第332話 妖精ちゃんのお手柄で秘薬が完成する件



 来栖家チームは“魔女のダンジョン”から無事に脱出して、約2時間かけて“ヨトの里”へと戻って来れた。目的を見事に果たせた事で、子供達のテンションも移動中ずっと高い。

 良い事は続くようで、ムッターシャチームも巻貝の通信を頼りに、無事に帰還を果たしてくれた。その差はほんの3時間で、さすがの実力の異世界チームである。


 通信からの情報で、彼らが秘薬素材の1つ『世界樹の葉』を無事に回収出来たのは分かっていた。スマホの通じないこの世界、出来ればこの便利魔法アイテムは複数欲しいかも。

 それはともかく、合流からお互いの無事を称え合う両チームの面々。特に香多奈とザジは熱い抱擁を交わし合い、ルルンバちゃんとズブガジもコミュニケーションを取り合っている。

 何にしろ、これで秘薬素材は3つ見事に揃った事に。


「本当に礼を言うよ、ムッターシャ……今は存分に休んでくれ、報酬は向こうに戻ってからちゃんと渡すから。

 何なら妖精ちゃんに頼んで、出来上がった秘薬を半分融通しても良いし」

「そこまで規格外の報酬はさすがに貰えないな、リリアラは欲しがるかもだが……いやいや、とにかに疲れたし休ませて貰おう。

 しかしここはどの階層のエルフの里なんだろうな、リリアラ?」

「かなり上だと思うわ、そもそも“世界樹”が実体を持ってたんですものね。私も妖精ちゃんが錬金を行う所が見たいから、サラのサポートに回るわね。

 こんな役得があるんなら、休んでなんていられないわ!」


 それじゃあ俺たちは休むかなと、年齢問題のウッカリ発言でリリアラに睨まれたムッターシャは早々に退散して行く。探索での疲労の色の濃い香多奈も、ザジと共に宿の屋敷内へと引っ込んで行った。

 姫香はペット勢の面倒を見てやりながら、ミケの具合も気にしている様子。その肝心のミケなのだが、もちろん来栖家チームが戻って真っ先に容態チェックに向かった次第である。


 宿を提供してくれたのは、今回も長老のレムリアだった。一行の無事な帰還を喜んでくれて、性格の良い人物には違いは無さそう。

 孫娘のモリーも、当然ながら子供達との再会を大いに喜んでくれた。今はお茶を淹れてのお持て成しに、張り切って動き回っている所。

 護人もムッターシャも、そのお茶を頂いてホッと一息。


 そうもいかないのは、同じく疲労の色の濃い紗良だった。妖精ちゃんと一緒に、今から集まった素材で錬金のサポートをしなければならないのだ。

 長老のご厚意で場所を用意して貰って、用心しながら高価な素材を魔法の鞄から1つずつ取り出して行く。その中には、当然ながら3つの秘薬素材も混じっている。


 リリアラも手伝ってくれて、何もしていない妖精ちゃんのご機嫌伺いなど。もっともそれはいつもの事で、小さな淑女の知恵と知識こそが大事なのでそれで良い。

 それから、彼女がうっかり覚えた『錬金術』スキルも、一応は必要には違いなく。これにより、時間が掛かる抽出ちゅうしゅつ乾燥かんそう作業が一瞬で完成すると言うチートを得たのだ。

 なのでやっぱり、妖精ちゃんの存在はとっても大事。


「あら、また新しい錬金レシピ本を回収して来たのね、サラ! 凄いわ、後で是非とも写させて頂戴なっ。こっちがあらかじめ、向こうで用意しておいた液体素材なのね?

 さて、これで全部揃ったのだと良いんだけど」

「そこは妖精ちゃんを信用するしか無いですね、リリアラさん。表情を見るに自信満々なので、多分素材の条件はすべて満たしてると思います。

 後は精一杯、錬金のサポートを頑張るだけですよっ!」


 今までの苦労はこの錬金の為だったのだ、紗良の入れ込み具合も当然と言うモノ。手際良く全ての素材を台の上に並べるのは、料理の行程とほぼ同じ。

 その辺は毎日やっているので抜かりは無い、リリアラもその作業を熱心に見守っている。妖精ちゃんは新たに入手した錬金レシピ本を眺めて、改めての手順の見直しをしている所。


