第336話 風エリアの次は案の定の土属性フロアだった件



 広場には大鷲おおわししかいなかったけど、そこから続く崖の谷間の道には大鶏の群れが待ち構えていた。中には人型サイズの大物もいたけど、ハスキー達はそいつ等を難なく片付けて行く。

 それを茶々丸と萌のペアもお手伝い、広くはない通路なので立体機動の茶々丸は大活躍である。崖を駆け上って、萌と共に敵の頭上や背後から攻めるその手腕はお見事。


 ルルンバちゃんも、低空飛行でそれをお手伝い。10匹以上いた大鶏も、順調に数が減って行く。一際大型の奴も、いつの間にやら倒されて姿を消していた。

 それから魔石を拾ってご機嫌な香多奈、抱いていたミケは護人に預けられている。向かい風は相変わらず強くて、小柄なミケはいかにも不機嫌そう。


 ちなみにさっきの大鷲は、3匹とも魔石(中)を落としてくれた。素材も羽根系をドロップして、何だかさっきのが中ボス戦だったんじゃと思ってしまう。

 ところが、通路の突き当りにちゃんとそいつは待ち構えていて、その問題(?)は解決した。さっきより倍は広い広場だが、風の強さも倍加している感じ。

 そこにはしっかり、中ボスとワープ魔方陣と宝箱のセットが。


「わっ、ちゃんと中ボスがいてくれたのはいいけど……ここも風が強いね、吹き飛ばされないようにしないと。

 ミケさんも、ちゃんと私に掴まっててね?」

「本当よね、アンタは軽いんだからちゃんと吹き飛ばされないようにしてなさい、香多奈。声も届き難いかもね、今の内に『応援』を掛けといてよ」

「中ボスは良く分からんが、魔人タイプなのかな……? それからワイバーンに大鷲に、風の精霊とオールキャスト揃い踏みだな。

 既に反応されてるから、不意打ちは無理っぽいな。各自で後衛に近付けさせないよう、頑張って抑え込むぞ」


 狭い通路から出た途端に、そこは既に中ボスの間だったと言う不運に。相手は既に反応していて、得意の先制攻撃の暇も無いと言う有り様である。

 護人の号令で、張り切って前衛陣は敵の群れの抑え込みへと動き出す。とは言え空を自在に飛ぶ連中が相手となると、それもなかなか難しい。


 護人は“四腕”を発動させて、率先して飛び上がる大鷲を牽制している。ワイバーンは近付いて来たハスキー軍団に、毒針の尻尾でしきりに突き掛かっている。

 風の魔人は周囲への咆哮技から、向かって来る姫香とツグミに対して風の刃を連続で飛ばして来た。『圧縮』でガードする姫香だが、咆哮による脱力には参っている模様。


 そして、風の精霊が回り込もうと動くのは、茶々丸と萌のペアでしっかりガード出来ていた。コイツも風の刃を飛ばして来ており、茶々丸は少なくない傷を負っている。

 そこにフォローに入る護人、大鷲の抑え込みはレイジーとルルンバちゃんが代わりに担ってくれている。先制攻撃抜きだと完全な力勝負になってしまい、各所ではなかなかに大変な乱戦模様だ。

 それでも、エースのレイジーの所から局面は動き出して行く。


 大物とは言え、先程も戦った敵である。しかもルルンバちゃんが、敵が上空へ飛び上がるのを上手く制してくれていた。相手のフェザーシュートを華麗に避けたレイジーは、その撃ち終わりの隙を見逃さない。

 敵の死角から、レイジーは相手の首筋に咬み付く事に成功する。そのまま地面に組み伏せてしまえば、もはや獲物を逃がす彼女では無い。十数秒後には、敵は魔石へと変わって行ってくれた。


 その隣でワイバーンを牽制しているコロ助だが、こちらは香多奈とミケのフォローで安泰の模様。相手の毒針尻尾も咬み付き攻撃も、余裕でかわしてまるで相手を揶揄からかっているかのよう。

