第347話 ついに16チームで“アビス”へと上陸する件
近付いてみると、護衛艦『いずも』も大きかったが、“アビス”も相当に大きかった。向こうは立派な桟橋まで掛けて、どうやら長居を決め込んでいる様子が窺える。
こちらの大型フェリーもそれなりに大きかったが、所詮は運搬専用の非戦闘船である。それでも乗り込んでる探索者は16チームと多いし、何とかなると信じたい。
ちなみに“アビス”の全長は1キロ以上はありそう、つまり半径500メートル以上か。それは筒状の建造物で、筒の厚みの部分だけで100メートルはあるようだ。
そこにようやく上陸を果たした一同、総勢16チームが探索装備で乗り込んで行く。下手をすると、町1つ程度なら制圧出来そうな戦力である。
子供達に限っては、その“アビス”の筒状の中心が気になる様子で。石で出来た柵越しに覗き込んでは、凄い高さだねと歓声を上げている。
以前は魔素が、肉眼で認識出来るほど噴き出していたその穴だけど。今は
そこへと降りる階段も、ダンジョンらしくちゃんとあるみたい。
それより何より、それを塞ぐように建築されたテントは恐らく“ダン団”の邪魔立てだろうか。それを無視して進むのは、どうにも無理みたいである。
向こうの思惑は、最初の上陸者に全ての権利があるみたいな強引な主張に違いない。随分と身勝手な言い分だけど、権威や暴力が伴えば異を唱える者もいなくなる昔からの手腕だ。
その即席の詰め所には、しっかり“ダン団”のメンバーが数人詰めていた。こちらの上陸には当然気付いているようで、緊張感が漂って来ている。
何しろ、こちらは相当な人数を揃えているのだ。しかもそれを率いるのは、S級になり立ての“皇帝”甲斐谷である。ビビるなと言うのが、無理な案件には違いなく。
それでも受付けに座る男は、
その後ろには、銃を構えた私兵団らしき数人の兵士の姿が。
「おやおや、これは集団でご苦労な事で……悪いがこのダンジョンの権利は、我ら“ダンジョン支援団体”が管理する事が決まっていてね。
今更こんな集団でやって来られても、邪魔なだけなんだが。まぁ、探索したいと言うなら、ここを通らせてやらんでも無いがな。
その代わり、回収した魔石やアイテムはウチのレートで買い取りさせて貰おうか」
「やれやれ、バックに暴力があると途端に強気になるタイプの者が、何か偉そうに喋っているな。言っておくが、探索者が銃程度で震えあがると思うなよ。
そちらはこのダンジョンの所有権を主張している様だが、もしここがオーバーフローを起こした場合に、それを抑える力を有しているのか?
被害は恐らく、放っておけば瀬戸内全域に拡がるぞ?」
そんな事知るかと、受付けの白シャツ姿の中年男性は強気な姿勢を崩さない。それでも甲斐谷が視線を向けると、その迫力にようやく怖気付いた様子を見せ始める。
それじゃあ
リードもつけずに犬を散歩させて、犬の糞も自分で処理しない飼い主も田舎にいるのだ。他人の敷地にペットの糞をほったらかして、知らん顔して去って行く。
来栖家は山の上の
ところが“ダン団”の中年男性は、自分達を犬っころ扱いされたと感じたようで。顔を真っ赤にさせて、姫香の方を物凄い形相で睨んで来た。
この時点で甲斐谷も、コイツは交渉の利く相手では無いかなと感じ始めたようで。責任を伴わない占領なら、大人しく手を引けと一応は真っ当な道理を解く構え。
心の中では、時間の無駄かなと思いっ切り感じつつ。
「心配しないでも、自衛隊のチームを含めて8チームが潜っているんだ。間引きもキッチリ行われてるし、貴様らこそ犬ころのように尻尾を撒いて帰れば良い!
