第333話 ミケのお転婆が加速しちゃってる件



 色んな方面に物議をかもしたミケの復活劇だったけど、当面は落ち着いた模様。もちろんネット内やら協会の方面から、ひょっとして妙薬を入手したのではと勘繰られはしたけど。

 何しろ護人まで若返って、印象が随分変わったのは完全に計算外だった。姫香などは随分と凛々りりしくなったよと、好印象的な発言をよこしてくれた。


 とは言え、外で会う人会う人にどうしたのと驚いて質問される事態はもう飽きた。毒見だなどと、安易に口車に乗ってしまった自分を戒めたい護人だが時既に遅し。

 ただまぁ、別に体調に関してはすこぶる快調で毎日の野良仕事もはかどりが半端ない。歳を取ると言う事を、何だか逆説的に体感してしまった護人である。


 そしてそれは、どうやらミケも同じだったらしい。朝からパワーがみなぎっており、寝坊助の末妹を叩き起こす手際も容赦が無い有り様。

 その程度ならまだ助かるけど、どうやら彼女の探索熱も急激に再燃したみたいである。香多奈も春休みなのを良い事に、家族でダンジョンに潜ろうよと朝からまぁうるさい。

 香多奈はミケさんの提案だとよ、調子の良い事を口にして責任逃れ。


「何だ、朝からミャアミャアご機嫌に鳴いてるなぁと思ったら。ミケったら、ダンジョンでひと暴れしたかったんだ? 

 若返った途端にお転婆だねっ、香多奈顔負けだよ」

「何で私と比較すんのよ、それを言うなら姫香お姉ちゃんの方でしょっ!? 暴れたいってよりも、みんなで狩りをして強くなりたいみたいだね。

 この前のダンジョンでの負けが、どうにも我慢ならない感じなのかも?」


 負けず嫌いなミケの性格は、何となく察してしまう家族の面々。護人叔父さんが仕事で忙しいなら、自分がチームを引率するよと姫香などは提案して来る。

 つまりはミケの気が済むような、軽い探索をその辺のダンジョンでして来ようかって事らしい。ただし、それに香多奈がついて行くなら話は全く変わってしまう。


 幾らミケやハスキー軍団が優秀だろうと、子供達だけでの探索は護人は原則反対の立場。そう言うと、凛香チームはどうなのよと末妹に突っ込まれてしまった。

 つまりは香多奈と言う子供を、子供が引率して探索に赴くのが不味いのだ。何かあった時に、責任の追及先はハッキリとさせておいた方が良い。

 そんな訳で、香多奈が行くなら保護者の護人も参加する事になる。


「それなら、探索が途中で止まってた敷地内ダンジョンにみんなで行こうよ。鍵が2つ集まってたんだっけ、残り2つを集めてボス部屋に挑もうっ!

 大ボスだったら、ミケさんの暴れたい欲も少しは発散されるでしょ!」

「それよりミケちゃん、尻尾が完全に2本になってるの、もう隠そうともしなくなっちゃったねぇ? これはもう仕方無いのかな、そう言うモノだって受け止めるべき?

 元気になってくれたのは、喜ばしいんだけどねぇ」

「ウチは妖精ちゃんもいるし、もう少々の異変なんか誰も問題にしないでしょ。紗良姉さんは真面目だから、隠さなきゃって思うんだろうけど。

 平気だと思うよ……世間は今更、猫又ねこまたの1匹や2匹気にしないよ」


 姫香の豪気ごうきな物言いに、そうなのかなぁと首を捻る紗良である。香多奈は既に探索の準備を始めており、長女にお弁当作ってと可愛く頼み込む始末。

 護人もこうなったら、異界から戻ったばかりだと弱音を吐いてはいられない。いや、どちらかと言えば苗や田んぼの支度があるのだが、む無く他の者に委ねる事に。


 今年はとにかく、隣人の数も多いし作付さくつけ面積も多めに取る予定。ゼミ生チームも、何でも手伝いますよと進んで農作業員を買って出てくれており。

 護人もお隣さんと色々と話し合って、美登利にリーダー的な役割を担って貰おうかと考えている次第。彼女は何より常識派だし、他人を気遣えるリーダーシップを持っている。

 ついでに言うと、小島博士の暴走を止めれるのは彼女だけ。


 その代わり、ゼミ生チームの探索業は、凛香チームに較べると随分出遅れ気味。まぁそこは仕方がない、美登利も大地も本分は研究者肌なのだから。

 それでもゼミ生達は、温室通いも頻繁だし農業の特性も持ち合わせている。そんな訳で美登利を呼び出して、事情説明から苗と田んぼのお世話を頼む流れに。


 そんな護人の願いを彼女は気軽に請け負ってくれて、まずは一安心である。機械操作には隼人君の手を借りるかもと、美登利は早くも根回しからのリーダーシップ振りを発揮している。

