第351話 水フロアの仕掛けに大いに手古摺る件



 拾ってしまったモノは仕方がない、取り敢えずメダルを回収して先を進む来栖家チームの面々である。次は8層で、ここまで再突入から45分程度だろうか。

 扉の前で休憩時間を取ったのは大きくて、ここまで全員がさほど疲労の色は見せていない。そして8層も、出て来る敵の種類は似たような感じだった。


 その中心は、宙を泳ぐ歯の鋭い魚の群れやヒレの派手なカサゴ獣人である。たまに透明クラゲや、大イソギンチャクが通路の目立たない場所に配置されている感じ。

 水フロアの遺跡ダンジョンをいろどっていて、なかなかにあなどれない難易度となっている。それでも前の層で経験した敵ばかり、それに後れを取るハスキー達では無い。


 蹴散らして行くスピードも、姫香の言葉を受けて幾分かアップしている気も。探索ペースを縮めているのは、ツグミの新スキルの『探知』の効果もあるのかも。

 元は闇系のスキルで誤魔化していた周辺の危険感知を、しっかりしたスキルで担うようになったのは地味に大きい。進む歩みに迷いもなく、一行を正しい道に導いている。

 来栖家チーム的には、かなり大きな進歩だと思われる。


「疲れてないかい、香多奈……辛かったらすぐに言ってくれ、ハスキー達がペースアップしてるみたいだから」

「私は全然平気だよっ、新しい靴の魔法効果は凄いね! 途中休憩もいらないよ、このままどんどん進んで行こうっ」

「私も平気ですよ、護人さん……水エリアの途中でおまじないが切れるより、このペースを維持した方がずっと有利ですもんね。

 私たちは気にせず、前衛に気を配ってあげて下さい」


 紗良の言い分も良く分かる、ただ歩いてついて行ってる自分達より、戦闘や探索を頑張る前衛の方が大変なのは当然だ。優等生的な発言だが、護人にしてみればどちらも気掛かり。

 リーダーとして、一定の気配りは両方にしてあげないと。特に香多奈は最年少だし、先程は慣れないスキルも使ってチームに貢献もしてくれた。


 普段しない事をして、変に疲れるって事態も充分にあり得る訳である。とは言え本人は至って普通で、元気にスマホで撮影しながら紗良と一緒に歩を進めている。

 撮影はルルンバちゃんも行っていて、こちらは協会に提出用のデータとなっている。新パーツの魔導ゴーレムのボディだが、その動きはほとんど無音で静か。


 物騒なお腹の砲台も、ムッターシャの話では魔石エネルギーでぶっ放せるとの事。さすがに厩舎裏の訓練場では試せなかったけど、ダンジョンの低層で確認はしておきたいかも。

 そんな事を話し合っていると、ルルンバちゃん本人もヤル気になって来た模様。今日はほとんど出番が無くて、護人と共に後衛の護衛に甘んじていたのだ。

 試し撃ちの敵を求めて、いそいそと前衛陣に参加する仕草。



 その前衛陣だが、張り切るハスキー軍団のせいで本隊よりやや先行し過ぎている感も。手綱を引き締めたい姫香だが、ここに来て敵との遭遇も段々と増えて来た。

 自身も戦闘に参加しつつ、水弾を飛ばして来る大イソギンチャクを真っ二つに叩き斬る。そんなイケイケの性格が顔を出し、いつしかそんな事も忘れる破目に。


 そこにツグミの宝箱の発見の報せが、宝箱と言うよりそれは釣りに使うクーラーボックスだった。その中からはポーション600mlと毒薬600ml、魔玉(水)7個がまず出て来た。