 それから弟子の2人に、あれやこれやと細かな指示出し。要所は自身の『錬金術』スキルで時短を行っての、なかなか様になる作業風景である。

 別室で待っている姫香や香多奈は、ミケをキャリーバッグから出しての看護中。自分の体温で温めながら、時折励ましの言葉を語り掛けている。

 宿にと借りた長老の屋敷の一室は、夜を過ぎてもそんな緊迫感に包まれていた。


 孫娘のモリーも、時折心配そうに部屋に訪れて経過を窺う素振り。何しろ、秘薬が出来ない事にはこの状況は一歩も前に進まない。

 護人も落ち着きなく、部屋の中を行ったり来たり。


 そんな中、妖精ちゃんは新たに獲得したレシピ本を読みふけって思案顔。それからおもむろに、今回獲得した秘薬素材の下準備を紗良へと言いつけた。

 それから錬金スキルを駆使して、30分後には見事に3つの秘薬素材は液体状へ。それを満足に眺めながら、お次は液体の配合比率を熱心に指示し始める。


 ここを間違うと、薬品の効果が一気に著しく損なわれるようだ。せっかく苦労して集めた素材を、配合失敗で無駄にしたくない思いは紗良だって同じである。

 そんな訳で、紗良は物凄い集中力で持ち込んだメスシリンダーと睨めっこ。配合での色の変化を、これで良いのかと師匠である妖精ちゃんと、しつこいくらいに確認し合っている。

 妖精ちゃんも、初めて作る薬品の試行錯誤は大変そう。


 それから1時間後、何とか全ての液体素材を配合しての完成に漕ぎつけた。掛かった時間分の疲労を顔に浮かべ、出来上がった薬品を眺める3人。

 満足気な妖精ちゃんの顔を見ると、どうやら全ての過程に満足の行く結果となったようだ。それを見て、ようやく脱力する紗良とリリアラである。


「ふうっ、何とか完成まで持って来れたみたいね、サラ……1つの薬品にこんな時間が掛かるなんて、滅多に無いから緊張感も半端なかったわ。

 でもようやく出来上がったのかしら、彼女の素振りを見ると」

「ええ、妖精ちゃんもこのレシピの製作は初だったみたい……思ったより、難易度が高かったみたいですね。後はミケちゃんに与えるだけですけど、果たしてちゃんと効能が発揮されるのかは不明みたいです。

 流通していない秘薬なので、そこは当然かもですけど」


 そんな薬を、果たして老衰で体力もギリギリの小柄な猫に与えて良いモノか。薬と言えども、与え過ぎれば毒にもなる事だってある訳で。

 取り敢えずは護人に相談してみようと、紗良は隣室に控えるリーダーに声を掛ける。そしたら、ミケを抱えた姫香と香多奈までやって来て、場は一気にカオス状態へ。


 何しろここまで待ったのだ、一刻も早く元気なミケの姿が見たい。肝心の秘薬の完成に盛り上がる子供達だが、効能の正しさと与える分量が分からないと言われて困り顔に。

 そこまでは、作った本人の妖精ちゃんも責任を持てないと宙で肩をすくめる素振り。困った香多奈が、誰か試しに飲んでみたらと突拍子もない言葉を口にする。

 ただまぁ、それが一番の近道には違いなく。


「えっ、この中で一番の年上は護人叔父さんだけど……若返るのなら、ちょっとだけ舐めてみるのも賛成かな?

 でも変に作用したら怖いし、止めておく?」

「いや、これ以上のモノも出来ないだろうし、考えてる時間も勿体無いしな……ちょっと舐めてみよう、どっちみち毒見は必要だしな。

 それで暫く経過を見て、何事も無ければミケに投与しよう」

「大丈夫かなぁ、叔父さんが赤ん坊に戻ったらどうしよう……?」


 香多奈の妙な心配に内心ビビッて、ほんの一口だけの様子見に踏み切る護人である。改めてその薬を味わって、妙な苦みだなと内心で思ってみたり。

 ミケが上手く飲み込んでくれるか不安だが、被験者の護人には1時間経っても何の異変も現れず。ちょっとガッカリした顔付きの姫香はともかく、これで毒では無いと証明された。