 お昼過ぎには農業手伝いの辻堂夫婦もやって来る予定なので、何をやるか分からないと言う事にはならない筈。本当なら護人も一緒に、田起こしをする予定だったのだが仕方がない。


 向こうもこちらの事情を良く知っているので、怒ったり呆れられたりはしないだろう。ちなみに前回の“春先の異変”で再稼働した“裏庭ダンジョン”だったけど。

 こちらがミケの治療法を探しに異世界に赴いている間に、ゼミ生と凛香チーム合同で、見事コア破壊までやり遂げてくれていた。前日のオーバーフローで、割と中はスカスカだったので比較的に階層到達は楽だったとの話である。

 それでも8階層を潜っての偉業は、大いに自信になった模様。


 そんな凛香チームは、本日も町中のパトロールに駆り出されているそうな。狩り残しの野良モンスターに備えて、日馬桜町のチームは現在も休みなく稼働中である。

 来栖家チームに限っては、入院騒ぎや何やらで免除されている感じだろうか。異世界チームも、専用車と運転手を貸し出すから協力してくれと、協会から正式なオファーがあったそう。


 それを快く引き受けたムッターシャ達は、早くもこの町に馴染んで来ているのかも。オファー先の協会だが、この春から更なる人員の増加が見込まれるようで。

 仁志支部長が、その辺の事情を嬉しそうに護人に話してくれていた。まぁ、要するに異世界チームの対応要員を正式に増やす感じの増員らしい。


 そんな感じで、お世辞にもひと段落着いたとは言えない町内事情ではあるモノの。田畑の準備は、何をおいても進めないとおマンマの食い上げである。

 町の住民にしても、そんな感じで亡くなった人たちをしのんでばかりもいられない。生きて行くための作業に没頭して、悲しさを忘れるのもこれまた日常である。


 特にこの時期の農家は、あれやこれやと本当に忙しい。農作物を害獣が荒らすようになって、その対策にも時間を取られるようになっては尚更である。

 来栖家は幸いにも、優秀な護衛犬のお陰でそっち系の心配は必要ない。防護柵を田畑の周囲に作るとなると、お金も時間もそれなりに掛かって大変なのだ。

 この時代は、それに加えてダンジョンなんてモノもあるし。


 野外での農作業も、野良モンスターを警戒して割と命懸けと言うレベル。まぁ、ゴブリン程度なら大人の腕力で何とか追い払う事は可能かもだけど。

 群れて来られたら完全にアウトだし、日馬桜町でも近所同士で組合を作っての作業が推奨されている。町中にダンジョンを20以上抱える、そんな町が考え出した苦肉の策とも言えよう。




「護人叔父さん、こっちの出掛ける準備は出来たよっ! 紗良姉さんも、簡単な軽食を持って行くって……でもまぁ、敷地内ダンジョンだから食べに戻れるよね?

 ミケはもう外に出て、私たちが準備整うのを待ってるよ」

「おっ、そうか……こっちも各所への通達は終わったよ、姫香。本当ならウチのチームも、田起こしを率先して手伝ったり、町のパトロールに出掛けるべきなんだろうけど。

 少し後ろめたいが、まぁ仕方が無いか」

「ダンジョン探索でお金が儲かるんだから、それで本格的に人を雇えばいいんだよ、叔父さん。そしたら私たちのチームも、探索に集中出来てレベルもどーんと上がって大助かりだよ!

