第327話 魔女のダンジョンで一夜を明かす件



 家族で相談した結果、この塔内は居住性に関してはとっても高いモノの。約20分おきに訪れる振動が、睡眠には大敵だろうとの意見が多数出て。

 そんな訳で、取り敢えず10層へとワープ魔方陣で移動を果たす事に決定。護人が消耗した状態での中ボス戦は避け、その手前でダンジョン内で一夜を明かす事に。


 何しろ時刻は、10層到達の時点で夕方を大きく過ぎていた。フィールド型ダンジョンの特殊な特性なのか、周囲は段々と薄暗くなって行く有り様。

 こんな状況で先を進むのも、それはそれで怖いのは当然である。そんな訳で、安全な場所を次の層で確保して、今夜は大人しく体を休めようと意見は一致した。

 ただまぁ、ダンジョン内でどこが安全かって話はある。


 ちなみに、一行が塔内のワープ魔方陣を使って出た先は、丘陵地帯の壊れた塔の瓦礫付近だった。塔の残骸は、辛うじて1階層だけ残っている感じ。

 崩壊の恐れのある塔の近くは、みんなキャンプ地にしようとは言い出さず。しかもワープ魔方陣の近くだと、不意に別の集団と出くわさないとも限らない。


 そんな訳で、薄暗くなって行く丘陵地帯をしばらく歩いて移動する来栖家チーム。こんな事もあろうかと、家から安全領域を展開する魔法アイテムは持って来ているので一応の対策は出来る筈。

 それでも見晴らしの良い丘陵地帯より、やっぱり森の中の方が良いだろうとの考えで。偶然遭遇したオーク兵士たちを蹴散らしつつ、一行は森の中へと入って行く。

 そこは既に薄暗く、何とも不気味な空間だった。


「うわあっ、ダンジョンの中でお泊りするの初だけど……やっぱり普通のキャンプとは、全然おもむきが違うねぇ。さっきみたいに、いつモンスターが出て来ないかって冷や冷やするし。

 叔父さんっ、本当に無事に1泊出来るかなぁ?」

「一応テントとかシュラフとか、魔法の鞄の中に入れて持って来てるけどなぁ。魔法アイテムの鳥居の結界装置で、本当に安全が確保されるかが心配だな。

 一度も試して来なかったのは、失敗だったかも……」

「寝ずの番なら私もやるし、ハスキー達やルルンバちゃんと交替で見張りは出来ると思うよ? まずはぐっすり休んで、護人叔父さんの体調を戻して貰わなきゃね」


 そう言う姫香は、本当に寝ずの番も辞さない構えで頼もしい限り。もっとも、次の日もダンジョン探索が待っているので、一晩中のハードワークはお勧め出来ない。

 その点、ハスキー軍団の存在は頼もしい限りには違いない。日が完全に沈む前に、一行は何とか一晩を過ごすのに良さげな場所を確保するのに成功した。


 周囲に敵の気配も感じられない、見晴らしもある程度良い森の中の広場に荷物を置いて。噂の鳥居の結界装置を、あれこれ手古摺りながら作動させる。

 これは確か、“神社ダンジョン”で入手した魔法アイテムだった筈。香多奈が遊びに持ち出したりと、色々あったけど結局は誰も真面目に使った事は無い有り様である。


 しかし魔石の投入によって、何とか無事に作動した感覚が周囲に訪れてくれた。それを見て、おおっと感心する子供たち……範囲は広くは無いけど、テントくらいは張って寛ぐ場所には困らなそう。

 そんな訳で、張り切って姫香を中心にキャンプ地設置が始まる。


「ちゃんとテントの紐ピンと張って、香多奈……ルルンバちゃんの方が上手じゃん、茶々丸は作業の邪魔しないのっ! 萌と一緒に、端っこで遊んでなさい。

 でも結界の外に出ちゃ駄目だよ、危ないからね!」

「これでいいかな、お姉ちゃん……? 大きいテントでみんなで寝る分には良いけど、この大きさは目立つんじゃないかな?

