第350話 2度目の扉の選択で“アビス”の6層に潜る件



 準備不足だか経験不足だかを、思い切り披露してしまっている来栖家チームだけれど。今はご機嫌に、紗良が取り出したお握りをみんなで頬張っている所。

 それを見逃すハスキー軍団では無い、香多奈に狙いをつけておこぼれを狙う3匹である。お隣チームにもお裾分けして、この休憩場はホンワカした雰囲気に。


 それは良いのだが、続いて降りて来るチームが皆無と言う今の現状。呉のチームに訊いてみると、どうやら大半のチームは既に先へと進んでいるそうだ。

 来栖家チームは探索速度は速く感じるが、実際は後衛陣のペースに合わせている。そのため、探索の時間は割とゆったりペースだったりする。


 その辺はチームカラーと言うか、護人の過保護の賜物たまものなのかも。チームに子供が混じっているから、仕方が無いとも言えるこの現状である。

 そして休憩時間が、異様に明るい雰囲気なのもこのチームの持ち味か。ハスキー達相手に、食べ過ぎちゃダメだよと𠮟り付けている香多奈がその張本人である。

 姫香もそんな末妹を相手に、毎度のごと揶揄からかったり意地悪したり。


「香多奈が確か、《精霊召喚》って凄いスキルを持ってたよね……それを使って水の精霊にお願いすれば、水のエリアでも平気なんじゃないの?

 ウチのチームも水耐性の装備なんて揃えて無いから、それが生命線になるかもね?」

「ほうっ、そりゃ凄いな……意外と多彩なんだね、お嬢ちゃん。まぁ実際は、海側のダンジョンの仕掛けに水のエリアは多いから、各チーム対策は万全だろうけどな。

 ウチも頭にはあったんだけど、装備をケチったせいでチームの足並みが揃わなくなってな。お陰でこんな手古摺てこずる破目になって、散々だよ。

 何とか夕方まで、もう少し進む予定ではいるけどな」


 無理して怪我しても馬鹿らしいですよと、姫香の応対はなかなか堂に入っている。その反面、発動しないスキルをいじられた香多奈は釈然としない様子。

 妖精ちゃんに至っては、だからもっと家で練習しろと言ったろうと教師ヅラを隠そうともしない。そんなバタバタした休憩時間も、あまり長く取ってもいられず。


 それじゃあお先にと、立ち上がった護人に釣られてハスキー軍団が素早く周囲に寄って来る。彼女たちの働くよアピールは、毎回本当に頭の下がる思いである。

 取り敢えず、また反対側の扉を選択しようかと歩き出す護人に。子供達も元気に追従して、ハスキー軍団も張り切って先導の素振り。


 そして判明したのは、5層から6層へ至る階段は今回2か所あったって事。丁度対角線上に同じように階段があって、そこにもやっぱり小広場とワープ魔方陣のセットが。

 このワープ魔方陣の行き先だが、妖精ちゃんによるとやはり屋上へと繋がっているそうだ。つまり地上に戻るには、5層クリアは必須となる模様。

 次にあるのは、そうすると10層クリア後だろうか。


「う~ん……1度入る扉を決めたら、そのルートからは引き返せない仕様なのかぁ。なかなかにハードだね、護人さん。

 進むしか無いってのは、まぁ分かり易いけどさ」

「水エリアってのは、つまり呼吸は出来るけど水の抵抗が掛かって動き難いエリアなのかな? そんなのは引きたくないな、確率的にはどの程度なんだろう?」

「入った事があるのは、この中じゃ私と紗良お姉ちゃんだけかなぁ? ミケさんやルルンバちゃんもいたよね、お魚が普通に泳いでた印象しかないね。

 後はどんなか忘れちゃった、まぁ適当に選んでも平気でしょ!」


 香多奈のその言葉に、それじゃあ本当に適当に選ぶからねと姫香の念押し。それから本当に適当に、すぐ近場の扉を姫香は指差す。

 ハスキー達は心得たように、そのゲート状の扉を先行して進んで行く。続く一同の足取りは軽かったが、どっこい入った瞬間に何だか妙な違和感が。


 アレっと言う表情は、果たして誰のが一番酷かっただろうか。ハスキー軍団も明らかに戸惑っていて、遺跡型のフロア内で揃って固まっている。

 つまり何だか息苦しい感覚で、実際はそんな事も無いのだが妙な居心地の悪さ。吐いた呼吸があぶくになって上がって行くのを見たら、誰だって溺れるんじゃないかと思い込んでしまう。


 さっきまでの会話は、壮大な前振りだったのねと納得した表情の姫香はともかくとして。試しに周囲を動き回る護人だが、その動きはそこまで水の抵抗に阻害はされていない感じを受ける。