 それから釣り糸や浮きなどの釣り用具一式が、クーラーボックス自体も普通に新品である。それから例のリングが3つに、やっぱり用途不明のメダルが3枚。


 ツグミがそれらを《空間倉庫》に回収してくれ、ホクホク顔で戦利品を喜ぶ姫香。そしてようやく、後衛陣と離れ過ぎた事に気付いて大慌て。

 魚型のモンスターも、普通に泳ぐスピードで戦場を行き来するのだ。それに合わせていたせいか、不用意に深追いし過ぎてしまった模様である。

 ただまぁ、茶々丸とのペアもいるし前後での分離みたい。


 そこはまず安心、あちこちではぐれてしまっていたら目も当てられなかった。姫香はパンパンと手を叩いて、ハスキー軍団にここでしばらく本体を待つよと通達する。

 ただし、レイジー達の視線は元来た道には向いておらず。むしろその反対側の、壁に空いた裂け目を睨み付けていた。確かにやけに不自然な、その大穴は何かの住処のよう。


 姫香も改めてその昏い穴を見遣って、ツグミに敵の気配を問い掛ける。相棒の返事は低い唸り声で、やっぱり何か潜んでいたっぽい。

 次の瞬間、それは信じられないスピードで飛び出して来た。


「うわっ、何っ……ええっ、大ウツボ!?」


 穴から飛び出して来たのは、体長が6メートル越えの大ウツボだった。最初のアタックを、やっぱり物凄い反射神経で『圧縮』ブロックに成功した姫香は大したモノ。

 噛みつかれていたら、ひょっとして人生終わっていたかも知れない。それとも新装備の竜の鱗鎧は、ある程度耐えてくれたかもだが。


 改めてそれを実験したいとも思わず、姫香はハスキー達に攻撃命令を告げる。自身も素早く斬り掛かるも、するりと憎たらしく避けられてしまった。

 結構な実力を秘めた強敵の出現に、レイジーの火力を封じられた水エリアではやや不利な気も。それでもツグミとコロ助のスキル技は、地味に大ウツボの表皮にヒットする。

 ただし、表皮のぬめりの為か大きなダメージにはならず。


 茶々丸と萌のチャージ技も見事に外れ、そのままの勢いで戦場を遠ざかって行くお茶目なコンビ。スピードは時として、諸刃の剣になる良い例かも?

 それよりこの独特な動きの敵は、スピードも攻撃力もピカ一の物を持っている。侮れない強敵の出現に、ハスキー達の表情も引き締まっての臨戦態勢に。


 姫香も同じく、連撃も呆気無くかわされての仕切り直しの距離置きに。再びの咬み付きチャージ技を、再度の『圧縮』防御で何とか防いだモノの。

 同じパターンが続けば、ジリ貧が目に見えている展開である。そして勢い良く戻って来た茶々丸&萌のペアも、再びチャージをスカされてその勢いのまま通り過ぎて行く。


 その状況を破ったのは、やっぱりエースのレイジーだった。『可変ソード』の特性を、使いながら理解していたっぽい来栖家のエースはその利用を思い付いた様子。

 そして至ったのは、その刃を思いっ切り伸ばしての半ば力技での大ウツボの捕獲作業だった。ほぼ長大な棒切れと化した刃は、そのままの勢いで大ウツボを地面へと叩き付ける事に成功した。

 そこにおっとり刀でやって来たルルンバちゃん、大物が残っている事を察知する。


 そこにすかさず試運転の砲塔攻撃、試しにフルパワーの半分の出力の設定である。地面に転がっている敵に向けての、初お披露目の『波動砲』の射出を行う。

 ちなみにこの技の命名だが、古いアニメを家族で観たのを覚えていた香多奈が行った。乾坤一擲けんこんいってきのこの一撃、自身の機体への負担も大きくて何度も使えないのが弱点ではある。


 しかしその威力は物凄くて、全長6メートル超えの敵が一瞬にして蒸発してしまった。その威力に驚いているのは、姫香ばかりかルルンバちゃんも同じく。

 ただし、発射の掛け声は欲しかったかなとか余裕もちょっとあったりして。


「すっ、凄い威力だったねぇ、ルルンバちゃん……へえっ、魔導ゴーレムの砲塔も一応は使いこなせれる様になったんだ。これは頼もしい必殺技が増えたね、お手柄だよっ!

 ただし、使う時は仲間の位置には気をつけようね」


 その威力に、多少ビビり気味の姫香の感想は当然の結果だろうか。ハスキー達も、一瞬何があったのかと固まってしまってる。ただまぁ、その手の横槍はミケで慣れてもいる彼女たち。

