第349話 “アビス”の5層を突破して再び回廊に出て行く件



 第4層の攻略は、アスレチックと敵の討伐の完全に2手に分かれる事態に。運動神経の塊の、ハスキー軍団や茶々丸や姫香は先行してひたすら敵を駆逐して行き。

 その後を、紗良と香多奈の後衛陣が何とか水に落ちないように進んで行く感じ。すっかりウエイトの増したルルンバちゃんも、飛び石のエリアではぎこちない動きなのは致し方なし。


 水中の脅威は、あらかじめミケによって淘汰とうたされている安心感が大きかった。護人が見守る中、何とか後衛陣は安全なエリアへと到達する事が出来た。

 そこでホッと一息の後衛陣……香多奈も小柄なサイズのせいで、飛んだり登ったりはそれなりに大変だった模様だ。護人にフォローされながら、それでも元気に踏破はさすがである。

 紗良の方が、割とぐったり模様なのはアレだけど。


「大丈夫、紗良お姉ちゃん……ポーション飲んだら、少しは楽になるかもだよ?」

「だ、大丈夫……もう少し呼吸を整えたら、出発出来ると思うから。でも1度も落ちずに踏破したのは、少しは自信になったかなぁ?

 やっぱり訓練は嘘をつかないよ、継続って大事だよね!」

「無理しないでもう少し休んでなさい、紗良。ハスキー達がルートを確定して戻って来るまで、こっちはこの広場で休憩していよう。

 ルルンバちゃん、周囲の見張りを頼んだぞ?」


 先行している姫香も心配だが、レイジー達がいるので平気だろう。そう判断して、護人は分岐前の広場で後衛に休息するよううながす。

 ルルンバちゃんに護衛を任せて、自身は誰も向かっていない通路を確認の構え。すると茶々丸と萌のペアが戻って来て、お供するよと護人にすり寄って来た。


 遠くまで行くつもりも無かった護人だが、お供も出来たしついでの探索に赴く事に。結果、行き止まりの通路で茶々丸&萌ペアと共に、パペット兵士と大コウモリを討伐する流れに。

 そして壁のくぼみに小さな箱を発見、中には鑑定の書が3枚と魔石(小)が2個入っていた。茶々丸と萌も、敵を倒すのに協力して意気が上がっている。


 この辺の習性は、護人も思わず勤勉だなと感心してしまう程だ。来栖家のペット勢は、そんな感じで怠惰な子は1匹としていない。ミケでさえ、何だかんだで探索に協力的だし。

 その点も来栖家チームの躍進の、大きな理由なのかも知れない。


 それはともかく、先行していたハスキー達と姫香も無事に戻って来てくれた。そして戦利品を末妹に見せびらかして、ご満悦な表情を浮かべている。

 手にしているのは、どうやらスキル書と強化の巻物の2点セットのよう。向こうの方が明らかに良い品で、香多奈も良い笑顔で姉の手腕を褒めえている。


 紗良の遠見も加えて、そんなバラバラの探索で4層の正解ルートは確定した。ハスキー軍団の露払いで、階段までの敵は全て駆逐されていると言うオマケつき。

 アスレチック要素には驚いたけど、これで何とか区切りの5層へと辿り着けそう。ちなみに、このエリアではリングは1つも発見されなかった。

 まぁそう言う事もあるだろう、とにかく次の層は中ボス戦だ。


「パターンからすると、ここは弱っちいボスだよね……多分ゴーレムとかかな、姫香お姉ちゃんは速攻の準備してたらいいよ!

 ハスキー達には、多分だけど出番は無いかなぁ?」

「決めつけて油断してたら駄目だよ、香多奈ちゃん……まぁ、まだ5層だからその公算は高いかもだけど。

 油断してたら、不意打ち的にヘンな敵が出た時大変だからね」

「本当にそうだよ、紗良姉さんの言う通りっ! 香多奈は最近、探索に慣れ過ぎて気持ちが緩んでるんじゃないの?

 大怪我する前に、引き締めなさいよっ!?」


 姫香の言う通りだと護人も思うけど、きつく言えない性格なので頷いての同意に留めておいて。とにかく中ボスの部屋を探し求めて、相変わらず水浸しの遺跡内を彷徨さまよう一同。

 水位は段々と深くなっていて、乾燥している床と半々くらいになって来ている。ハスキー達は濡れるのを全く気にせず、ひたすら先行して探索を続けている。


 彼女達も、このフロアの敵はかなり弱いなと把握している模様。本隊に随分と先行しても、平気だと経験則けいけんそく的に認識している感じ。そしてご機嫌な様子で、扉を見付けたよと揃って戻って来た。