 ペット勢に関しては、残念ながらそうも行かなかったけれど。姫香もどの装備のお陰か不明だが、そこまで動きが悪くなっている印象はない。

 紗良と香多奈だが、残念ながら動きはとってもスローモー。


 まぁ今の所は、そのバッドステータスを楽しんでいる余裕はあるみたい。ちなみに周囲のフロアは、さっきまで進んでいた遺跡タイプとほぼ一緒の造りのよう。

 この惨憺さんたんたる結果を目の辺りにして、さすがの護人にも焦りの表情が。なるほど、さっき呉のチームが疲れ果てていた理由が良く分かった。


 この後の5階層を、護人と姫香だけの力で切り抜けると考えると凄く大変そうだ。とにかくハスキー軍団の離脱は痛い、まぁ遠隔スキルでのサポートは可能かも知れないけど。

 それにしたって限界はあるだろうし、本当に参ってしまった。引き返せないって本当かなと背後を見るけど、意地悪な事に扉自体が完全に見当たらない。


 妖精ちゃんが、さっきの姫香案を頑張ってみろと末妹の頭に乗っかってせっついている。ひょっとしてそれしか手が無いのかもと、家族の期待の視線が少女へと一斉に向かう。

 今まで探索中に、家族にそこまで期待された事の無かった香多奈は、若干のパニック模様。それでも『召喚士の杖』を取り出して、一生懸命に周囲に漂う精霊に祈りを捧げ始める。

 それこそ、今までの不真面目さを悔いる程度には懸命に。


 何が幸いするのか、世の中って本当に分からない……少女のそんな祈りは、近くにいた水の精霊にバッチリと通じたようだ。その結果、ピヨッと突然に視界内に飛び込んで来るファンシーな小さな姿。

 ナリは妖精ちゃんに少し似ているが、肌は透明な水色である。足の代わりにヒレが付いていて、見た目はまるで人魚姫のよう。そしてハーイと挨拶、どうも軽い性格の模様だ。


 それを確認した香多奈は大喜び、妖精ちゃんもやったなと相変わらず教師ヅラである。それから少女は、召喚した水の精霊に現状説明を行って。

 何とかならないかなぁと、問題の解決的なアレはいさぎよく丸投げに。


「アンタね、解決手段を丸投げって召喚主としてどうなのよ? 向こうも困るでしょ、そんな態度で呼び出されたら」

「えっ、でも……この子、うけたまわったから一列に並べって言ってるよ? 魔法だかおまじないを掛けてくれるって、それで効果があるみたい?」

「そうなのか、本当だったら凄いな……それじゃあ試しに、ハスキー軍団からお願いしようか」


 そんな訳で、良く分からない水の精霊のおまじないをレイジーから順番に掛けて貰う流れに。驚いた事に、その効果は覿面てきめんで水の制限を一瞬でまぬがれて行く面々である。

 香多奈の評価も、それによってうなぎ上りに。アンタ凄いわねと、姫香にまで褒められて有頂天になる少女だったり。何にしろ、これで探索の準備は整いそう。


 何しろ未だに、6層のスタート地点から1歩も動いていない来栖家チームである。この後巻き返すぞと、姫香などは相当に張り切っている。

 それはハスキー軍団も同じく、ようやく自由になった足取りで探索を始めて良いかとリーダーに伺いを立てている。それから恒例の配置決めを行って、護人がスタートの合図を送る。

 それを受け、張り切って先行し始める元気いっぱいのハスキー達。


 そしてしばらく進んで、ようやく敵との初遭遇となった。水フロアの特徴は、さっきの情報収集にもあったけど、普通に魚タイプのモンスターが宙を泳いで接近して来る所だろうか。

 ここも同じく、鋭い牙の中型魚モンスターが数体群れで近付いて来た。それをスキル技で、華麗に撃退して行くツグミとコロ助である。

 レイジーに関しては、水フロアとの相性が悪過ぎるみたい。


「あっ、この水フロアの探索じゃ、レイジーが活躍出来ないね。炎のブレスもほむらの魔剣も、そう言えば両方とも炎属性だっけ?

 どうしよう、護人さん……思い切って下がってて貰う?」

「ああ、確かにそうだな……もしくは、別の属性の剣を使って貰うとかかな? 何か丁度良い感じの持って来てないかな、紗良?」

「えっと、ルルンバちゃん用の予備の剣ならありますね。サイズが変わる変な剣と、それから『魔喰』効果のあるサーベルかな?

