第335話 強風に晒されながら風のフロアを進む件



 谷間を吹き抜ける風は、心なしか少しずつ強くなっているようだった。それを掻き分ける様に進むハスキー軍団、茶々丸と萌のペアもそれに続いて前衛を担っている。

 この2層フロアで厄介なのは、ほぼ存在感の無い浮遊する毒草だろうか。コイツに張り付かれると、血を吸われた上に毒を血管に注入されるみたいだ。


 そんな奴が風に乗って、ほぼ気配も感じさせずに飛んで来るのだ。ハスキー達には最悪の相性で、護人の指示で本体から離れないような位置取りで対処している次第である。

 これを受けたコロ助だが、やはり血を失った分だけ動きは鈍くなっている気が。それをサポートするように、今は護人が前衛に参加してバランスを取っている。


 そして“四腕”を発動して、飛んで来た浮遊毒草は《奥の手》と薔薇のマントで叩き潰す作戦に。この手なら、毒草に棘が生えていても関係ない。

 レイジーも炎のブレスで対処するが、風が変に舞う中で炎の噴射はなかなかに難しい。ツグミの『土蜘蛛』はスルリとかわされる場合があるし、本当に厄介な敵である。

 それでなくても、向かい風の中進むのは厄介だと言うのに。


 他の雑魚も風をまとって突進して来て、大鶏などならまだ楽に倒せるのだが。ハーピー辺りになると、何故か強化されて護人の弓矢も避ける程の回避力を発揮して来る。

 微妙に強さが上昇してるのか、10メートル進むのも結構大変な有り様。それでも大鶏は鶏肉を、ハーピーは羽根素材をドロップして景気は良かったり。


「風がずっと吹いてるのは大変だけど、ドロップは段々と良くなって来たね、叔父さんっ! 下の層の距離感からすると、そろそろ半分進んだ程度かなぁ?

 そろそろ何か変化が……あっ、そこの壁はちょっと見応えあるかもっ!」

「ああ、なんか化石が土肌から剥き出しになってるわね……割と大きいかも、ひょっとしたら古代の恐竜かも知れないね。

 ダンジョンの中の発見だから、全然意味は無いけど」

「まぁ、そうだな……おっと、その先に分岐が出て来たな。こっちは意味はありそうだ」


 谷間の道は、護人の見付けた分岐で綺麗に左右に分かれていた。道幅は、左の方がやや太いだろうか……どちらも先は曲がりくねっていて、遠くまでは判然としない。

 どっちかが階段に続いてるよねと、推測を口にする姫香は先を見通そうと必死。そしたら反対側は、きっと宝箱が設置されてるねと希望を述べる香多奈。


 宝箱はどっちと、末妹に無茶な質問をされるハスキー軍団。ルルンバちゃんが高く飛び立って偵察に行こうとするが、すぐに低空飛行へと高度を落とした。

 それにかれるように、空から落下して来る巨大な飛行生物。どうやらワイバーンが釣れたらしい、疑似餌も良い所のAIロボに立派な大物が掛かったモノだ。

 慌てて注意喚起する護人だが、コイツの相手は既に慣れたモノ。


 何しろ“三段峡ダンジョン”で、散々に相手をしたモンスターなのだ。ミケなどコイツかってな目でひと睨み、ついでに《魔眼》も発動しちゃったようで。

 空中で固まったまま、落下して来る巨大飛行生物……そして大慌てで、予測される墜落地点から逃げる面々。その衝撃は、岩の滑落を招く程で、割と洒落になって無かった。

 ただし、見事にそのダメージで、ワイバーンは見せ場も無く退場の憂き目に。


「うわっ、ミケさんってば容赦無いなぁ……危うく生き埋めになる所だよ、もうちょっと戦ってる場所の事を考えてっ!?」

「でもまぁ、ミケだから仕方無いよ……それより、崖の上に出ると巨大飛行生物が邪魔して来るパターンなのかな? せっかくルルンバちゃんが飛べるのに、これじゃあ特性を活かせないよねぇ。

 まぁ仕方無いか、経験値より最短ルートで行かないと夕食に間に合わないし」

「そうだな、ワイバーンで済んでいる間はまだ良い方だし。それじゃあ、左のルートから先に……いや、紗良の魔法アイテムでチェックすればいいのか」


 そうだったと、姫香はポンと手を叩いてその選択に賛同の構え。香多奈は落ち込んでるルルンバちゃんを、ひたすら慰めて元気の回復に務めている。

 大物を招いたのは確かに彼の落ち度だが、その後の滑落騒ぎは明らかにミケのせいだ。責任を感じる必要は無いのだが、根が真面目過ぎるのも困りモノである。


 それはそうと、紗良の遠見の魔法スキルは無事に宝箱を発見に至った。良かったねとルルンバちゃんと喜ぶ香多奈、それに合わせて彼も気分を持ち直した様子。

 それは右のルートの先にあって、外見は木製で大当たりとまでは行かず残念。ただし、その中からエーテル800mlとMP回復ポーション800mlを補充出来て、これでMP休憩は心配なし。


