう……」
「お姉ちゃん、ダンジョン探索中に仲間と
あのね、そこの魔方陣にリングを使えばいいんだよっ!」
「ミケ、それはまだ熱いよ……ミケってば、普段は勧めても食べないモノも、私たちが食べてると欲しがるよねぇ?」
そんな事を言う姫香は、既に正体不明のお客さんの素性に興味を無くしたみたい。香多奈も親切に地上への帰り方を教えているが、少女の正体には気付いてない様子。
あんな襲撃があった後なのに、何とも豪胆だなと護人は思う。ただまぁ、嫌な事こそさっさと忘れるのが、ストレスを溜めないコツなのかも知れない。
それが出来ない護人は、遠慮なくカップ麺を
一歩扱いを間違えれば、とんでもない火の粉が降りかかって来るに違いない。かと言って、彼女を探している連中に大人しく受け渡すのも違う気がする。
そもそも本当に逃走中なのか、逃げ出したのならその理由も分からない現状で。積極的にお節介を焼いても、逆効果にならないとも限らない。
子供達は呑気に、他は誰も来ないねぇと一緒に突入したチームを気遣う素振り。愛媛チームとかどうしてるかなと、今日知り合った女性たちの話題で盛り上がっている。
それを
紗良は甲斐甲斐しく、お握りも食べてねとホスト役を無難にこなしている。食事の終わったハスキー達が、家族の輪の中に入って来て寛ぎ始める。
同じく食事の終わった女性が、近くに寝そべったコロ助を恐る恐る撫で始めた。愛想の良いコロ助は、別に嫌がる事なく女性を仰ぎ見ている。
そこからは、モフモフ感触に夢中になる少女と、何なのこの人と言うコロ助のせめぎ合い。姫香や香多奈も夕ご飯を食べ終わり、片付けを手伝い始めている。
そんな中、香多奈があっちにメダルの使える自販機あったよと姉に報告。
それより護人は、先延ばしにしていた確認作業を行う事に。つまりは、この目の前の少女の身元確認なのだが。“ダン団”の
あれっ、そうだったのとの子供たちの感想には、ちょっと思う所のある護人である。迷子と逃げて来たのどっちだいとの護人の問いには、逃げて来たに決まってるでしょとの明快な返答。
そこからは、出て来る数々の不平や不満のアレコレ。
「だって、私は元々こんな場所には来たくなかったのよっ! それを戦艦に乗せてあげるとか、全然嬉しくない言葉を掛けられて連れて来られて!
挙句の果てに、船に乗ってた乗組員の半分が“変質”でダウンしちゃってさぁ……それで連中なんて言ったと思う? 是非とも聖女の力で治療してくれって!!
バッカじゃないの、そんなの全部向こうの不手際でしょ!?」
「うわぁ、聖女って清らかな女性じゃ無いの……?」
「バカね、香多奈……清らかな女性なんて、この世の中にいる訳無いでしょ?」
姫香の重みのある返答は置いといて、その後も“聖女” 石綿の愚痴は留まる所を知らなかった。組織の幹部連中は
ほぼ監禁状態の毎日、しかも仕事と称して患者をスキルで癒す日々と言う。それを聞いた子供達は同情して、それは大変だったねぇと
この辺は性格の良さがモロに出て、疑う事を知らない姫香と香多奈。いや、あの怒り様を見るに、星羅の言っている事は恐らく本当なのだろう。
それじゃあ
そんな訳で、さてどうしようと護人はこの難問に頭を悩ませるのだった。
そんな休憩時間の合間に、紗良と姫香は噂の自販機を見物しての論評会。メダルなど幾ら持って帰っても、何の腹の足しにもならないのは確定しているので。
なるべく価値のある品物と、交換するのはある意味決定事項である。そんな使命感に燃えて、姉2人は色々と品物を眺めて物色中と言う。
香多奈も参加したいけど、“聖女”の愚痴は尚も止まない様子。それを適当に聞き流し、時には
護人は悩みながらも、そう言えばさっき回収したミスリル装備があったねと香多奈に確認する。あの中に、確かフルフェイスの
それを
「ああっ、それはすごく良い案だね、叔父さんっ! そんな後衛みたいなヒラヒラの服じゃ、追手にすぐバレちゃうもんねっ。
ミスリル装備はそんなに重くないし、全部着込んで前衛の振りをすればいいよ。そんで明日まで時間を稼いで、帰りは私たちの乗って来たフェリー船にこっそり乗っちゃおう!
そしたら後は、どこに逃げても平気じゃ無いかなっ!?」
「えっ、本当に……確かにそれは良い案かもっ……ってか、私1人じゃそんなに上手く脱出計画は立てられないし。
ぜひお願いするわ、報酬はこれでいいかしら?」
そう言って星羅が差し出したのは、例のリングが20枚以上だった。どうやら彼女の所属していたチームは、5層~15層を周回して価値の高そうな物を獲得予定だったらしい。
ちなみに星羅は、これを“アビスリング”と呼んでいた。このリングはワープ魔方陣の起動にも使用が可能だし、自販機でメダル1枚とも交換が可能みたい。
そうなると、来栖家チームで交換可能なアイテムは、50枚以上の商品にまで到達する。どんなのがあったっけと、自販機を覗いてみたい香多奈は星羅を誘導する事に成功した。
そしてようやく姉妹ともども、景品チェックが可能になった。そのラインナップはなかなかで、普通に『魔法の鞄』や『鑑定プレート』や『宝珠』まで揃っている。
確認すると、それぞれメダル10~30枚で交換は可能みたい。
「それは凄いねぇ、何と交換して貰うのがお得かなっ? あっ、紗良お姉ちゃん……錬金レシピ本とかレア素材も景品にあるんだねっ!
これは激アツだね、交換して貰ったら?」
「うん、でも……メダル70枚交換のアイテムが、破格だって妖精ちゃんが言ってるの。これは絶対に交換しろって、さっきから耳元でうるさくって……」
「これの事かな、紗良姉さん……『ワープ魔方陣記憶装置』って、どうやって使うんだろうね? ひょっとして、自宅から簡単にワープ魔方陣を使って“アビス”に来れるようになるとか?
だとしたら凄いけど、まさかそんなねぇ?」
笑いながらそう口にする姫香だが、宙を飛びながら荒ぶる妖精ちゃんの態度はただ事では無さそう。マジでそんな事ってあるのと、段々と笑顔が引きつって行く子供たち。
紗良が取り出したメダルとリングは、合計で61枚だった。さっき星羅が融通してくれた20枚を加えると、何とか交換は可能である。
それを告げると、護人は鷹揚にオッケーの頷きを返して来た。と言うより、その辺の決定権は圧倒的に子供たちの方が強いのが来栖家の特徴でもある。
そんな訳で、ほぼ妖精ちゃんを落ち着かせようと言う理由で、大物の景品交換が行われた。下の取り出し口から出て来た装置は、平べったくて見た目はまるで体重計。
さて、これには一体どんな効果が備わっていると?
――ようやく落ち着いた妖精ちゃんは、満足そうにその装置を見詰めていた。
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