第353話 不意の襲撃者を難なく撃退してしまう件



 結局15分の休憩中には、どこのチームとも鉢合わせせず。来栖家チームは話し合った末、もう少し深くまで潜る事に決定した。

 時間はまだ5時にもなっておらず、今帰ったら少々気まずいとの判断だ。他の10チームは、恐らくもっと稼働して深くまで潜っているみたい。


 別に競う訳では無いが、少なくない給与は発生しているのだ。その貰ったお金分は、せめて働かないと協会からの信用を失ってしまう。

 まぁ、ぶっちゃけ協会から信用を失う程度なら問題はない。ただ、他のチームから信用を失うと、今まで築いて来た横の繋がりが揺らいでしまう。

 それだけは、苦労して得た関係だけに勿体無いかも。


「このリング、ちょっとだけここに置いておきましょうか、護人さん。そしたら他のチームが万一困ってても、これを使って地上に戻れるじゃないですか」

「さっすが、紗良姉さんは優しいねぇ……妖精ちゃん、幾つ置いとけば地上に戻れるの?」


 姫香の言葉に、妖精ちゃんはピースでの返答。つまりは2個あれば、地上に戻る事が可能みたいだ。とすると、1個で6階層にワープ出来るのかも知れない。

 そうして自分達のレベルに合った階層で修練が可能なら、この“アビス”ダンジョンは悪くない施設なのかも。入り口も20以上あるのだ、選び放題である。


 その可能性に子供達も気付いて、それは面白いねと議論し始める。とは言えもう1度6階層から入り直すより、11階層に挑戦は決まりっぽいけど。

 ちなみにメダルを使う施設は、回廊を歩いて他の広場を覗いてみたけど見当たらなかった。あるとしたら、次の回廊あたりかも知れない。香多奈が、穴を伝って飛んで行ったら分かるねと、家族を見ながら無茶振りを口にする。


 こんな深くてくらい穴の中を、マントの力を借りて飛ぶのは御免こうむりたい護人である。それは妖精ちゃんも同じらしく、“アビス”の深淵は怖いんだぞと一言。

 つまりは何が潜んでいるのか、どこに繋がっているのか完璧に不明らしい。


「それは怖いな、そう言えばあの有名な言葉は誰が言ったんだっけな? 『深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ』ってな。

 確か、昔の哲学者か誰かだっけ?」

「ドイツの哲学者、ニーチェですね……確か、怪物と戦う者はその過程で自分自身も怪物にならないよう気をつけなさいって意味だった筈です。

 私たち探索者にも、ピッタリ当てまる言葉かも?」

「本当だよね、スキルとかレベルとかで一般人より強い力を得てるけどさ。それを勝手気儘きままに振るったら、モンスターと一緒なんだよね。

 ちゃんと理解した、香多奈?」


 そんな事しないよと、コロ助を撫でながらの末娘のむくれ気味の返答。考えてみれば、ハスキー軍団なんて“変異”で狂暴化していない事自体が奇跡である。

 そう思うと、ニーチェの言葉はやたらと重く聞こえて来る不思議。探索者も同じく、そう言えば“ダン団”も同じダンジョンに潜っているのだったか。


 彼らこそ、一度自分達の行動がどこから来ているのか己の心と向き合ってみるべきだ。欲望にまみれての行動ならば、深く反省する良い機会ではないか。

 そんな事を思っても、所詮しょせんその言葉は相手に届く事は無い。諦めつつも、何事も無い事をひたすら祈りながら、来栖家チームは11層の扉前へ。

 今度は香多奈が選択、それは家族での取り決めでもあったりして。


「えっ、本当に私が決めていいの? 変なエリアを引き当てても怒らないでよ、姫香お姉ちゃん」

「怒らないよ、さっき私が変なエリア引き当てちゃったし。あんたなら、ナンチャッテ予知で少しはマシな選択が出来るんじゃない?」

「まぁ、そこまで便利なスキルでも無いとは思うけどな。誰がどれを選んでも、大した違いはないし誰も怒ったりしないからな。

 それじゃあこの扉から入るぞ、みんな」


 そんな訳で3度目の扉選択は終了、ハスキー軍団を先頭にフロアに突入してみると。そこは湿っぽくはあるけど、例の水フロアでは無かったみたい。

 ちゃんとした空気が存在するし、動きを縛るデハブも無い。雰囲気的には、1~5層の遺跡型フロアによく似ている。水溜まりが点在している所もそっくりで、それを見た紗良はげんなりした表情に。