 しかもミケのちょっかいで、相手のワイバーンは既に割とグロッキー状態に。ミケはどうやら、巨体で上空から向かって来る連中が大嫌いの模様である。

 ワイバーン相手にも、割と容赦の無い攻撃をかましている。


 そして止めはコロ助の『牙突』が、相手の首筋に綺麗に決まって終了の運びに。下手に近付くと毒針が怖かったので、これは満点の手法だろう。

 血の気が多くて取っ組み合いが好きな彼にしては、よく我慢したモノである。主の香多奈からもお褒めの言葉が飛んで来て、満足気な表情のコロ助。


 一方の左サイドは、茶々丸が傷を負っていて割とピンチ。魔法を浴びる機会があまり無かった仔ヤギは、それをガードする術も知らずにただ突っ込むのみ。

 やられる前にヤレって戦法だが、茶々丸の『角の英知』や《刺殺術》は風の精霊には効果が薄かった様子。それをカバーするために動く護人、魔断ちの神剣が一閃する。


 それは飛んで来た魔法の、風の刃ごと精霊の本体を真っ二つにした。恐ろしいまでのパワーだが、これも相性やら何やらの効果のお陰もあって一概には言えない。

 そんな事より慌ててるのは、勝利をもぎ取った筈の護人である。すかさず怪我だらけの茶々丸をひっ捕まえて、姫香に一声掛けながら後方へと退避する。

 声を掛けられた姫香は、勇ましく任せてと上機嫌。


 とは言え一番強い中ボスが相手、まぁこのマッチングは彼女自身の選択なのだけど。3メートルを超す大柄な風の魔人は、無手だが体格は良いし決してあなどれない。

 風の刃も威力は高いし、『圧縮』ガードが無ければ近付けもしなかっただろう。ツグミのフォローも順調で、相手の中ボスは戦闘に集中出来ていない様子。


 それでも敵の圧と言うか、向かって来る迫力は物凄いモノがある。連続で撃ち込まれる風の刃も、一撃でも喰らえば大変な事になりそうでとっても怖い。

 それでも退かない姫香の、必殺の一撃が見舞われる。大きく体勢を崩して、そのくわ攻撃を避ける中ボスの風の魔人。ただし、それを切っ掛けに一気呵成かせいの姫香の攻勢が始まった。


 そして護人の戦いの終焉から、約2分後には決着の一撃が風の魔人の首筋に叩き込まれていた。そのダメージで、呆気無く魔石に変わって行くこのフロアのボス格であった。

 見守っていた仲間からも、やんやの喝采が巻き起こる。それから、茶々丸を治療し終えた紗良のチーム員の怪我チェックと、香多奈とルルンバちゃんのドロップ品の回収作業が始まる。

 不思議な事に、いつの間にかあれ程吹いていた風もすっかり弱まっていた。


「ふうっ、ようやく風のフロアが終わったね、護人さん。フィールド型ダンジョンだと分かった時には焦ったけど、何とかお昼までにクリア出来て良かったよっ」

「ミケさんも、しっかりストレス発散出来たかな? お腹空いたね、宝箱のチェックを終わらせて、お昼ご飯を食べに外に出ようよ」


 そんな末妹の香多奈の言葉が、チームの指針になるのはいつもの事。宝箱を開封する姫香と、それを魔法の鞄に仕舞い込む紗良の手際の良さはさすがである。

 ちなみに宝箱の中身は、薬品がポーション800mlに解熱ポーション600mlに初級エリクサー500ml。鑑定の書が4枚に魔石(中)が5個、魔玉(風)が7個に木の実が4個。


 それから良く分からないほら貝や鎌やらが数点、後は風の意匠の鍵が1つ。ドロップにスキル書や、念願のワイバーンの肉が混じっていた程度だった。

 そちらもしっかりゲットすると、ハスキー達のテンションもアップ。拾い残しが無いのを確認して、エリアの端にあった退出用の魔方陣でこの場を後にする。




 それからチームは来栖邸に戻って、和やかに昼食タイム。風のフロアの感想を述べながら、紗良の作ったお昼ご飯に満足そうにはしを伸ばす面々。

 ハスキー達も、ドロップしたワイバーン肉を分けて貰ってとっても嬉しそう。こんなガッツリしたおやつは滅多に無いので、遠慮なく食欲を満たしに掛かっている。


 それにしても向かい風の強いフィールド型エリアは、移動するだけで消耗してしまった。午後にイン予定のエリアは、移動が楽だといいねと家族で話し合う。

 それから昼食を食べ終わって、護人は何気なくスマホチェック。そこには当然のように、自治会長や協会から様々な案件が何件か舞い込んでいた。

 姫香はそれを半分横取りしながら、ギルド運営の重みを担う構え。


 何しろ家長の護人に関しては、田畑の管理や未成年のお隣さんのお世話など大変なのだ。それに自治会や協会の仕事が重なると、案件が山盛りで処理し切れない。

 せめて探索関係の雑事は、自分が請け負わなくちゃと姫香は考える次第である。それに関連する4月の青空市だが、どうやら中止せずに今回も行われるらしい。


 なかなか思い切った行動だが、その為の町の自警の動きも実は大忙しで。凛香チームなど、ほぼ毎日の出動となって小銭を稼いでいるらしい。

 もちろん一緒に異世界探索から戻って来た、ムッターシャチームにも依頼は舞い込んでいる。何だかんだで、彼らは1日1回は“喰らうモノ”ダンジョンの視察に訪れているのだとか。


