第331話 広島周辺の探索者&ダンジョン事情その15
ムッターシャチームの移動は、
そんな訳で、平地ではズブガジの走行能力をフル活用しての移動である。それが駄目な森林では、なるべく平坦な場所を選んでの距離稼ぎを心掛ける。
なかなかに痺れる依頼だが、その目的が猫のための秘薬素材の収集とは。ただまぁ、腐った王国貴族の金儲けの手先になるより、何倍もマシだとの思いはある。
そしてそれが、異国の地でのスポンサーの役に立つとなれば。チームの誰もが、不満や文句は無いのがムッターシャチームの現状である。
自分達の故郷を捨てての、新たな地へと拠点を移したこの異世界チームだけれど。現在はこれといった不満も無く、特にリリアラなどは良い研究仲間に巡り会えたと上機嫌である。
つまりは紗良や妖精ちゃんとの、錬金や薬草
それに加えて、実験施設や食事環境の充実も言うまでもなく。
温室で紗良が育てている苗やハーブ類は、意外に種類も豊富で侮れない。個人で育成しているとは思えないのだが、案の定に他の学徒も足繁くここに通っているみたい。
やはり魅力的な研究施設には、学ぼうとする者も自然と集まって来るモノだ。そんな訳で、リリアラにとって秘薬素材集めはそんな研究の内の1つでしかない模様。
ザジに至っては、どこでも生きていける性格をしているので問題は無さそう。ただし彼女も、刺激を欲して冒険者になった経緯は大いにある。
そんな猫耳少女も、現状には非常に満足していると思われる。そして、新拠点での生活で一番活発に動いているのも彼女である。それはご近所付き合いや、言葉を覚える努力についても
子供達と一緒に、午前の学習塾に通う根性は改めて凄いかも?
そしてズブガジだが……彼については、一応は所有者のムッターシャにも本当の気持ちは分からない。ある遺跡の探索中に掘り当てて、以来ずっと行動を共にして来た仲間には違いないけど。
もちろん彼にも、感情や欲があるのは長い付き合いの中で承知している。最近はそれに加えて、実は愛情もあるんじゃないかなって、そんな気分にもさせられる。
つまりは異界のAIロボの、ルルンバちゃんと言う存在に対してなのだが。何か通ずるモノがあるのか、しょっちゅう一緒にいるのを目撃するに至って。
何だか変な気分になってしまうムッターシャである、いや別に良いのだけれど。そもそもどんな理屈で、彼がずっとチームと行動を共にしてくれているかも分かっていないのだ。
それでも今となっては、チームに欠かせない火力であり前衛でもある。こうやって全員が彼に騎乗しての、高速移動だって今やお手の物。
チーム運営と言うのは、要するに結束であり利益追求の場でもある。己の利益が確保出来なくなれば、結束と言う
リーダー役のムッターシャは、今まで辛うじて仲間に利益を与えて来れた。
ただし、今後もそうである可能性は分からないと言う他なく。その点では、家族でチームをやっている来栖家は凄いと思う。しかもペット勢も、進んで探索に同行してくれるのだ。
その“
その想いは、やはり家族の絆に起因する類いの感情なのだろう。ひょっとして将来、大きな意味であの家族の一員に仲間入りするんじゃないかって言う期待みたいな。
“家族”の単位は、歴史の中で段々と縮小傾向に向かっている。昔は大家族が当たり前で、爺婆から孫やひ孫まで同じ屋根の下で生活を営んでいた。
それが今や、家族は最小単位にまで縮む始末。
その傾向は異世界においても全く同じで、都会になるほど絆は薄れる傾向がある。リリアラの住んでいたエルフの里などは、また特殊な形態ではあるのだが。
強さを求めるのなら、やはり冒険者は“チーム”にこだわる。異世界では名の売れた彼ら“皇帝竜の爪の垢”だが、果たして来栖家チーム程に強固なのかとムッターシャは考えてしまう。
そんな事を考えている内に、ズブガジは相当に距離を稼いでくれていた。時間もそれに従って、いつの間にか夕方過ぎになっていたようだ。
魔導ゴーレムのズブガジならば、夜間の進行も不可能では無いだろう。ただ敢えて危険を冒すのも愚策だし、ムッターシャは切りの良い所で野営をチームに進言する。
「初日にしては随分と距離を進む事が出来たわね、ムッターシャ。この調子なら、恐らく明日の夕方には目的地に着けるんじゃないかしら。
さすがズブガジは優秀だわ、お礼に魔石をはずまなくちゃね」
