第348話 いよいよ“アビス”攻略を開始する件



 ここまでの経緯だが、地上に残ったのは甲斐谷チームや尾道のチーム『Zig-Zag』、更には岩国のチーム『ヘブンズドア』も、対人の荒事に備えて居残る事にしてくれた。

 他にも2チーム、合計5チームが“ダン団”の巻き返しに備えて拠点を守る取り決めに。ダンジョン探索に加えて、何故か“ダン団”と言う組織にも神経を配らなければならない事態に。


 大いに難易度は跳ね上がる状況には違いなく、何とも憂鬱ゆううつな案件ではある。ただし、子供達は至って呑気で、前情報の無いダンジョン探索にも前のめりな様子。

 今回の遠征でも新しい女性チームの友達を作って、さっきまでかなり盛り上がっていた。ライン交換も順当に終えて、今後の交流もありそうな予感。


 それはともかく、残った11チームは24もある扉から、それぞれ入り口を決めて潜って行った。こんな大量に入り口のあるダンジョンなど、見た事無いなと口々にコメントしながら。

 来栖家チームもその点は同じ、愛媛チームと別れを告げての扉選択からの突入に。さっそく周囲を見回して、探索モードのスイッチを各々入れて行く。

 特にハスキー軍団は、その点はとっても優秀である。


「うわぁ、中はそんなに他と変わんないのかな……他のダンジョンに較べて、特に変な所とかは見当たらないよね。ちょっとジメジメしてるのは、海に生えた影響かな?

 水溜まりもあるね、あっちの通路の端っことか」

「本当だね、まずは遺跡タイプのエリアかな? そんな広くはないのは有り難いね、今はお昼の1時近くだから……夕食までに帰るとしたら、探索は5時間程度かな?」

「そうだな、ワープ魔方陣で地上に戻れるのかも不明だし。前情報の無いダンジョンだし、時間を見ながら慎重に進もうか。

 それじゃあ頼んだぞ、ハスキー達」


 護人の号令に、一斉に動き始める仕事熱心なハスキー軍団である。それに茶々丸と萌のコンビも続き、新生ルルンバちゃんも遅れて動き出す。

 以前と違って地上走行なので、素早い動きは不可能になってしまったけれど。火力や防御力は上昇しているし、機体を分離しての飛行モードにも移行出来ると言う。


 夕方の訓練でのチェックでは、その火力は充分に合格点を与えられるレベルだった。とは言え実戦はこれが初なので、やや不安はあるかなって感じ。

 それは姫香の新装備も同じく、『真紅龍の鱗鎧』と『白百合のマント』の2つの装備変更をしての初探索である。その辺は、少々不安が無い訳では無い姫香である。


 まぁ、防御力は格段に上がっている筈だし、後は探索で慣らして行くだけの作業である。他にもそれぞれが獲得した新スキルもあるし、確認作業は割と多いかも。

 取り敢えずは情報の無いダンジョン、安全に慎重に進むのみ。


 香多奈と姫香が口にした今回の遺跡エリアだが、じめっとしていてさすが海の中に生えたダンジョンだ。とは言え気温は至って普通で、過ごし難いって感じでも無い。

 ハスキー軍団は、例によって先行しての探索を既に開始している。その次に仔馬ほどのサイズに《巨大化》した茶々丸と、それに騎乗した半竜半人の萌と言う構図。


 姫香も今回は、最初は肩慣らしに前衛をやりたいと護人に名乗り出て。茶々丸&萌ペアと同じ列で、抜け目なく周囲に視線を走らせている。

 その次に続くのは、砲台ボディの新生ルルンバちゃんである。果たして魔導ゴーレムの制御は上手く行っているのか、その辺は全くの未知数だったり。


 今の所は、外から窺う限りでは不都合は起こっていない様子で何より。そして最後尾を進むのは、紗良と香多奈の後衛ペアに護人とミケの護衛組である。

 この配置も既に慣れた感じで、香多奈はご機嫌に撮影に興じている。そんな“アビス”ダンジョンの風景は、今の所は特に変わった点も存在していない感じを受ける。

 と思っていたら、先頭集団が敵と遭遇したみたい。


「護人さんっ、パペット兵士が数体かな……レイジー達が問題無く倒しちゃったから、弱い敵だったみたい。変わった点で言うと、ちょっとコケが生えてたくらい?