 それから鑑定の書が3枚に木の実が3個、トンボや古代貝の化石が数個に巨大な松ぼっくりがたくさん。松ぼっくりは人の顔くらいのサイズで、何故宝箱に入っていたのか謎だ。

 まぁ、姫香や香多奈辺りは喜んで、それを手にしてはしゃいでいるけど。飾り物として見れば、確かに珍しくて価値はそこそこあるのかも知れない。

 とは言え、これにお金を出す人がいるかはそれこそ微妙である。



 その後一行は道を引き返して、残されたルートをひたすら進む事に。追い風は相変わらずの強さで、段々と体温を奪われて寒くなって来た。

 浮遊毒草の襲撃は、相変わらず定期的に訪れて嫌な感じ。とは言え、備えていればそれ程厄介な敵ではない。そのままの勢いで、来栖家チームはようやく3層への階段を発見する。


 そこは割と広い空き地になっていて、待ち伏せていた風属性のモンスターの数は20体以上と言う。大鶏やハーピーや大トンボが大半だが、例によって風の精霊も混じっている。

 それから白いイタチ型モンスターが3匹、そいつが一番強そうに見えるとレイジーは判断した模様だ。そいつ等から決して視線を外さずに、来栖家のエースはツグミに『焔の魔剣』を催促する。


 広場にいる敵の存在を知った瞬間に、後衛の紗良は魔法に集中し始めた。いつもの先制攻撃のためだけど、幸いにも仲間たちはそれに合わせて動いてくれる。

 不用意に突っ込む者は皆無で、これは護人の指示もあって良い連係プレー。強敵の数体も巻き込んでの先制打は、相変わらずミケも参加して暴虐を振り撒いた。

 ただし、強敵モンスターはそれでも生き残ってこちらをタゲって来る。


 結果、下手にヘイトを取ってしまって、紗良とミケは風の精霊と白イタチに狙われる破目に。白イタチは風属性のカマイタチと言う名のモンスターで、殺傷能力はとても高い敵だ。

 それでも雑魚がほぼ一掃されて、来栖家チームにも余裕が生まれているのも確か。怒り心頭で向かって来る敵を、ブロックしながら倒す作業に移行する。


 レイジーがタゲに指定していた白イタチ達は、スピード的には風の精霊の比では無かった。1匹を何とか前衛でブロックするも、残り2匹にはすり抜けられてしまう破目に。

 後衛陣への接近を許して、一転して接近戦に弱い紗良や香多奈は大ピンチ。近くにいた護人が、咄嗟に盾を構えて2人をかばおうとカバーに入る。

 しかし、敵は意外に小さくてブロックするのが難しい。


 接近されたのに気付いた香多奈の、悲鳴だか大声がとてもうるさい中。あっち行け~との単純な怒声に、何故か固まる強敵カマイタチ。

 どうやらスキル『叱責』が、知らぬ間に相手の動きを縛っていた模様だ。その隙に護人が、すっかり手に馴染んだ神剣でカマイタチ1体を撃破に至った。


 紗良も敵の接近に驚きつつ、何とか《結界》を自分と香多奈の周りに発動するのに成功する。これで何とか、前衛の足を引っ張る事にはならない筈。

 その間にも、動きを縛られたもう1匹のカマイタチは、戻って来ていたコロ助に噛み殺されてご臨終。後衛の安全は、まかりなりにも確保されて何より。


 ちなみにレイジーも、スピード合戦に危なげなく勝利していて、これでこの場のカマイタチは全て排除された。本来ならスピードでかく乱して、探索者泣かせの手強い敵だったのに本領発揮出来ずに残念な限り。

 ハスキー軍団との相性が、完全に悪かった模様で見せ場なしの憂き目に。残った風の精霊だけど、姫香とツグミのペアに抑え込まれてこちらも風前の灯火ともしび

 相手も2体いたが、姫香の《豪風》が発動して一気にこちらのペースに。


 旋風せんぷう同士のぶつかり合いは、しばらくの間両者の間で熾烈を極めていた。そこを何とか『旋回』を乗せてのゴリ押しで、いかにも姫香らしい土俵下への押し出しでの勝利となった次第である。

 ツグミも《闇操》と『土蜘蛛』でのフォロー、物理攻撃がほぼ効かない風の精霊相手に本当によく頑張った。一番効率的なのは護人の神剣なのだけど、後方待機なので仕方がない。


