第345話 アビスの攻略に来栖家チームが駆り出される件



 その知らせは割と唐突だったが、先ぶれは以前に通達されていた気も。協会の本部からの連絡では、A級ランクの甲斐谷チームを例の“喰らうモノ”の攻略に貸し出す代わりに。

 その先払いとして、瀬戸内海に出現した“アビス”の安全度チェックに向かってくれないかとの依頼である。そんな取り引きなのだが、半ば断れない拘束にも聞こえてしまう護人である。


 とは言え、この作戦に同行するのは甲斐谷チームを始め、B級ランク以上のギルドやチームが多数参加するとの事。その最初の調査には、なるべくチーム数を揃えたいのだと向こうの主張みたい。

 その理由の1つだが、“アビス”は超巨大ダンジョンだと言う前情報があるせいだ。そんな所が万が一、オーバーフローを起こしたりしたら大変である。

 瀬戸内全域が、モンスター被害にさらされる破目におちいってしまう。


 そして、あまり大声で言えないもう1つの理由だけれど。三原の“ダン団”が随分前に戦艦で先行して、この問題の“アビス”に上陸しているらしいのだ。

 今まで小さな小競り合いこそあったけど、ひょっとして大きないさかいに発展する可能性もある。それなら全員の安全度を上げるためにも、協会としては打てる手は全て打っておきたいとの事情みたい。


 なるほど、言いたい事は良く分かった……こちらには子供もいるけどなどと、言い訳は通用しそうもない事情を含めて。人間同士の争いは、極力姉妹には見せたくない護人ではある。

 しかし置いて行くとなると、香多奈などは本気でギャン泣きしそうで逆に心配。“弥栄やさかダムダンジョン”では、既にエグい場面も見せてしまっているし。

 何より探索旅行に末妹を置いて行けば、本気で恨まれてしまいそう。


 口をきいてくれなくなるならまだマシ、グレたりしたら目も当てられない。そんな訳で、来栖家チームとしては参加の方向で計画を立てると了承の返事をする流れに。

 そうして、家族に改めてお伺いを立ててみるも。


「聞いてるよ、岩国チームのヘンリーとかからラインで内容も知ってるし。確か、みんなで戦艦に乗って“アビス”に調査に向かうんでしょ?

 B級ランク以上の任務だって、光栄だよねっ!」

「そうなんだ、ウチのチームも偉くなったねぇ……それじゃあ、お出掛けの支度しなくちゃね。今回は何泊する予定なのかな?

 さすがに異世界旅行の時みたいに、野宿って事は無いんでしょ?」


 騒がしい香多奈の返事の後に、おっとりした紗良の確認の言葉。相変わらずの子供達だが、最近は探索旅行慣れして来た感もチラホラ出て来ている。

 その点は安心なのだが、移動手段やら色々と大変なポイントも。今回も協会の依頼には、是非とも異世界チームを同行させて欲しいとの内容も含まれており。


 確かに情報の無い“アビス”攻略に、これほど頼りになるチームはいないだろう。ただし向こうは、依然として活動中の“喰らうモノ”の監視に残っておきたいとの申し出。

 既にこの任務を達成しても、金を払ってくれる異界の伝手とは縁が切れている異世界チームだけれど。“喰らうモノ”の怖さを一番知っているのも、彼ら異世界の生まれの者達である。

 何よりその申し出は、日馬桜町にとっても有り難い。


 従って、協会にはその通りに伝えて、その分来栖家チームが頑張る流れに。とにかく一番大事なのは、チーム全員が揃って無事に戻って来れる事。

 前準備を率先して手伝ってくれる姫香は、何としても護人の手間を引き受けようと奔走する素振り。香多奈もそれを見て、お手伝いの真似事を始める。

 ルルンバちゃんも、何故か忙しそうに床を駆け回っている。


 そんな訳で、3月も中旬を過ぎた頃だと言うのに再び慌しい来栖家である。お隣さんに留守を頼むのも、こう連続すると心苦しくもあるけど仕方がない。

 向こうはお気楽に、気をつけてねと簡単に引き受けてくれて何よりだ。その後は、留守の間の農作業やら何をするべきかの打ち合わせに時間を費やす。


 厩舎の母牛も、いつ子供を生むのか予断の許さない状況だったりする。本当はホイホイと遠征している場合では無い、そんな来栖家の現状である。

 だと言うのに、全員がB級までに上り詰め、協会からは既にA級も打診されている護人である。お陰で恩恵は得られているけど、それに比例して無茶な依頼も増えて来ていると言う。