 こんだけジメジメしてたら、まぁ仕方がないよね」

「あっ、お姉ちゃんっ……上見て、天井に何か張り付いてるっ! 落ちて来たよ、あのテカリ具合はスライムかなっ?」


 最近はゼミ生のスライム飼育の手伝いなどしていて、すっかり見慣れた生物にすかさず反応する香多奈。ソイツ相手の戦闘も、ごく短い時間であっという間に終了に漕ぎつけた。

 今の所は、後衛陣どころか姫香やルルンバちゃんも、敵に触れていない有り様である。どうやらこのダンジョンの1層エリアは、ランクはそれ程高くないらしい。


 それでも階層を降りて行くと、どんどんランク的に難しくなるとすると。最初の内くらいは楽しておこうかなと、護人などは思ってしまったり。

 容姿は若返っても、つい爺くさい事を考えてしまうのはもはや習性なのかも。そんな事を考えている間に、フロアは次第に分岐が増えて来た。


 しかも通路が水没して行き止まりになってたり、色々と酷い仕様に。水没した水溜まりには大ヒルと大カエルがいたりして、アクセントにはなっている。

 1層から分岐が多いと大変だねと、子供達はそれでも呑気に話し合っている。確かに思ったよりエリアが広いと、攻略もそれに従って大変になってしまう。

 来栖家は子供の足に合わすので、ペースは他チームよりゆったりなのだ。


 それでも出て来る敵の数は、敷地内の訓練ダンジョンに較べるとずっと少ない。ハスキー軍団も探索にはすっかり慣れていて、戦闘込みで30分と掛からず次の層への階段を発見してしまった。

 それを存分に褒めてあげる姫香と香多奈、ミケは出番が無くて幾分退屈そう。護人は子供達に休憩が必要かを訊ね、いらないとの返事に2層へと進む号令を発する。



 2層も似たような遺跡エリアで、水溜まりもあちこちに散在してジメッとしたフロアだった。出て来る敵もコケ付きパペット兵と、時たまスライムが定番みたい。

 地面に落ちてるスライムは、紗良と香多奈がスコップで経験稼ぎの毎度のパターン。この辺も、まだ探索に余裕があるから出来ている事。


 ってか香多奈の通訳では、ミケが仕切りにそうしろと催促して来るそうである。子供に狩りを教えるのは、彼女が若返っても至上命令には違いなさそう。

 その最中にちょっかいを掛けて来た大コウモリは、ミケの逆鱗に触れて割と悲惨な結末に。そしてそいつが落としたドロップが、一行に議論を巻き起こした。

 それは薄透明のリングで、ほのかに光を放っていた。


「あれっ、魔石(微小)も2個落ちてるから、2体の敵が1個ずつ落とした事になるのかな? じゃあ、この輪っかは何だろう……何だか特殊な感じがするね」

「多分魔法アイテムじゃないのかな、妖精ちゃんに訊いてみなよ、香多奈。そんな価値は高そうに見えないけど、ひょっとしたらコイン交換的な感じに使うのかも?」

「ああっ、“ナタリーダンジョン”とかでお金の代わりに使った感じの奴って事ね!」


 なるほどと手を叩く紗良に、そうそうと姫香が頷いて自分の推論を持ち上げる。そして妖精ちゃんの鑑定結果も、まさにそんな感じだった様で。

 持ってたら最後に良い事あるかもとの末妹の通訳に、やっぱりねと納得の笑みを浮かべる子供たち。それからハスキー達を招き寄せて、これも見付けたら集めるんだよと念を押す末妹である。


