第344話 隠れ里にて新生ルルンバちゃんが誕生する件



 協会の能見さんと江川さんは、お昼過ぎに揃ってこちらへ来てくれるそうだ。そんな約束を取り付けて、午前中はいつも通りの農作業で家族全員で汗を流す。

 今年も苗の成長は順調で、これなら美味しいお米と野菜がすくすく育ちそう。田んぼと畑の土作りも、今の所はお隣さんの敷地も含めて順調に来ている。


 今年はお隣のキッズ達も手伝ってくれて、人手に関して言えば前年の比では無い。もちろん素人集団だけど、若いってだけで将来性は充分と言うか。

 賑やかな作業で、香多奈などもいつもより張り切って仕事に取り掛かってくれている。何しろ教える側なのだから、恥ずかしい所は見せられない。


 ブー垂れながらお手伝いするより、遥かに効率も良くて助かるこのサイクルに。凛香チームの皆も、自分の家の前の農地の出来には思わず笑みがこぼれている。

 そこに異世界チームの面々も参加して、最近はお互いのコミュニケーションも良い感じ。もちろんルルンバちゃんの機械操作も、前年度より上達していて頼もしい。

 有り難い限りで、今から収穫時期が楽しみである。


「凛香お姉ちゃんも、最近は料理の腕が上がって来てるしさ。前は小鳩お姉ちゃん頼りだったのに、どういう風の吹き回しかなぁ?

 好きな人とか出来たのかも、最近は町の行事とかで出会いも多いし」

「ああっ、林田兄妹のお兄ちゃんとか怪しいよねぇ……でもあの人、割とシスコンだった気が」

「シスコンってどういう意味、香多奈ちゃん?」


 影でこっそり、農作業に従事する凛香を観察しながら最年少キッズ達のヒソヒソ話。春の気配は、山の上にもようやくの事訪れてくれていた。

 梅の花は満開で、これなら今年も梅の実がよく生ってくれそう。去年の分は、植松のお婆と一緒にこれでもかって程に梅干しにして蔵にしまってある。


 ザジがそれを知ったら、ひょっとして失神してしまうかも? 香多奈と和香と穂積は、そんな他愛のない話をしながら、畑の土手に座ってのんびり山の景色を眺めていた。

 土手沿いの用水路も、春の訪れと共に水中の生物が賑やかになって行く。和香と穂積は、田舎の春は初体験である。香多奈はぜひとも、蛙の卵すくいは体験させてあげなきゃと心中で決意していた。

 恐らくどちらかは、その感触を気に入ってくれる筈。


 それはともかく、異世界チームのムッターシャに、回収した魔導ゴーレムの話を先程持ち掛けた所。その意外な返事に、護人も戸惑ってしまっていた。

 つまりは、改造なり何なり手を加えるのなら、ちゃんとした職人を知っていると。その当てだが、随分前に一緒に訪れた異界の隠れ里にあるそうな。


 あそこに腕の良い職人がいるそうで、ズブガジもたまにお世話になっているとの事。それは頼もしいねと、姫香は会いに行く事に乗り気みたいである。

 香多奈も同じく、やや話が大きくなって少し面食らってはいるけど。ルルンバちゃんのパワーアップに、面倒だから嫌って選択肢はあり得ない。


 そんな訳で、能見さんと江川さんの到着を待って一緒に伺う事に。本当に事が大きくなってしまったが、協会としても旨みはたっぷりあるとの事で。

 その一因だが、紗良と妖精ちゃんの師弟コンビの働きにより、例の果実ポーションが販売ルートに乗ったらしい。今の所は限定的に、近くの吉和や広島市内への販売のみだけど。


 何しろ来栖家は『劣化防止魔方陣プレート』も所有しているので、薬品流通に強みがあるのだ。薬効は最低1年は持つとの売り込みが、割と功を奏して販売も好調らしい。

 これで異世界で大量に入手した、木の実の使い道も出来てホッと胸を撫で下ろす紗良である。百個以上の在庫を抱えて、腐らせたでは余りに惨過むごすぎる。

 そしてこの流通が、日馬桜町の協会支部のポイントにもなっているとの事。


 話はふくらんで、それ専用に人を雇おうかって流れに実はなっているらしいのだ。中ボスを前に木の実でパワーアップは、どの探索者チームもやっている事。

 果実ポーションはその効果時間も倍だし、何より摂取のしやすさは固形物の比では無い。その辺が小ヒットの原因だと思われるが、能見さんはまだまだ売れると予測しているみたい。