「カナとサラから色々預かってるニャ、魔石もそうだし後は……この巻貝の通信機を借りたニャ! もう片方と、いつでも通信が出来るって言ってたニャ。
早速、向こうのチームに通じるか試してみるニャ!」
そう言って、ご機嫌に魔法アイテムでの通信を試し始める猫娘。彼らのキャンプも、来栖家からテント用品や即席麵をなどの携帯食を融通され、随分と豪華になっている。
この通信によって、ホストの来栖家も目的のエルフの里に入り込めたと知る事が出来た。お互いのチーム状況は、今の所順調に来ているみたいである。
何にしろチームの全員が、異世界への引っ越しを良縁と感じてくれて良かった。この任務も油断大敵だが、上手くやれば来栖家チームの好感度アップに繋がる。
余所者でしかないムッターシャチームの、立場は色々と微妙である。その地位を向上させるために、リーダーは常に知恵を絞るのみ。
その為には、秘薬素材の採集などお茶の子さいさいだ。
――例えそれが、ペットの猫の為だろうとも。
最初、この山の上に連れて来られた時は、まぁ
特に最近引っ越して来た異世界の住人、言葉が1人しか通じないのはアレとして。不安はあったけど、とにかく真面目で凛香として評価は悪くない。
“春の異変”でも積極的に町の防衛に参加してくれてたし、戦闘の腕前はこちらより遥かに上。何より年少組がすぐに
あの騒動で活躍したのは、凛香チームも同じだった。後で聞けば、町の全部のダンジョンが一斉にオーバーフロー騒動を起こしたらしい。
まぁ、山の上の騒ぎを見たらそうかなとも思ったけど。
町の住民の避難騒動後も、定期的に町内のパトロール仕事は続けている凛香チームである。聞いた話では、
その名も“喰らうモノ”ダンジョンと言っで、コイツが諸悪の根源らしいとの噂である。しかしまぁ、来栖家チームがまさかそこの探索に失敗するとは、お隣さんの誰も思っていなかった。
ましてやリーダーの護人が、病院送りにされるとは。来栖家の子供達は、そのショックに見ていて可哀想になる位に気落ちしていた。
幸いにも、1日で護人が退院出来てその時は事なきを得たけど。今度はペットのミケが、どうも体調を大きく崩してしまったそうである。
不幸は重なるようで、凛香としてもどうやって元気づけたモノか悩み
そんな騒動からやっぱり1日が過ぎ、そして唐突に来栖家チームが家をしばらく開けるとの宣言に。どうやらミケを治療する秘薬の素材を探しに、遠方へと探索に出掛けるらしい。
そう聞かされて、後の家や家畜の世話を任された凛香だったけど。家主たちが戻るまでの家畜の世話は、すっかり慣れてしまって年少組も余裕でこなせる次第である。
その旨味も相当で、新鮮な卵と牛乳は美味し過ぎて贅沢に感じる程だ。ただ1つ懸念があるとすれば、2頭ほどの牛の出産時期が近い事だろうか。
お腹はもはや大きく膨れ上がっていて、その点は一緒に世話をしているゼミ生チームも不安を隠せない模様。獣医の先生の電話番号は教えて貰ってるけど、やっぱり不安は大きい。
和香と穂積など、数時間おきに母牛の確認に向かってる始末だ。
「こっちが桜子で、こっちが花子……あれっ、逆だっけ? 穂積は覚えてる、この黒ブチの独特なのが桜子だったよね?」
「それで合ってるよ、和香ちゃん……香多奈ちゃんはこの黒ブチが桜に見えたって言ってたけど、全然そうは見えないよねっ?
お姉さんはどう思う、ええっと、協会の土屋さんだっけ?」
そう尋ねられた土屋だが、茫然自失の体で反応も
その当人たちが、気付けば来栖家チームと一緒にドロンしていたなど完全に想定外。どうすりゃいいのと呆けていたら、子供達に捕まってこんな場所に連れて来られた次第である。
そんな感じに厩舎を
ゼミ生チーム宅へと、数人が入って行ったのが確認出来たので、恐らく勉強会か何かだろう。こんな辺鄙な場所なのに、何だかんだで来客の多いのは本当に不思議だ。
土屋もそんな中の1人だと気付き、何となく厩舎の中で白けていると。凛香チームのリーダーの少女が通り掛かって、厩舎に
向こうは完全に農業用の作業着で、それが妙に似合っていて
いや、自分でも何を言ってるか分からないけど。
「和香と穂積に連れて来られたんでしょ、帰りの足が無いなら隼人に麓まで送らせるけど? 暇ならちょっと、畑を耕すの手伝ってくれない?