 幸いにも、チーム仲間の子供達が積極的に探索業を手伝ってくれていて。ペット勢にしても同じく、レイジーを筆頭にしたサポートには本当に恐れ入る。

 今回も、そんな感じで乗り切れれば良いのだが――




 今回は来栖家チームも準備は割と万端で、遠征もドンと来いってな感じである。まずは各種スキルの相性チェックからの獲得に始まって、ルルンバちゃんの新機体の確保。それから姫香の装備の変更も、順当な流れで行われていて。

 それをキャンピングカーに積み込んで、集合場所に指定されたのは広島市内の宇品港だった。正式名称は広島港で、まぁ昔の呼び名の宇品港の方がしっくり来る。


 そこに朝の9時集合と言う通達に、来栖家チームは早朝から大忙し。家畜の世話をして朝食を食べて、支度をしてから速攻での出発となった次第である。

 現代は朝の通勤ラッシュが無いので、これでも何とか間に合う筈。


「それにしても、軍艦に乗るんならくれ港とかに行くべきなんじゃないの? 宇品港って、モンスターに破壊された後、どの程度まで修復されたんだっけ?

 ちゃんと大きな船も、接舷せつげん出来るようにはなってるんだよね?」

「呉とかに集合だったら、前乗りして『戦艦大和ミュージアム』とか見学出来たのにね? それとも朝に出発して、ギリギリ到着出来る距離かなぁ?」

「呉は広島市からなら尾道よりずっと近いけど、高速道路が上手く繋がって無いからな。遅刻する恐れもあるから、呉港集合だったら前乗りを選んでたかも知れないなぁ」


 護人の言葉に、地図を眺めながらナビ役の姫香も同意の頷き。とは言え、その地図も“大変動”前の物なので、それ程に信用はならなかったりする。

 それでも広島市までの道のりは、一応の整備もされていてスムーズである。野良モンスターの危険は常にあるが、それはダンジョンが存在する限り逃れられない。


 今回の早朝からの遠征だが、結果を言えばその手の邪魔は全く入らず市内へと辿り着けた。そのままキャンピングカーは、海辺を目指して静かな街並みを進む。

 何しろ建物の半分以上が、今は機能していないみたいで空の状態っぽい。道路を走る車の数も、めっきり少なくなっていて渋滞とは無縁の交通事情である。

 そんな訳で、一行は無事に宇品港へと到着を果たした。


 そして協会の案内人を探すのだが、それは程無く見つかった。助手席の姫香が、装甲済みのキャンピングカーの群れを、敷地内で目敏めざとく発見したのだ。

 そちらへ車を進めて行くと、案の定の探索者チームの集まりだった。その半分は見知った顔だが、ぽつぽつと知らない顔ぶれも存在している。


 今回の大規模レイドの中心は、もちろん甲斐谷チームに相違ない。ただし、他にも強そうな面子メンツがズラリと揃っていて、香多奈など興奮している模様だ。

 見知った顔では、『ヘリオン』の翔馬チームや『麒麟』の淳二チームも甲斐谷の近くで何か喋っている。岩国チームの『ヘブンズドア』も、予告通り参加を決め込んでいる模様。


 来栖家チームの面々も、護人が適当な場所に車を停めるとそれに合流する。この後の流れを全く知らないし、とにかく知り合いにくっ付いておかないと。

 下手に単独行動を取って、置いて行かれるのも間抜けである。その辺は遠征前から、慎重に知り合いを頼ろうと決めている護人と子供達だったり。

 ハスキー軍団に関しては、ただ護衛の任務をこなすのみ。


「おっ、来栖家チームがようやく到着したね……これでほぼ揃ったのかな、今回のレイドは全16チームらしいからね。

 賑やかになるのは間違い無いね、まぁ“アビス”内の安全は保障しかねるけど。向こうには愛媛のチームもいるよ、彼女らもA級らしいね」

「えっ、あの女の子だけのチームがそうなの? それは凄いね、あの背の高い女性がリーダーかな……ちょっと気が弱そうだけど、間違いなく強いオーラ放ってるよね」

「そんなの感じられるようになったの、姫香お姉ちゃん? 一緒に探索するのなら、挨拶して来た方が良いのかな?」


 『ヘリオン』の翔馬の言葉に、明らかにA級女性チームに興味を示す姉妹。その前に岩国チームのヘンリー達が近付いて来て、お久し振りと挨拶をして来た。

 青空市で毎月会ってるので、それ程久し振りと言う訳でも無いのだけれど。向こうも知り合いの数は多くないみたいで、居心地が悪かったのかも知れない。