 その紗良だけど、当人は今は全く別の仕事に取り掛かっていた。茶々丸と萌の戦闘スーツを、大量に溜まっている布素材を使ってのお針子作業中である。

 特に茶々丸の頭装備は、何度もぶつけているシーンを見ているので必須ひっすだと感じている彼女である。胴装備は《巨大化》の関係もあって、なかなかに難しいけど何とかなりそう。

 コロ助の装備と同じく、伸縮素材で試作品は出来上がっている。




 そうこうしていると、ようやく協会の2人が同じ車に乗って峠道を登って来た。江川は後部座席に、ルルンバちゃん用のパーツを大量に乗せて来たみたい。

 それを見て興奮する香多奈、これはルルンバちゃんの強化が大幅にはかどりそうと。江川も同じく、砲塔型の魔導ゴーレムを目にして驚いた顔付き。


 そしてムッターシャの、異界の技術者に依頼をすると言う提案に驚きを通り越して呆れ顔に。そんな事が可能なのかと来栖家の面々を見回すが、彼らは至って真面目顔。

 ここの常識はどうなってるのと、同僚の能見さんを窺う江川だったが。彼女も同じく、呆れ顔になっているのに多少ホッと胸を撫で下ろすのだった。


 ちなみに同じく協会所属の異世界チームの付き人は、所在なく端っこでこちらを眺めている。どうも仕事熱心でないのか、それともチームの雰囲気に圧倒されているのか。

 それでも短い話し合いで、午後の計画は何とか決定した。まかりなりにもダンジョンに入るので、一行は探索着に着替えて再集合を果たす。

 和香と穂積も同行したがっていたが、それは危険なので却下。


 この辺は可哀想な事案だが、仕方ないと分かって欲しい。香多奈だけ贔屓ひいきされている感じで、護人としても心苦しいのだが。せめてもう少し大きくなるまで、我慢してくれれば。

 それより協会職員の2人も、緊張していてフォローが大変。無理に付き合う事は無いのだが、それより好奇心が勝っている様子である。


 その横では、茶々丸が新調された戦闘スーツを紗良に着せて貰って舞い上がっていた。強化もある程度してあるし、魔法の布素材も使ってるので随分マシになった筈。

 萌の装備に関しては、そのまま茶々丸のお古の忍者着のままと言う事で。今は仔ドラゴンの姿で、香多奈に抱えられての移動である。

 まぁ、敷地内ダンジョンの移動程度ならそれでも充分だろう。




 そんな訳で、異世界チームの先導で4層に繋がったワープ魔方陣を潜って行く一行。4層に降りるまで出て来た敵は、ハスキー達がサクッと片付けて行く。

 そして出現した集落の風景に、湧き立つ一行である。


「凄いっ、ワープ移動した先に異界の集落があるなんて……協会の職員で異界に訪れたのは、我々が最初かも知れませんね、能見さん。

 これは興奮するな、あっちにお店みたいな建物もありますね!」

「うわぁ、本当に集落が……」

「あっちの丘の向こうに、知り合いの職人の工房があるんだが。他の店を見て回りたいなら、先に話をつけてから回ればいい。それとも、ザジを案内につけようか?

