第346話 瀬戸内海に空いた穴“アビス”に到着する件
広島近辺から集まった探索者達は、ここまで運転して来た車をフェリーに載せるかどうかを訊ねられた。大半のチームは、居住区は必要だと判断してそうする事に。
来栖家も同じく、何しろチーム内にはペット達もいるし
その後の予定では、1時間程度で目的地の“アビス”へと到着するらしい。瀬戸内海のど真ん中に空いた大穴調査は、午後までには始まるとの事。
到着してからの指揮は、基本的に今はS級探索者の甲斐谷が執る事になっている。巫女姫”八神の予知では、かなり巨大で入り口も幾つもある相当に変わったタイプのダンジョンらしく。
今回の16チームでも、集め過ぎと言う事にはならない筈との事。
それに加えて、先行した“ダン団”の探索チームがどの程度の戦力なのか不明である。妨害を加えて来るかは不明だが、そうなっても不思議では無さそう。
護人としては、こちらには子供もいるし穏便に行きたいとの願いは当然だ。出来ればダンジョン探索だけこなして、夕方には船内で寛いでいたい所。
全体の行程だが、今回の“アビス”調査はフェリーで1泊して翌日の昼過ぎに同じルートで戻るとの事。提示された謝礼は2日で50万、チームに対してだがまずまずの金額だ。
恐らくA級に対しては、もっと報酬は多いのだろうがそれは仕方がない。その分の責任を負いたくはない護人だが、現在はフェリーの中をぶらり散策中。
お供のレイジーは、船の上の騒がしさにやや落ち着かない様子。
拠点のキャンピングカーを出て来たのは、何も特別に用事があったからではない。女子4人チームが遊びに来て、車内が女子会に移行してしまった為である。
そんな雰囲気の中では落ち着かないので、理由をつけて飛び出しての船内散策である。それでも話し相手はすぐに掴まって、相手はどうも尾道のチームらしい。
B級ギルドの『Zig-Zag』の
来栖家チームの活躍は、いつも動画で拝見しているとこちらを知ってる口調。そう言えば、去年の尾道旅行の際に噂を聞いた気もする護人である。
こちらも一応自己紹介して、今回の“アビス”調査の情報交換など。とは言っても、お互いに初めて乗り込むダンジョンなので、知識もひけらかしようもないのだが。
そのせいか、話題は地元の近況とかチームの状況とか無難なモノへと流れて行った。そこに他チームのメンバーも、いつの間にか合流して来て場は段々と賑やかに。
知らないメンツも多いけど、幸いにも乱暴な雰囲気のチームは混ざっていない感じを受ける。逆にこちらの情報は、須藤曰く“探索者間では話題の動画”のせいで知られまくっていた。
レイジーの存在も、その為なのかこの犬がそうなのかって視線を集めまくりである。全く動じない護衛犬は、漂う慣れない海の匂いにやや神経質な表情だ。
どうやら久し振りの海は、彼女の感性に合わないみたい。
それに反して、護人の周囲は時間と共に増々賑やかになって行った。その間に、上陸前に昼飯にしようと、事前に用意されていたお弁当が配られて行く。
そしてデッキの上での昼食会、周囲を見渡せば一面の海原である。瀬戸内海には島が多いと聞くけど、見える範囲では今は1つも存在しない。
情報通によると、東京方面や北海道でも似たような異界ゲートが出現したそうだ。西日本で確認されている異変は、今の所は“ゲート”のみらしい。
とは言え“浮遊大陸”を含めると、正直もうお腹いっぱいの“春先の異変”ではあった。それはまだ収束しておらず、実はまだ調査を始めたばかりと言う状況。
――それが今後どう転ぶかは、誰にも分からないと言う。
一方の来栖家のキャンピングカー内だが、一言で言えばカオス状態だった。護人が逃げ出したのも賢明で、女子同士のお喋りパワーが存分に炸裂されていたのだ。