 妖精ちゃんもその意見に同意してくれて、苦労しつつミケにその薬を飲ませる子供たち。かなり苦労して時間も掛かったが、そのお陰かミケの呼吸も心なし楽になった気も。

 取り敢えずは一安心の一同だが、まだまだ予断は許さない状況だ。今夜は付きっ切りで面倒を見るよとの姫香の言葉に、家族全員での同意が得られ。

 同じ部屋に籠っての、看病しながらの一夜を明かす流れに。


 とは言え来栖家チームの面々も、2日に渡る異世界ダンジョンでの探索で疲れ切っていた。そのために結局は看病しながら、全員が夜更け過ぎには眠りこける破目に。

 そんな護人の安眠を破ったのは、朝方近くの鼻面への一撃だった。加減された肉球攻撃は、すっかり味わい慣れた懐かしの感触だった。


 お腹が空いたとか朝の散歩に行きたいとかの、身勝手な理由での攻撃はミケのモノに間違いない。それに気付いて慌てて目覚める護人の目の前に、すっかり回復した愛猫の姿が。

 思わず抱き上げてまじまじと見遣るが、毛艶も鼻の潤い具合も完全に元通りのミケである。いや、体型こそ変わらないけど、どこか若返っているような?

 活力と言うか体からみなぎるエネルギーは、いつにも増して強い気が。


「ミケ、良かった……元気になってくれたんだな、自分が無茶した事は覚えているのかい? もう二度とあんな事しちゃダメだ、例え俺の為だとしても。

 お前も家族の一員なんだ、皆が悲しむからね」


 ミケはニャーと返事をしたが、それが肯定なのか否定なのかは分からず終い。それより先に子供達が起きて来て、元気になったミケの存在にいち早く気付いて大騒ぎの流れに。

 やったと喜ぶ面々だが、護人の変化には驚きと戸惑いの顔付きに。どうやら“若返りの妙薬”は、たった一口でも効果はそれなりにあった模様である。


 盛んにはやし立てられる護人は、少々不安になって鏡で自らチェックしてみる。確かに見慣れた自分の中年顔が、幾分か若返っている気がする。

 いや、いつものくたびれた顔付きから、かなり変わっているよと香多奈の遠慮の無い物言いに。動画とか見た人に突っ込まれないかなと、変な心配を始める末妹である。


 それなら地元の知り合いの方が、何事だと言って来る確率の方が高い気も。これは不味ったかなと、誤魔化す方法を必死で考える護人であった。

 出来る事と言えば、例えば髭を生やすとかサングラスやマスクを着用するとかだろうか。ただし姫香に限っては、そんなの勿体無いよと仕切りに反対して来た。

 そんな姉を、妹の香多奈は呆れて眺めている。


 それから護人の腕の中のミケを取り上げて、ひとしきり顔をこすり合わせての親愛のサイン。ミケさんの為に、家族でいっぱい頑張ったんだよとの報告も忘れない。

 とにかくこれで、来栖家のピースは全て元通りに。




 その日はあれこれ別れの挨拶で、エルフの里の人達と遣り取りを交わした2チームであった。里の秘薬を譲って貰った謝礼やら、何泊も泊めて貰ったお礼とか。

 里の若長は、最初の態度から随分と軟化してこちらをねぎらう素振りまで見せてくれた。そして小さな勇者に敬意を表すると口にして、どうやらそれは香多奈の事らしい。


 つまりは新たに里に流行り始めた、娯楽のスポーツの事を言っているみたい。また来る時は改めて歓迎させて貰うと、これは妖精の姫君も込みでのリップサービスだろう。

 そう言われて悪い気はしない一同だが、次に来れるかどうかは完全に妖精ちゃん次第。そんな小さな淑女は、大威張りで全て自分の手柄だと言わんばかり。

 大まかに言えば全くその通りなので、敢えて誰も訂正はしない。


 何にせよ、全てが無事に丸く収まって本当に良かった。この異世界に来た時には、ミケはキャリーバッグの中で命が尽きかけていたのだ。

 今はどうやってもそのバッグには入ろうとせず、紗良の肩の定位置に収まるミケである。ムッターシャチームも、元気になったミケと家族に温かい眼差しを向けている。


 そして里の者達に別れを告げて、ようやくの帰路に就く2つのチーム。相変わらず妖精ちゃんが先導して、異界同士を繋ぐ通路を目指して進んで行く。

 思えば妖精ちゃんも、そこを伝って単独で来栖家の住まう世界へと渡って来たのだ。その理由は全く判然としないが、恐らく大なり小なり目的はある筈。

 まぁ、それが退屈しのぎの可能性も大いにあるけれど。





 ――彼女にとっても、今や愛しの我が家は来栖邸なのかも?







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