 ツグミが空間収納から出した武器を、全員が口に咥えているので、恐らくパペット兵士を相手にして来たのだろう。ハスキー軍団も、最近は効率的な行動が板について来た。


 雪上を1日中ソリをいて走れるスタミナの犬種だとは言え、体力は有限である。そもそもダンジョン内は、いつ何時なんどき格上と遭遇するかも分からない場所である。

 それなら格下を始末するにも、ムキになって体力を消耗する事も無いと。賢い彼女たちは、自然とその道理に至ったのだと思われる。

 確かにそれは、探索においてはとっても重要だ。


 そんなハスキー軍団の案内に従って、程無く大きな扉の前へと辿り着く来栖家チーム。ここまで2時間程度だろうか、分岐の多い遺跡タイプだけあってそれなりに掛かった印象だ。

 そして短く作戦の打ち合わせ、弱い敵だろうから速攻で行こうと末妹の案の通りに。この辺は予定調和と言うか、香多奈の油断をたしなめた割には全員が弱い中ボスとの予想である。


 そしてやっぱり、突入して目に入ったのは2メートル程度の苔むしたゴーレムと言う。ソイツは何の見せ場も無く、姫香の『身体強化』込みの投擲で胸に大穴を開けて呆気なく没。

 戦闘時間と言うか、部屋に突入して5秒も掛からずのクリアである。


 ハスキー軍団の態度も、ハイハイ分かってましたよって感じで冷めたモノ。ツグミに至っては、さっさと宝箱の罠チェックへと向かっている始末。

 そして罠は無いよと、家族に知らせてお仕事は終了。香多奈が中ボスのドロップが渋いねと、魔石(小)を拾い上げながら不満を口にしている。


 スキル書すら落としてくれないのは、まぁ5層の敵だし仕方がないのかも。宝箱もくすんだ銅色で、中身はそんなに期待出来そうもない。

 そもそも湿気にやられてサビてるって何なのと、姫香も文句を言い出す始末。それでも中身は一応無事だったようで、まずは薬品類が青色の瓶に入って出て来た。

 ポーション700mlにMP回復ポーション800ml、解毒ポーション600mlにエーテル500mlと種類だけはやたらと多い。それから鑑定の書が5枚に、魔玉(土)が6個に木の実が4個。


 例のリングも5個出て来て、これで合計が10個になった。それを手に掴みながら、交換で何が貰えるのかなぁと楽しそうな末妹である。

 後は『護りの玉石』が2個と、コウモリか何かの被膜素材が少々。何のつもりか、底の方にこけの絨毯が敷き詰められていて子供達の注目を引いた。


 と言うか、これは何の嫌がらせだろうと物議をかもす事態へと突入して。人をコケにしているのかと、香多奈などはプンスカ怒り散らしている。

 確かにまかりなりにも、宝箱の中身に苔の絨毯じゅうたんは無いとの見方もあるにはある。護人も末妹をなだめながら、確か観賞用とか育成に欲しがる人もいるよと口にする。

 しかし、香多奈にとっては苔はどうやってもコケでしか無いみたい。


「そりゃあまぁ、こんなのどこにでも生えてるし有り難がるモノでは無いよねぇ。でもせっかくだから、持って帰って青空市で売ってみようか。

 駄目なら怜央奈にでも押し付けるよ、また泊りに来るって言ってたし」

「そんなのわざわざ、お金を出してまで買う人いないと思うけどなっ。お客さんに変人だと思われるよ、姫香お姉ちゃん」

「まあまあ、茶々丸ちゃんのオヤツになるかもだし……取り敢えず、持って帰っても不都合はないんじゃないかなぁ?」


 紗良の取り成しの言葉に、まだ納得のいかない様子の香多奈である。名前を呼ばれた茶々丸も、そんな歯応えの無い植物は欲しくないって表情を見せている。

 こんな散々な風評の回収品は、今までの探索でも無かったかも。実際は盆栽やら何やらで、用途は色々と存在するのだが。愛好家もそれなりにいるなんて、残念ながら護人や子供達も知らずの結果に。