 ハスキー達に関してはお構いなしで、さっそく先行して探索を始めている。本当に仕事熱心で、早くも敵と遭遇して戦闘を始めている。

 出現したのはパペット兵士とインプの混成軍らしい、その辺も最初のフロアと似ている。それらを問題無く蹴散らして行くハスキー軍団、茶々丸と萌もそれをお手伝い。


 敵の密度と硬度は、確かに最初の層より歯応えはあったようである。とは言え、まだまだ物足りないハスキー達は、更なる敵を求めてダンジョンを進んで行く。

 それを見て、離れ過ぎないでねと上手く手綱を操る姫香である。しっかりと前回の反省点を踏まえつつ、探索を潤滑に進めて行くその手腕。

 少女も数々の探索で、確実に成長している証拠だろう。




 その来栖家チームの順調な歩みに、異変が生じたのは12層目での事だった。11層は何事もなく無事にクリア、階段を見付けての次の層へと降りて行って。

 12層も敵にゴーレムや大コウモリが混ざって来た程度で、特筆すべき事態は起こらず。それどころか支道の大部屋に宝箱を発見、盛り上がっての回収作業中に。


 その中身はポーションや木の実、リングやメダルと平凡だった。それらをご機嫌に魔法の鞄への詰め込み作業中に、突然ハスキー達が警戒の唸り声を上げ始めた。

 驚いた子供達が振り返って通路を確認すると、そこには見慣れない人影が4人掛かりで通せん坊をしていた。護人は素早く、脳内でそいつ等の素性を確認。

 間違いなく、協会のフェリー船で来た仲間では無さげである。


「ちっ、人違いか……若い女の気配を辿って来たら、新たに協会が派遣したチームが結構増えてるみたいだな。これじゃあ邪魔で仕方がないぜ、モンスターと一緒で適当に間引いてやらないと。

 そんな訳で、頼んだぜ御門ごもん

「まぁ待て、どっかで見掛けてる可能性もあるだろ……あんたら、ここまで潜る途中で若い女性を見掛けなかったか?

 ウチのパーティのメンバーでね、はぐれちまったんだよ」

「そんなの、バカ正直に信じる訳無いでしょ? どう見ても、あんたら悪漢が若い女性を掴まえようと追いかけ回してるんじゃないの」


 姫香の突っ込みはごもっとも、どう見ても目の前のチームは無頼漢にしか見えない。盾持ちの巨漢は反対の手にマシンガンを持ち、もう片方の前衛は何故か魔石を手にしている。

 恐らく『探知』持ちの案内人は、間引け発言をして後衛に下がって行った。こいつも銃を持っていて、人攫ひとさらいのような顔と言われればその通りかも。


 つまりは全員が悪者にしか見えず、姫香の返し文句もある意味正当性を含んでいる。ただし言い返された男たちは、額に青筋立てて凄い剣幕に早変わり。

 やっぱり間引き案件だなと、魔石を持った男が何かスキルを行使した。その途端、みるみる3つの魔石が肉をまとって、それぞれ3メートル級のオーガへと変じて行く。

 それを見て、素直な香多奈は凄いと思わず感心の叫び。


「ははっ、贅沢にも魔石(中)を3つも使ってやったぞ……B級中ボスクラスのモンスターが3体だ、お前たちには破格の相手だろうっ!?

 それっ、八つ裂きにしてやれ!」

「おいおい、俺たちの獲物も残しといてくれよ……よく見りゃ奴らの装備、なかなか上等じゃねえか。魔法の鞄も幾つも持ってるし、こりゃあ金になりそうだぜ!

 おいっ、なるべく綺麗に片付けろよっ!?」

「はいっ、悪者決定だね……返り討ちにされても、文句を並べ立てないでよ?」


 抜かせと大盾持ちの叫びと共に、ばら撒かれるサブマシンガンでの銃弾の雨。姫香は咄嗟に『圧縮』での防御、ハスキー軍団は巨大化したコロ助の《防御の陣》でしのいでいる。

 この辺は、前回の襲撃で一連の流れは心得たモノ。つまりは相手が先に手を出して来たから、反撃をしたと言う既成事実が欲しいのだ。その点は撮影者もいるし、証拠的にはバッチリだ。


 そんな訳で、熾烈しれつな反撃はまずはレイジーから。何しろ彼女は、水エリアの仕掛けのせいでストレスが溜まりまくっていたのだ。繰り出された炎のブレスは、まるで生きているかのよう。