お礼にお昼を
「あ、あぁ……別に構わないぞ、出来れば作業服を貸して貰えれば。丁度暇を持て余してたんだ、今帰ってもやる事も無いからな。
畑を耕すのか、面白そうだな!」
それを聞いた凛香はキョトンとした顔、ただまぁヤル気は理解して貰えたよう。姫香の作業着を借りようと、凛香は勝手に来栖家の納屋を漁り始めている。
その仲の良さは市内から来た土屋には、まるで未知数で不思議な感じですらある。お隣さんの事を何気なく窺うと、同じギルド員で家族も同然だと返された。
土屋もかつては探索者で、大きなギルドにも一時だが所属していた。ただ、活動するチーム内の空気は決してアットホームとは呼べず、活動内容や報酬で揉めることも良くあった。
それを思うと、この町の唯一のギルド『日馬割』は良いギルドなのだろう。土屋もリーダーとは何度か顔を合わせたが、優男で頼りないと言う印象しか感じなかった。
農家の兄ちゃんと言われても、ああ脱サラして家業を継いだのかなと経歴を察するような。そんな人物にしか見えず、自身のコミュ障もあって話も碌に出来なかったのだが。
そんな土屋が、異世界チームの世話係に任命されるとは世も末である。まぁ、急な事で協会の本部長のお付きの人材も、ほぼ出払っていなかったのだから仕方が無い。
協会の職員も、実は探索者並みにハードなお仕事なのだ。
――手渡された作業着を見ながら、そんな事を思う土屋だった。
瀬戸内の地域と言えば、当然ながら四国の愛媛や香川も含まれる。そしてこれまた当然ながら、“春先の異変”はこの2つの県にも訪れる事となった。
そんな騒動を率先して抑え込んだのは、愛媛の松山市を拠点とするA級ランクのチーム『坊ちゃんズ』の面々だった。余り知られてないが、松山市はダンジョン多発地域で探索者の数も多いのだ。
そんな境遇から生まれたチーム『坊ちゃんズ』は、当然ながら実力者揃いの探索エリート集団である。活動範囲は愛媛どころか四国全域に及び、名声も信頼もうなぎ上り。
“大変動”のこの世界で、まさに成り上がったチームの1つには違いなく。実力で言っても、広島市の甲斐谷チームに引けを取らないともっぱらの噂である。
そもそも広島県周辺の県の住民は、中国地方のリーダーを名乗る広島県民が好きではない。確かに一番栄えているけど、勝手にリーダーぶってんじゃねえと。
そんな事だから、いつの間にか福岡県に重要拠点の立場で抜かれてしまうのだ。愛媛県民もその点では同じで、しまなみ海道は広島のモノじゃねえぞと。
お隣の県だからって、皆がカープ好きじゃないんだぞと。
チーム『坊ちゃんズ』のエース、
別にどちらが強いとか、どちらが地域に貢献しているかなどどうでも良いではないか。こちらは
それで食い
鈴鹿は元は大学生で、唯一の自慢は小中高大学とずっと続けていたバスケットボールだった。長身スポーツマンの彼女だが、決して勝ち気で活発と言う性格では無かった。
そんな彼女が探索者へと転身するのも、間に色々と紆余曲折があった。簡単に言うとバスケ仲間の勧誘で、その結果見事に女性だけのチームが出来上がってしまった次第である。
それでも、同じ競技を子供の頃から続けていた友達が仲間の安心感は強い。チームワーク的には言う事なし、幸いスキル取得にも早々から恵まれての探索者生活で。
割と一気に、地元でも有名なチームに成り上がったと言う経緯だったり。
その中でも鈴鹿が抜きん出たのは、ひとえに強力な特殊スキルを得た結果である。それから仲間に恵まれたのも、かなり大きな要因だったと本人は本気で思っている。
そんな女性だけのチーム『坊ちゃんズ』に、“アビス”探索の依頼が来たのも言ってしまえば当然だろうか。何しろ地元唯一のA級チーム、危険な任務は真っ先に割り当てられる宿命だ。
ただし今回は、瀬戸内海の各県から優秀チームが派遣されて来るとの事。合同依頼の遂行など、実はあまり経験の無いチーム『坊ちゃんズ』だったりする。
しかも噂の広島市の甲斐谷チームも、どうやら作戦に参加するらしい。否応なく較べられるシチュエーションに、本気で断れないかなとか鈴鹿は内心で思いながら。
そんな我を通す度胸も、実は持ち合わせていない『坊ちゃんズ』のエースであった。
――かくして“アビス”は、否応なく探索者の焦点となって行く。
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