 この辺は、最初の不意打ちの魔法攻撃の弊害とでも言おうか。さっきみたいに、後衛が敵対心を取った際に狙われた時の対処要員はどうしても必要なのだ。

 攻撃と共に全員が前に出て、その隙間を縫って後衛陣に敵に詰められたら目も当てられない。先ほどの護人もそうだが、戻って来たコロ助はナイスプレーだった。

 イケイケの性格だけど、しっかり香多奈の護衛犬の自覚がある証拠だろう。



 そうこうしながら、戦闘後にはしっかり安全確認を行う子供達。そこから魔石拾いをして休憩の流れの後に、いよいよ階段を降りて次の層へと向かう。

 3層構造だとすると、この層が中ボスの拠点だって事である。気を引き締めつつも、さっきと同じく強い風の吹くエリアにゲンナリ模様の子供たち。

 ミケさん大丈夫と、小柄な家族を気遣う香多奈だけれど。確かに紗良の肩に乗っかってるミケは、結構な強さで爪を突き立てて飛ばされないように必死。


 そんな訳で、この層は香多奈が抱っこして移動する事に。撮影役は紗良に頼んで、後衛はいつも通りにリラックスしての位置取りである。

 その護衛役は、今回あまり高く飛べない縛りのルルンバちゃんが担う事に。それから護人も、それ程に先行せずいつでもフォローに回れる位置取り。

 そして出現する敵の群れは、やっぱり数が多くて大変。


 今回は大トンボと大イナゴが大半みたいで、なかなかに怖い絵面である。トンボはともかく、イナゴやバッタは農作物を喰い尽くすので農家にとっては完全な敵認定である。

 姫香ももちろん、愛用のくわを振り回して容赦の無い撃退振り。護人も後方から、弓矢でのフォローで数減らしのお手伝い。茶々丸と萌のペアも、壁を上手く利用して敵を狩っている。


「うへえっ、蟲ばっかりの出現もちょっと嫌だなぁ……まぁ、ワイバーンに襲われるよりはマシだよね。こんな狭い通路じゃ、逃げ場も無いし」

「あっ、でも……ドロップ目的に、少し狩るのもいいんじゃない? ワイバーンのお肉とか、変わった味だったけど美味しかったよね!

 ハスキー達も、確か喜んで食べてたし」

「まぁ、広い場所に出たら考えても良いけどな。さっきみたいに落石に巻き込まれて、危なくなるのが目に見えてるからダメだぞ、香多奈」


 護人にそう言われて、大人しくは~いと従う素振りの末妹であった。とは言え、お肉の話題が出たのを聞きらさなかった、ハスキー軍団はしっかり全員振り返っていた。

 そんな事を言ってるそばから、急に拓けた場所に出るのはどんな偶然か。それ程に広い空間では無いけど、ぽっかり開けた広場は風が舞っていて枯れ木が崖から突き出ている。


 何と言うか、モノ寂しい場所には違いない。そこで待っていたのは、ワイバーンでは無く大鷲おおわしが3匹。先行したハスキー軍団が上空から狙われ、一瞬でパニック模様に。

 羽音に気付いて、さすがに全員連れ去られはしなかったけど。その鋭い鉤爪と大きなくちばしは、ハスキーサイズでも容易にお持ち帰り出来そう。


 逆襲のレイジーの炎のブレスは、風のガードで致命傷にならず。飛び込んだ姫香の斬撃も、お返しのフェザーシュートで両者吹っ飛ぶ痛み分けに。

 慌てる後衛陣だが、猛禽類の大暴れって絵面は傍から見ていてとても怖い。護人の『射撃』は、1匹の大鷲に割とダメージを与えてくれた。

 とは言え、残り2匹はまだまだ元気、その内の1匹は再び大空へ。


 残った2匹は、執拗に鉤爪と嘴の攻撃で地上の面々に襲い掛かっている。そして羽根飛ばしの特殊技で、続けてコロ助が吹き飛ばされて行く破目に。

 その嫌な流れを打ち破ったのは、茶々丸と萌のチャージ攻撃だった。壁を駆けあがって大鷲の背面を取っての、スピードのある突撃は萌の槍攻撃も合わさってかなりの威力。


 何とそのたった一撃で、茶々萌は地上の大鷲の片方を倒してしまった。驚く片方の隙をついて、レイジーとツグミがソイツの喉元に咬み付いての引き倒し。

 それを助けようと再びのダイブ技を敢行する大鷲は、香多奈に抱っこされたミケの『雷槌』で大ダメージを負う破目に。それからルルンバちゃんの止めの銃撃で、呆気無く昇天して行った。


 レイジーとツグミも、自分の倍以上の大きさの敵を見事に噛み殺す事に成功する。これで広場の大鷲は全部倒し終わって、ひとまずは安全に。

 雑魚のいないこんな仕掛けは珍しかったけど、特に宝箱の類いも隠されておらず。吹きっさらしのこんなエリアは嫌だと、珍しく駄々をね始めた香多奈の言葉に従って、一行は移動を開始する。

 そんな訳で、来栖家チームは続いて推定中ボスの間を目指す事に。





 ――ここまで既に1時間半、ボスの間はもうすぐそこだ。






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