 その辺は全く抜かりは無い、これでクリアの楽しみが増えたとご満悦な子供たち。探索を再開するハスキー達も、ご主人の欲望に応えようと張り切って進んで行く。

 とは言え、そんなに続けて波乱は起きようもなく。フロアの敵を全滅させても、続けてのドロップとはならず終い。増えるのは魔石(微小)のみで、まぁ当然の結果かも。


 そうこうしている内に3層への階段が発見されて、ここでも休憩を拒否して進む事を選択する子供たち。強敵も出て来ないし、疲労などしてないとの言い分である。

 そうして続く探索、3層フロアもやっぱり似たような景色。相違点と言えば、パペット兵に混じってゴーレムが出現して来た事か。

 ソイツもやっぱり苔むしていて、思わずホッコリする姫香。


 そしてそのゴーレムが、倒れた途端に例のリングを落としてくれると言う。調子に乗ってハンマーでゴーレムをぎ倒すコロ助と、ドロップしたリングを拾って行くツグミ。

 そして褒められるのはツグミだけと言う、まぁコロ助も暴れられる分には文句はない様子だ。そんな訳で、次の敵を求めてハンマーを咥えたまま先行している。


 ちなみにコロ助の新たに取得した『剛力』だが、スキル書としてはとってもありふれていて売値も安い。だからと言って、使えないスキルと言う訳では決して無くて。

 言ってみれば腕力の上昇する、使い勝手の良い能力アップ系のバフスキルである。ハンマーの振り回し攻撃も、この新たなスキルによって破壊力は増している。


 敵が弱過ぎて良く分からないが、コロ助自身は満足している様子。ちなみに彼のお気に入りの『白木のハンマー』も、強化の巻物でパワーアップしている。

 そんな訳で、コロ助の強化はここまでとっても順当みたいで何より。



 そんな感じの第3層、ここでは3体出て来たゴーレム全てがリングを落としてくれた。それは良いのだが、他にはめぼしいドロップも回収品も今の所無しと言う結果に。

 香多奈などは、遺跡エリアの癖に宝箱が無いのはおかしいと難癖をつけている。取り敢えず階段は発見出来たので、一行はその前でようやくの休憩タイム。


 とは言え、ポンポン文句が出てくるあたり、末妹もまだ疲れは溜まっていない様子だ。他のメンバーも、特にスキルを使い過ぎてMP回復ポーションを強請ねだる者はいない。

 ここまで順当過ぎる“アビス”探索だが、この先もそうとは限らない。ただし情報収集がメインの目的なので、その点は気が楽ではある。


 例えば20層を目安にとか言われていたら、結構プレッシャーを感じていたかも。時間を気にしてペース配分を狂わせれば、それに比例して疲労も溜まって行くだろうし。

 ただし、このペースで行けば10層どころか15層まで到達する事は可能な気が。そこまで気張る事も無いかもだが、何しろ護人は実質A級ランクになり立ての身分である。

 その辺の体裁は、多少は気にしないと周囲から後ろ指を指されてしまう。


 この辺はやはり、異世界探索で宝物庫を探し当てた報酬が大きかった。ちなみに探索者登録をしている紗良と姫香も、魔石売買の功績でとっくにB級に到達している。

 実力的には、月に3~4度しか探索に赴かない、登録をしてまだ2年目の探索者に過ぎないのだが。簡単に言うと、ようやく若葉マークは取れたけど、ベテラン勢に較べるとまだ右も左も分からない身分である。


 そんな身分の自分が、A級を名乗るのもおこがましいとひたすら思う護人である。子供達は、そんなリーダーの出世を素直に喜んでいたりするけど。

 何度も言うけど、これらは全てペット勢の頑張り込みの周囲の評価に過ぎないのだ。自分だけが掴み取った栄光でないだけに、戸惑いしか無いのが実情だったり。


 まぁ、この来栖家チームA級昇格のニュースが、現状で他チームに広がって無くて本当に助かった。でないとフェリー船で大いに茶化されて、大変な騒ぎになっていた可能性が。

 岩国チームのヘンリー辺りなら、素直に喜んでくれただろうけど。取り敢えずこの情報は、可能な限り秘匿ひとくしておきたいと願う護人である。

 かくして、恙無つつがなく休憩時間は過ぎて行き。


「うわっ、4層の水没エリアは酷いなぁ……あの場所なんて、まるでアスレチックコースだよ。岩の間を飛んで行かないと、あっち側に渡れなくなってるし。

 紗良お姉ちゃん、水に浸からず向こうに行けそう?」

「えっ、どうだろう……ちょっと間隔が広い気もするけど、何とか行けるかなぁ? 私だって、伊達にずっと特訓場で汗を流して来た訳じゃ無いもんね!

 頑張ってみるよ、香多奈ちゃん!」

「問題なのは、水の中に何かいそうって事なんだよねぇ。落ちたら酷い目に遭うかも、何とか先に倒しておけないかなぁ?

 ホラッ、あの魚影は絶対にモンスターだよね、護人さんっ?」


 姫香のその言葉に、燃え上がっていた紗良の心意気は一気に鎮火ちんかの方向へ。水に落ちても濡れるだけと思っていたのに、命の危機が訪れるなら当然か。

 護人も水面を覗き込んで、でっかいピラニアの群れがいるねと一言。どうやら《心眼》が上手く作動してくれたみたいだが、倒す方法までは思い浮かんでいない模様。


 そこに進み出る小さな影、我らのヒロイン愛猫のミケが用心棒よろしく進み出て。颯爽さっそうと2本の尻尾を揺らめかせたかと思ったら、雷光が一閃して水面を叩きつけた。

 その結果は言うまでもなく、水中に潜んでいた敵は一網打尽に。





 ――感謝する紗良に抱き付かれ、満更でも無い表情のミケはツンデレかも?







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