もっとも……そっちには自衛隊も抜けた卑怯者も混じっている様だがな?」
「お前らみたいな自分の利益しか考えないクズに、良い様に消耗されないための事前処置さ。その調子じゃ、無事に戻って来るのは果たして何チームになるやらだな。
相変わらず、胸糞の悪くなるやり方は変わらないんだな、お宅らは」
「黙れっ、調子に乗ってるが私らに何かあればあの戦艦が黙ってないぞ! おいっ、お前ら……さっさとコイツ等を、私の目の前から追い払えっ!」
護衛艦『いずも』には、確かに艦載砲こそなかったがその広い甲板には戦闘ヘリが載っていた。香多奈がそれを見て、ミケさんに頼めば一発でスクラップだよねと物騒な言葉を
新生ルルンバちゃんでも行けるんじゃないと、姫香が後ろに控え目に立っているAIロボを引き合いに出す。今回初お目見えの砲台ボディは、確かに威圧感はバッチリだ。
その上にいつものドローンがくっ付いて、良く分からない進化を遂げている新生ルルンバちゃんだけど。呼ばれたと思ったのか、静かに姫香の隣まで進み出る。
それを感じた周囲の大人の探索者は、冷や汗を掻いて来栖家の生物たちを盗み見る。それより何より、向こうの私兵隊が命令に忠実にこちらへ銃口を向ける仕草。
サブマシンガンの類いだろうか、幾ら探索者がHPを
護人は盾を構えて、子供達を背中に
そこからは酷い騒ぎで、協会の探索者の動きは割と迅速だった。あっという間に“ダン団”の兵士団を制圧して行き、自由を奪って地面に転がして行く。
例の白シャツの受付けの男性も同じく、『Zig-Zag』の須藤に殴られて早々に気絶していた。これ以上汚い罵りを聞かずに済んで、その点はラッキーだったかも。
そんな思いがアリアリの、『坊ちゃんズ』の
「あんなのに撃たれたら、子供やワンちゃんが怪我しちゃうじゃないっ! 本当に非常識な連中だよね、何を考えているんだろうっ。
“聖女”を崇める団体が聞いて呆れるよ、本当に」
「まぁ、確かにそうだけどさ……相変わらず容赦ないよね、普段は一番ボーっとしてる癖に。今日はスイッチ入るの早くて助かるわ、探索もその調子でお願いね、鈴鹿」
愛媛チームのリーダー
お姉ちゃん凄いねと、お世辞ではなく心からの称賛を贈る末妹に。鈴鹿はしゃがみ込んで、香多奈の隣のコロ助に抱きつく構え。
こんな駄目な大人になっちゃダメよと、同じチーム員の工藤や石黒は容赦の無い言葉を浴びせるけど。仲の良さはバッチリなのは、傍目から見ても良く分かる。
その時、護衛艦『いずも』からローターの回る大きな音が発された。驚いた一同が見守る中、甲板から戦闘ヘリが宙へと浮き上がって行く。
この時代、ヘリや飛行機の類いは運用が極端に制限されている。何しろ飛行能力を持つ野良モンスターは、空を飛ぶ相手にも容赦なく襲い掛かって来るのだ。
そうなると、空の戦いに敗れた方の選択肢はもはや墜落しか残されていない。被害は
それでも向こうは、威嚇のつもりか運用に踏み切った模様。
それを迎え撃ったのは、今度こそS級ランク探索者の甲斐谷だった。スキルとレベルの恩恵は、もはや戦闘ヘリの戦闘力すら凌駕するようになったよう。
そんな“皇帝”からの何らかの攻撃を受けて、呆気なく飛行能力を失った自衛隊の戦闘ヘリ。その結果、“アビス”の現場へと到達する事も無く、戦闘ヘリはあらぬ方向へとゆっくりと墜落して行ってしまった。
ミケさんが出るまでも無かったねと、呑気な少女の呟きはともかくとして。甲斐谷は地上に5チームほど、“ダン団”の警戒用に探索者を残そうかと進言して来る。
つまりは差し引いて11チームで、この“アビス”のダンジョンの探索に向かおうって事らしい。バランスが正しいかどうかは不明だが、まぁリーダーが決めた事に否は無い一同。
それより辛気臭い居残り組より、探索チームに入りたいよねと遠慮の無い物言いの姫香。隣の『坊ちゃんズ』も、同じく潜る方が良いと挙手している。
結局は、甲斐谷チームを含め大人の判断力を有するチームが、地上の居残りへと決定した。仕方が無いと言うか、公平な決定に来栖家チームも不満は無い。
頑張ろうねと、愛媛チームと