その中心は、愛媛チーム『坊ちゃんズ』のリーダー
彼女は中高のバスケ部でも、何度も主将を任された経験のある根っからのリーダータイプ。その正体は、面倒見の良い話好きなお姉さんみたい。
姫香や香多奈とも、初対面から仲良くなってのこのご招待である。と言うより、仲間の阪波
紗良は早速お茶を出したりお持て成しをしながら、影でこっそりチーム『坊ちゃんズ』の動画チェックなど。女子4人のA級チームなら、華があって有名な筈であるとの予想に。
意外とその辺はマメでは無いのか、上がっている探索動画は
まぁ、普通のチームは皆そうで、尾道の“八代三姉妹”などは例外なのだろう。命懸けの探索で、撮影者に手を割くチーム事情って実は恵まれているのかも。
その動画収益が馬鹿にならないのは、来栖家の面々も知ってはいる。それでも命を懸けて得るべきものかと問われれば、決してそんな道理は無い訳で。
来栖家は単純に、香多奈と言う撮影者がいると言うだけの話。
「ごめんね、突然こんな大勢で押し掛けちゃって……鈴鹿ってば、モフモフに目が無いものだから。探索者としての実力は、いつの間にかトップクラスになっちゃったんだけど。
生活能力は追いつかなくってさ、本当にどっか良い旦那さんいないかなって話よ。いや、それを言うと私たちまだ全員が未婚なんだけどね?」
「お姉ちゃん達バスケットやってたんだ、何か格好良いねっ! ウチのお姉ちゃんもスポーツ万能だったんだけど、家の仕事を手伝うって言って高校には進学しなかったんだよ。
そんで叔父さんと大喧嘩して、今じゃ家族で探索者してるの」
「家の内情をペラペラ喋るんじゃないわよ、香多奈っ! でもスポーツで
ウチは家族で組んでるけど、生意気な妹以外は順調だよ」
誰が生意気よと、ヒートアップする末妹と姫香の掛け合いはいつも通りとも言える。向こうのリーダーの氷室も、それを笑いながら眺めている。
彼女も姉妹が多いので、この程度の姉妹喧嘩は日常茶飯事みたいだ。そんな騒ぎの中、鈴鹿だけはひたすら幸せそうにコロ助をモフっている。
対するコロ助は、少し迷惑そう……見知らぬ客人の、目的が良く分かっていない感じなのかも。ミケは騒がしいリビングから、早々に運転席へと避難している。
萌は完全にお姉さんたちに捕まって、膝の上で愛でられている状態。茶々丸は車の中では人間形態を維持していたお陰で何とか逃げられた模様。
ルルンバちゃんと一緒に、奥の寝室で大人しくしている。
紗良が何とか姉妹喧嘩を
それから探索歴やらチームでの役割など、差し
そこにキャンピングカーの扉にノックが、どうやら協会の職員がお弁当を配って回っているみたい。扉を開けた姫香は、遠慮せず人数分を受け取る。
そして車内のリビングで、女子だけの昼食会が始まる流れに。鈴鹿からお昼を分けて貰ったコロ助は、この時ばかりは満足そうに尻尾を振りまくっていたり。
それを見て、ツグミもちゃっかり顔を出す食いしん坊振り。
「それよりさ、動画の書き込みで見掛けたんだけど……“アビス”に調査に行くなら、三原の“ダン団”に気をつけろ的なアドバイスが幾つかあってさ。
護人さんも神経尖らせてたし、何か情報無いかな?」
「ああっ、三原の“聖女”
連中は“聖女”の《蘇生》スキルを盾に、宗教みたいなやり方で所属員を増やしてるって話だよ。つまり働いて貰える給料は少ないけど、いざと言う時は生き返らせてくれるって言う保障を貰える訳だね。
家族とかいたら、そっちに流れる人も確かに多いかもね」
「
組織内の汚れ仕事を、率先してこなしてるって噂なんだよ」
その釘宮の二つ名は、武器にしている