 夜中にモンスターに見付かって、襲われなきゃいいけどね」

「結界装置の能力を信じるしかないな……火をおこさない訳にも行かないし、ハスキー達がしっかり見張ってくれてるからいきなり攻め込まれる事は無いだろう。

 とにかく、夕食くらいは温かいモノ食べなきゃな」


 そう言う護人は火のそばに座って、カップ麺用のお湯を沸かしている所。ちゃんとした料理を作りたい紗良だが、さすがにこの状況ではちょっと無理。

 キャンプと言うより避難生活に近い、このダンジョン内で1泊すると言う難易度の高いミッションに。ハスキー達も神経を尖らせて、周囲の見張りに気を使っている。


 そんな訳で、夕食はわびしい内容のカップ麺1個ずつと言う……焚き火も最低限の大きさで、なるべく目立たないように工夫がなされている。

 テント設置班は姉妹喧嘩をはさみながら、何とか無事にお仕事を終えた様子。それを手伝ったルルンバちゃんは、ご機嫌にテントの周りを飛んで自分の仕事振りを確認中。


 こんな隠密行動中でも、子供達は全然暗くならないのは良い点かも。今度はカップ麺の種類の取り合いで喧嘩しそうな姉妹に、護人のいつもの仲裁が入る。

 沸き上がった薬缶のお湯を、紗良がそれぞれの容器へと注いで行く。そんな中、ミケはちゃんとゴハン食べているかなぁと、何となく発した香多奈の言葉に。

 場は一気に静まって、重苦しい雰囲気が一行を支配する。


「明日にはきっと、目的のアイテムが入手出来るさ。そしたらすぐに地上に戻って、ミケに会いに行こう。ムッターシャチームも、その時には戻って来てくれてたら言う事は無いんだがな。

 ミケの運の強さは、こんな時こそ発揮されるに違いないさ」

「そうだねっ、何と言ってもダンジョン探索も手伝ってくれるスーパーニャンコだもんね! ちょっとの事じゃ、簡単にを上げないよっ。

 でも家族が側にいない今の状況は、不安に思っている筈だからね!」


 ミケを置いて行くかバッグごと連れて行くかは、大いに悩んだ来栖家チームではあったけど。キャリーバッグはともかく、生き物のミケは空間収納には入らないのは自明の理である。

 ルルンバちゃんの小型ショベル形態だったら、まだ座席のスペースもあって持ち運べたのだけれど。戦闘必須のダンジョン探索には、さすがに同行は無理との判断であった。


 苦渋の決断での一時の別れだが、やっぱり心配で胸が圧し潰されそうな家族の面々。食事の間も、結局はそんなしんみりムードが去る事は無かった。

 食後には、家族で小さな焚き火を囲んでぽつりポツリと思い出話など。ミケさんが最初にスキルを使った時は驚いたねとか、萌がリビングでしょっちゅう教育的指導を受けてたよとか。