 もちろん町内の見回りも担っていて、それには新たに協会支部に派遣された、若い職員が案内役を務めているそうな。日馬桜町の協会支部も、これで職員の数は7人と大所帯に。

 つまりニューフェイスは2人もいて、交替で異世界チームに張り付く感じらしい。異界の探索者チームを警戒しての側面も、それは当然あるのだろう。

 とは言え、もう半分は本部長の思いやりだと思いたい。


 実際、自治会も田畑の作業開始を前にバタバタし通しなのは本当で。町を挙げての今回の被害者のお葬式の後、より安全面の強化へと奔走しているそうな。

 青空市でも、積極的に『民泊移住』の募集を掛けて行こうと、意欲的に町内安全に動き出すとの事。そうなると、この町で唯一のギルドを持つ、来栖家への期待も大きくなるのも当然か。


 そんな懇願を含めて、家長の護人は大変な日々を送っている訳だ。聞けば熊爺のキッズ達も、探索者としての訓練に興味を持っているとの話だし。

 協会の仁志支部長も、町の安全対策の強化には手を貸しますと言ってくれはするモノの。町の自治会との橋渡しは、何故か護人が担う破目になっていて。

 その辺の肩代わりを、姫香は狙っている際中だったり。




 そうこうしている内に、午後の探索準備は整ったよと香多奈が元気に報告して来た。それを受け、再び探索着を着込んで敷地内のダンジョン探索に向かう来栖家チームである。

 春を迎えた来栖家の敷地は、雪に埋もれていた冬の様相とはまるで違って来ていた。もう少しすれば、田んぼのあぜ道につくしやふきのとうが勝手に顔を出す筈だ。


 山の上の春の訪れとは、いつもそんな感じで色彩に彩られている。そして春の鳥たちが、多少騒がしく縄張りを主張し始めるのだ。

 それは人が寄り付く前から、連綿と続いた命の歴史。


 ハスキー達も、たまにあぜ道を歩いたり用水路に顔を突っ込んだり、敷地内では呑気な様子。ミケも自分の脚で歩いて、続いての午後の探索も張り切ってるアピール。

 次は多分だけど土のエリアだねと、先読み大好きな香多奈が家族にしゃべりまくっている。そしてやっぱり、出て来る敵は多いんだろうなと言い合いながら。

 そんな最後のエリアの構成が判明したのは、お昼休憩から1時間後の事だった。次は最後のフロア、そこは末妹の予想通りの土属性のフロアだった。


「予想通りに、今回のエリアは土属性だったね、叔父さんっ……コロ助、最初からハンマー持ってていいよっ?

 多分だけど、出て来るのは硬い敵ばっかりだから」

「本当だね、私もシャベルかハンマー装備にしようかな? 護人さんはどうするの、予備のシャベル持ってるんだっけ?」

「ああ、金のシャベルを持ってるな、ハンマーの予備があるから姫香に渡そうか」


 そう言って護人は、薔薇のマントから取り出した『恐竜の骨のハンマー』を姫香に手渡す。自身は予備のシャベルを装備して、持ち慣れた感覚にどこかホッとした様子。

 コロ助はご主人の香多奈に言われた通り、最初から白木のハンマーを装備している。萌は仕方無いので、黒雷の長槍のままである。


 その辺も、今後の課題で色々と考えないといけないかも。茶々丸は恐らく、何も考えずに硬い敵にも突っ込んで行くだろう。相性を考えないと、思わぬしっぺ返しを食らう恐れも出て来る。

 それを言うと、今回の探索もちゃんと強化をしてから出掛けるべきだった。ミケの我がままでここまで来てしまったけど、強化素材は前回の異世界旅行で割と溜まっているのだ。


 協会での換金もまだ行ってないし、それこそ田畑の作業でおざなりにしたままだ。時間を作って、せめて装備の強化やスキルの相性チェックあたりはしておかないと。

 そう口にする姫香は、やはり護人やミケが相次いでダウンした恐怖はしっかり覚えている様子。そしてそれを回避するには、チームの強化しかない事も分かっていて。

 その為には、探索関係は自分が取り仕切る気満々である。





 ――それは家族チームの強みでもあり、負担は各々で分け合う構え。






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