 おっと、ズブガジはもう移動を始めてるな」


 ズブガジにも馴染みの工房らしい、その後を飛行ドローン形態のルルンバちゃんがついて行っている。相変わらずの仲良しだが、果たして香多奈の計画は上手く進むのだろうか。

 設計図まで描いて持参した少女の、熱意は相当に高いと思われるけど。それを魔導ゴーレム職人が、すんなり受け入れてくれるかは全くの不明と来ている。


 ところがムッターシャが紹介してくれた、異界の職人さんは中年の気さくなドワーフだった。珍しい事が大好きな性格らしく、砲台ボディの改造に大いに乗り気と言う。

 香多奈とも話が合うのか、腕も付けてとの難問にも対応してくれる感じ。ルルンバちゃんのスキル特性を理解して、後付けパーツもある程度動かすのに問題は無いとの事。


 自由度は随分と広がるし、砲台ボディと飛行ドローンの分離などロマンでしかない。ドワーフの職人は、ロマンに関しても随分と理解があるようで大助かり。

 そんな訳で、江川がコツコツと集めた各種パーツもめでたく日の目を見る事になりそう。ただし魔導ゴーレムのパーツとは、強度がまるで違うので補強は必要との事。

 つまりはそれなりの時間と、それから素材や費用も掛かりそう。


「ダンジョン回収の硬質素材なら、ウチでも集めたのが結構あったよね、紗良姉さん。お代は魔石でいいなら、これも結構溜め込んでるから問題無いよね。

 時間掛かってもいいから頼もうよ、護人さん」

「ルルンバちゃんの本体は、連れて帰っても問題無いよね? 置いて帰ったら、多分寂しがって泣いちゃうよ。

 それにしても、江川さんの集めたパーツは色々凄いねぇ」

「ロボットっぽいパーツは、仲間にも頼んで随分と苦労して集めましたね。それでも役に立って貰えるのなら光栄です、存分に使って下さい!」

「こちらも助かります、江川さん……お題もキッチリ払いますね」


 護人の言葉に結構ですからと固辞する江川だが、それではこちらも示しがつかない。今後の付き合いも見据えて、魔法の鞄の予備やらパーツの買い取り金額やらを手渡して行く。

 それからドワーフの職人にも、適当に気になる素材を渡して機体の改造を改めてお願いする。それを眺めた親方は、2日後に来てくれとの見積もりで、それを聞いてその場をいったん後にする一同であった。


 それから能見さんと江川は、異世界観光をある程度堪能した模様。その日はそんな感じで残り時間を過ごし、異界の商店街で少々買い物をして戻る事に。

 この隠れ里は、他の土地とは隔絶しているので、流通に関してはそこまで期待は出来ない。それでもたまに立ち寄る冒険者もいるし、完全隔離って程でも無いようだ。


 そんな説明をムッターシャから受けたり、買い物を楽しんだり。それから家に帰っての翌日、今度はあり余る資金を手に行きつけの『早川モータース』にお邪魔する。

 そして魔導ゴーレムの改造が駄目だった用の保険にと、小型ショベルを1台購入する護人であった。それから一緒について来たムッターシャチームに、キャンピングカーの中古車をプレゼント。

 このサプライズには、異世界チームも驚いた様子である。


 ザジなど特に、大喜びで中の居住区の確認が忙しない。異世界チームの付き人も、この2チームの仲の良さには心底ビックリしている様子だ。

 とにかくこれで、彼らの町中の移動も随分と快適になった筈。


「本当にいいのか、モリト……確かに俺たちは、君をホスト役と認定してこっちの世界では活動する予定ではあるけれど。

 そこまで優遇してくれなくても大丈夫だぞ?」

「探索者は体が資本だからね、出た先のベース基地もやっぱり必要だろう。君たちのレベルになると、こっちの世界じゃ持って無い方が不自然だからね。

 中古で悪いけど、好きに使ってくれ」


 中古だけに、生活感はやや残っているが装甲もしっかり取り付けられている。ザジは今度は運転席に回って、そこから香多奈に手を振って何かのアピール。

 子供達もチェックに同行して、状態はいいねと太鼓判を押す構え。ズブガジを別にして、3人で使うには充分な広さである。リリアラも気に入った様子だが、内装は弄りたいわねとそこは譲れない様子である。


 それを受けて、その日は大きな町での買い物を2チームでこなして。食料品から日用雑貨まで、予定通りにまとめ買いに走る両チームだったり。

 この時ばかりは、女性陣も買い物に本気モードである。



 そして日が明けての翌日、異界の工房の職人との約束の日となった。朝から浮かれ模様の香多奈とルルンバちゃん、預けた新ボディの出来が気になって仕方が無さげ。

 その受け取りは、午前中に野良仕事を通常通りに行っての午後に行く事に。異世界チームは生憎と、町内パトロールの仕事の為に受け渡しには不参加である。


 それでも4層のワープ魔方陣の設定は、リリアラに聞いていて問題は無い。早く早くと急かす香多奈に、導かれる様に一行は移動して異界の隠れ里へ。

 ハスキー達も元気に先導して、お掃除ロボ形態のルルンバちゃんを抱える末妹をしっかりサポート。そして辿り着いた工房で、ドワーフ職人に迎えられる。


 出来栄えを見てくれと、案内された先には何とも形容しがたい物体が。砲塔は以前より目立たなくはなっているが、その上に取り付けられた飛行ドローンのパーツは思ったより頑丈に保護されていた。

 香多奈のゴリ押しで取り付けられた両方のアームは、不揃いで決して格好良くはない。それでも香多奈は大興奮で、ルルンバちゃんをその新パーツに向けて解き放つ。

 それから『合体』スキルによる、新生ルルンバちゃんのお披露目。


 スキルの力で動き出すその勇姿に、香多奈以外は微妙な反応のチームの面々。動作に関しては、ややぎこちないがしっかり全パーツが稼働可能なようだ。

 何にしろ、ルルンバちゃんもご機嫌な様子で良かった。





 ――チーム強化も含めて、これで“アビス”探索の準備は全て整った?






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