 子供達も気楽に応じて、今から軍艦に乗るんでしょとテンションの高い香多奈の言葉に。その場の大人たちが、一斉に気まずい表情になったのは何故なにゆえか。

 程無くして、各チームのリーダーが一ヵ所に集められてのミーティングが始まった。そして来栖家の子供達も、予想外の事実を聞かされる事に。

 何と予定は大幅に変更、護衛艦では無く大型フェリー船での出航らしい。


 その辺も色々と、政治的な駆け引きが上の方で行われたみたいである。“ダン団”には貸せて、協会の探索者には貸せないのかとの文句が出るのはごもっとも。

 とは言え、“アビス”の安全度チェックはなるべく早急に行わないと。これの放置は、瀬戸内全域を危険に晒してしまう事に繋がってしまう。


 そんな事情は、特に来栖家の子供達には感銘を与えはしなかったようだ。それでもフェリーに乗るのも面白いかもねと、香多奈は呆気なく前言を撤回の構え。

 何よりキャンピングカーと一緒に船に乗って、目的地まで運んで貰えるのだ。それは快適かもねと、紗良の肩に乗ったミケに話し掛ける少女。


 そんな末妹に、いつの間にか近付いて来た影が幾つか。良く見ると、さっき話題になっていた愛媛のA級チームの女性たちだった。その視線はハスキー達にロックオン、どうやら動物好きらしい。

 その証拠に、自己紹介もおざなりに質問が飛んで来た。


「あっ、あの、愛媛のチーム『坊ちゃんズ』の者なんですけど……ちょっとだけ、ワンちゃん達をモフモフさせて貰っても良いですか?

 あっ、自分はA級探索者の阪波はんなみと言います」

「えっ、別に良いけど……レイジーは止めておいた方がいいかも、気難しい所があるから。ミケさんもダメかな、家族以外に触られたがらないし。

 コロ助だったら大丈夫だよ、この子はフレンドリーだから」


 指名されたコロ助は軽く尻尾を振って、ウエルカムな仕草。それより、阪波はんなみと名乗った先程から目立ってた長身の女性は、どうやらリーダーでは無かった模様。

 しゃがみ込んでひたすらコロ助をモフってる阪波に、仲間の女性たちも生温かい視線を向けている。姫香はお気楽に、愛媛の人が何で広島に来てるのと尋ねてみる。


 するとサブリーダー格らしい女性が、もちろん“アビス”探索の手伝いに呼ばれたのだと、可愛い色合いの装甲されたキャンピングカーを指差した。どうやら昨日のうちに、しまなみ海道を渡って来ていたらしい。

 それは大変だったねぇと、香多奈も話に合流して来て。自分たちが奇異な目で見られているのも気付かず、萌も触らせてあげるよと仔ドラゴンを差し出している。


 確かにパープル色の仔竜も珍しいが、小学生の探索者も同じくレアである。それに気付いた姫香が、ウチは家族で探索者やってるからと釈明の言葉。

 これでもたくさんスキルを覚えてるし、撮影者としての腕は悪くないんだよと。そんな説明に感心して相槌を打つ愛媛『坊ちゃんズ』のメンバー2人。

 残りの1人は、ひたすらコロ助をモフっている。


「ウチは中学と高校の部活仲間で、仲のいい連中でチームを組んだ感じかな。バスケ部だったんだ、お互い運動神経の良いのは分かってたからさ。

 特にこの阪波が、あれよあれよという間にA級に登り詰めちゃって。私たちもビックリしてる所なんだ……あっ、私は工藤でこっちは石黒ね。

 そんで、今はいないリーダーは氷室ひむろって言うの、宜しくね!」

「こちらこそ宜しく、ウチは人間は4人だけどペットの数が多いから、多分いっぺんには覚え切れないと思うけど。向こうに着くまで時間あるなら、お喋りしててもいいかもね?

 紗良姉さんも、情報収集出来ないんだから混ざりなよ」


 話を振られた紗良は、内心で妹達のコミュ力に舌を巻く思い。それからなるべく愛想の良い笑顔で、宜しくお願いしますと広島と愛媛チームの橋渡しに尽力する。

 護人を始めとするリーダー同士の打ち合わせは、もう少し時間が掛かる様子。それが終われば、全員がフェリーに乗っての瀬戸内海へのクルージングだ。

 そこに待つのは、全く情報の無い“アビス”ダンジョン。





 ――果たして一体、どんな波乱が待ち受けているやら。








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