 すぐに理性を取り戻し、仲間を視界に入れて納得顔に。そして姫香が許したのならそれで良いと、ハスキー達の倫理観は至って単純である。


 そしてドロップした魔石(中)とスキル書を回収して、休憩しながら後続を待つ一行。姫香はハスキー軍団と反省会、スピードアップも大事だが後衛との距離も同じく大事だと。

 レイジー達も反省模様で、それば長年一緒に生活している姫香にも表情から察せられる。1機だけ涼し気な顔付きのAIロボは、他の武器も試したいなぁと呑気な思考中。


 そうこうしていると、ようやく後衛が追い付いて来た。姫香はすぐさま謝罪して、リーダーの護人に大物との戦闘を報告する。ついでにルルンバちゃんの活躍と、その威力も。

 香多奈もすかさず舌戦に参加して来て、いつもの姉妹喧嘩になりかけたけど。さすがに今回は自分が悪かったと、姫香は自分の不手際を再び謝罪する。

 そんな所は、何と言うか成長が窺える少女である。


「もうっ、そっちが謝ったら喧嘩にならないじゃん……お姉ちゃんのバカ、アンポンタンッ!」

「これこれ、謝罪してるんだから素直に受け取りなさい。それから香多奈は罵倒ばとう禁止の筈だぞ、お前の場合は『叱責』スキルが乗る事があるんだからな。

 普段から気をつけないと、その内に大事故になるぞ」

「そうだよ、香多奈ちゃん……まぁ2人の喧嘩はコミュニケーションみたいなモノだって思うけど。それよりすぐそこが階段みたいですね、護人さん。

 この層も無事に踏破出来そう、そしたらあと2層ですね」


 合流した家族チームの、いつもの遣り取りはともかくとして。紗良の言う通りに、少し進んだ場所に9層への階段を発見する一同。

 時間は夕方の4時過ぎで、確かにペースは盛り返している感じだろうか。チームの分離行動は、護人にも責任があるとこちらも反省してこの件は終了に。


 確かにチームが離れ離れになった状況で、強敵が出て来る場合だって普通に存在するのだ。その辺も踏まえて、探索中にチーム管理の微調整はとっても大事。

 ハスキー軍団の9層での位置取りも、そんな訳で至ってつつましやかな有り様で。その辺は学習が大いに役立っていて、途中の経過も順調に過ぎて行く。


 ただし、この9層でも行く手を阻む仕掛けが途中の通路に存在していた。釣り糸のような透明な紐が、行く手を阻むように通路の上下左右に張り巡らされていたのだ。

 ハスキー達ならともかく、紗良や香多奈は通り抜けに苦労しそう。ましてやルルンバちゃんとなると、どこを通るにしても糸に引っ掛かってしまう事ウケ合い。

 実際、その仕掛けを目にしてまごつく後衛陣。


「何だろう、これ……邪魔な仕掛けだね、切って進んだらダメなのかな? 蜘蛛か何かの巣みたいだね、でも水中に蜘蛛なんていないだろうし」

「壁の結び目を見ると、完全にブロックとくっ付いてるね。引っ張り過ぎると、壁とか天井が崩れて来るとか?

 あんまり刺激しない方が良い気がするね、護人さん」

「確かにそうだが、ルルンバちゃんのサイズだとどうやっても無理かな? ちょっとだけ試してみようか、糸を切るとどうなるか」


 それはルルンバちゃんの役目だねと、振られた彼はご機嫌に前に出る。人身御供と言うより、また出番を貰ったと浮かれ模様のルルンバちゃんは超素直。

 そして取り付けられたアームを伸ばして、邪魔に張り巡らされた糸の切断に踏み切るのだが。釣り糸のような細い糸は、一体何で出来ているのかどうやっても切断不能と来ている。


 仕舞いには力を入れ過ぎて、結び付けられていた壁のブロックが飛び出る始末。そして判明する、この仕掛けのエグ過ぎる効果。

 何と左右の外れたブロックの隙間から、毒や仕掛けの矢弾が噴出して来た!


 慌てるルルンバちゃんだが、実際の被害は皆無と言うスペシャルボディ。何ともチートな機体を手に入れたモノだ、本人はまだ慣れていないようではあるけど。

 小型ショベル形態の方が、ガタイも良かったし長いアームでの攻撃は威力が強かった。だがそれを差し引いても、異世界の魔導ゴーレム機体は性能が段違い。


 その事に気付いていないのは、ルルンバちゃん本人のみ。他の家族は薄々ながら、これってズブガジ並みの戦闘性能じゃ無いのかと戦々恐々としている次第。

 何にしろ、彼がその操作に慣れるまでは、周囲がしっかり手綱を握っていないと。いつ暴走して被害が周囲に及ばないとも限らないし、その辺は家族でもしっかり話し合っている。


 香多奈だけは、調子に乗って全部引っこ抜いちゃえとヤンチャな要求。やめときなさいとの護人の制止の言葉は、どうやら一呼吸だけ遅かった模様である。

 素直な彼は、末妹の要求に素直に答えてしまっていた。真ん中あたりまで糸を引っ張り続けて進んだ結果、仕掛けエリアは物凄く大変な事態に。

 地面はたわんで、天井が崩れて大量の石が降って来たのだ。


 警戒して距離を取っていた一行は、何とかその被害をまぬがれる事が出来たのはまぁ良かった。ただし、天井に空いた大穴から巨大モンスターが出現して来てしまった。

 大ダコだねぇと、呑気な紗良の解説に戦闘準備を呼び掛ける護人。これまた軽自動車から触手が伸びたような巨大サイズの敵の出現に、一行は気を引き締めつつ戦闘に入る。

 それにしても、生き埋めになったルルンバちゃんは無事なのだろうか。





 ――色々と展開が早過ぎる現状だが、すべて丸く収まるや否や?







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