「えっと、夕方まで潜って情報を持って帰ればいいんだっけ? 間引きもしなきゃなんだよね、凄く深いダンジョンなのは間違いないって話だったよね。
敵の強さはどの位かな、情報の無いダンジョン探索は大変だよね」
「そうだね、後は……中で“ダン団”の連中と出会うかもしれないから、充分に気をつけてって言われたかな? 向こうは好戦的かもだから、遭遇しても下手に交渉しない方が良いって。
それから、地上も危ない場合もあるから、ダンジョンで1泊もアリかも?」
「それは色々と大変だね、一応はキャンプ用品も鞄に放り込んであるけど。乗って来たフェリー船は、明日の昼までは待ってくれるって話だっけ?」
待つのは昼までで、後は置いて行かれる可能性があるとの事。随分と薄情な話だが、情報の持ち帰りが最優先の任務なので仕方が無い。
モンスターや軍艦の存在する海域に、ずっと浮かんでいるのもかなりリスクは高い。つまりは探索は夕方までにして、さっさとフェリーに戻るのが大正解みたいである。
そんな細かな確認を、『坊ちゃんズ』のお姉さん方と早口に行う子供達。ペットやAIロボ同伴の来栖家チームは浮いてるが、このお姉さんたちは気にしていない様子だ。
そして通行止めにされていた階段を、ようやく11チームで降りて行くと。見事な遺跡型の回廊が、“アビス”の内円に沿って伸びているのを確認出来た。
そして等間隔に存在する扉と、内側の奈落かと見紛う深淵の巨大な穴。階段を降りて来たチームの面々は、それらを眺めながら口々に感想を漏らす。
来栖家チームの子供達も同じく、たくさん扉があるねぇと撮影に忙しそうな香多奈を始め。どれに入るのが正解なのかなと、せっかちに入り口を決めに掛かる姫香と言う構図。
護人はそんな子供達を
その結果、やはりチーム別に扉を分けて突入する事になりそうな雰囲気。つまりは、持ち帰る撮影情報は多いに越した事は無いって寸法だろう。
愛媛チームのメンバーも、それなら反対側に回ろうかと子供達を誘っている。変に近場の扉に入って、先行する“ダン団”の探索チームに鉢合わせるのも馬鹿らしい。
それには賛成の来栖家チームは、大人しく反対の扉へと向かう事に。
「それにしても、こんなに入り口の多いダンジョンは初めてだねぇ……中身も全部違うのかな、そう言えば“巫女姫”の予知でこの辺は見えてたって言ってたっけ?
予知スキルって凄いんだね、香多奈のナンチャッテ予知とは大違いだよ」
「確か全部で、24の扉があるそうだよ……それから恐らく5層降りると、またこんな感じの回廊に出る事になるって話だ。そこでまた入る扉を選択出来るのかな、外から見た感じではそんな探索になりそうって事だった筈。
そうやって、延々と下層へと降りて行く仕様だそうだね」
それは攻略し甲斐があるねと、こんな深いダンジョン相手でも闘志が衰えない子供たち。お互い頑張ろうと、乗っかる愛媛チームの女子たちも燃えている。
それよりさっきの鈴鹿は格好良かったねと、珍しく早急にスイッチの入ったエースを褒めそやすメンバーたち。アレってどんなスキルなのと、香多奈も好奇心から訊ねてみる。
それに鈴鹿が答えるに、あれは『発火』系の瞬間加熱スキルとの事。電子機器やら銃に対しては、物凄く効果を発揮する遠距離スキルだそうで。
やはり女子だけの4人チームともなると、ちょっかいを掛けて来る
それは凄いねと、そんな武勇伝で盛り上がる愛媛チーム『坊ちゃんズ』と来栖家の子供たち。護人は完全に蚊帳の外、元気出してと何故か隣の茶々丸が慰めている。
そんな賑やかな行進も、やがて回廊の反対側へと辿り着いて終わりとなってしまった。一緒に歩き出した幾つかのチームも、途中の適当な扉から突入を果たして行く。
そして今や、回廊にいるのはこの2チームのみと言う結果に。
そこで突入前の記念撮影をこなして、それじゃあお互い気をつけてとの別れの言葉。撮影の際にも、鈴鹿はコロ助に思い切り抱きついていたのはご愛敬。
そうしてようやく、来栖家チームの“アビス”攻略はスタートを切る事に。
――11チームによる大規模攻略、果たして上手く行くのやら?
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