 どっちがいいかな、レイジーちゃん?」


 そう言って紗良は、魔法の鞄から2本の剣を取り出してレイジーにお伺いを立てる。考えてみれば、魔法の装備を予備にこんなに持ってるチームって何て贅沢。

 それはともかく、レイジーは『可変ソード』の方を迷いなく選んだ。『魔喰』は自身のスキルで持っているので、変わった方が楽しそうに見えたのかも?


 何にしても、癖のある剣を選択してしまった来栖家のエースだけど。そんな簡単に扱えるようにはならないだろうと、護人も相棒のフォローは忘れない。

 とは言え、現在は姫香と茶々丸&萌が前衛役となっている布陣である。つまり言葉でのフォローで、失敗しても仕方ないよって意味である。


 ところがレイジーは、ノリノリで新しく貰ったおもちゃを振り回して楽しそう。敵を見付けては誰よりも素早く近づいて、『可変ソード』で長さ調節してのメッタ斬り。

 この6層フロアも、どうやら出て来る敵は雑魚モンスターばかりみたい。そのせいで、レイジーの新しい武器オモチャの肩慣らしには丁度良い感じかも。

 そうしていつの間にやら、目の前には7層への階段が。


「うん、心配してたけど水フロアの探索も行けそうだね! レイジーもご機嫌だし、私たちの出番もほぼ無かったよ。

 敵のレベルも、まだ心配する程じゃ無いね」

「獣人みたいな、手足の付いてたモンスターも出て来てたね。すぐ倒されたから良く見えなかったけど、そこそこ数はいたんじゃない?

 レイジーが張り切ってたね、新しいオモチャがお気に入りみたい」


 姫香と香多奈の相変わらず呑気な会話の中、ツグミが途中で回収したリングをハイッと差し出して来る。そう言えば、この事をさっきの休憩で聞くのを忘れたねと香多奈が呟いた。

 向こうのルートでも、入手していたのか確かに聞いておけば良かったかも。それはともかく、魔石の回収も終えてこれで6層でやる事は無くなった。


 そして7層に突入して再確認、魚型の獣人はカサゴか何からしい。派手なヒレが特徴的で、どこか毒々しくて近付かれると少し警戒してしまう。

 とは言え戦闘に慣れてる前衛陣は、武器やスキル技で冷静に対応して問題は無し。向こうももりや盾などで武装しているけど、今の所は圧倒出来ている感じを受ける。

 宙を泳いで高速で接近して来る、魚型モンスターも右に同じ。


 ついでにこの層から、割と透明なクラゲが出て来て対応に追われる事に。うっかり見逃して近付き過ぎると、伸びた触手に巻き付かれて毒を受けてしまいそう。

 恐らくこの透明クラゲは、そんな感じのトラップ型モンスターなのだろう。ハスキー達に関しては、そんな気配を敏感に察知するのに長けていて引っ掛からないけど。


 後衛陣から見たら、今何を攻撃したのって感じで戸惑いしかない有り様。ついでに大イソギンチャクもこの層から初お目見え、こちらも待ち伏せ型だが攻撃は単純で。

 水魔法での水弾飛ばしは、遠距離攻撃だけあって侮れない。間違いなく、今までの敵で一番の厄介者だろう。ただし、その攻撃も難なくかわして反撃を行うハスキー軍団である。

 水の精霊の恩恵があって、本当に良かったと思えた瞬間だった。


「ふうっ、この層はちょっとだけ難易度上がってたね。水の精霊のおまじないが、いつまで持つか良く分かんないし……なるべく早く、10層まで到達したいよね」

「あっ、そうか……効果時間の問題もあるね、それじゃあ少し急いだ方がいいのかな?」

「そうだな、戦闘中に急に動きが鈍くなったら致命的だしな。特にハスキー達は軽量級だから、スピード命って所があるから。

 安全確保のためにも、極力急いで進もうか」


 護人の言葉を聞いて、は~いと元気に返事をする子供たち。この遺跡タイプのダンジョン構造にも慣れて来て、階段の配置場所も何となく分かるようになって来た。

 パターン読みとでも言おうか、そんな所で時間短縮を図る作戦に。


 そんな訳で7層も割と楽に走破して、今は既に階段前へと到着した一行。そこでもツグミがドロップ品を姫香に渡して来て、それが事態紛糾の引き金に。

 何とリングかと思ったら、ツグミは割と大振りのメダルを2枚拾って来てくれていたのだ。これは一体、どこで何に使うのと再び混乱に陥る来栖家の面々である。

 さすが色々と独自路線の、恐らくは現状で日本一の深さを誇るダンジョンだ。





 ――これはこの先の探索も、波乱が巻き起こりそうな予感?







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