 そんな回収作業を終わらせて、ぐるっと中ボスの部屋を見回してみると。次の層へと続く階段の代わりに、入り口の扉より幾分か小さな扉が1つあるきり。

 アレっと言う表情の子供たち、てっきりずっと下って行くモノだと思ってたのに。不審に思いつつも、他に進むルートは他に存在しないので、そちらへ全員で向かって行く事に。

 代表して護人が開けてみると、そこはダンジョンの外だった。



 見慣れた回廊が視界に飛び込んで来て、左右にはやっぱり扉がずらりと並んでいる。察するに、どうやらそれらは全部5階層の出口らしい。

 反対側から入れるかは不明だが、そうなるといきなり中ボスの部屋に直行となる訳で。試してみる気にもならず、そう言えばそんな造りだったねと思い出して納得顔の子供達。


 “アビス”の中央の穴はとにかく不気味で、光すら呑み込むブラックホールのよう。それを取り巻く回廊は物静かで、穴は人の立てる音すら吸い取っている感覚に襲われる。

 護人達が呆然としていると、ハスキー軍団があっちに階段があるよと教えてくれた。それは下の層へと降りて行く通路で、なるほど取り敢えず先には進めるらしい。


 元来た道には戻りたくないので、一行はハスキー軍団を先頭にそちらへと進む事に。見た感じ、“アビス”の屋上から1階層の入り口へと進んだ階段とそっくりである。

 そしてその造りを見て、一同は納得……やっぱり似たような扉が、回廊に沿ってたくさん連なっている。数えれば、恐らくは24ほど確認出来るのだろう。

 つまり、またもや突入先を選択しての、6層からの探索となる感じか。


「おっと、あんたらか……そっちも無事に5層をクリアしたんだな、ご苦労さん。まぁ、召集されたチームは全部がB級以上だから、5層程度じゃ手古摺てこずらないか。

 とは言えこっちは、水のエリアに苦労させられてあわや全滅寸前だったんだがね。アンタらも気をつけろよ、水耐性の装備品でも持ってればまた違って来るだろうけど」

「ああ、どうも……水のエリアって何ですか、水没しかけてるフロアとも違うの?」


 階段を降りたすぐの広場は、どうやら一種の休憩スペースになっていた模様。割と広いその広場に、一緒に突入した広島のチームが休憩中だった。

 確かB級で、呉かどこかの出身の探索チームだった筈。6人が車座になって座り込んでいて、男性が4人で女性が2人の組み合わせだ。


 その中のリーダーは、護人も先程のミーティングで顔だけは覚えていた。そして親切に語り掛けてくれたのだが、水のエリアと言う単語が良く分からない。

 そんな訳で、代表して姫香が問い返してみた所……どうやら呼吸は可能だが、水の中にいるような妙なフロアが存在しているそうな。


 もちろん、動きも制限されるので敵が出て来たら戦闘も大変だ。水耐性の装備品を装着していれば、そんな事態も防げるそうなのだが。

 紗良と香多奈は、それを聞いて“弥栄やさかダムダンジョン”のトラップゾーンを思い出す。あそこは水の中に居るみたいな、奇妙な感覚のフロアだった。

 要するに、彼らはそんなフロアに不幸にもぶち当たったらしい。


「うわぁ、それは大変だったねぇ……私たちは、確かあの時は罠にまって強制的に転移させられたんだっけ? このダンジョンは、そんなフロアが普通に存在するんだ。

 どうしよう、叔父さん……1回選んだ扉って、嫌だったら戻れるんだっけ?」

「それが出来れば苦労しないさ、ここのダンジョンは最初の選択肢は24と多いんだけどね。1度入ってしまうと、後戻りは不可能になってたよ。

 後は5階層をクリアしないと、途中リタイアは認められない仕様だな」


 来栖家チームは気付かなかったが、どうやらそうだったらしい。最初のくじ引きで、運が悪ければそんなフロアに放り込まれていたって事実は割と衝撃的。

 とは言え、次のクジ引きが無事に済む保障なんてどこにも無いのだ。ちなみに水耐性の装備品など、誰も持っていないのは全員が理解している。


 それから女性の1人が、さっき愛媛の女性チームが元気に6層の扉に突入して行ったよと報告してくれた。その際に、来栖家チームに宜しくと、どうやら伝言を残して行ってくれたみたいである。

 それは良かったと、子供達も一応は仲良しチームの無事な知らせに安心する。ただし、この先もそうとは限らないので感情的には微妙である。


 それより意外と癖の強いダンジョンと判明した、この“アビス”の対応をどうするべきか。香多奈は先におやつにしようよと、休憩チームの隣に陣取る構え。

 紗良か律儀に、隣のスペース借りますねと会釈しての大人対応を示している。


 犬達も、さり気なく周囲を見張りながら、各々の場所に寝そべっての休憩モードへ。確かに時刻は3時過ぎで、疲れる探索途中の補給は重要だ。

 何しろ紗良が家で用意して来たお昼ご飯、協会からお弁当が出て来たせいで丸々残っていたのだ。それは食べないと勿体無いよと、子供達は本格的に食欲を満たしに掛かる始末。


 ついでにお隣チームにも融通して、続けて色々と情報交換など。どうやら探索歴の長いチームになる程、色んな癖のダンジョンに合わせて武器や防具を揃えるモノだそう。

 来栖家チームは、ランク的には急成長はしたけれど、探索のペースは精々が月に3~4回である。他のチームの平均の半分にも満たず、そんなツケが回って来た感じだろうか。

 つまりは経験不足で、それに関しては仕方が無いとも。





 ――後は、そんな厄介なフロアにぶち当たらないよう祈るのみ?








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