 向こうが中ボス認定していたオーガ3体は、それを浴びて一瞬で崩れ去って行った。どうやら、言う程の強度は魔石召喚のモンスターは持っていなかった模様。

 それを見た香多奈は、明らかにガッカリした表情に。


 続いて護人の、加減した『射撃』が、相手の探索者の手や足を縫い取って行く。驚きのうめき声をあげて、その場に崩れ落ちて行く襲撃者たち。

 これでも護人は容赦しているし、ハスキー達に任せたら恐らくもっと酷い事になっていた筈。更に言うと、さすがに温厚な彼も身内に向けられた悪意には我慢ならなかった。


 とどめは茶々丸と萌のチャージだったけど、これを受けた巨漢の盾持ち前衛は割と悲惨な結果に。思い切り吹き飛んで、立派な鎧には大穴が開いている始末。

 流血も酷いし、治療しないと命の危機かも知れない。まぁ、襲撃者に同情する余地などありはしないけど。茶々丸も角を振り回して未だに荒ぶっていて、許せないと言う気持ちは大きかったみたいだ。

 彼は特に、自分やチームに悪意を向けられる事に敏感な様子。


 そんな中、割と冷静なのはルルンバちゃんのみだった。通路に倒れ込んで呻いている邪魔な悪漢たちを、片付けようとお掃除(?)を始めている。

 具体的には、アームで掴んで部屋の隅に折り重ねて行っての除去作業である。汚れ仕事を進んで行う姿勢には、護人も頭の下がる思い。


 ある程度片がついたら、護人は比較的に容態のマシな悪漢に事情聴取を行う事に。子供達は遠ざけておいて、その場には護衛のレイジーとルルンバちゃんのみ。

 まぁ、これだけでも余剰戦力かも知れないが。



 結果、分かったのは連中の探し人の名前だけと言う。その人物が何故、本体からはぐれたのか、もしくは自分から逃げ出したのかはトンと分からず仕舞い。

 連中が血眼ちまなこになって探していたのは、ある意味有名な人物だった。つまりは“聖女”石綿いしわた星羅せいらで、10階層の回廊で行方不明となったらしい。


 その割には、その場で“ダン団”の探索者達には全く出会わなかったけど。要するに、彼らは色んな扉を試して再び10層にリング&ワープ魔方陣で戻って来るを繰り返していたそう。

 そして若い女性が11層の扉を潜るのを、偶然見かけて追い掛けて来たと。何とも仕事熱心だが、来栖家チームにとってはいい迷惑でしかない。


 ついでに護人は“ダン団”の探索者が、何チーム探索中かを聞き出してみた。その数は海軍の自衛隊チームを含めても8チーム程度とあまり多くは無かった。

 どうやら連中は、功を焦り過ぎて早い時期に“アビス”に近付き過ぎたらしい。そのお陰で、大半のクルーや探索者達が“変質”に苦しんで戦力がガタ落ちしたとの事。

 それを聞いて、思い切り呆れ返る護人である。


 そして三原の“聖女”には、それすら治療する能力を備えている事実も聞き及ぶ。そんな過剰な労働をさせたせいで、逃げ出したんじゃないのかと護人の鋭い指摘に。

 相手の“ダン団”の探索者は、真っ当な意見に何も言い返せない始末。他人事だが、このまま“聖女”が行方不明になったままだと、向こうは組織として完全に終わってしまうのでは?


 そんな危機感も無く、装備の良い探索者を見付けて襲い掛かって来るとは。やってる事は、ただの野盗と同じで全く同情の余地などありはしない。

 とは言え、このまま放置も人としてどうかなと悩む護人である。


 結局は、先程回収したポーション瓶を地面に置いて、ここで1時間ほど時間を潰すよう連中を言い含める事に。万一再び追いついて来られたら、次は容赦しないとの脅し文句も一緒に投げ掛けておく。

 彼らの表情から察するに、これ以上の襲撃は無いと信じたい。もちろん銃の類いは没収して、ルルンバちゃんに完膚なきまでに破壊して貰った。


 それを見て、一層震え上がる敵チームはいっそ清々しいとさえ思ってしまう。ルルンバちゃんの砲身が自分達の方を向く度に、悲鳴が上がるのはアレだけど。

 レイジーに関しては、完全に格下を見る目付きで既に興味も失せている感じ。それでも連中が逆らう仕草を見せたら、彼女は真っ先に反撃を喰らわせるだろう。

 それにしても、噂の“聖女”は一体ダンジョンのどこへ?





 ――嫌なフラグが立った気がして、何となくソワソワする護人だった。






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