そのせいもあって協会を追われ、その末に“ダン団”の用心棒として拾われたそうな。リーダー間のミーティングでは、その辺も説明されていたみたい。
ただし、その話は刺激的過ぎて護人は子供達には説明しなかった模様である。いや、話す前に女子会の始まりで追い出された形なのかも。とにかく向こうには、血を流すのを
調査中に、バッタリと出くわさないとも限らないので要注意には違いない。そう言われて、去年の“
あの時はかなり酷かったし、改めて家族で話し合う事も無かった出来事だ。銃を乱射されて、激高したハスキー軍団の反撃で事なきを得た
今回も、そんな事にならなければ良いけどと姫香は心から思う。最深ダンジョンと噂の“アビス”には興味はあるが、探索者同士の殺し合いなど御免
明日までの予定の調査だが、なるべく無事に終わって欲しい。
「その“ダン団”の連中だけど、広島市には協会本部があるもんだからさ。反対の尾道とか世良とか、後はしまなみ海道を渡った愛媛にまで食指を伸ばしてる訳よ。
本当に迷惑だよね、宗教の勧誘みたいでちょっと怖いし」
「死ぬのが怖いってのは、まぁ分からないでも無いけどさぁ……死んでから蘇るのも、何だか自分じゃなくなるみたいで嫌だよねぇ?
私たちは幸い、家族も無事だし探索でチーム員が欠けた事が無いから言える贅沢なのかも知れないけど。道理を曲げるって、自然に反するみたいでぶり返しを恐れちゃうかな」
「そ、そうかもねぇ……」
ミケの若返りの件があるので、そこは強く同意出来ない姫香だったり。香多奈もその“聖女”って、そんなにカリスマがあるのかと感心して聞いている。
氷室によると、どうも石綿本人は操り人形的な匂いがプンプンなのだそう。裏で操る権力を持つ大人が、組織の
どの道、厄介な障害物になりそうな“ダン団”は、一足先に“アビス”に乗り込んで依然そこにいるそうだ。つまりは衝突必至で、要注意なのは間違いない感じ。
愛媛チームもそれを知ってか、人間同士の荒事は男性陣に任せればいいよとお気楽な様子。その分、自分達は探索だか調査だかを頑張れば良いとポジティブ。
その辺は香多奈も同意して、向こうでも一緒に回れたらいいねと懐いている様子。大きなダンジョンだけあって、そんな可能性も無くはないだろう。
車内は既にみんなお弁当を食べ終わって、そろそろ1時間は経とうかなって頃合い。その時、車の外から“アビス”が見えて来たぞとの誰かの声が。
それを聞いて、誰ともなく車内の女子たちはそれを確認に向かう。
フェリー船内はエンジン音と潮の匂いで、お世辞にも快適とは言い難い。船室に入ればまた違うのだろうけど、今いるのは車を駐車する船内スペースである。
上に向かおうと、氷室が階段を登りながら皆を先導する。いつの間にか茶々丸や萌も、その群れに混じって一緒にフェリーのデッキへと向かっていた。
そして潮風と共に視界が開け、来栖家の子供達が目にしたのは。一面の海原の間から、ポンッと顔を出した黒い筒のような硬質な塔の側面だった。
アレが海底ずっと下まで続いていて、見えているのは頂上部分だけと言うのは何となく分かる。そう考えると、確かに異様な建築物には違いない。
ただし、それにも増してその“アビス”に横付けされた、自衛隊海軍の護衛艦の異様さと来たら。アレが人類の手によって建造されたのなら、現代世界も充分に異様である。
護衛艦『いずも』は、その船体を誇らしげに見せつけながら海上に浮かんでいる。さすがの百戦錬磨の探索者達も、それに不用意に接近するのは不安そう。
あの海に浮かぶ鉄の塊は、間違いなく暴力を具現化させたモノなのだ。
――それこそ、個人の力ではどう仕様も無いレベルの。
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