 ミケさんもせっかちだね、妖怪化したせいなのかな?」


 ミケのアレは果たして、香多奈の言う通りに妖怪化なのかはともかくとして。護人も何とか探索準備を終えて、異世界からの帰宅後初の探索へとおもむく構え。

 とは言っても、戻って来てまだ3日と経っていない。香多奈はまだ春休み中で、家の仕事を手伝ったり和香や穂積と遊び回ったりしている。


 大人たちはそれなりに忙しく、それから新たな秘密の保持に冷や冷やしながら過ごしていた次第である。何しろ、ミケはともかく護人の若返りは、彼を知る者には一目瞭然なのだ。

 姫香などは素直に喜んでいるが、ひょっとしたら秘密組織から狙われるかも知れないと。末妹の香多奈に限っては、妄想をふくらませて妖精ちゃんと相談したりしている次第てある。


 小さな淑女の考えは至ってシンプルで、残った薬品は売るか使い切っちまえとスッパリとした物言い。それも来栖家を中心に波乱が起きそうで、怖い決断ではある。

 秘薬素材も増えて来て、来栖家の秘密は増す一方なのはアレだけど。ハスキー軍団がいる限り、取り敢えず守りは万全なのは有り難い。

 ただまぁ、こうやって家の者が出掛けると同行するのは仕方のない事。


 ちなみに今回は、ルルンバちゃんの新パーツのお披露目は見送りに。それどころか、大量に入手したスキル書やオーブ珠の相性チェックも後回しである。

 もちろん魔法アイテムの鑑定もまだ行われておらず、ひたすらミケの回復に安堵するこの数日の過ごし方だった。怠惰たいだとらえるか、気が抜けたのは仕方ないねと納得するかは考えの別れる所。


 その辺は人それぞれかもだが、異世界旅行の疲労の回復を優先したとも。取り敢えずは、協会への報告ついでに動画の作成依頼だけは出しておいた。

 異世界のダンジョンで入手した、魔石やポーションの換金にもそのうち行かないと。と言うか、その作業は今回の探索の報告と一緒になりそうな予感。


 やれやれと思いつつ、庭先でハスキー軍団と子供達と合流を果たす護人。肝心のミケの姿だけど、早くも邸宅の敷地の出口にあった。

 早く来いと待ち構えながら、ヤル気を漲らせて2本の尻尾をゆらゆらと揺らしている。若いって良いねと、良く分からない香多奈の感想も言いたい事は何となく分かる。

 ミケは確かに、数か月前とは大違いなのは傍目からも分かるレベル。


 護人の姿を見掛けると、先行して歩き出すハスキー軍団とミケ。待ってよと元気に言葉を発しながら、それを追いかける香多奈もまだまだ若い。

 自分はどうなんだろうなと、若返りの自覚のある護人は不思議な気分におちいりながら。あまり周囲に問い質されるのも嫌なので、髭でも生やすかと思ってみたり。


 そんな事を考えている内に、通い慣れた“ダンジョン内ダンジョン”の前に到着していた。そして探索に出掛けるなら、せめて事前の強化はしておくべきだったと微かな後悔。

 強化の巻物だとか、スキル書の相性チェックだとか……全くミケの我が儘は、末妹の香多奈以上に困りモノだ。ただまぁ、元気になってくれて本当に良かった。

 それが来栖家一同の、心からの本音だったり。


「うわぁ、ここに入るの久し振りだねぇ……確か右の2つが炎と氷のフロアだったっけ、鍵ももう入手済みなんだよねっ?

 それじゃあ、今日は反対側の2つと真ん中のボス部屋かなっ!」

「そうだねっ、1ヶ月近く間が開いちゃったけど……割とタフな仕掛けの、3層フロアを2つこなす感じだったかな?

 今回の属性は何だろうね、タイルの絵からしたら多分風かな?」

「ミケさん、ダンジョンの中で前に出たら危ないよ? いつもの指定席においで、突然ヤンチャで困っちゃうよねぇ、紗良お姉ちゃん。

 ハスキー達も頑張り過ぎちゃダメだよ、ミケさんに獲物を残してあげてね?」


 香多奈の言葉に、仕方無いなと言う感じで紗良の肩に乗っかるミケである。本当は前衛でバリバリ敵を倒したいのだが、後衛を守ってあげなきゃと言う本能はとても強いみたい。

 若返っても、母性はそのままの来栖家のエースだったり。特に狩りも満足に出来ない、末っ子には目を掛けてあげないとすぐに敵の餌食になってしまう。


 本人はこちらを世話している気になっているけど、本当は逆だとミケは前々から思っている。何よりこの群れの主が、末っ子に甘過ぎるのが独り立ち出来ない最大の要因に違いないと。

 多少はスパルタで鍛えないと、獲物を独力で狩れない内は半人前である。自分の目が金色の内に、何とかこの甘えん坊の末っ子を独り立ちさせなければ。

 そんな思いは、しかし家族の誰にも気づかれず仕舞い。





 ――とにかく、ミケの暴走で属性ダンジョンの探索の再開である。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る