 最初に布団の中に入ってくれた時は、舞い上がるほど嬉しかったとの紗良の言葉に。私なんかほぼ毎日だもんねと、良く分からない香多奈の大威張りの報告。

 そりゃあ家族の中で、一番手間のかかる存在だからねと姫香の混ぜっ返しに。恒例の姉妹喧嘩が起こる前に、キャンプ中はお静かにと護人のゼスチャー付きの制止の言葉。

 良く分からない標語だが、言ってる事は大いに正しい。


「それよりそろそろ、交替で寝る事にしようか……最初は紗良と香多奈かな、眠れなくても横になってるだけで疲労回復になるからな」

「護人叔父さんが先に寝るべきでしょ、理力の回復のためにも! 焚き火の番は私がしてるよ、ハスキー達も護衛役は慣れたモノだし大丈夫!」

「そうだよっ、叔父さんが明日までに元気になってくれないと、みんな困るんだからねっ! 一緒に寝てあげるから、大人しくテントに入ってね!」


 香多奈のその言葉に、姫香は大いに異議がありだったけど。護人が回復してくれないと困るのは本当なので、敢えてそこは触れない事に。

 そんな感じでのった揉んだがあった末に、護人は結局先にテントに入る事に。幸いにもダンジョン内の温度は大抵は適温で、今の所はモンスターの襲撃も無い。


 それが結界装置のお陰なのか、周囲に偶然モンスターがいないせいなのかは定かでは無いけど。姫香の焚き火の番も、結局は夜中過ぎまでが限界だった様子。

 気付けばテントの中で、香多奈に抱きついて眠りこけていた姫香である。外は薄暗くはあるけど、早朝の澄んだ空気の気配が漂っている。

 そして家長である、護人の姿はテント内には無し。


「おはよう、姫香……幸いにも、夜中の襲撃は無かったみたいだな。結界装置は、その名の通りに優秀だったらしい。ハスキー達も休めてたら良いけど、どうだろう。

 とにかく今日も、探索を頑張らなきゃな」

「おはよう、護人叔父さん……体調はどんな?」


 挨拶を交わしている間にも、ハスキー達が順次顔を出しての朝の挨拶を告げて行く。ペット達に関しても、顔色や動きを見る限り休息は取れていた模様で何より。

 そこは安心、何しろ今日もダンジョンの深層へ向けて探索は続くのだ。初のダンジョン内キャンプだったけど、魔法アイテムのお陰か休養はしっかり取れて良かった。


 それから2人で、朝の身支度やら今日の計画やらを小声で話し合っていると。紗良と香多奈もテントから顔を出して、おはようと寝ぼけ眼での朝の挨拶。

 来栖家の朝は、今日もこうして恙無つつがなく始まった。




 今は朝食も食べ終わって、みんなで協力してテントを畳んでいる所。相変わらず簡易な食事で、紗良のストレスは上昇を続けている模様である。

 それもこのダンジョンで目的を達して、地上に出てしまうまでの辛抱だ。ちなみに現在地は10層フロアで、探せば中ボスの間がどこかにある筈。


 考えてみれば、そんな場所で一夜を過ごしたなど度胸があるで済まされない気も。まぁ、何事も無かったので、今更誰もそこには突っ込まないけど。

 そうしてようやく、全員が探索の準備を完了させたと報告して来た。ハスキー軍団を筆頭に、ペット勢も今日も元気いっぱいの模様である。


 そして改めて、リーダーの護人の号令で出発する来栖家チーム。まずは中ボスの間を探し当てて、景気づけに戦闘を吹っ掛けてボコる予定である。

 チームを先導するハスキー達は、諸々の事情で本隊とそんなに距離を取っていない。さすがに難易度も高くなって来たので、チームが分断するのを防ぐ意向だ。

 そして森の中を彷徨さまよう事20分余り、未だ何も見つからず。


「う~ん、怪しい場所が何も見つからないね、叔父さん……そう言えば昨日のワープ魔方陣も、確か丘の崩れた塔の場所に出たじゃん。

 丘の方を探すのが、手っ取り早いんじゃないかな?」

「なるほど、それは一理あるかな……蜂の巣やアリの巣の仕掛けは森の中にあったけど、中ボスの間は違うのかもなぁ。敵との遭遇は増えるかもだけど、それじゃあ丘陵地帯の捜索に切り替えてみようか。

 ハスキー達、そんな訳で進路変更してみよう」

「方向的には向こうかな、ルルンバちゃんが案内してくれようとしてるね……茶々丸、あんまり道草喰っちゃダメだよっ?」


 茶々丸の道草は、本当にその辺の草を朝食として食べていたりする。普通の山や森ならともかく、ここはダンジョン内である。その辺が心配な姫香は、さり気なく釘を刺すのだが。

 仔ヤギも当然、普通に食欲はあるので美味しそうな草があれば食べてしまうのは仕方が無い。メェーと返事だか文句だかを返しつつ、茶々丸も方向転換の一行に追従の構え。


 萌に関しては、まだ仔ドラゴンの姿のままである。今日は出発から、まだ本格的な戦闘が1度も無いのだ。大リスが何度か出現したが、ハスキー達が素早く退治して今に至る感じ。

 そんな訳で、何となく首元が寂しい紗良が、ミケの定位置に萌を招いての現在の布陣である。後衛の防御力アップに関して言えば、この形も悪くないかも。


 そして5分後、ようやくの事森を抜けての丘陵地帯へ。前回の騒ぎもあって用心して進んだ一行だったけど、案の定すぐ側にいきなり敵の団体が潜んでいた。

 大驚きしながらの突発的な遭遇戦に、ハスキー達は猛り狂ってオーク兵達に突進して行く。ここまで敵に接近を許してしまって、彼女たちのプライドはいたく傷付いた模様である。

 それに続いて、護人と姫香も各々の武器を振るい始める。


 危ない場面にも見えたけど、突発的な遭遇は相手のオーク兵団も同様だったみたい。完全に不意を突かれた形で、せっかくの数の有利も上手く使えない有り様。

 瞬く間に、1ダース以上の兵団はもろくも地面に崩れ去って行く。ハスキー軍団の猛威は凄まじく、手当たり次第に敵を噛み殺して行っている。


 そしてようやくの静寂と、ドロップ品の回収タイムに。子供達は割と呑気で、森と丘の境目はダンジョン間の継ぎぎがあるのかもねと推測を口にしている。

 案外そうかも知れないが、心臓に悪いので何度も試したくは無いと護人は思う次第。それより開けた景色の先に、いきなり怪しい建築物を発見してしまった。

 それはやっぱり、何度も見た塔の形をしており。





 ――魔女のダンジョンのテンプレに、何となく安心する一行だった。






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